109話 新たな嫁候補?
天文13年(1544年秋)――13歳
日本丸は無事に小田原港へ帰還。
お土産として、蝦夷の昆布、鮭、毛皮、燻製肉をいくつか選んで、北条家にお裾分けしておいた。礼儀って大事だし、ね?
「それじゃ、さらば北条家。楽しい旅だったよ〜」と颯爽と帰るはずだったのだが……。
なぜか、また小田原城に連行される俺。
いやもう、早く松坂に帰りたいんですけど?
――そして、始まる宴。いつもの流れだよ、これ。
北条家の家臣たちは、待ってましたとばかりに酒を手に持ち、声高に語り出す。
「そもそもなァ、里見の海賊野郎どもはよォ〜!」
はい出ました、持ちネタ。
今回は我々がその“野郎ども”を盛大にボコったもんだから、声の張り具合も格別である。
「そもそも」三割増しで楽しそうだ。
どうやら、北条家にとって里見の海賊というのは、ずーっと頭の痛い存在だったらしい。三浦半島の村を奇襲してくるわ、御用商人の船を襲ってくるわで、もうやりたい放題だったとか。
「ったく、忘れた頃にやってきやがるんだよ! で、すぐ逃げる! あの足の速さときたらな!」
愚痴大会も同時開催中。
今回は拠点も船も一網打尽にしたわけで、しばらくは安泰でしょう。
(まあ、再建されないとは限らないけどな)
宴も終盤に差しかかると、家臣団のテンションは右肩上がりでヒートアップ。
「北畠家には感謝しかない!」
「150隻近くも沈めてくれた英雄だぞ!」
「領地も増えた! やったぞ!」
拍手喝采、感謝の嵐。
それはまあ嬉しいけど……ひとつ言わせて?
戦で喉鍛えすぎ。
どいつもこいつも声がデカい。反響で天井が割れそうなんですけど?
伊豆水軍の清水康英が、なぜか俺の横にぴったり張り付いている。
しかも、ずっとこんな調子だ。
「どうやってあの船を作ったの?」
「あの変わった砲は何?」
「いくらするの?」
「売ってくれないかな〜?」
――のループだ。
……おい、壊れたからくり人形か。
一巡した質問を、また最初から繰り返すのやめてくれないか。
こっちは酔いが覚めるどころか、神経が磨り減っていく。
そもそも売れるわけないだろう。
あんな船、見た目も中身も国家機密級なんだぞ。
仮にだ、仮に売ったとして――
あんた、それ操れるの?
帆船はただのオシャレ船じゃないぞ? 気まぐれな風と波を読んで、的確に帆を操らないと、あっという間に遭難だ。
下手すりゃ、船員全員白骨化したまま、どこか異国の海岸に流れ着くぞ。
「昔の日本の船らしい」とか言われながら博物館行きだぞ。やめとけって。
「またいずれの機会に」と笑顔でごまかしておいたが――
当然、教える気なんてまったくない。
たとえ同盟を結ぼうが、酒を酌み交わそうが、無理なもんは無理。
なにせ、あれは俺の“スキル”で創った船だ。
図面? ないよ。工程? 知らんよ。
最初から完成してんだよ。あれは!
赤ら顔の氏康さんが「ぜひ何かお礼をしたい」と言うので……
「貿易の補給港として大島をいただけないですか」と遠慮がちに聞いてみた。
「大島は、かつては北条家の領民がそれなりに住んでおったのだがな。里見家の海賊どもが幾度も襲いかかってきたせいで、今では人っ子ひとりおらぬ」
「あんな島、恐ろしくて住みたがる者など誰もいないぞ」
「もし大島で構わぬというのなら、進呈いたそう。ただ……大島一つでは些か心苦しいゆえ、八丈島までの島々すべて、そなたに預けようではないか」
ありがたい申し出だ。ありがたく頂くことにした。
もう絶対返さないからね。
取り消されないように、後で同盟の文面にしっかり入れてもらおう。
蝦夷航路をもっと充実させたいから、大島は補給基地だ。
八丈島はクジラ漁の中継基地にしよう。でも、まだ鯨油はいらないか。
『あれ。氏康さんがいないな〜』と思っていたら──
うれしそうな顔で氏康さんが戻ってきた。手を引いているのは、かわいらしい女の子。将来は間違いなく美人になるタイプだな。
……まあ俺も、今は子供だけどさ。
「早川と申します、以後よろしくお頼み申します」
以後よろしく……って、え、えええ!?
これって、側室追加のお知らせ……ってことでOKですか!?
また増えるのか……!
「普光女王が降嫁いただくと、公家との付き合いも増えそうですからね。早川姫にお力添えいただければ、大変ありがたいです」と適当に愛想笑いで返しておいた。
すると隣の瑞渓院さんが、ビシッと胸を張ってこう言った。
「その件、しかとお任せくだされ!」
……いや、お母さん。
その勢いだと、あなた、松坂に来る気じゃないですよね?
ほんと、来なくていいですからね?
***
翌日、日本丸の甲板でホッと一息ついていたら──
またオヤジたちがやってきた。
「本当にお前といると退屈しないな〜」
「またまた側室が増えたじゃないか〜」
「何人まで行くか、ちょっと楽しみになってきたぞ」
「頑張れよ〜」
……何を頑張るのか、具体的に説明してもらっていいかな?
まったく、完全に他人事だと思って。
***
そんなこんなで、ついに帰ってきたぞ、松坂。
あ〜、我が家はやっぱり落ち着く。
俺は妻たちが淹れてくれたお茶をすすりながら、まったりしている。
同じ部屋では、オヤジたち、小姓たち、若手武将たちが、それぞれ湯呑を手にホッとひと息。
しばしのリラックスタイムだ。
「そういえば尾張の織田って、今どんな感じ?」と何気なくオヤジに尋ねる。
「尾張担当の“忍び調査隊”に聞いておくな」といつもの調子で返ってきた。
ついでに聞いてみる。
「ところでオヤジたち、昨日、風魔と何話してたんだ?」
「いやいや、ただな、伊賀も甲賀もすっかり豊かになってるぞ〜とか、学校もタダで行けるぞ〜とか……そういう世間話だけだぞ?」
(うん、それ完全にスカウトなやつ)
「北条からこっちに鞍替えしない?」って絶対言ってないよね?
風魔にチョッカイ出すのはやめてほしい。




