137話 尾張の大失速
天文15年(1546年 春)15歳
信長は主上から従五位上・北畠伊勢守を授かり、北畠当主として、南近江の一部と伊賀、伊勢をうまくまとめている。
他人が作った組織をポンと渡されて、それをギクシャクさせることなく円滑に運営できるのは、並大抵の器量ではないと思う。
さすがは英傑。俺なんかの下にいることが不思議なくらいだ。北畠の家臣たちや、北条氏康さん、長綱さんも、信長の非凡さに気づいていることだろう。
国の運営に加えて、周辺諸国への目配りまでして、無茶苦茶忙しい毎日のはずなのに、氏康さんと年の離れた妹である千世さんとの祝言も挙げる。
北畠家と北条家の同盟も、これで無事に継続だ。
きっと目が回るほど忙しいはずだ、健康に注意。どうか倒れないでね。
それにしても、信長と村井貞勝ペアの処理能力の高さは目を見張るものがある。
きっと波長が合うのだろうね。
一方その頃――信長を追い出した尾張は……というと、
一言でいえば “オワコン”、あるいは “落ち目の三度笠”といったところ。
もう、見るべきところがまったくない。
なんというか、ドン底まっしぐらというやつだ。
織田信秀さんも、頑張ってはいる。……うん、確かに“頑張ってる”んだけどね。
でもその頑張り方、どうにもこうにもズレてるんだよなあ。
あっちでちょっかい、こっちで小競り合い――最近は大垣にも手を出したとか。でもね、あそこって今や一向宗の巣窟。正面から触れたら火傷じゃすまないような場所なんだよ?
少しでいいから、周りの情勢を見て、考えて動いた方がいいだろうな……
結果? 何ひとつ実らず!
戦をすれば費用はかさむ。それを毎回、商人から借りてるもんだから、織田家の台所は火の車。財政は、見事に真っ赤っ赤。
領地も広がらず、家臣に恩賞も出せず、尾張守の座も遠いまま。
官位もなければ、銭もない、実績も上がらない。
――まさに、“ナイナイ尽くしの、何もなし”状態。
信秀さん、いったいどこへ向かってるのやら。
熱田や津島の商人たちが、汗水垂らして必死に稼いだ銭――
それを、信秀さんは容赦なく、無意味な戦にどんどん突っ込んでしまう。
返ってくるあてもないとなれば、商人たちだって、もう貸したくはないだろう。
「これ以上、火中の栗を拾うつもりはない」――そう思ってるに違いない。
気づけば陰で呼ばれるあだ名は――
「尾張の貧乏神」
「尾張の借金王」
さすがに、「大うつけ」とは呼ばれていないようだ。
一方その頃――
尾張から追い出された信長はというと……
親の信秀さんなんか比べものにならないほどの大出世を果たしていた。
領地は、南近江の一部に加えて、伊賀と伊勢。
官位は、従五位上・北畠伊勢守。
しかも、信秀さんのような詐称官位じゃないからね。
さらには、あの大国・北条家と堂々の同盟。
しかも当主・氏康の妹を正室にお迎え。
河東の戦では、あの“東海の覇者”こと今川義元を撃退とくる!
おかげで、評価はまさに鰻登り。
もはや“将来が楽しみな若手ランキング”堂々の第1位だろう。
俺? 俺は別、神童枠だから……
……まったく、
“アルアル尽くし”の大逆転人生ってやつよ。
良かれと思ってやった“信長廃嫡と追放”――
どう見ても、完全に裏目!
このままだと「尾張、いやこの世で一番の “見る目なし”」なんて称号がつきそう。
しかも、信秀さんが廃嫡した信長の代わりに、後継に指名したのは――
信行だ。
真面目で人柄も良くて、人に優しいし、家臣の話にもちゃんと耳を傾ける。
それに親孝行までついてくる。うん、悪くない。
前世だったら、完全に “花婿候補No.1”かもしれない。
婚活パーティなら“即完売レベル”に違いない。
でもね――ここは戦国時代――
真面目でいい人?――それじゃ、ヤクザ大名に食い物にされて一瞬で滅ぶ。
優しさや思いやり?――それでは、敵も病も止まらないんだよ!
信秀さん、それ分かってなかったのかな?
信行は、“大うつけ”と呼ばれた信長と比べれば、そりゃもうピカピカだったはず。
家臣たちにも親族にも「やっぱ信行様だよね〜」って大人気だったそうだ。
だけど――
その“うつけ”がいなくなってみると……
「えっ、あれ? めっちゃ普通じゃん!」
「なんか……頼りなくね!」
「戦すれば、俺でも楽勝じゃね!」
「この人、ぜんぜん怖くないんですけど~!」
――とまあ、みんな一斉に陰口モードに突入。
で、そういうのはすぐ本人に届く。
真面目で優しい信行は、悩みに悩んで、見事に鬱を発症。
体調も崩して、寝込んでしまった……
陰口ごときでヘナヘナする当主じゃ、戦国の荒波を乗り切るのは無理なのだ!




