神話への序章
国王杯武闘大会から、数ヶ月が過ぎた。
決勝戦で『雷帝』ゼノンを打ち破った俺たちの名は、もはや王都で知らぬ者はいない、新たな伝説として吟遊詩人たちに歌われていた。
「おい、聞いたか? 新しいギルドができたらしいぞ!」
「ああ、あの武闘大会の覇者、ユウキたちが立ち上げたっていう……」
王都の一等地に、俺は新たなギルドを設立した。
仲間たち――リリアナ、ボルガ、そしてアストリアから呼び寄せたドワーフの店主と共に。
その名は、『物語の紡ぎ手』。
ただ依頼をこなすだけの、ありきたりなギルドじゃない。
かつての俺たちのような、力はないが、面白い「物語」を紡ぐ可能性を秘めた新人たちを発掘し、支援し、彼らの冒険が最高の「英雄譚」となるよう手助けする、全く新しい形のギルドだ。
(――まあ、俺に言わせれば、ここは俺の『チャンネル』で、やっていることは新人配信者の『プロデュース』なんだけどな)
「――ユウキ! こっちの新人パーティーの企画書、見たか!?」
ギルドの談話室で、ボルガが興奮したように声を張り上げる。
「『ゴブリンの巣に単身で乗り込み、伝説の剣を探す』だと!? 無茶苦茶だが、面白えじゃねえか!」
「まあまあ、ボルガさん。気持ちは分かりますが、安全面も考慮しないと」
リリアナが、やれやれと肩をすくめる。
ドワーフの親父は、カウンターの奥で、「その伝説の剣とやらを、この俺がいつか打ち直してやるのも一興か」と、満足げに髭を扱いている。
穏やかで、満ち足りた光景。
これが、俺が掴み取った、テッペンからの日常。
俺は、仲間たちとの笑い声に包まれながら、この平和がずっと続けばいいと、柄にもなく、そう思っていた。
*
そんなある日の、新人たちの冒険企画の配信(手助け)の最中だった。
突如として、《神々のインターフェイス》が、激しいノイズを発した。
『――■■■■■■■■■!』
『△△△△△、■■■■■!?』
いつもの見慣れた神々のコメントが、一瞬にして意味不明な記号の羅列に変わる。
ブツッ、とテレビの電源が落ちるような音と共に、インターフェイスは一度、完全に暗転した。
「……なんだ?」
俺の体に、悪寒が走る。
インターフェイスが、ではない。天上の、さらにその奥から、数多の巨大な「何か」が、一斉に俺に視線を向けたような、肌が粟立つほどの強烈なプレッシャー。
これまでに感じてきた神々の視線とは、格も、数も、次元が違っていた。
ノイズが収まり、インターフェイスに再び光が灯った時。
そこにはもう、いつもの賑やかなコメント欄は存在しなかった。
ただ、静寂だけが広がっている。
そして、その静寂の中心に、一つの紋章が、ゆっくりと浮かび上がってきた。
これまで一度も見たことのない、太陽のように眩い、黄金の紋章。
その紋章の下に表示されたのは、莫大なスパチャなどではない。ただ、静かに、絶対的な事実を告げる、たった一文の神託。
その一文が、俺がこれまで積み上げてきた全ての価値観を、根底から覆すことになるのを、俺はまだ、知らなかった。
*
俺は、ゴクリと生唾を飲み込み、インターフェイスに表示された、黄金の神託を読み上げた。
『――見事だ、人の子よ。だが、汝が登り詰めた頂は、我らが創りし、矮小な神々のための「遊戯盤」の頂に過ぎぬ』
「……遊戯盤……?」
その言葉の意味を、俺は、配信者として、そして、元ゲーマーとして、瞬時に理解してしまった。
俺たちが生きてきたこの世界。俺が戦ってきたこの舞台。それは、ただのゲーム盤だったのだ。
そして、俺たちがこれまで相手にしてきた神々は、プレイヤーですらない。そのゲーム盤の上で遊ぶことを許された、矮小な存在に過ぎないのだと。
Aランクは、あくまでこの「遊戯盤」における、人間の最高峰。
そのさらに上に、この遊戯盤を創りし「真の神々」が存在する。
彼らが求めるのは、ただの伝説じゃない。それを超越した、**「神話」**の物語。
すなわち、誰もたどり着いたことのない、Sランクの領域。
俺が、そのあまりにも壮大すぎる世界の真実に、言葉を失っていると、神託は、静かに、そして残酷に、続いた。
『汝の好敵手は、既にその神話への扉を叩いた』
「――ゼノン」
俺の口から、思わず、その名が漏れた。
敗北後、忽然と姿を消した、かつての帝王。
あいつもまた、この真実にたどり着いたのだ。そして、真の力を求め、俺よりも先に、神話への道を歩み始めている。
ぞくり、と。
武者震いが、背筋を駆け上がった。
闘技場の頂点は、ゴールではなかった。
それは、遥か高みに存在する、本物の「神話」の世界への、スタートラインに過ぎなかったのだ。
*
俺は、インターフェイスを閉じ、仲間たちへと向き直った。
ボルガも、リリアナも、ドワーフの親父も、ただならぬ俺の様子に、固唾を飲んで俺を見つめている。
俺は、天上の神々から告げられた、この世界の真実を、仲間たちに語って聞かせた。
この世界が、矮小な神々のための「遊戯盤」であること。
そのさらに上に、本物の「神話」を求める、「真の神々」が存在すること。
そして、Sランクへの道、その神話への扉を、好敵手であるゼノンが、既に叩いていることを。
あまりにも壮大で、荒唐無稽な話。
誰もが、言葉を失うだろうと、俺は思っていた。
だが。
「……面白え」
最初に沈黙を破ったのは、ボルガだった。
彼は、絶望するどころか、その口の端を吊り上げ、獰猛な、戦士の笑みを浮かべていた。
「神話、だと? 上等じゃねえか! てめえのライバルは、ゼノンだけじゃねえ。この俺がいることを、忘れるんじゃねえぞ」
リリアナは、何も言わなかった。
ただ、静かに俺の隣に立ち、その手に握られた剣の柄を、強く、強く握りしめる。その瞳には、絶対的な信頼と、どんな困難にも共に立ち向かうという、揺ぎない覚悟が宿っていた。
ドワーフの親父は、満足げに、深く頷いた。
「神話の英雄が使う武具か……。職人として、これほど血が滾る話はねえな」
仲間たちは、誰一人として、その無謀な挑戦に怯まなかった。
そうだ。こいつらもまた、最高の「物語」を求める、俺の共犯者なのだ。
俺は、インターフェイスの向こう側、未知なる「真の神々」へと、意識を向けた。
そして、隣に立つリリアナ、ボルガ、仲間たちの顔を見渡し、配信者として最高の、不敵な笑みを浮かべる。
「――なあ、お前ら」
俺は、仲間たちに、そして、この物語を読んでくれている、全ての読者に向かって、高らかに宣言した。
「次の冒険の行き先、決まったぜ。今度の物語は、神話になる」
「ご愛読ありがとうございました! さらにスケールアップした第二部も読んでください!」
『【神回】最強ランカー倒してテッペン獲ったと思ったら、全部チュートリアルだった件について。真の神々が求めるSランク(神話級)の物語目指すんで、セカンドシーズンも登録よろしく!』
 




