111話 贅沢な正月と澄酒
天文14年(1545年冬)――14歳
お正月だ。やっと落ち着いた正月が迎えられる。
松坂城にみんなが集まってくる。年賀の挨拶ってやつだ。俺の横には子供側室たちがずらり。桔梗、桜、千代女、百合。しかも、まだ増える予定なんだよ。
(“側室”なんて言葉には、ほんのちょっとだけ興味もあったけど)
(このペースでどんどん増えていくとどうなるんだ)
せっかくの正月だし、日頃の感謝を込めて、俺がプロデュースした料理が次々と振る舞われていく。
まずは、蝦夷から持ち帰った昆布で出汁をとった雑煮。
前世なら“普通の雑煮”ってやつだけど、この時代では超贅沢。しみじみと旨い。
それと、正月用にちょっと張り切って澄酒も作ってみた。
前世で「ドブロクに灰を入れると澄酒になる」って記事を読んだ記憶があってね。
試してみようかとも思ったけど、そこは“至高の匠スキル”の出番。
灰の代わりに活性炭濾過器をちゃちゃっと作成。で、出来上がったのが——
(澄酒、最高!)
俺もちょびっとだけ、味見がてらに舐めてみる。
(おお……これは旨い、いいじゃないか。完全オーガニックだからかな?)
実際、集まった呑兵衛たちはというと——
「澄酒、最高!」
「こんなの初めて!」
「もうドブロクいらねえ!」
大盛り上がりだ。酒飲みは酒談義で盛り上がれるからな。
とはいえ、澄酒を量産する気はサラサラない。
なにせ、米は主食。主食を片っ端から酒に変えてたら、いざ飢饉が来たら泣くことになるからだ。
そもそも、この時代に“治水”なんて概念は存在しない。
たとえやろうとしても、まともな土木技術なんてないのが現実だ。
大型台風が来れば――あとはもう、諦めるか、神に祈るか。
河川は好き放題に暴れ、村々を飲み込む。
つまりこの時代、人は自然災害に対して“やられっぱなし”なのだ。
台風だけじゃない。干ばつ、冷夏、虫害……
米作りというのは本当に不安定なのだ。
だからこそ――
米から作る澄酒は、正月だけの“贅沢イベント”として特別に作ったものなのだ。
呑兵衛たちも、その貴重さを肌でわかっている。
ありがたみが沁みるのだ――五臓六腑に。
特別に作るとなれば、伊勢で人気の杜氏が作るドブロク酒を買い占める。
それを活性炭濾過器でどんどん濾過して透明な澄酒を製造する。
杜氏が仰天していたが、構わずどんどん作らせた。
前世では当たり前だった透明な澄酒が、どんどんできあがる。
全部で100樽ほどだ。
澄酒は焼酎とは違う旨さがある。なんたって香りが良い。
辛口か甘口かって? 本格的に飲めない俺からすれば、どうでもいいのだよ。
澄酒を片手に、伊勢海老のお刺身を——塩でも醤油でも、お好みでどうぞ。
何と言っても、“風魔宅急便”が届けてくれた伊豆産のワサビもある。山の渓流にひっそりと自生している天然物。もう、これ以上ない正月料理でしょ。
戦国時代といえば、「食えれば何でもOK」な時代。そんな時代に“味わう”なんて、これぞ究極の贅沢というやつだ。
いつもは焼酎ばかり飲んでる人たちも、ここぞとばかりに透明な澄酒を心から堪能中。俺は前世じゃ焼酎派だったので、内心では「焼酎……頑張れ」と応援してるけど——まあ、今は関係ないか。
ワサビのお礼に、澄酒を北条家へ10樽ほど贈ることにした。
「風魔さんとは忍者仲間だよね?」ということで、風魔さんにも別途2樽ほどお裾分け。
さらに、“風魔宅急便”の忍者さんたちにも、「ワサビありがとー!」の感謝を込めて、忍者控室に正月料理と大徳利の澄酒を一本ずつセットでプレゼント。
控室では給仕の女性が「料理は傷みますので、ここで食べていってくださいね」と丁寧な注意が――
風魔忍者さんたち、料理にロックオン。
(く、食っていいのかこんな料理、お、俺たちが……!)
「……では、遠慮なく」
「い、いただくでござるッ!」
さっそく一人が伊勢海老にかぶりつき、目を見開く。
「……なんだこの味は! 拙者の30年の人生で一番うまいではないか〜!」
「待て、この雑煮、絶品だぞ! 味が深い!」
その隣で別の忍者が、澄酒の徳利をちびっと味見して、ぐるぐる目を回す。
「……な、なんだこの味……!? 酒って、こんなにやさしく抱きしめてくれるものだったのか……」
大徳利を愛おしく抱きしめて、誰にも渡さないぞアピール。
「な、何してる! 儂にも寄こせ」
「こ、これは不味くてな! 飲まない方がよいぞ……腹壊すからな!」
「うそつけ! お前の顔を見ればわかるわい」
……という感じで……
気がつけば、控室は正月の宴会会場と化し、風魔忍者たちが赤い顔で雑煮をすすっていた。
帰国の挨拶では、全員が口を揃えて「つ、次も必ず! 我らが最高のワサビを届けます!」と大合唱……次回の“宅急便配達員争奪戦”、これはちょっと激しくなりそう。喧嘩だけはしないでくださいね?
そして、良い正月を過ごしていただけるよう、主上にも澄酒を30樽ほど献上。さらに、昆布と鮭も一緒にね。
百合がいるので、ちょっと気の利いた歌を作ってもらい、澄酒に添えてみた。
これで主上もご満悦、間違いなしだろう。
北畠家の重臣たちにも、1人につき1樽ずつ進呈。
残りは伊賀上野城と松坂城で保管しておく予定だけど……まあ、どうせオヤジたちがこっそり飲むに決まってる。
澄酒は日が経てば味が落ちるから、飲まれる前提で問題なし。
後日、主上からは俺宛に、見事な和歌が届けられた。
当然のように達筆で、あまりに立派だったので松坂城の茶室に飾ってある。
来客みんなが感心して眺めていたな。
百合にも、これを機に和歌の勉強を本格的に始めてもらうことにしよう。




