112話 天下統一には30年も必要?
天文14年(1545年冬)――14歳
伊賀でいろんなことをやり始めて、もう10年が経つ。あっという間だったな。
振り返っても、忙しかった記憶しか出てこない。
でもね、いまだに俺は、伊賀と伊勢、そして南近江の一部を治めているにすぎない。
(え、“10年で……たったこれだけ?”って感じだよ)
(どうするよ! これ……天下なんて、まだまだ遥か彼方だな)
先が長すぎ、目が霞む。
今までのことを少し振り返ってみるとするか。
まず、伊賀を俺の国にしたよな。
……(うん、うん)
次に旧北畠家を滅ぼして、新・北畠家を創設。
……(頑張った。頑張った)
甲賀を傘下に収め、六角家を弱体化。
結果、北畠家は伊賀・伊勢・南近江の一部を領有するまでに成長した。
……(六角が元気だと困るからね)
人材面では、勘助、幸隆、祐長をスカウト。
武田家からは頭脳と、武田四天王のひとりを引き抜いた。
さらに信長、可成、貞勝もこちらにお迎え。織田家からは、英傑の嫡男に勇将、それに内政・外交の要までごっそり頂戴した。
おまけに藤吉郎くん、そして優秀な弟までスカウト済み。
……(スカウト上出来だ〜)
斎藤家には、一向宗の聖地を設けて内憂を作り、道三の動きを封じ込めた。
……(マムシは信用できないから嫌いなのだ)
この結果、少なくとも武田・織田・斎藤の三家は、本来の歴史ルートにだいぶ修正が加わっている……はず。
そして里見家の海賊は、ほぼ殲滅しちゃったな。
関東での北条家の動きは、これでずいぶんスムーズになるはずだ。
……(“海賊どもがよ〜”と、愚痴ってたぐらいだからね)
その副作用で、関東公方やら管領といった“いらない旧勢力”が息を吹き返すかもしれないけどね。
……(それはそれで面倒だ)。
北畠家は北条家と同盟を結んだ。
さらに、アイヌの皆さんには昆布と引き換えに、大量の武器を供与した。
この取引で、蠣崎 vs アイヌという従来の構図にも、何らかの変化が生じるはず!
……(蝦夷の歴史にゆらぎを与えてやったぞ)
つまり――俺の行動が、歴史の流れそのものに、ガッツリ影響を与えているのは間違いない。……(というかバシバシ与えているのだよ)
その結果、本来発生するはずだった歴史イベントが消滅したり、逆に新たなイベントが発生したり。あるいは発生時期がズレたりもするだろうな。
……(そいうこと)
もともと“歴史の記憶”なんて、当てにするつもりはなかったが……
今となっては、もう完全に「参考資料」程度にしかならないかもね。
起こるかどうか、わからなくなってきた“過去イベント”に命を預けるなんてつもりはサラサラない。
今後は、ますます“忍者調査隊”による“目と耳”の働きが重要になる。
……(俺にはそれがあるから、歴史知識はいらないのだよ)
そして俺は、有力大名たちからその“目と耳”となる忍者たちを、どんどん引き抜いていくつもりだ。
……(情報弱者にしていくわけね)
というか、全国の忍者たちが「北畠の傘下に入りたいです!」って目を輝かせて言ってくるんだから。こっちとしてもその流れに乗っていってるだけ。
そんなことを考えながら、湯飲みを手にお茶を一服。
(いやあ、なかなか頑張ってるな、俺……誰も褒めてくれないけど、自分で褒めておくか!)
さて今日は、今後の大戦略を立案するため、俺と軍師2人、そして新たに軍師に昇格させた信長を交え、じっくりと協議を行う予定だ。
実りある議論となることを願い、まずは戦略の大目標を改めて確認しておく。
「俺は豊穣神様と“民を幸せにすること”を約束した。この約束は、何があっても守らねばならぬ。ゆえに、これが北畠の揺るぎなき最上位目標となる。この目標を実現するために、どのような戦略が最善か。忌憚なき意見を求める」
「武力を用いて“大名を次々に臣従させる”、あるいは“臣従しない大名は討つ”という方針で、北畠が日の本を統一すると仮定した場合――その統一が成るまでに、どれほどの歳月を要すると思うか?」
この問いに対する3人の見解はそれぞれ異なっていたが、意見を集約すると、おおよそ「30年はかかるだろう」との結論に至った。
さすがは名軍師にして英傑たち。現実的で、史実にも即した見通しである。
たとえ至高の匠スキルによって武器に優位性があったとしても、短縮できるのは、あくまで武力によって領地を拡大するための戦の時間に過ぎないのだよ。
戦に勝ち、得た領地の民を慰撫し、秩序を回復させるには、やはり相応の時間を要する。結局、領地拡大はゆっくりとしか進まないだろう。
むしろ、これまでとは異なる統治体制を導入する以上、民の理解と信頼を得るまでに、より多くの時間が民の慰撫に必要となるだろう。
すなわち、“天下統一”を成し遂げるには、“武による制圧”と“民の心を治める政”の双方を、交互に幾度も繰り返し、長い歳月をかけて積み重ねていかねばならないということだ。
30年という歳月は、その現実を見据えた、きわめて妥当な見積もりと言えるだろう。




