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初めてのバズと見上げる先

ドワーフの店主から新たな剣を授かった翌日。

俺とリリアナは、確かな自信を胸に、再び冒険者ギルドの依頼掲示板の前に立っていた。


「リリアナ、準備はいいか?」

「はい。この剣があれば、もう何も怖くありません」


リリアナは、腰に差した新しいショートソードの柄を、愛おしそうに撫でる。

その横顔は、昨日までの「落ちこぼれ」の影を微塵も感じさせない、誇りに満たたものだった。


俺たちは、数少ないFランク向けの依頼の中から、一つを選び取った。


【依頼内容:ゴブリン斥候】

【ランク:F(推奨)】

【報酬:銀貨8枚】

【備考:森のゴブリンの動向を偵察。戦闘は極力避けること】


地味な仕事だが、今の俺たちにはちょうどいい。

なにより、「推奨」という文字が、俺たちの成長を証明しているようで誇らしかった。



森の奥深くへと、俺たちは足を踏み入れていた。

以前、俺が一人で死にかけた森と同じはずなのに、隣に信頼できる仲間がいるだけで、見える景色は全く違っていた。


偵察任務は、順調に進んでいた。

時折現れるゴブリンの斥候を、リリアナが新しい剣で難なく仕留めていく。その動きは、以前とは比べ物にならないほど鋭く、正確だった。


だが、森のさらに奥へと進むにつれて、俺は異変に気づき始めていた。

ゴブリンの足跡が、異常に多い。

まるで、一つの巨大な軍隊がこの森に駐留しているかのようだ。


「……ユウキさん、なんだか、様子がおかしくありませんか?」

リリアナも、肌でその異様な気配を感じ取っているようだった。


俺たちは、息を殺して、巨大な岩陰からそっと前方を見渡す。

そして、言葉を失った。


目の前に広がっていたのは、ただのキャンプなどという生易しいものではなかった。

粗末な見張り台がいくつも建てられ、無数のゴブリンが武器を手にうろついている。その奥には、リーダー格であろう、一際体の大きいホブゴブリンの姿も見えた。


――巨大な、ゴブリンの集落。


「嘘だろ……」


Fランクの斥候任務。その言葉からは、到底想像もできない光景だった。

これは、ギルドが全く把握していない、極めて危険な脅威だ。

一歩間違えれば、俺たちはここで死ぬ。


リリアナが恐怖に息を飲む隣で、俺の口元は、しかし、確かに吊り上がっていた。

絶体絶命のピンチ。

それはつまり、最高の「スクープ」だということに、配信者としての俺の本能が気づいていたからだ。



「リリアナ、静かに。絶対に声を出すなよ」


俺は小声で彼女に指示を出すと、震える指で《神々のインターフェイス》を操作する。

配信開始。そして、考えうる限り最もセンセーショナルなタイトルを叩き込んだ。


【超速報】ヤバすぎるゴブリンの巣、見つけちまったんだがwww


その刹那、俺の視界の端で、同時接続者数のカウンターが爆発した。

5人、10人、50人、100人……! 普段ではありえない速度で数字が跳ね上がっていく。


《名もなき神A》!?!?

《名もなき神C》マジかよwww

《名もなき神G》おいおいおい、Fランククエじゃなかったのかよ!

《名もなき神B》これは祭りだあああああ!


コメント欄は、瞬く間に熱狂の渦に飲み込まれていく。

これまでにない額のスパチャ通知が、画面を滝のように埋め尽くし始めた。


「っしゃ……!」


俺は心の中でガッツポーズを作る。

賭けは、勝った。


「リリアナ、行くぞ。奴らに見つからないように、情報を集める」

「じょ、情報を……? 逃げるのではなく?」

「ああ。最高のスクープを、神々(オーディエンス)に届けるんだ」


俺は、神々から送られてくるスパチャを、即座にアイテムへと変換していく。

『隠密の巻物(500G)』で俺たちの気配を消し、『遠見の水晶(1000G)』で集落の奥の様子をズームする。


「よし、見えた……! おい、お前ら、よく見とけよ! あれが多分、この巣のボスだ!」


俺は、水晶に映る巨大なホブゴブリンの姿を、ハイテンションに実況していく。

集落の規模、ゴブリンの数、武器の配備状況。

俺たちが集める危険な情報の一つ一つが、神々の熱狂をさらに加速させていく。


これは、ただの斥候任務じゃない。

俺のチャンネルが、神々の世界で初めて発見される、記念すべき「バズ」の始まりだった。



神々の熱狂は、俺の想像を遥かに超えていた。

配信の盛り上がりに比例するように、【チャンネル登録者数】のカウンターが、とんでもない勢いで回転を始める。


【チャンネル登録者数:1人】→【チャンネル登録者数:108人】


「ひゃ、ひゃく人……!?」


思わず、声が漏れた。

前世では、どれだけ面白い企画を考えても、どれだけ身を削って配信しても、決して届かなかった数字。

自分の配信が、神々の世界に認められている。

脳が焼けるような快感が、背筋を駆け上がった。これだ。俺がずっと、求めていたものは。


だが、その興奮が、俺たちの危機を招いた。


「――! ユウキさん、あそこ!」


リリアナの切羽詰まった声で、俺は我に返る。

彼女が指差す先、集落の巡回ルートから外れたゴブリンの警備隊が、明らかにこちらに向かってきていた。

配信に熱中するあまり、接近に気づくのが遅れたのだ。


「まずい……!」


岩陰に身を隠しているが、見つかるのは時間の問題だ。

絶体絶命。その瞬間、俺の視界を埋め尽くすスパチャの弾幕が、最後の希望として映った。


「――リリアナ、俺の合図で森の奥に走れ!」

「えっ!?」

「いいから!」


俺は、殺到するスパチャを、震える指で片っ端からアイテムに変換していく。


「お前ら、最高の見せ場だ! 全額、ここに突っ込ませてもらうぜ!」


俺は岩陰から飛び出すと同時に、生成したアイテムを地面に叩きつけた。


「くらえ、『超濃縮煙幕(2000G)』!」


ボフン! という音と共に、辺り一帯が真っ白な煙に包まれる。

ゴブリンたちの怒声が響く中、俺はリリアナの手を掴んで走り出した。


「さらにこれだ! 『ゴブリンホイホイ(1500G)』!」


追撃として投げつけたアイテムから、ゴブリンが好みそうな甘ったるい匂いが立ち上る。奴らの注意がそちらに向いている隙に、俺たちは森の奥深くへと転がり込んだ。


なんとか追撃を振り切り、安全な場所まで撤退した俺は、息も絶え絶えに、神々(視聴者)に向かって最後の言葉を叫んだ。


「はぁ……はぁ……! 見たか、お前ら……! これが俺たちの配信だ!」


コメント欄は、「うおおおお!」「神回避!」「最高だったぞ!」という称賛の嵐。


「約束する! 必ず、この巣の攻略配信をやってやる! だから、チャンネル登録して、待ってろよな!」


俺はそう言い残し、一方的に配信を終了した。

後には、燃え尽きたような疲労感と、それ以上に熱い、とてつもない達成感が残っていた。



命からがら街へ戻った俺たちは、疲労困憊のはずなのに、不思議と足取りは軽かった。

初の「バズ」がもたらした興奮が、全身を駆け巡っているからだ。


「ユウキさん、すごかったです……! あんなに興奮しているユウキさん、初めて見ました!」

「ああ! これからもっと面白くなるぜ!」


リリアナと二人、興奮冷めやらぬままギルドの扉を押し開ける。

俺たちはすぐに受付カウンターへ向かい、ゴブリンの巨大集落の件を報告した。


報告を聞いた受付嬢の顔色はみるみるうちに青ざめ、すぐにギルドの奥へと走り去っていく。

戻ってきた彼女は、ギルドマスターと思しき壮年の男性を伴っていた。


「……間違いないか? 君たちの報告が真実なら、これは街の存続に関わる一大事だ」


ギルドマスターの厳しい問いに、俺はこくりと頷く。

俺たちの功績はすぐに認められ、多額の報奨金が約束された。周囲の冒険者たちも、俺たちを見る目が明らかに変わっている。


その、まさに凱旋の瞬間だった。


突如、ギルドのホールの中央に鎮座する、黒曜石の巨大な石板――『遠見盤とおみばん』が、眩い光を放って起動した。

ホールにいた全員の視線が、その石板へと吸い寄せられる。あれは、大陸で起きている重大な出来事を映し出すと言われる、極めて希少な魔法のアーティファクトだ。


そこに映し出されていたのは、俺たちがいた薄暗い森とは、あまりにも次元の違う光景だった。

燃え盛る火山の頂。天を突くほどの巨体を誇る、一体のエンシェントドラゴン。


そして、そのドラゴンとたった一人で対峙する、一人の男の姿があった。

白銀の鎧に身を包み、雷を纏った聖剣を構える、神々しいまでのその姿。


《軍神ゼータ》「行け、我が子よ! その竜の首を我が祭壇に捧げるのだ! 5,000,000G!」

《美の女神オメガ》「ゼノン様、素敵ですわ! 3,000,000G!」


俺の視界の端で、《神々のインターフェイス》が、石板に映る映像の情報を表示していた。


【配信者:雷帝ゼノン】

【チャンネル登録者数:2,458,901人】

【同時接続者数:358,112人】


モニターの中の男――ゼノンは、神々から注がれる莫大なスパチャを瞬時に雷の力へと変換し、ドラゴンを一方的に蹂躙していく。

その一挙手一投足に、ギルドの冒険者たちから感嘆の声が漏れる。


「すげえ……! あれがトップ配信者の『雷帝』ゼノンか!」

「ドラゴンを相手に、まるで子供扱いだ……!」


俺は、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

さっきまで感じていた、初のバズへの興奮と達成感が、急速に、そして残酷なまでに冷えていく。


登録者100人で喜んでいた自分が、あまりにも矮小に思えた。

ゴブリンの斥候から逃げ回っていた俺たちの配信が、子供のお遊戯のように感じられた。

桁が、違いすぎる。


隣を見ると、リリアナも同じだった。

彼女は唇を噛み締め、悔しさと、圧倒的な力の差への絶望に、肩を震わせている。


だが、俺の心に宿ったのは、絶望だけではなかった。

胸の奥で、静かに、しかし激しく燃え上がる、黒い炎。


(――あれが、テッペン)


あれが、俺が目指すべき景色。

いつか必ず、あの舞台に立って、あの男を超えてみせる。


俺はリリアナの肩をそっと叩いた。

彼女が顔を上げ、俺の目を見る。その瞳にも、絶望ではなく、同じ色の闘志の炎が宿っていた。


俺たちは、言葉を交わすことなく、強く頷き合った。

見上げる先の巨星、ゼノン。俺たちの本当の戦いが、今、始まった。

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