129話 蝦夷に向けて出港
天文14年(1545年・秋)――14歳
新たに妻となったウヌカルだが、他の妻たちとも仲良くやっているようで、ひとまず安心している。
とくに母が、ウヌカルをそばから離さない。まるで自分の実の娘のように可愛がってくれている。
遠い地から、たったひとりでやってきてくれた女の子だということもあって、“自分がウヌカルの親代わりにならねば”という責任感に火がついているらしい。
本当に感謝しかない。ありがとう。
ウヌカルをあちこちに連れて歩いては、京の着物や髪飾り、アクセサリー類、それに彼女の両親へのお土産なども、惜しまず買ってくれている。
そのおかげか、妹の幸ともぐっと距離が縮まり、今ではすっかり仲良しだ。
母と幸が“言葉の先生”となってくれたおかげで、日本語の習得もかなり進んできている。
いろいろと準備が整ったようなので、いざ蝦夷国への出発だ。
今回は、ついに家族みんなでの大移動になる。
妻たちは、前々から「一度は乗ってみたい」と言っていた船旅が実現したこともあり、目を輝かせてはしゃいでいる。
「すごい……これが海の旅なんですね!」
「この風、気持ちいい……陸とはまるで違うね」
そんなふうに声を弾ませながら、船の縁に並んで海を見下ろしたり、遠ざかっていく伊勢の港に手を振ったりしている姿を見ると、こちらまで嬉しくなる。
まずは伊勢から大島までの航路だ。
初めて船に乗る者にとっては、目に映るすべてが新鮮らしい。
とくに、進行方向の左手に姿を現した富士山を見たときには、甲板がちょっとした騒ぎになっていた。
「見て、あれが富士山よ!」
「本当に大きいのね……なんだか神様が座っていそう」
「こんなに綺麗に見えるなんて……いい旅の兆しかもしれないわね」
みんな一斉に富士山の方を指差しながら、大はしゃぎだ。
……うん。富士山は、何度見てもやっぱりいいもんだ。
その後ろでは、甲板の隅に陣取ったオヤジたちが、例によって腰を据えて酒盛りを始めていた。
「お〜い、こっち来て飲め〜! この酒は絶品だぞ!」
「お前ら若いのは風景見てる場合じゃねぇ。さっさと酒を飲まんかい!」
……やれやれ。まったくブレない連中だな。
順調な航海が続き、大島の港に到着する。
いつものように、大島では補給と休憩を行う。
家族たちは大島でゆっくり休んでいてもらおう。
屋敷も立ててあるから、大島からの風景も楽しんで欲しい。
残念ながら、俺には北条氏康さんと大事な話がある。
日本丸に乗船し、護衛とともに小田原港へ向かう。
小田原港では長綱さんが待っていてくれた。そのまま小田原城に移動し、俺は小さめの客間に通された。
氏康さんと1対1で話がしたかったのだが、氏康さんの横には当然のように長綱さんが座っている。
「北条家には、この先もずっと味方でいてほしいと思っています。北条家が北畠家と同じく“民を大切にする国”だからです」と俺は切り出す。
「もうすでに同盟を結んでおるではないか」と笑顔を浮かべる氏康さん。
「私は官位をすべて返上し、北畠家を信長に譲りました」
その瞬間、氏康さんの笑顔が消える。
「どういうことか、わかるように話してくれぬか?」
穏やかな表情のまま長綱さんが口を開く。目が鋭い。
俺は“蝦夷国の建国構想”と、“主上との交渉話”を2人に伝えた。
「お主は本気で戦国を終わらせ、この国を変えたいと思っておるのじゃな」
氏康さんが俺の目をじっと見つめながらそう言う。
(視線が離れない……重い雰囲気だな。まあ、当然か)
「もう一度申し上げます。私は北条家には、ずっと味方でいてほしいと思っています。
そして、どこまでも北条家を、そして氏康殿を信じます」
「千世という、かなり歳の離れた妹がおる。千世を信長の嫁に出そう。早川の嫁入りに変更はない。これが北条家の答えじゃ」
「これから蝦夷に向かうのだろう。早川を連れて行け。長綱と氏政を同行させる。蝦夷で祝言を挙げてやってくれ」
「ありがとうございます」
俺は深く頭を下げた。
氏康さん、本当にありがとう。
……その後も、俺は話を続ける。そう、ここからも重要な話なのだ。




