126話 加護を受けている証拠
天文14年(1545年初夏)――14歳
「私、かしこくも“豊穣神”と名乗られる神より加護を賜り、わずか十歳にして伊賀と南伊勢の2国を治める身となりました。さらに、従四位下・北畠伊勢守の官位を拝受する栄にも浴しております」
言葉を慎重に選びながら、俺は続ける。
「巷では“神童”などと呼ばれておりますが、それもひとえに、豊穣神様より賜った加護の賜物にございます。そして私は、その加護と引き換えに――“この世から戦をなくし、日の本の民を幸せにする”という誓いを、神に立てたのでございます」
「ゆえに、どれほど困難であろうとも、この約束を果たす責任が、私にはございます。されど、日の本の大名たちを1人残らず臣従させるには――おそらく30年はかかりましょう」
「さらにその後には、寺社勢力、そして幕府といった旧き権威との対峙が待ち受けております。それらに対処し、民を真に安寧の世へと導くには、なお20年ほどを要するはず」
「すなわち、少なくとも50年――その間、日の本の民はなお戦に苦しみ続けることになるのです」
ここで俺は一度、深く息を吸い込んだ。
「……私自身、その50年を生き抜けるという保証は、どこにもございません。そうなれば、神との約束すら果たせぬまま、志半ばで終わるやもしれぬのです」
言葉を紡ぐ間、自らの喉が鳴るのがわかるほど、場には張り詰めた静寂が満ちていた。
「ゆえに――これはあくまで仮の話ではございますが、もしも蝦夷の地に“民が安寧に暮らせる新たな国”を築くことが叶うならば、戦に苦しむ多くの民を、そこへと移すことができましょう。50年を待たずして、救える命が、そこにあるのです」
静寂が落ちた。俺はゆっくりと主上の言葉を待つ。
……主上は、一言も発しない。
ただじっと、俺を見つめている。
沈黙――その長さが、胸に重くのしかかる。圧がすごいぞ。
(……まずい……言い過ぎたか……?)
微かな風が、渡り廊下の簾を揺らす音だけが響いていた。
俺は固唾を飲んで、主上の次の一言を待った。
頼む……俺の想いよ、届いてくれ。
いろいろと遠回しな言い方をしてしまった。
だからこそ、主上は今、俺の真意を探っておられるのだろう。
(このまま無言で済めばいいが、話の内容に激怒されないだろうか)
そうなったら、俺はこの場から即座に立ち去り、護衛の特殊部隊200人とともに、全速力で伊勢へ引き返すしかない。
もはや弁明の余地などない。
主上の機嫌を損ねれた俺は、謀反人として朝敵の烙印を押されるだろう。
そして——伊賀と伊勢の領民を守るための、オール日の本と、血みどろの戦を始めないといけないかもしれない。
豊穣神との約束、民の命、家族の命、すべてを懸けた戦いになる。
勝てば未来を築けるが、負ければ……すべてが終わる。
降伏しても許してはもらえないだろう。
想像するだけで、胃が軋むように痛む。
主上が語り始める――
「民を安らかにすることは本来、朕がやらねばならぬことだ。その方には苦労をかける。蝦夷地に別国家を建国する件だが、ある条件を満たせば認めようではないか」
「ある条件とは、いかがなものでございましょうか」
「ひとつは、普光が降嫁することで、その方と朕が縁を結ぶこと。そうすれば、この朝廷が治める日の本の国と蝦夷国は兄弟国家となるであろう。いまひとつは、其方が“豊穣神様の加護を受けているという証拠”を朕に見せてほしい。この2つじゃ」
「1つ目の条件は、ありがたくお受けいたします。2つ目の条件については、豊穣神様の加護により与えられた“病人を治癒する力”をお見せすることができまする」
「方仁が麻疹で苦しんでおる。お主は治せるか?」
「治せると思いまする」
「では、ここでしばらく待て」
……シーン……
しばらくして、方仁親王が輿に乗せられて、俺の前に運ばれてくる。
「始めてよろしいでしょうか? 立ち上がらせていただきますが、よろしいでしょうか?」
「構わぬ。始めてくれ」
俺は方仁親王に手をかざす。
いつものように、俺の手から光が発せられる。
その光が当たると、親王の表情がどんどん和らいでいく。
光が消えた時、親王が輿から起き上がり、こう仰せになった。
「体の痛みや怠さがまったくなくなった。とても気持ちが良い。光に包まれている間は春の陽を浴びているような心地よさであった。その方に礼を申すぞ」




