132話 驚きと感動の宮殿
天文14年(1545年秋)――14歳
「おかえりなさいませ、玄武国王様」
幸隆が代表して一歩進み出て、深々と頭を下げた。続けて、周囲の者たちも一斉に声をそろえる。
「おかえりなさいませ!」
歓迎の声が響き渡り、その場に温かな空気が広がった。
「色々と驚きすぎて、頭の中の整理がつくまで少し時間がかかりそうだ……」
平井定武がぽつりと呟く。目の前の光景に圧倒されているのは、彼だけではないだろう。
「これが、蝦夷国の宮殿です」
俺がそう説明すると、女性たちは一斉に目を輝かせる。
美しいものを美しいと感じる心は、やはり万国共通らしい。中の様子を早く見たいという気持ちが、全員の表情から手に取るように伝わってきた。
平井定武や重臣たちの妻や娘たちは、藤吉郎が如才なく、それぞれの新しい屋敷へと案内していく。
その間に、俺は自分の家族や北条家の御一行を連れて、宮殿の正面へと歩みを進めた。
「私たち、こんなに立派な建物に住めるんですか?」
普光が嬉しそうに笑いながら問いかけてくる。
「“宮殿”というのは、南蛮では王が住まう建物のことを指すんだ。その壮麗さは、国の力や威信を象徴するものでもある。……どうだ? 気に入ってもらえたかな」
「はいっ! 中がどうなっているのか、早く見てみたいです!」
普光だけでなく、妻たち全員の目が、まるで子供のようにキラキラと輝いていた。
和風の邸宅に慣れた皆にとって、洋風の宮殿はまさに異世界のような存在なのだろう。
これからの暮らしが、彼女たちにとって楽しいものであればいいな――俺はそんなことを思いながら、扉の奥へと歩を進めた。
俺は皆を引き連れて、宮殿の正面扉を押し開けた。
エントランスホールに足を踏み入れた瞬間、視線は天井に引き寄せられる――中央には、南蛮風の豪奢なシャンデリアが煌々と光を放っている。これひとつで、空間の格がぐっと引き締まった気がする。
足元には艶やかな大理石の床。随所には大ぶりの花瓶を配し、色とりどりの花を生けさせておいた。無機質な石の空間に、やわらかな彩りと香りが加わることで、冷たさを和らげている。
北条家の御一行に向き直って、俺は声をかけた。
「まずは順に、それぞれの部屋へご案内します。どうぞ部屋でゆっくりとお寛ぎください。お荷物は後ほどお届けしますので、ご安心を」
その言葉を合図にしたかのように、藤吉郎と案内係たちが走って戻ってきて、実に手際よく動き始める。ほんとに、こういう時の藤吉郎は頼りになる。
俺の家族については、俺自身の手で部屋まで案内していくことにした。
案内された部屋は、どれも天井が高く、壁は白と金を基調とした落ち着いた装飾。大理石の床には絨毯を敷き、中央には広々としたベッドが据えられている。窓は大きなガラス張りで、ふわりと揺れるカーテンが陽光を柔らかく受け止めていた。
角の棚には、またしても大きな花瓶。ここにも季節の花々を生けてある。
部屋に入った妻たちは、あまりの豪華さに声も出せず、その場で固まってしまった。
目を見開いたまま、きょろきょろと室内を見回している。……まあ、しばらくすれば慣れてくれるだろう。
とはいえ――この部屋を案内している俺自身が、誰よりも嬉しくて仕方がないのかもしれない。
最後に俺は、宮殿の中でも最も格式高い一室へと、普光を案内した。
「普光、まずはここでゆっくりとくつろいでくれ。侍女を呼びたいときは、あちらの呼び鈴を鳴らせばすぐに来てくれるはずだ」
「侍女の皆さん、後のことはお願いします。俺はこのあと館内を一回りして、また戻ってくる」
「玄武様……この宮殿、本当に素晴らしいですね」
「蝦夷国は、日の本から見れば“外国”だ。だからこそ、建築も南蛮風にしてみたんだ。日の本の様式とは、随分と趣が違って見えるはずだ」
「桔梗も、桜も、千代女も、百合も、ウヌカルも、そして早川も……きっと皆、同じことを感じていると思う。まだ食事まで時間があるし、せっかくだから皆で館内を見て回ってみたらどうかな」
「はい。ぜひ、そうさせていただきます」
――うん、笑顔が実に可愛い。どうやら気に入ってもらえたようだ。
彼女たちは、長い船旅の中ですっかり打ち解けていたから、これからきっと「きゃあきゃあ」とはしゃぎながら、あちこちの部屋を巡っていくだろう。
この新しい国でも、皆が仲良く、穏やかに暮らしていけますように――そんな願いを込めて、俺は一歩、部屋を後にした。




