最初の仲間(とうろくしゃ)
ゴブリンとの死闘から、数日が過ぎていた。
俺は、神々から送られてくる細々としたスパチャ、つまりは一切れのパンや一杯の水でどうにか飢えをしのぎ、着の身着のままで森を彷徨い続けていた。
そして今日、ついに森の出口らしき場所にたどり着いたのだ。
目の前には、どこまでも続く一本の街道。そして、その遥か先には、陽炎の向こうにぼんやりと霞む街の影が見える。
「……やっと、着いた」
安堵から、思わずその場にへたり込みそうになる。
心も体も、もう限界だった。
だが、あの森を生き延びたという事実が、俺に確かな希望を与えてくれていた。
街道を力なく歩いていると、不意に前方から汚い罵声が聞こえてきた。
道の脇で、ガラの悪そうな男たちが、一人の少女を取り囲んでいる。
「……なんだ?」
少女は気丈にも男たちを睨みつけているが、その表情には悔しさと恐怖が色濃く滲んでいた。
*
俺は咄嗟に街道脇の草むらに身を隠し、息を殺して様子をうかがった。
チンピラたちの下品な声が、嫌でも耳に入ってくる。
どうやら、少女がこの先の街にある騎士団長の娘で、リリアナという名前らしいことまで分かってしまった。
「団長の娘だろうが関係ねえよ。魔力もねえ落ちこぼれが、いっちょ前に騎士の名門を名乗ってんじゃねえ!」
「そうだそうだ! お前みたいなのがいるから、あの家も落ちぶれるんだ!」
(落ちこぼれ……)
その言葉が、俺の胸に突き刺さった。
才能がない。センスがない。
前世で、俺が数え切れないほど投げつけられた言葉だ。
面白いことをしているつもりでも、誰にも認めてもらえなかった。数字という絶対的な評価の前では、俺の努力など何の意味もなかった。
目の前の少女が、過去の自分と重なって見えた。
理不尽な言葉に唇を噛み締め、必死に耐えている姿に、腹の底から何かがこみ上げてくるのを感じる。
その時、視界の隅で《神々のインターフェイス》がチカチカと点滅を始めた。
【視聴者数:15】
いつの間にか、視聴者数が少し増えている。
そして、コメント欄には神々の声が流れ始めていた。
《名もなき神A》お、イベント発生か?
《名もなき神F》うわー、典型的なチンピラで草
《名もなき神B》主人公きた! 見せ場だぞ!
《名もなき神G》ここで助けなきゃ男じゃないだろ! スパチャ準備しとくわ!
神々の期待が、コメントを通してビシビシと伝わってくる。
そうだ、これは「配信」なんだ。
そして、目の前で起きているこの出来事は、絶好の「企画」じゃないか。
俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。
震える手で、森で手に入れた粗末な棍棒を握りしめる。
心臓が、うるさいくらいに鳴り響いていた。
*
腹を、括った。
やるなら、ただ助けるだけじゃダメだ。
面白く、派手に、神々(視聴者)が熱狂するような「絵」を作らなきゃならない。
俺は棍棒を握りしめ、意を決して草むらから飛び出した。
「お待たせしました、神様(視聴者)の皆様! ただいまより、新企画『チンピラ撃退RTA』、スタートでございます!」
高らかに叫びながら、俺はチンピラたちと少女リリアナの間に仁王立ちする。
突然現れたボロボロの男が訳の分からないことを叫んでいる。そんな状況に、チンピラたちは一瞬呆気に取られたが、すぐに下品な笑い声を上げた。
「あァ? なんだコイツ、気でも狂ったか?」
「なんだそのボロボロの格好は。死にたいのか、お前」
嘲笑が降り注ぐ。だが、今の俺には、それすらも最高の「前フリ」に聞こえた。
「さあ、最初の関門はこのザコ敵3体! 果たして俺は、この先生きのこることができるのかァ!?」
俺がわざとらしく叫ぶと同時に、《神々のインターフェイス》がスパチャ通知で輝いた。
《名もなき神B》「いけー! 100G!」
《名もなき神D》「面白くなってきたw 50Gくれてやる!」
――きた!
「《名もなき神B》さん、100Gスパチャあざっす! 早速、使わせていただきます!」
俺が叫ぶと、手のひらに光が集まり、丸い玉が出現する。
「課金アイテム、『閃光玉』!」
それを地面に叩きつけると、強烈な光が辺り一面を白く染め上げた。
「ぐわっ!?」
「め、目がぁ!」
チンピラたちが視界を奪われ、うろたえる。チャンスだ。
「さらに《名もなき神D》さん、50Gあざっす! 追撃、いきまーす!」
再び手のひらに光が集まり、今度は粘り気のありそうな液体が入った小瓶が現れる。俺はそれを、奴らの足元めがけて思い切り投げつけた。
「くらえ、『ネバネバ液』!」
パシャッ、と小瓶が割れ、中身が飛び散る。 目が見えないチンピラたちは、見事にその液体を踏みつけ、盛大に足を取られた。
「うおっ!?」
「な、なんだこれ、足が、くっついて……!」
もはや勝負は決まったようなものだ。
俺は棍棒を構え、無様に転がるチンピラたちに向かって、配信者らしい最高の笑顔を向けてやった。
「さあ、フィニッシュの時間だぜ?」
*
情けないことに足はガクガクと震え、今にも崩れ落ちそうだった。
だが、ここでカッコつけなきゃ男じゃない。俺は必死に虚勢を張り、震える膝に力を込めて、目の前で呆然としている少女に向き直った。
そして、最高のキメ顔で、こう告げる。
「俺の、最初の仲間になってくれ」
「……へ?」
少女――リリアナは、ぽかんとした顔で俺を見つめ返した。 その間抜けな表情に、俺は心の中で盛大にズッコケる。いや、まあ、そうだよな。いきなり仲間って言われても意味が分かるわけない。
だが、俺の目は真剣だった。 この世界で、たった一人で戦うのはもう嫌だ。 誰かと喜びを分かち合いたい。誰かのために、強くなりたい。
俺の常識外れな言動に戸惑いながらも、リリアナは俺の真剣な眼差しから何かを感じ取ってくれたようだった。
彼女は、俺が自分と同じ「落ちこぼれ」でありながら、自分のために体を張ってくれたこと、そしてその瞳に宿る、孤独と切実な願いを。
やがて、彼女はふっと小さく微笑んだ。
それは、今まで見せたどんな表情よりも、ずっと綺麗で、儚げな笑みだった。
「……分かりました。あなたの、最初の仲間になりましょう」
彼女がそう言って、誓いを立てた瞬間だった。
――ピカァッ!
俺の視界で、《神々のインターフェイス》がこれまでで最も眩い光を放った。
思わず目を細める。
そして、光が収まった時、俺は歴史的な瞬間を目撃することになる。
インターフェイスに表示されていた【チャンネル登録者数:0人】の文字が、カシャン、と音を立てて切り替わったのだ。
【チャンネル登録者数:1人】
「……っし!」
俺は、思わず拳を強く握りしめた。
前世では、どれだけ頑張っても掴むことのできなかった、たった一つの「1」という数字。
それが今、確かにここにある。
腹の底から、今までに感じたことのない達成感と喜びが、マグマのように込み上げてきた。
俺とリリアナは顔を見合わせ、どちらからともなく笑い合う。
そして、二人で共に、遠くに見える冒険者の街アストリアへと歩き出した。




