139話 幕臣は狐憑き
天文15年(1546年春)――15歳。
尾張が北畠の領土に加わったことで、俺は千世とともに那古野城に常駐している。
斎藤家や今川家の侵攻に備えるためだ。
尾張をまとめ上げる過程で、“守護”や“守護代”といった旧来の抵抗勢力は、すべて排除した。もはや、無用の長物でしかなかったからな。
尾張を統一してからというもの、やたらと“幕臣”を名乗る輩が那古野城に顔を出すようになった。
話を聞く気など毛頭ないが、連中の言いたいことは見え透いている――
「尾張守護を決めるのは幕府の権限だ!」
「守護が決まり次第、尾張を明け渡せ!」
「もし守護の位が欲しければ、幕府に挨拶に来い!」
――とまあ、そんなところだろう。
はっきり言って、うざい。
幕府なんぞ、武力もなければ、能力も、やる気もないというのに。
よくもまあ、そこまで厚かましくなれるものだと呆れてしまう。
そこで――俺は玄武王のやり方を真似してみることにした。
幕臣を名乗る輩が現れたら、まずは家臣にこう叫ばせる。
「この狐憑きめ――! 消えろ――!」
それでも帰らなければ……次の手段だ。
幕臣の足元に、弾丸を数発ブチ込ませる。
パァン! パァン!
さすがにこれは効いたようだ。
奴らは毎回のように、
「儂は狐憑きなどではない! 一体何度言わせるつもりだ!」
と怒鳴り散らし、跳ねるような足取りで退散していくのだった。
それを数回も繰り返しているうちに、ついには諦めたのか、幕臣を名乗る輩はぱったり来なくなった。
(だったら最初から来るなよ!)
(来なくなってくれて、本当にスッキリした)
……ところで、今の将軍って誰だったっけ?
興味がないから、すぐに忘れちまうな。
幼いころは、父である信秀の考えがそのまま刷り込まれていた。
だから、守護や守護代の存在を、無意識のうちに“とてつもなく偉いもの”として捉えていた。
それは信秀だけではない。織田の多くの武将たちも同じだった。
“幕府”、“将軍”、“管領”、“守護”、“守護代”――そういった“偉い存在”には、ただ黙って頭を垂れ、命令には無条件で従うのが当然だと信じて疑っていなかった。
けれども――玄武王と共に行動するようになってから、俺の中で何かが変わった。
幕府の“権威”など、どうでもいいと思えるようになったのだ。
人間の思考とは、実に不思議なものだ。
あれほど当たり前だと思っていた価値観が、いとも簡単にひっくり返ってしまった。
存在価値のない幕府など、今さら構っている暇はない。
“熱田の港の拡張”、“尾張の農業・商業・流通の改革”――
俺が今、本気で取り組むべきは、そっちの方だ。
本来なら、どれも自分ひとりでは手に余るような、大仕事ばかりだ。
しかし――玄武王が明確なお手本を示してくれていたおかげで、さほど苦労を感じることはない。
すでに玄武王が実際にやってみせ、確かな成果を上げている。
だからこそ、家臣も領民も、改革を“当然の流れ”として受け止め、迷わず動いてくれている。
反対する者など一人もいない。むしろ協力しようという者ばかりだ。
おまけに、貞勝や文官たちは驚くほど優秀だ。
細かな調整や行政も、彼らが見事に捌いてくれている。
そして――尾張を手に入れた北畠の領土は、さらに大きく拡大した。
ここまでの規模になれば、もはや軽い気持ちで攻めてくるような大名はいないだろう。
しかし――武田家、今川家、六角家。
これらの連中は、いまだに北畠領への侵攻を諦めていないようだ。
俺の“失敗”や“家臣たちの離反”を、“今か今か”と待ち構えている。
餓狼共め――まったく、嫌な奴らだ。
とはいえ、三河と美濃の情勢は、他とは少し様子が異なる。
三河の松平家は、今川家に徹底的に搾取されている。
さらに領内では、一向宗の寺がやりたい放題。経済はガタガタで、もはやヨレヨレ状態だ。
しかも、当主は幼くして今川家の人質。そんな状況で、松平家が独断で北畠への侵略に動けないだろう。
美濃では、“マムシ”こと斎藤道三が、家臣たちから総スカンを食らっているらしい。
美濃の権力を握るために、これまでずいぶんと阿漕なことをしてきているからな。
今や、自分が下剋上されるのも時間の問題みたいだ。
それに、美濃には“あの”一向宗の聖地もある。玄武王の策略でね。
斎藤家も戦を仕掛けてくる可能性は、限りなく低いだろう。
しかし、餓狼共がいつ北畠に戦を仕掛けてくるかわからない。
忍者調査隊による調査は常に行わせているのだ。




