114話 第二の国構想
天文14年(1545年冬)――14歳
「いっそのこと、日の本の外に、自分たちの国を築くという選択肢はどうだろうか?」
「そんな都合よく攻め取れる国や、新たに国を作れる場所などあるのですか?」
3人はそろって、疑念を込めた眼差しでこちらに問い返してくる。
「信長、一緒に見に行っただろう?」
「……まさか、蝦夷のことですか? たしかに朝廷の支配が及ぶのは九州から陸奥まで。蝦夷の帰属は曖昧ですね。なるほど……」
信長はそう答えたものの、その表情には“どうやって国を作るのか”という疑問が色濃く浮かんでいた。
「前回、蝦夷を訪れた際、現地に残した者たちには、アイヌの言葉を習得させている。次に蝦夷へ赴くときには、言葉の壁に悩まされることはないだろう」
「すでに蝦夷にはアイヌが暮らしている。俺は彼らと共に歩み、共存共栄の理念のもとで、蝦夷を一つの国として築くつもりだ」
「アイヌは狩猟と漁労を主な生業としている。ならば我々が、農業・工業・貿易を担えばよい。彼らの生活を尊重し、これまで以上に豊かな暮らしを実現させる――その自信はある」
「だからこそ、共存共栄を軸とした国家建設は、決して夢物語ではない。ただし当然のことながら、アイヌの理解と同意がなければ、この計画は白紙に戻す。無理に押し進めるような真似をするつもりは、毛頭ない」
「いずれにせよ、仮に蝦夷に新たな国を築けたとしても、“日の本”と訣別するという意味ではない」
「広大な蝦夷の一角に、幕府や寺社、公家といった旧来の権威や利権勢力の影響を受けぬ場を設ける――それができれば、今後の展開を優位に進める一助となるかもしれない」
「……あくまでその程度の構想にすぎないのだがな」
3人が言葉を発さず、ただ、目の前の男を見つめていた。
(蝦夷に新たな国を築く、か……)
信長が頭の中で何度も同じ言葉を繰り返す。しかしその目には、確かな驚きと興味が宿っていた。
勘助が目を細める。
(どうすれば、そんな発想に至るのか。我らには、到底たどり着けぬ)
幸隆も考えている。
(殿だからこそ見える景色か! この混沌の世にあって、“日の本の外にもう一つの国を創る”などという考え、常人には決して辿り着けぬ)
3人が一様に、驚きの面持ちで問い返してきた。
「殿は、そのために蝦夷へ向かわれたのですか?」
「そうだ。だからこそ、蝦夷に残した者たちに、言葉の習得を命じている。
言葉が通じなければ、何事も始まらないからな」
「もしアイヌの同意が得られ、蝦夷国建国の見通しが立てば、次に必要となるのは――主上との対話だ」
「決して朝廷と敵対するつもりはない。願わくば、“日の本の友好国”として、蝦夷国を認めてもらいたいと考えている」
「とはいえ、主上から后を迎え、官位を授かっている殿が、新たに領土を切り取るとなれば……それは朝廷の領土であると見なされるのではありませんか」
勘助が慎重な面持ちで、懸念を口にする。――そう、それこそが最大の障壁だ。
「仮に、朝廷がこれを認めぬとしても――我らに強大な軍事力があれば、外から異を唱えることは困難となろう」
「第一に、蝦夷まで“大軍”を派遣するには、我々が有する以上の造船技術、操船技術、そして潤沢な資金が必要だ。今の朝廷および諸勢力に、それを実現できる力はない」
「この点は、蝦夷国の自立を正当化するうえで、きわめて強力な交渉材料となるはずだ」
「普光女王の件は、どうなさるおつもりですか? 伊賀や伊勢の領地については?」
幸隆が慎重な口調で問いかけてきた」
(確かに、普光女王との縁談を断ることはできる)
だがその代償として、伊賀や伊勢の地を返上すれば、そこに暮らす民は、再び困窮の淵に追いやられることになる。
「……そうだな。新たな国の建設を志すなかで、見えていなかった課題が、次第に浮かび上がってきた」
「旧来の権威や利権にとらわれぬ拠点を蝦夷に築く――その構想には確かに価値がある。だが、その意義や影響を、いま一度じっくりと見極める必要があるだろう」
「仮に俺が蝦夷建国に成功した場合、それを模倣して新たな国を作ろうとする者も現れるかもしれない。それは1つの問題ではあるが、逆にその流れを活用できる可能性もある」
「いずれにしても、普光女王の件も蝦夷国の件も、主上との対話が不可欠だ。ただし、対話が叶うかどうかも不透明だし、それによって我々がどのような影響を受けるかも予測しきれない」
「だが、仮に蝦夷国が成立すれば、たとえ日の本の統一が成らずとも、塗炭の苦しみに喘ぐ民に新たな移住先を提供することができる。もちろん、これは蝦夷国の建国が実現できるという前提の話にすぎないがな」
「つまり、今語っていることは、あくまで架空の構想にすぎない。検討すべき課題もあれば、予見しがたい障害も数多くある」
「だからこそ、この4人で最善の戦略を練り上げる必要があるのだ。容易な道ではないが……最後まで、俺に力を貸してくれるか?」
「我らは、いかなる時も殿にお仕えいたしますぞ」
3人は即座にそう答えてくれた。
……ありがたい。心強い。
蝦夷建国に向けて、いくつもの懸案事項が浮かび上がってきた。
だが、これからもこの3人の優れた頭脳に問いかけながら、一つひとつ掘り下げ、乗り越えていけばよい。
もっとも――そのすべての前提となるのは、ただ一点。
(蝦夷に国を築くことを、アイヌが認めてくれるのかどうか)
それが確かめられなければ、何一つ先へは進めない。
――もう一度蝦夷へ行こう。
アイヌと話をしよう。彼らにも思惑があるはずだ。
もし国が築けるなら、次は主上との対話となる。主上がどう考えるかも読めないし、仮に北畠と朝廷が対立することになれば、どのような展開になるかもわからない。
想定外のことばかりだ。だが、それでも進むしかない。
進まなければ、何も始まらないのだから。
予測不能な未来への第一歩――それを踏み出すのが、俺の役割なのだろう。
その決断に基づくさまざまな検討は、俺の軍師たちに委ねればよい。状況に応じて修正を重ねながら進めばいい。
正攻法だけでは、天下統一には時間がかかりすぎる。
――乱暴な策かもしれない。だが、やってみるしかない。
(歩いた跡が、きっと道になっていくだろう。……それでいい)




