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ゴブリンの巣、攻略配信!

決戦の朝。

ゴブリンの巣へと続く森の入り口には、アストリアの精鋭たちが集結していた。

総勢20名からなる、Cランク冒険者で編成された討伐隊。

誰もが歴戦の強者であり、その場はピリピリとした緊張感と、武者震いにも似た熱気に包まれていた。


「――おい、ひよっこども」


不意に、俺たちの前に一人の大男が立ち塞がった。

討伐隊のリーダーに任命された、Cランク冒険者のボルガだ。


「勘違いするんじゃねえぞ。お前らがここにいるのは、あくまで発見者としての義務だ。決して戦力として認められたわけじゃねえ」


ボルガは、俺たちを侮蔑の眼差しで見下し、顎で後方をしゃくった。


「足手まといのFランクは、黙って後ろに下がってろ。せいぜい、俺たちの戦いを特等席で見物してるんだな」


その言葉に、周囲のCランク冒険者たちからクスクスと嘲笑が漏れる。

リリアナが悔しさに唇を噛み締め、俯いた。


だが、俺は全く動じていなかった。

むしろ、この状況は、最高の「前フリ」だ。


俺は、誰にも気づかれぬよう、そっと《神々のインターフェイス》を起動させた。

配信タイトルは、もちろんこれだ。


【下克上】ゴブリンの巣、攻略配信!~エリート様を出し抜け!~


そして、画面の向こうで待ち構える神々(オーディエンス)に向かって、心の中で不敵に笑いかける。


(――さあ、お前ら!)

(メインディッシュの前に、最高のサイドストーリーを見せてやるぜ!)


物語の主役は、いつだって遅れて登場するものだからな。



ボルガの咆哮が、夜明け前の森に轟いた。


「うおおおおお! 野郎ども、続けぇ!」

「ゴブリンどもを残らず根絶やしにしろ!」


それを合図に、討伐隊本隊の冒険者たちが、鬨の声を上げながら一斉にゴブリンの集落へと正面から突撃していく。

大地を揺るがすその突撃に、集落のゴブリンたちもすぐさま反応し、迎撃のためにわらわらと姿を現した。

戦いの火蓋が、今、切って落とされたのだ。


「――よし、行くぞ!」


その喧騒を背に、俺は後方で息を殺していたリリアナに合図を送る。

ゴブリンたちの注意が、完全に正面の討伐隊へと引きつけられている今が、絶好のチャンスだ。


俺たちは、誰にも気づかれぬよう、影のように隊列から離脱する。

そして、神々との作戦会議で共有された、ゴブリンどもも知らない集落裏手の獣道へと、静かに足を踏み入れた。


《名もなき神A》きたきたきた! 潜入ミッション!

《名もなき神F》正面のバカどもには派手にやらせとけw

《隠密の神》ふむ、悪くない手際だ。だが、本当の隠密とは、そこに存在しないことと同義ぞ。

《名もなき神K》よし、こっちの道で間違いないぞ!


神々からのコメントが、俺たちの進むべき道をリアルタイムでナビゲートしてくれる。

まるで、最高難易度のステルスゲームをプレイしているかのようだ。


「ユウキさん、見張りが……!」

リリアナが息を殺して、俺の袖を引く。

道の先、木の陰に隠れるようにして、一体のゴブリンが見張りをしていた。


だが、俺は慌てない。


「《名もなき神B》さん、スパチャあざっす! 早速使わせてもらうぜ!」


俺は、神々からの支援で生成した巻物を広げ、二人でその効果範囲に入る。


「――『隠密の巻物(500G)』!」


フワリ、と俺たちの輪郭が陽炎のように揺らめき、周囲の景色に溶け込んでいく。

完全に気配を消した俺たちは、見張りのゴブリンのすぐ横を、音もなく通り過ぎていった。


神々も、まるで自分たちが潜入作戦に参加しているかのようなスリルに、熱狂しているのが伝わってくる。

正面突破などという、脳筋どもと同じ戦い方をするつもりは毛頭ない。

俺たちのやり方で、この戦場を支配してやる。



集落の裏手から潜入した俺たちは、神々の的確なナビゲートのおかげで、一度も見つかることなく集落の最深部へとたどり着いていた。

目の前には、巨大な洞窟が、まるで獣の顎のように黒い口を開けている。


『間違いない! ボスの寝床はこの奥だ!』


神々からのコメントが、俺の決意を後押ししてくれる。

俺はリリアナと視線を交わし、無言で頷き合うと、松明の光を頼りに洞窟の奥へと進んだ。


洞窟の最奥は、広大な空洞になっていた。

そして、その中央。無数の骨が散らばる玉座の上に、そいつはいた。


――ホブゴブリン。


これまでに見てきたゴブリンたちとは、明らかに格が違う。

筋骨隆々の巨体は俺たちの倍以上あり、その手には、人間が使うものと遜色のない、巨大な鉄の斧が握られていた。


「グルルルル……」


侵入者に気づいたホブゴブリンが、低い唸り声を上げながら立ち上がる。

凄まじい威圧感に、リリアナの体がこわばるのが分かった。


「――来るぞ!」


俺の叫びと同時に、ホブゴブリンが巨体に見合わぬ速さで突進してきた。


「リリアナ、右に跳べ! 俺が動きを止める!」


俺は、この瞬間のために温存しておいたスパチャを、即座にアイテムへと変換する。


「《名もなき神H》さん、大口スパチャ感謝! 『重力の鎖(3000G)』、発動!」


俺が叫ぶと、ホブゴブリンの足元から紫色の鎖が出現し、その動きを一瞬だけ鈍らせた。

リリアナはその隙を逃さない。右へと跳び、体勢を立て直すと同時に、ドワーフから授かった剣でホブゴブリンの脇腹を浅く切り裂いた。


「ギィィィ!」


怒りの雄叫びを上げるホブゴブリン。だが、俺たちの完璧な連携は、まだ始まったばかりだ。


「天井から鍾乳石が落ちるぞ、三歩下がれ!」

「奴の次の狙いは左腕だ! カウンターを合わせろ!」


神々の情報支援を元にした俺の指示は、完璧な未来予知だ。

リリアナは、その指示に応える天性の剣技を持っている。


スパチャアイテムで敵の動きを封じ、神々のコメントで未来を読む司令塔の俺。

その完璧な指示を信じ、アタッカーとして剣を振るうリリアナ。


二人の「落ちこぼれ」が、今、一つの生命体のように連動し、格上の強敵を確実に追い詰めていく。


だが、追い詰められた獣は、最も危険だ。

全身に無数の傷を負ったホブゴブリンが、最後の力を振り絞るように、その巨大な斧を天に掲げた。


「グルオオオオオオ!」


渾身の一撃が、リリアナに向かって振り下ろされる。

あまりにも速く、重いその一撃は、もはや回避不可能に見えた。


その、絶体絶命の瞬間。

俺の視界で、神々からの最大級の支援が、光の奔流となって降り注いだ。


《名もなき神一同》「――行けええええええええ!!!」


「リリアナァッ!」


俺は叫んだ。


「――『神速の祝福(10000G)』!」


神々の力が、光の奔流となってリリアナの体に宿る。 世界から、音が消えた。

ユウキの声援すらも、今はもう届かない。

ただ、心臓の鼓動だけが、熱く、速く、彼女の世界を支配していた。

体が、思考よりも先に動く。

――紙一重。

死の軌跡をすり抜け、懐へと潜り込む。ドワーフに託された剣の、ずしりとした重みを感じる。

そして、神速の勢いを乗せた彼女の祈りが、ホブゴブリンの絶叫ごと、その心臓を正確に貫いた。



その頃、正面から攻め込んでいた討伐隊本隊は、完全に泥沼の消耗戦に陥っていた。


「くそっ! キリがねえ!」


リーダーのボルガが悪態をつく。

ゴブリンたちの数は、こちらの予想を遥かに上回っていた。一体倒せば、その屍を乗り越えて二体が現れる。圧倒的な物量の前に、歴戦のCランク冒険者たちも、じりじりと後退を余儀なくされていた。


(このままでは、ジリ貧だ……!)


ボルガが焦りの色を隠せない、その時だった。


突如、あれだけ統率の取れていたゴブリンたちの動きが、明らかに乱れたのだ。

最前線で戦っていたゴブリンたちが、なぜか後ろを振り返り、困惑したようにざわめき始める。その混乱は、まるで波紋のように、瞬く間にゴブリン全軍へと伝播していった。


「……なんだ? 何が起きてる?」


冒険者たちも、敵の異変に気づき、戸惑いの声を上げる。


次の瞬間だった。

集落の中央から、ボロボロになった二つの影が、おぼつかない足取りで姿を現した。


「――あれは……」


ボルガは、己の目を疑った。

(逃げ出したか、あるいはどこかで野垂れ死んだか)

戦力外として切り捨て、意識の片隅からも消していた、Fランクのひよっこ。ユウキとリリアナだ。

全身傷だらけで、今にも倒れそうなほど消耗している。


だが、そのユウキの右腕は、天に向かって何かを力強く掲げていた。

血の滴る、巨大な何かを。


――ホブゴブリンの、首を。


その信じがたい光景に、時が止まった。

冒険者も、ゴブリンも、誰もがその場に釘付けになり、言葉を失う。


戦場を支配していた怒号と剣戟の音は、嘘のように消え失せ、水を打ったような静寂が、その場を支配した。

ただ、風の音だけが、高々と掲げられた首にかかる髪を、静かにはためかせていた。

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