149話 朝議と信長将軍論
天文15年(1546年 秋)――15歳
朝議に主だった公家たちが集まってきた。
冒頭で、主上が口を開く――
「蝦夷の地に生まれた蝦夷国と、この日の本の国は友好関係を築こうと思う。そのために朕は、娘の普光を蝦夷国の玄武国王に嫁がせておるのだ」
「蝦夷国の玄武国王とは、三蔵のことではありますまいか? 三蔵の国であるならば、我が日の本の領土ではおじゃらぬか?」
その意見に賛同するように、何人もの公家たちが「そうじゃの。そうじゃの」と下を向いたまま呟いている。
「蝦夷国など、我が国の属国としてしまえば良いのです。朝廷から東国の大名にお命じ下されてはいかがでおじゃるか?」と誰だかわからぬ呟きのような声が上がる。
(いつものことじゃが、はきとは言わぬ奴らよ……)
その意見にまた賛同するように……
何人もの公家たちが「そうじゃの。そうじゃの」と呟く。
(これが朝議と言えるのか)
「この中に東国の大名たちに話を通し、大名たちの意見をまとめることのできる者がおるか? 蝦夷国が保有する、砲を搭載した100隻もの大船団を打ち破れる者がおるか? おるならば顔を上げてみよ!」
公家たちは黙り込む。
「威勢の良いことを言うのであれば、自らの官位をかけて提言すべし!」
朝議に参加した公家たちは、ひたすら沈黙する。
朝議に参加できる上位の位階を持つ公家たちでさえこの程度では、公家が主導してこの国を良き方向に導くのは無理であろうな……。
「残念ながら、戦国の世が長きに渡って続いておる。弱体化した幕府に、戦国の世を終わらせる力はない。幕府が駄目であるならば、本来はこの朝廷が──いや、朕がこの国を正しき方向に向かわせねばならぬのであろう!」
「恐れ多くも、そのような力はこの朝廷にはないものかと……」と何人もの公家たちが小さな声で呟く。
(まともに自らの考えを奏上することもできないのか!)
「朝廷に力がないのなら、力のある蝦夷国の力を借りれば良いのではないか。蝦夷国は我が国と兄弟国家である。北畠と蝦夷国の力を借りれば、この長き戦乱の世を終わらせることができるかもしれぬと思うが、その方らはどう考える?」
主上はここで皆の様子を観察し、反応を確かめる。
(下を向いたままで反応がいまひとつ掴めぬ)
「北畠の善政により、戦国の世でありながら民が幸せに暮らすことができている。その南近江の一部と伊賀、伊勢、尾張が、餓狼ともいえる大名ども攻め込もうとしておるのじゃ!」
「この状況に対し、幕府は何もできないであろう。であるなら、朕は力なき将軍を罷免し、北畠当主である北畠信長を将軍職にしてはどうかと思うが、どうだ。反対の者はおるか?」
「おおそれながら、将軍職を与えるのは、北畠が餓狼どもを返り討ちにしてからで良いかと愚考いたします」と左大臣の二条晴良が奏上する。
やっと意見を言うやつが出てきたか。
こやつが今後どう動くかは、調べさせておく必要があるな……才蔵に探らせよう……
とにかく皆の反応を確かめねばならぬ。
(雰囲気はやや反対寄りというところか……このまま将軍職の話を押し通すのは難しいか)
「そうか。では、北畠が餓狼どもを返り討ちにした後に、信長を将軍とすることで良いな?」
(公家どもはあいも変わらず事なかれ主義じゃ)
少しは本気になってもらうために、玄武王に聞いた話をしておくか――
「最近、南蛮の船がこの日の本の近海に現れ始めておる。あの国は、日の本よりも遥かに強大な力を持つ国じゃ」
「今は、ただ我らを観察しているだけに過ぎぬ。だが、もし『この国は御しやすい』と判断されれば……南蛮の軍が、容赦なく攻めてくるであろう」
「強大な軍事力の前に、我らはひとたまりもないであろう。この国はすぐに占領されてしまうぞ」
――(奴らの反応はどうであろうか?)
「そんなことが、本当に起こるのでしょうか……?」
ざわつく公家たち。
(ピンとこないのか。想像力もないのか!)
「南蛮の国のさらに南には、広大な大陸がある。そこにも多くの民が暮らし、いくつもの国もあった。だが南蛮の者たちは、力が弱いと判断した国は、容赦なく奪い取ってきた」
「その結果――征服された国の者たちは奴隷とされ、南蛮の都で売るために連れ去られた。残された者たちは、南蛮で高値で売れる作物を、死ぬまで作らされる」
「その者たちが次に狙いを付けているのが我が国じゃ。その方らも、家族も奴隷として売られてしまうぞ」
何人もの公家たちが「怖いの、怖いの」と下を向いて呟いている。
(怖い以外に言うことはないのか!)
「この国の状況は、説明した通りじゃ。であるからこそ、北畠と蝦夷国の力を借りて、この長き戦乱の世を早く終わらせ、きちんとした国家を構築する必要があるのじゃ」
「朝廷が軍事に関与することは、かつての南朝・北朝の前例もあり、大変危険な判断ではないかと愚考いたします」と左大臣の二条晴良が奏上する。
「蝦夷国の軍事力は、桁外れに大きなものである。万に一も負けることはない」
「であるならば、蝦夷国に我が国が取り込まれてしまう危険はないでしょうか? 大変危険な判断ではないかと愚考いたします」と再び二条晴良が奏上する。
「朕はそのために普光を嫁がせておる。心配することはない。──北畠が餓狼どもを返り討ちにした後に信長を将軍とすることに、異存はないな?」
「御心のままに」
左大臣の二条晴良が下を向いたまま、ひそかに……ほくそ笑んでいる。




