136話 冬の漂流者
天文15年(1546年 冬)――14歳
渡島半島の海岸線を警戒しながら国境警備をしていた船が戻ってきた。
警備の責任者より「渡島半島の海岸近くに、ボロボロの漂流船が2つに割れて浮かんでいました。船の中で倒れていた外国人らしき2人がいたので連れて参りました」と報告を受ける。
2人は板に乗せられ、城まで運ばれてきたが、凍傷で今にも死にそうな状態だ。
暖かい部屋に運び込んでもらい、俺は手をかざして治療を始める。2人とも意識は戻ったようだが、非常に弱々しい。
まずは風呂で体を十分に温めてもらう。その後の着替えだが、2人とも女性なので、妻や侍女たちに手伝ってもらうよう頼んでおいた。
入浴後、着替えを済ませた2人は、暖かいハーブティーを飲んで落ち着いている。
どこの国の人か考えてみるが、西洋人であること以外はわからない。
2人とも白人系の美人さんだ。
外国語で挨拶くらいできるだろうと、前世の記憶を頼りに声をかけてみる。
「ハロー……」――反応なし。
「ボンジュール……」――お、少しだけ反応あり。
妻たちは「神童である俺なら外国の言葉も喋れて当然」と期待して目を輝かせている。だが、申し訳ない、まったくわからん。相手の女の子もがっかりしたようだ。
すみません……。
そこで千代女に「時間がかかってもいいから、少しでも会話できるようになってくれ」と丸投げ。……よろしく頼む。
後で千代女に聞いたところ、忍者は方言が特殊な地域にも潜入することがあるため、早く言葉を覚えられるような訓練をしているらしい。……本当かな?
表情と使う言葉を瞬時に覚えて、内容を推測していくのだろうか?
まあいい。甲賀忍者のすごさはわかった。
俺も考えてみれば、伝説の忍びの嫡男だが……何もできないダメ忍者だな。
「千代女だけでなく、皆も協力してくれ」と妻たち全員にも丸投げ。
女性同士でうまく意思疎通してほしい。
彼女たちの服装はかなり上質なものだった。もしかしたら、身分の高い人なのかもしれない。
渡島半島の海岸には、これからもこうした漂流者が流れ着く可能性があるだろう。
しかし、“治癒スキルを持つ俺の元に運ばれてくる”というのは、ほとんど奇跡に等しい。運の強い人なのかもしれないな。
そういえば――南蛮や明と本格的に交易を進めていくなら、まずは“言葉”が分からなければ話にならない。
今回の一件で、その重要性を改めて痛感させられた。
忍者を“フィリピンと明”に派遣し、現地の言語を習得してきてもらおう。
アイヌの地に残った忍者たちが、短期間でアイヌ語をほぼ習得していたことを思えば、忍者であればきっと何とかしてくれるはずだ。
それにしても忍者最高じゃないか。“忍者通訳隊”なんてのも作れそうだな。
信長に書状を送り、適任の忍者を選抜して海外に派遣できないか、検討してもらおう。
漂流者を助けてから1か月ほど経った頃、千代女が片言のフランス語を喋れるようになったと報告してきた。「よくやった」と頭を撫でる。
頭を撫でるくらいしかできなくて、すまない。
名前は、身分の高そうな方が“サラ”、もう1人が“ルーシー”というらしい。
サラはフランス王族の一族に連なる娘で、ルーシーはその侍女兼護衛とのことだ。
どうやら後継争いに巻き込まれ、兵に護られながら大陸を西へ西へと逃れてきたという。
追っ手が迫る中、信頼できる商人に大金を払って、わずかな兵と侍女だけを連れ、ポルトガルの港から大型船でマカオへと脱出。
その航海中、同行していた兵たちは病に倒れ、命を落としたらしい。壊血病だったのかもしれない。
マカオではしばらく静養していたが、そこで知り合った商人が「日の本の堺に向かう」と話すのを聞き、気晴らしにと同行させてもらったのだという。
だが不運にも、日の本の姿がようやく見えてきた頃、強い海流に流され、悪天候も重なって――
彼女たちの乗った船は、ここ渡島半島の沖で座礁してしまった……ということらしい。
この短期間でここまで会話できるようになるとは――
千代女、本当にすごいな。
俺は千代女を通じて、サラとルーシーに「いつまでも、のんびり過ごしてくれて構わない」と伝えてもらった。
すると千代女は、「2人とも、日の本の言葉を覚えるのが驚くほど早い」と教えてくれた。
それなら、いっそこの2人に交易を任せてみてもいいかもしれない。
ポルトガル語も多少話せるようだし、王族の血を引くなら頭の回転も速いだろう。
将来的に南蛮商人が蝦夷を訪れるようになったとき、通訳としても頼りになる存在になりそうだ。
何より、サラたちも“何もせずに滞在しているだけ”という状況より、役目がある方が気が楽なはずだ。
実際に千代女を通して確認してもらったところ――
「命を救っていただいたご恩を、何らかの形でお返ししたい。交易の役目、ぜひ務めさせていただきたい」と、はっきりと申し出てくれた。
もしかすると――
彼女たちがこの蝦夷の地に流れ着いたのも、神様の導きなのかもしれない。
だが、それについてはあえて詮索しないでおこう。
そして俺はふと思った。
「フランスの貴族であるサラに、貴族の礼儀作法を教えてもらえたら……」と。
今はまだ必要ないかもしれないが、俺も妻たちも、いずれ必ず役に立つ時が来る気がする。
あとで、妻たちに伝えておこう。
そんなある日、親父たちがやって来て、「蝦夷は平和すぎてつまらない」と言い出した。
「平和な国を作っているんだから、当たり前だろ」と説明したが……親父たちの1人は交代で蝦夷に残り、残りの2人は伊賀や伊勢に戻りたいと言っている。
好きにすればいいと思うが、「伊賀と伊勢はこれから危険になる。信長を助けてやってくれ」と頼んでおいた。




