142話 ビーツと羊
天文15年(1546年 春)――15歳
頼んでおいた商品を、明船が運んできてくれた。
まだ堺までしか来てくれないけど、それでもありがたい話だ。
今回届いたのは、ビーツにロバ20頭、羊40頭。
高くついたけど、そこは仕方ない。
こういうのケチると、次から運んでくれなくなるからね。
蝦夷といえば、やっぱり羊でしょ。
寒冷な気候に合っているし、食用にも羊毛製品にもなる。
食べるのは、いっぱい増やしてからだな。
ロバさんは農耕と運搬用だ。
雪に強いのかどうか、試してみないと分からないけど、期待してる。
いずれにしても、蝦夷の体制を一刻も早く整えて、大陸と“直接”交易できるようにしないといけない。
とはいえ、明との交易は“敷板が高い”というか、何かと面倒くさそうなんだよな……。いろいろ手続きが。勘合貿易という、つまんないことをやってる。
だから皆が密交易ばかりやってる。
できれば、もう少し北の民族とも交易したい気がする。
アイヌさんつながりで、北方の民族と交易できるなら、そっちの方がいい。
長老たちに、何か伝手がないか聞いてみよう。
これで、ビーツが蝦夷の作物ラインナップに加わることになる。
ビーツからは砂糖が採れる。つまり――また儲かるな。
……砂糖のことは、まだ秘密にしておこう。
蝦夷でこっそり作るのがいいだろう。
信玄さんのお陰で、甲斐や信濃からの移住希望者が、蝦夷国にどんどん到着している。おかげで農地開拓も順調に進んでいく。
今は函館を中心とした周辺地域の開拓を進めているが、希望者がさらに増えれば、農地の面積をどんどん広げていけそうだ。
とはいえ、ちょっと気になることもある。
開拓した土地をそのまま農民に与えてしまうと、最初に来た人が大地主になり、後から来た人が小作になる可能性がある。
放っておけば、いらない格差が生まれるだろうな。
人の世界は、いろいろ煩わしいな。
逆に、農地の私有をいっさい認めないとしたら、どうなるのだろう?
……農地を開拓するモチベーションが下がってしまうのかな?
甲斐や信濃で飢え死にしかけていた人たちだ。
「飢えずに生きられるなら、農地の私有なんてどうでもいいです」
──そう思ってくれるかもしれない。
人の心は難しい……。
農地の私有を一律に認めるのではなく、たとえば“私有できる最大面積を制限する”とか、“10年間まじめに耕作すれば自分の土地にできる”とか、いくつかストッパーを設けたるのもいいかもしれない。
なんか面倒だよな!
それとも──いっそ蝦夷国がオーナーとなって、“国営正直屋食品”というのを立ち上げて、農民たちは全員その社員として雇い、給料制にした方がいいのかもしれないな。
このあたりの仕組みは、重臣たちと相談して決めよう。
米は国防なり――だからな。
農作物の増加に、アイヌの民もとても喜んでくれている。
最近では、日の本から来た若者とアイヌの娘、あるいはその逆のカップルがどんどん増えていると聞く。
良いことだよね。子供が増えて、未来は明るいぞ。
信長にも「蝦夷国への移住希望者がどれだけ増えても問題なし」と伝えておいた。
実際、今のところは人手不足状態だからな。
心配していた“移住者とアイヌの民の間の揉め事”も、平井のオヤジが見事にまとめてくれている。さすが、かつて六角家で宿老を務めた男だけのことはあるぜ。
──聞くところによると、定頼さんが義賢に家督を譲った直後から、平井に対する陰湿な嫌がらせが始まったそうだ。
うんざりした平井の嫡男だけでなく、平井領の農民までもがこちらに移住を希望しているという。いやはや……義賢、お前は、どうしょうもない奴だな。
定頼さんも、体調が思わしくないそうだ。
ともあれ、蝦夷の内政は平井定武に任せておけば、ひとまず安心だ。
***
さて──蝦夷国製の酒と海産物は、日本丸に積んで全国に運び、“商社正直屋”の支店で絶賛販売中。そしてすぐに完売。
蝦夷の酒は蒸留装置で作った高アルコール度の酒だ。
刺激のない酒に飽きた呑兵衛や、珍しいもの好きの公家が買っていくそうだ。
特に越後からの注文が多いらしい。
高アルコールの酒は、いわばウオッカのようなものだ。アイヌの民にも大人気だ。雪の中でキンキンに冷やして飲むのも美味いかもしれないな。
一方、砂糖の方はこれからだ。
明や南蛮にも販路を広げていきたい。
──うん、蝦夷国の未来は明るいじゃないか。




