127話 兄弟国家の誕生
天文14年(1545年初夏)――14歳
「方仁は部屋で休むとよい。——伊勢守よ、方仁の“親”として、この場を借りて礼を申す。この通りじゃ」
そう言いながら、主上はゆっくりと頭を下げられた。
「もったいなきお言葉……」
「2つ目の条件は確かに確認したぞ。……真に“神の加護”を受けておるのだな。すばらしきことよ。神の加護を得た者が王となるのは、まさに自然の成り行きじゃ。——然るべき道筋であろうな」
一拍おいて、主上は振り返り、低く問いかける。
「伊勢守よ。この後は、どう動くつもりじゃ」
三蔵は慎重に言葉を選びながら答えた。
「いずれの段階かで、蝦夷国の存在は公にせねばなりませぬ。しかし——それが世に知られた時、思わぬ波紋を呼ぶ可能性がございます」
「波紋とは……何じゃ?」
「大名か、あるいは寺社か。いずれかの力ある者が、自らの支配地にて“我こそ王なり”と名乗りを上げる者が出てくるかもしれませぬ」
重く、静かな沈黙が流れる。
「つまり——蝦夷国が、“さらに新たな王国を作る”ための前例として用いられるおそれがある、というわけじゃな?」
「……その通りでございます」
主上の表情がわずかに引き締まった。
「古の昔——朝廷が力をもってこの国を束ねた」
主上はゆっくりと、噛み締めるように語り始められた。
「しかし長い年月の中で、武士や寺社が力を蓄え、やがて朝廷は実権を手放していった。やがて幕府が力を持つ、しかし衰退する。大名たちが割拠し戦国の世となった。民が苦しみ、争いが絶えぬ世が始まったのじゃ」
一度、言葉が途切れる。
主上はふと天井を仰ぎ、長く静かな沈黙の中で思索を巡らされていた。
やがて——静かに、だが確かに声が続く。
「蝦夷国……それは我が“日の本”の兄弟たる国なれど、この地に巣食う“旧き権威や利権”に縛られる道理はあるまい」
「それどころか、蝦夷国が新たな治世の理を世に示すことで、やがてはこの国そのものに変革の風を吹かせるやもしれぬ……ふむ、案外、興味深い道かもしれんな」
——その言葉には、静かな覚悟が滲んでいた。
「御慧眼、恐れ入ります」
俺は頭を下げる。
「ですが……その場合、さまざまな思惑を抱いた者たちが動き始めましょう。中には、蝦夷国を認められた主上の御身に、害意を抱く者すら出るやもしれませぬ」
主上は目を閉じ、静かに応えられた。
「……朕の務めは、この国を、民を、良き方向に導くこと。そのために命を落とすことがあっても——それは本望である」
——言葉が胸に突き刺さる。
「恐れ多きお言葉、深く心に刻みます。蝦夷国を公にする際には、私は“玄武王”と名乗るつもりでございます」
「北の国ゆえに、玄武か……」
主上はわずかに頷かれた。
「良き名じゃ。“普光女王の降嫁”はこの秋とせよ。その後に、蝦夷国の建国を公とする。——よいな?」
「はっ、ありがたき御裁断にございます」
「蝦夷国のことを公にする前に、私は官位を返上し、北畠家も離れる必要があります。その場合、北畠家は信長を養子に迎え、後継とします」
「信長を従五位上・北畠伊勢守にすれば良いのだな」
「北畠信長が、主上を必ずお守りいたします。京の御所が危なくなった時には、蝦夷国に宮殿を建てておりますので、そちらへ、ご避難くださればと……」
「才蔵はおるか」
俺は才蔵を呼んだ。
「ここにおります」
——姿は見えない。気配すらない。
だが、確かにその声が、周囲の空気に溶け込むように届く。
「才蔵、聞いてのとおりだ。蝦夷国建国により、主上の御身が危険にさらされることがあるかもしれぬ。その際は、お前と配下の忍び50名——命に代えても、主上と普光女王をお守りせよ」
「承知いたしました」
その返答もまた、空気に溶けるように響く。
「“才蔵”と名を呼ばれれば、どこにおられようと必ず駆けつけます。たとえ炎の中、水の底であろうとも——主上と普光女王の御身、必ずやお守りいたします」
「そうか、分かった。頼りとするぞ。才蔵」
「命にかえまして」
才蔵の声が、微かに震えている。
しばらくして……静寂が、より深く、重くなった。
「ところで、普光には和算を習わせておるぞ。お主の嫁は計算が得意とか。変わっておるな」
「和算を身につけると、物事を大局的に判断できるようになります。私は、そのような妻たちと共に国づくりをしていきたいのです」
「その方は面白いの。普光にも伝えておこう」
主上との会談は無事に終わった。
***
俺は特殊部隊と共に、大急ぎで伊勢に戻る。
主上との話、そして才蔵の話をオヤジたちに伝えた。
「何でだ〜! 才蔵でなく、儂らではダメなのか?」と3人が騒ぎ始める。
「主上が才蔵の名前を覚えてしまわれたからには、変更はできません」と言うと、諦めたようだ。
しかし3人で「才蔵。羨ましいぞ」とか言いながら、未練たらたらで飲み始める。
……気持ちは分かるけどね。




