134話 蝦夷国の未来構想
天文14年(1545年秋)――14歳
「この国では、農業の安定を図りながら、生産高を徐々に引き上げていくつもりだ。
加えて、海産物や新たな産品を開発し、明をはじめとした諸外国と交易を進めていく。交易相手は明だけではない」
「ただし、遠国と交易するには、丈夫な船と確かな航海術が不可欠だ。船を造ることはできても、航海術の習得には時間がかかる。そのために海軍学校が必要になる。伊勢に航海術を学ぶ学校を設けたが、いずれはその学校を蝦夷へ移すつもりだ」
「この蝦夷国の石高は、開拓が進めば400万石ほどに達するだろう。とはいえ、我々はアイヌの民と共に歩む国を目指している。無理に田畑を広げるつもりはない」
「銭は主に交易で稼ぐつもりだ。交易で得る利益は、石高の2倍、いや3倍になる可能性もある。いや、きっとそうなる」
――ここまでの話に、家臣たちはついてくるのがやっとのようだ。
少し、間を置くとしよう。
「蝦夷国には“燃える石”だけでなく、金や銀の鉱脈もある。いずれは、この地で独自の通貨を発行するつもりだが――その際には、この金銀が役に立ってくれるはずだ」
「さらにこの蝦夷の北方には、広大な未開の土地が広がっており、“燃える水”と呼ばれる資源も眠っている。この蝦夷という地は、まさに天から与えられた宝の山なのだ」
「妻たちよ。ここへ来るにあたり、少しは不安を抱えていたかもしれぬ。だが、この地は決して貧しい辺境などではない。むしろ、計り知れない可能性に満ちた、大いなる希望の地なのだ」
「蝦夷国の先行きに、まだ不安を感じている者もいるかもしれない。だが――これで少しは安心してくれたかな? もう一度言おう。蝦夷国は豊かで、そして未来ある国だ。心配はいらない」
ここで一度、俺は言葉を切り、宴席を見渡した。
話のすべてを理解できていなくても――皆の表情から、俺への信頼が伝わってくる。
「もっとも――懸念すべき点もある。蝦夷国の運営が順調に進み始めれば、その建国の報せは、やがて日の本の津々浦々にまで知れ渡ることになるだろう」
「そのとき、国内がどのように揺れるかは、誰にも予測できぬ。ゆえにこそ、我ら自身の体制を今のうちに盤石なものとしておかねばならぬのだ」
「いざという時には、この場にいない者たちも含めて、全員が心をひとつにし、速やかに事にあたらねばならぬ。……皆、頼りにしているぞ」
「はっ、命を懸けてお支えいたします」
代表して幸隆が凛然と答えると、大広間に居並ぶ武将たち、内政官、妻たち、そして北条家の人々までもが、揃って力強くうなずいてくれた。
固い話がひと段落すると、料理が次々と運ばれてくる。
本日のメインは、新鮮な海の幸をふんだんに使った海鮮料理だ。
「今日はまず、しっかり食べて、ゆっくり飲んで、船旅の疲れを癒していただきたいと思います」
「そして準備が整い次第、早川との婚儀を執り行うつもりです。瑞渓院様が遠路はるばる蝦夷までお越しくださったのも、きっとこの蝦夷の様子を心配されてのことでしょう」
「今日こうして宮殿をご覧いただき、私の説明をお聞きいただいて、少しはご安心いただけたのではないでしょうか?」
「安心どころか――妾も、この宮殿に住まわせていただきたくなりましたわ」
えぇ……俺は思わず長綱さんのほうをちらりと見た。
『ダメですからね……ちゃんと止めてくださいよ』と目で必死に訴えたが、わざとらしく視線をそらされた。
……もしかして、長綱さん、瑞渓院様がちょっと苦手なのか?
***
気がつけば、季節はもう冬の入り口に差しかかっていた。
こうして毎日忙しく立ち回っていると、本当に時間が飛ぶように過ぎていく。
冬が本格化する前に、蝦夷に寄港していた日本丸のうち20隻を、海産物で満載にして伊勢へ向かわせた。
戻ってくる際には、綿や絹の反物、陶磁器、刀剣、槍、そして家畜――特に馬を重点的に積み込む予定だ。
これらの陶器や刀剣、槍は、アイヌとの取引で海産物と交換するための重要な品だ。
今後、こうした取引はますます拡大していくことになる。中でも昆布や鮭は、非常に利益率が高く、将来的には蝦夷国としての輸出産業の柱となるはずだ。
そして――まだ少し先の話になるが、外国との交易を始めれるようになれば、いずれは蝦夷国独自の通貨を発行しなければならないだろう。
日の本のように買ってきた明銭を使いたくはないしな。
それをやるためには、貨幣制度の設計……金銀銅の割合、対外為替の比率、鋳造体制の整備……考慮すべき課題は山積みだ。
通貨以外にも、検疫体制をどうするかというのもある。
変な病気はいらないからな。
……とにかく、この蝦夷国の内政を一手に担える“信頼できる人材”が必要になる。
とはいえ、藤吉郎はまだ10歳。これからの伸びしろはMAXだ。
しかしどれほど優秀でも、さすがに今からその任を丸投げするのは早すぎるな。




