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Cランクの洗礼と、初の共闘

Cランクに昇格してから、数日が過ぎた。

俺とリリアナを取り巻く環境は、文字通り、一夜にして激変していた。


「よぉ、ユウキ! リリアナちゃん! 今日もいい天気だな!」

「昨日の酒場での奢り、ご馳走さんだったぜ!」


ギルドへ向かう道すがら、すれ違う冒険者たちが、やけに気さくに声をかけてくる。

つい先日まで、俺たちを「ひよっこ」と呼び、侮蔑の視線を向けてきた連中だ。

その変わり身の速さには、呆れるのを通り越して、もはや感心すらしてしまう。


「……なんだか、まだ慣れませんね」


隣を歩くリリアナが、戸惑ったように苦笑する。

無理もない。彼女に向けられる視線は、もはや「落ちこぼれ」へのものではない。「街を救った英雄」への、尊敬と、少しばかりの畏怖が入り混じった、複雑な色を帯びていた。


ギルドの依頼掲示板クエストボードの前に立つと、その変化はさらに顕著だった。

以前は数えるほどしかなかったFランクの依頼とは違い、Cランクの依頼は、その数も、質も、報酬も、何もかもが桁違いだった。


「ワイバーンの雛の捕獲……」

「古代遺跡の調査……」


リリアナが、ゴクリと唾を飲む。

一つ一つの依頼が、俺たちの冒険者としてのステージが、確かに上がったことを証明していた。


だが、俺たちの心は満たされていなかった。

周囲からの称賛も、高ランクの依頼も、今の俺たちには、まだゴールへと続く通過点でしかない。


俺たちの本当の目標は、もっと遥か先。

あの『遠見盤』に映し出された、絶対的な巨星――雷帝ゼノン。


「リリアナ」

「はい」


俺の呼びかけに、彼女は決意に満ちた瞳で頷く。

俺たちは、ただの「ゴブリン討伐で名を上げた、運のいい新人」で終わるつもりはない。

俺たちの実力が本物であることを、この街に、いや、天上の神々に証明する必要がある。


俺は、Cランクの依頼の中でも、一際禍々しいオーラを放つ、一枚の依頼書を指差した。


【依頼内容:古代遺跡の主、アーク・アラクネ討伐】

【ランク:C(高難度)】

【報酬:金貨30枚】

【備考:極めて危険。パーティ編成を強く推奨】


「――俺たちの実力を示すには、最高の舞台だ」


二人同時に、その依頼書に手を伸ばした。



二人同時に、その依頼書に手を伸ばした、まさにその瞬間だった。


ガシッ、と。

まるで獲物を掠め取る猛禽の爪のように、俺たちの指先よりも一瞬早く、逆側から伸びてきた無骨な手が、依頼書を鷲掴みにした。

使い込まれた革のガントレットに覆われた、歴戦の戦士の手。その力強い所作だけで、持ち主の実力が透けて見えるようだった。


「――悪いが、そいつは俺たちがいただくぜ」


聞き覚えのある、低く、自信に満ちた声。

ハッと顔を上げると、そこに立っていたのは、やはり、Cランク冒険者のボルガだった。

彼の背後には、同じパーティー『鋼鉄の咆哮』の仲間たちが、まるで一枚岩のように仁王立ちし、挑むような眼差しでこちらを睨みつけている。盾役のドワーフ、弓使いのエルフ、僧侶と思しき女性。誰もが、ゴブリン討伐で顔を合わせた、屈強な猛者たちだ。彼らが放つ歴戦のオーラは、Cランクに上がったばかりの俺たちとは明らかに格が違っていた。


「ボルガさん……!」


リリアナが、驚いたように彼の名を呼ぶ。

先日、俺たちを「目標ライバル」だと宣言した男。まさか、こんなにも早く、こんな形で再会することになるとは。


ボルガは、依頼書をひらひらとさせながら、挑戦的に笑う。

その顔に、以前のような侮蔑の色はない。あるのは、好敵手に向ける、純粋で獰猛なまでの闘争心だけだ。そして、その視線は俺だけでなく、隣に立つリリアナの実力をも、確かに認め、測っているようだった。


だが、こちらも譲るわけにはいかない。

俺の視界の端では、既に《神々のインターフェイス》が、この予期せぬイベントに沸き立っていた。


《名もなき神A》うおお、ボルガじゃん!

《名もなき神F》いきなりライバル対決かよ! 熱いな!

《名もなき神B》これは面白くなってきた!


そうだ、これも最高の「配信ネタ」だ。視聴者オーディエンスは、こういう展開を待っていたはずだ。


「ああ、奇遇だな。悪いが、それは俺たちが先に受注する」

「ほざけ。ゴブリン退治で少し名を上げたからといって、調子に乗るなよ、ひよっこが」


ボルガの言葉は厳しいが、そこには確かに、俺たちをライバルとして認めているが故の響きがあった。彼は続ける。


「お前たちのゴブリン討伐の手腕は見事だった。それは認める。だがな、物量相手の戦いと、一体の強敵との戦いは全くの別物だ。この依頼は、Cランクの中でも別格。お前たち二人だけでどうにかなるほど、甘い相手じゃねえ」

「それは、やってみなければ分からないだろ?」


俺が言い返すと、ボルガの背後にいた仲間の一人が、鼻で笑いながら一歩前に出た。


「おいおい、俺たちのリーダーに楯突くとは、いい度胸じゃねえか、元Fランク」


じり、と空気が熱を帯びる。

それまでざわついていたギルドのホールが、俺たちのやり取りに気づき、水を打ったように静まり返っていく。依頼を探していた冒険者も、酒場で飲んでいた冒険者も、誰もが固唾を飲んで、このCランクのトップパーティーと、彗星の如く現れた新人英雄との対立を見守っていた。


一触即発。

二つのパーティーの闘志が火花を散らし、ホール全体がその熱に当てられたかのように、息を詰める。

この緊張感こそ、神々が最も好む「物語」のスパイスだった。



一触即発。

俺とボルガの間に、見えない火花が散る。

ギルドのホールにいる誰もが、この二つのパーティーが今にも殴り合いを始めるのではないかと、固唾を飲んで見守っていた。


その、張り詰めた空気を切り裂いたのは、一つの重々しい声だった。


「――そこまでにしろ、貴様ら」


声の主は、カウンターの奥から姿を現した、ギルドマスターその人だった。

彼の威厳に満ちた一言に、ホールを支配していた熱気は、急速に冷やされていく。


ギルドマスターは、俺とボルガを交互に見比べると、やれやれと溜息を一つ吐いた。


「どちらも譲る気はない、という顔だな」


「「当然だ」」


俺とボルガの声が、綺麗にハモる。


「ふむ……」


ギルドマスターは、顎に手をやり、しばし思案する。

そして、この面倒な状況を心底楽しむかのように、悪戯っぽく、ニヤリと口の端を吊り上げた。


「ならば、面白い提案がある。貴様ら二組で、共同戦線を張れ」


「「はあ!?」」


再び、俺とボルガの声がハモった。だが、今度は驚愕に満ちた、間の抜けた声だ。


「な、何を言ってやがる! 俺たちが、こいつらひよっこと組むだと!?」

ボルガが、真っ先に不満の声を上げる。彼の仲間たちも、冗談じゃないとばかりに首を横に振っていた。


共同戦線……。

確かに、無茶苦茶な提案だ。だが、俺の頭の中では、その言葉が全く別の、きらびやかな単語に変換されていた。


(共同戦線……? 違う。これは……俺のチャンネル初の、『コラボ配信』だ!)


そうだ。

因縁のライバルとの、初の共闘。

これほど神々(視聴者)が熱狂する企画が、他にあるだろうか?


《名もなき神A》コラボwww まさかの展開www

《名もなき神G》ギルマス、分かってんじゃねえか!

《名もなき神K》これは絶対面白くなるやつ!


俺の閃きを肯定するように、《神々のインターフェイス》は、既に祝福のコメントで埋め尽くされている。


「……面白い」


俺は、ボルガたちの不満を遮るように、一歩前に出た。


「ギルドマスター、その提案、受けさせてもらう」


俺の快諾に、今度はボルガたちが驚愕する番だった。


「なっ……! おい、ユウキ、てめえ正気か!?」

「ああ、正気だとも」


俺は、呆然とするボルガに向かって、配信者として最高の笑顔を向けてやった。


「いいぜ。あんたたち『鋼鉄の咆哮』と俺たち…どっちがこの『物語』の主役になるか、勝負と行こうぜ、ボルガ」



俺の挑戦的な宣言に、ボルガの額に青筋が浮かび上がる。


「てめえ、ふざけやがって……!」


ギリ、と奥歯を噛み締める音が、静まり返ったホールに響いた。ボルガの丸太のように太い腕が、わなわなと怒りに震えている。今にもその拳が俺の顔面に叩き込まれてもおかしくない、そんな殺気立った空気に、リリアナが息を呑んだ。


だが、その殺気を力ずくで捻じ伏せたのは、ギルドマスターの威厳に満ちた声だった。


「――決まりだな」


それは、ただの決定ではない。このアストリアの冒険者ギルドにおいて、誰一人として逆らうことのできない、絶対的な勅命だった。

ボルガは、ぐっと奥歯を噛み締め、燃え盛るような目で俺を睨みつける。彼の仲間たちも、不満と怒りを隠そうともせず、俺たちに敵意の視線を突き刺してくる。


しかし、ギルドマスターという絶対的な権力を前に、彼らに選択の余地はなかった。

ボルガは、絞り出すように「……分かったよ」と呟いた。到底、納得などしていない。プライドをズタタに引き裂かれ、渋々、この理不尽な決定を受け入れた、という顔だった。


こうして、互いにライバル心を剥き出しにしたままの、危険で、いびつな共同戦線が、ここに結成された。信頼関係など皆無。いつ背後から斬りかかられてもおかしくない、冷たい契約だった。


俺の視界の端では、《神々のインターフェイス》が、この波乱の展開を祝福するように、お祭り騒ぎの様相を呈していた。


《名もなき神A》決まったああああ!

《名もなき神F》ライバルと強制コラボとか、最高かよ!

《軍略の神》ほう…面白い。いがみ合う駒をどう采配するか、司令塔の腕の見せ所だな。

《名もなき神B》面白くなってきたあああ! チャンネル登録しといて正解だったわ!


(――最高の展開だ)


俺は内心でガッツポーズを作る。神々(オーディエンス)の期待は最高潮。あとは、この危険な同盟という最高の素材を、いかにして最高の「物語」に調理するかだ。


俺たちと『鋼鉄の咆哮』。

二つのパーティーは、互いに一言も口を利くことなく、ギルドを後にする。

ボルガの敵意に満ちた視線が、俺の背中に突き刺さる。「足を引っ張ったら、容赦なく斬り捨てる」と、その目が雄弁に語っていた。

俺もまた、不敵な笑みを返す。「主役の座は、俺たちがいただく」と、魂で応える。


それぞれの思惑が、冷たく、そして熱く交錯する。

俺たちは、決戦の舞台となる古代遺跡へと、重い足取りで向かうのだった。この危険な同盟が、奇跡の連携を生むのか、あるいは最悪の結末を招くのか。それはまだ、神々すらも知らない。

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