133話 乾杯と未来への誓い
天文14年(1545年秋)――14歳
食事の時間となった。
俺は宮殿内の“饗応スペース”と名付けた、大広間のテーブル席に座っている。窓際の一角には、俺と妻たちの席を配置。
そのすぐ前には、重臣やその家族たち、妻の実家筋、北条家のご一行などが座れるよう、広くて長いテーブルが横並びでいくつも並べられている。
椅子とテーブルのスタイルは、この時代の人々にはまだ新鮮なようだが、皆きちんと腰を下ろしてくれていて安心した。
テーブルにはクロスを敷き、花とキャンドルホルダーを添えて雰囲気を演出。個人的には“戦国風ウエディング披露宴”をイメージして設えたつもりなのだが、はたして受け入れられるかどうか……。 少し心配だ。
酒をたしなむ者には、大ぶりのぐい呑みに澄酒を注いで配布している。飲めない人用には、当初は蕎麦茶か麦茶にしようかと思っていたのだが、せっかくなので今回は趣向を変えてハーブティにしてみた。
もちろん、ティーカップも“至高の匠スキル”で作成済み。西洋風の繊細なデザインに仕上げてある。……この組み合わせが、戦国時代の感性にどう受け止められるか、ちょっと興味がある。
まあ、蝦夷にはハーブが自生しているから、いずれ商品化できたらいいな。体にもいいし、商売にもなる。
全員に飲み物が行き渡ったところで、俺はゆっくりと立ち上がる。
「それでは……“乾杯”というものをやってみましょう」
とたんに、あちこちで「乾杯?」「カンパイとは……?」と小声が飛び交う。
うん、予想通りの反応だ。
「南蛮では、酒を飲む前に“乾杯”という儀式をするらしい。お互いの盃を、こうやって軽く……ほんの少しだけ当てる」
「これは“お互いに信頼している”という意味があるそうだ。……くれぐれも強く当てないでほしい。 割れたら意味がない。では――乾杯!」
乾杯の声が、少しばかりぎこちなく会場に響く。けれど、笑い声も混ざり始めていて、場の空気は悪くない。
この“乾杯”も、蝦夷国の新しい文化として定着してくれればいいな。
「まず初めに、皆に感謝を伝えたい。伊賀から始まり、伊勢、そしてここ蝦夷国まで――俺を信じ、ともに歩んでくれた仲間たちに、心から感謝しています」
「そして北条家の皆様、遠路はるばる蝦夷の地までお越しいただき、誠にありがとうございます。蝦夷国の目的は、すでにご存じのとおり――“戦をなくし、民を幸せにする国”をつくることです」
「ここでは、日の本の民も、アイヌの民も、ともに暮らし、ともに働き、支え合って生きる。共存共栄の道を歩みたいと思います。そしてこの蝦夷の発展が、やがては日の本全体の豊かさと平和につながることを、心から願っています」
俺の言葉に、皆が静かに耳を傾けてくれている。
「豊穣神様にお願いし、この痩せた蝦夷の大地を、農耕に適した豊かな土地へと変えていただきました。ここには、開墾できる平地が広く残されています。しっかりと手を入れていけば、作物の収穫量は目を見張るほど増えるはずです」
「蝦夷国は、それほど広いのですか?」
平井が問いかける。
「広大です。それに、平地も多い。もっとも、少し寒いし雪も降る。雪への備えについては、信濃の者たちが知恵を持っているはずだ。田畑の管理にも工夫が要るだろうな。雪国での暮らし方については、幸隆と信濃衆を頼りにしている」
「お任せください。しかしまずは、この地に立派な屋敷を構えていただいたこと、深く感謝申し上げます」
幸隆が代表して丁重に礼を述べる。
「この蝦夷の地には、“燃える石”があります。冬の寒さも、この石を暖炉で焚けば、部屋の中が汗ばむほどに暖まる。薪の代わりの商品として大いに価値があります。これもまた儲かることでしょう」
「燃える石……ですか。北条家にも、ぜひお分けいただけないでしょうか」
「長綱殿、もちろんです。暖房用としてだけでなく、鉄の精錬にも大いに役立つはずです。なにより木を伐らずに済む。山を守れば、洪水の心配も減ります。山を丸裸にしてしまえば、いずれ痛い目を見るのが世の常です」




