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最初の投資と最初の信者

スライム清掃の報酬、銀貨5枚。

俺とリリアナは、ギルドに併設された酒場の隅で、木のジョッキに注がれたエールを前に、ささやかな祝杯をあげていた。


テーブルの上には、湯気の立つ温かいシチューと、香ばしい匂いの黒パン。

決して豪華ではないが、森での飢えを経験した俺たちにとっては、これ以上ないご馳走だった。


「ふぅ……。これで、しばらくは宿と食事に困りませんね」


シチューを一口運び、リリアナが心底ほっとしたように頬を緩める。

彼女の言う通り、銀貨5枚もあれば、当面の生活は安泰だろう。普通の冒険者なら、そう考えるはずだ。


だが、俺の思考は違った。


「いや、リリアナ。これは生活費じゃない」


俺は、テーブルに置かれた銀貨を指差して、きっぱりと言い放った。


「これは、俺たちのチャンネルを成長させるための、未来への『制作費』だ」

「せいさく……ひ?」


聞き慣れない言葉に、リリアナが不思議そうに小首をかしげる。


「そうだ。この銀貨は、全部、装備への投資に使う」

「ぜ、全部ですか!? ですが、それでは明日からの宿代が……!」


驚いて声を上げるリリアナに、俺は真剣な目で向き直った。


「もっと面白い配信をするには、もっと高ランクのクエストをクリアする必要がある。そのためには、今の棍棒とショートソードじゃあまりにも心許ない。違うか?」

「それは……そうですけど……」


「ただ強くなるだけじゃダメなんだ。どうすれば視聴者オーディエンスが熱狂するか、どうすれば俺たちの『物語』が面白くなるか。常にそれを考えなきゃ、テッペンには行けない」


俺の目には、配信者としての揺るぎない覚悟が宿っていた。

最初は戸惑っていたリリアナも、その本気の眼差しから、俺がただの無鉄砲で言っているわけではないことを感じ取ってくれたようだった。


やがて、彼女は小さく頷く。


「……分かりました。ユウキさんがそう言うのなら。私は、あなたを信じます」


こうして、俺たちの全財産は、未来への投資へと変わったのだった。



酒場を出た俺たちは、ギルドで仕入れた情報を頼りに、一軒の武具屋へと向かっていた。


アストリアの職人街の一角。

槌を打つ音が鳴り響く通りの中でも、ひときわ年季の入った、煤けた看板を掲げる店があった。


『頑鉄工房』


街で一番の腕利きと評判の、ドワーフの職人が営む店だ。


「ここか……」


店の扉は、まるで客を値踏みするかのように重々しい。

俺とリリアナは顔を見合わせ、意を決してその分厚い木の扉を押し開いた。


カラン、と寂れた鐘の音が鳴る。

薄暗い店内は、鉄と油の匂いが立ち込めていた。壁という壁に、無数の武具が所狭しと並べられているが、人の気配はない。


「ごめんくださーい」


俺が声を張ると、店の奥から、地響きのような足音が聞こえてきた。

現れたのは、店の主であろう、ドワーフの老人だった。

赤ら顔に見事な白髭をたくわえ、その両腕は丸太のように太い。いかにも頑固一徹といった風貌だ。


ドワーフの店主は、俺たちの姿を頭のてっぺんから爪先までジロリと一瞥すると、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「……ひよっこか。こんな店に何の用だ。冷やかしなら帰りな」

「装備を新調しに来たんだ。何か良いものはないか?」


俺がそう言うと、店主は心底面倒くさそうに、太い腕を組んだ。


「帰んな。お前らみたいなひよっこに売るもんは、ここにはひとっつもねえ」


その言葉は、あまりにも無慈悲な門前払いだった。

俺の視界の端では、《神々のインターフェイス》が早速この状況に沸き立っている。


《名もなき神A》うわ、出たー! 頑固親父!

《名もなき神F》テンプレイベントキターーー!

《名もなき神B》どうすんのこれw 詰んだ?


神々は面白がっているが、こちらはたまったもんじゃない。ここで引き下がるわけにはいかなかった。



あまりにも無慈悲な門前払いに、リリアナがしょんぼりと肩を落とす。

だが、俺は諦めていなかった。むしろ、ここからが本番だ。


金がない。実績もない。

だからこそ、俺が使える武器は一つしかない。


「親父さん、まあ聞いてくれよ」


俺は一歩前に出て、ドワーフの店主に向かって語り始めた。 ただの世間話じゃない。これは、俺の「配信」だ。目の前の頑固なドワーフを、たった一人の視聴者オーディエンスに見立てて。


「これは、つい先日、俺たちFランクの冒険者が、アストリアの平和を脅かすスライムの大群にたった二人で立ち向かった、英雄譚なんだが」


最初は鼻で笑っていた店主の眉間のシワが、いつしか消えていた。


俺は語った。

誰もが嫌がる汚れた仕事。絶望的な物量差。

それでも諦めなかった、騎士の血を引く少女の覚悟を。

そして、神懸かり的な指揮で戦局を覆した、名もなき司令塔の閃きを。


退屈なはずのスライム清掃は、俺の言葉によって、手に汗握る冒険譚へと変わっていく。

それは、二人の「落ちこぼれ」が初めて互いを信頼し、力を合わせて奇跡を起こした、胸躍る物語だ。


「……ほう」


いつの間にか、店主は組んでいた太い腕を解き、前のめりになって俺の物語に聞き入っていた。

彼の目は、もはや俺たちを「ひよっこ」として見てはいなかった。

武具の真贋を見極める職人の目で、俺たちの「物語」の価値を、値踏みしている。


俺は確信した。

この頑固なドワーフの心を動かすのは、金や実績じゃない。人の心を熱狂させる、「物語」の力なのだと。



俺の物語が終わると、店内にはしばしの沈黙が流れた。

ドワーフの店主は、じっと目を閉じて、何かを噛み締めているようだった。


やがて、彼はゆっくりと目を開き、ふぅ、と大きなため息を一つ吐いた。


「……たいしたもんだ」


その声には、もう俺たちを侮るような響きはなかった。

店主は、無言で店の奥へと引っ込むと、やがて、丁寧に布でくるまれた一本の剣を手に戻ってきた。


彼がその布を解くと、中から現れたのは、鞘に収められた一振りのショートソードだった。

派手な装飾はないが、一目で上質だとわかる、洗練された作りをしている。


「こいつを持って行きな」


店主は、その剣をリリアナに差し出した。


「え……? ですが、私たちにはこんな立派な剣を買うお金は……」


戸惑うリリアナに、店主はぶっきらぼうに、しかしどこか誇らしげに言った。


「出世払いだ。金なんざ、お前さんたちがでかくなってからでいい」


そして、彼は俺の目をまっすぐに見て、職人の顔でニヤリと笑った。


「お前さんたちの『物語』、気に入った。その剣で、もっと面白い物語をこの俺に見せてみな」


その言葉は、俺の胸に深く、熱く突き刺さった。

神々じゃない。この地上に住む、たった一人の人間が、俺たちの物語を認め、未来に期待してくれた。

彼こそが、俺たちの、地上で初めての「信者ファン」第一号だった。


俺とリリアナは、深く、深く頭を下げ、その剣を恭しく受け取った。


工房を出ると、西の空が燃えるような夕焼けに染まっていた。

リリアナが手にした剣の重みが、ずしりと伝わってくる。

それは、ただの鉄の重さじゃない。初めてのファンからの、魂の込もった期待の重さだ。


俺たちは顔を見合わせ、強く頷いた。

次のクエストに向けて、新たな決意が胸に宿っていた。

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