141話 武田忍者もいただきました
天文15年(1546年春)――15歳。
うんうん……信長、頑張ってるみたいだね。
でも……君は元々……“頑張らないといけない運命”なのだよ。
本来の歴史でやってることだからね。
君に逃げられたりしたら、俺が全部やらないといけなくなるからね!
尾張在住の、 “のんびり屋の武将さんたち”の手綱を握ってるのは、君だからね。
あいつらは、任せたよ!
俺だってね――あの明るいだけで、仕事のできない、“のんびり屋の武将さんたち”は嫌だ。絶対嫌だ。
だけど――君には、もう少しこの国を嫌いにならずにいてほしい。
……俺もね、どうやったら“天下統一”を短時間で終わらせられるか、真剣に考えてるからね。
ところで、忙しすぎて“ノイローゼ”気味になってる家臣たちには、ちゃんと“リフレッシュ休暇”を出してあげてよ。
「間違っても追放だとか言わないように!」
きっと元気になって戻ってくるから。
頭にきた家臣がいても「高野山送りだ!」とか言っちゃダメ!
そういう時は、まず深呼吸。
それ、大事だからね。ほんとやってみて!
ところで……
信長からの知らせによると――
武田家の圧政は、相当ひどいらしい。
武田家の本拠・甲斐は、山に囲まれた盆地で、平地は少なく、水害も日常茶飯事。
そんな土地で生きていくには、確かに骨が折れる。
信玄は、親父を追放して家を乗っ取ったあと、豊かな土地を求めて、信濃にどんどん攻め込んでいるという。
まあ仕方ない。
武田の“頭脳”は、俺がごっそりスカウトしちゃったからな……。
今の武田家、何? “脳筋・武田”になってるの?
旗印は風林火山(其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山)なのかな?
脳筋軍団になっちゃったから、“一刀両断”とか“斬撃専念”とかになってたりして……。
しかし、そういう武田軍団も見てみたい。
“貧しいなら、豊かな場所から奪えばいい”――
それが、戦国時代の常識だ。
信玄だけが特別おかしい大名というわけじゃない。彼の肩を持つわけじゃないけどね。若き当主として、実績を部下に示す必要があるのも分かる。
……でもさ、侵略のターゲットにされてる信濃の民からすれば、たまったもんじゃないだろうな。大迷惑だろう。
信濃の民は、武田軍団に占領されると――
飢饉のために隠しておいた、わずかな食糧すらごっそり奪われるという。
……ひどい話だ。
そのせいで、飢えに苦しむ生活を強いられ、餓死寸前になる者も出ている。
そんな状況にもかかわらず「次の戦のためにもっと米を出せ。隠している米を出せ」と脅され、米を出せば、今度は到底払えないような重税を追加で課される。
武田の領土は信濃へ広がったが、甲斐の民が豊かになるわけではない。
甲斐で徴兵された農民兵たちが、信濃で次々と戦死しているからだ。
当然、死者は村に戻らない。
そうなると働き手が減る。その分田畑は荒れ、収穫量は減る。
だが、それでも課される税は、昨年と同じ……いや、それ以上。
信濃や甲斐の領民の中には、飢え死にする者まで現れているらしい。
――もう、めちゃくちゃだよ。
信玄にしてみれば、「領民が飢えているなら、他所から奪えばいい! それこそが当主の仕事だ」なんて、満足げにしている。
だったら、分捕った米を領民に配れよ!
……言わせてもらうよ。
民を飢えさせてるのは、君だ。君だからね。君が犯人!
君が関わると、みんなが不幸になってるんだよ。
まったく、不幸製造装置・武田だよ……。
可哀想すぎるので、甲斐や信濃に“忍者救出隊”を派遣することにした。そういう時に障害になるのは、武田家お抱えの忍者たちだ。
武田家お抱えの忍者と、甲賀の望月とは伝手があるらしい。その伝手を使って、お互いの代表数名が顔を突き合わせ、じっくり話し合ったのだそうだ。
***
「噂で聞いているよ……お前らの国には飢えた民がいないんだってな? いいな……いいな……腹いっぱい飯が食えて……子供もタダで学校に行けるんだろ」
「武田は……どうしょうもないぜ。最低だ……! 飢えて死んでく奴ばかり……俺たちだって飢えてるし、腹ペコだよ。ほんとだぞ……武田の忍者なんかアホらしくてやってらんねえよ!」
「なぁ〜、俺たちを、お前らの仲間に入れてくんねえかな……ホント頼む……マジで……この通りだ……」
話し合いというより、武田忍者の悩み相談、というか愚痴オンパレードを、延々と聞かされたそうだ。
その後も、武田忍者たち、甲賀が持参した伊勢の干物をつまみに、北畠の焼酎をうまそうに飲み始める。愚痴ること愚痴ること……勢いが止まらない。もはや話し合いではなく、飲み会になったそうだ。
望月出雲守や甲賀衆も、愚痴を聞きながら、つい昔のことを思い出して……
「そうそう、その通りだ……俺たちの六角家なんてな……ひでえもんじゃなかった」
「でもな……北畠は……全然違うぞ……」
「ハハハ、そうだ信玄はバカだ!」
「六角も大バカよ!」
などと、気づけば大盛り上がり。
飲み会の終わり頃には、
「武田家なんてな、一番のカス大名……俺らのとこに来いよ。うちじゃ忍者が下に見られることなんかないぞ。飯も腹いっぱい食えるし、最高だぜ! イエーイ!」
「行く、行く……マジで入れてくれるのか? ほんとに飯も食えるんだな? ありがとう……助かる……かあちゃんと子どもも泣いて喜ぶわ……あのさ、この干物、少し家に持って帰っていいか……?」
──それで、あっけなく武田忍者の調略は完了したそうだ。
可哀想だったから、焼酎も干物も、あるだけ渡したらしい。
武田忍者たちは、うれしくて泣いていたという。
信玄さん、武田忍者をごっそりいただきました。
飯も食わせずに働かせようなんて、そんなの無理に決まってるじゃないですか。
常識を持ってくださいよ、ほんと……。
でもこれで、目も耳も口もない脳筋軍団になりましたね。めでたしめでたし。
その後の“救出忍者隊”による、甲斐や信濃の民の救出活動は――
順調、順調!
そもそも最初に逃げてきたのは……武田忍者の家族だったそうだ。
山道を抜けて夜中に到着してね。
「うちの弟、まだ向こうにいるんです……」って泣きつかれたりして。
それを皮切りに、信濃から尾張や伊勢へと、何百人単位で山を越えてくる領民が続出した。
今では、逃げてきた人数は1,000人を軽く超えている。
もちろん希望者には人手不足の蝦夷国へ移住案内している。
信濃の民は寒さに強そうだから大歓迎さ!
どんどん蝦夷に来てくれ。待ってるよ!
村ごと、あるいは複数の村がまとめて逃げ出す事例が続いていることは、さすがに武田家も把握している……はずなのだが。
信玄本人は信濃攻めに夢中。家臣たちは戦場での手柄しか頭にない。
脳筋軍団の本領発揮だ。
「領民? いなくなったら他所から攫ってくればいいじゃん」
家臣たちは心配する様子もない。
――そんな考えだから、このザマなんだよ……。
武田お抱えの忍者、ごっそりいただきました。
これから、信玄さんのもとには“偽情報”しか届かなくなりますので悪しからず。
まあ精々頑張ってね。信玄さん。




