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決勝戦

ついに、運命の日が来た。

王都中が、いや、天上の神々すらも固唾を飲んで見守る、国王杯武闘大会、決勝戦。


闘技場は、もはや熱狂という言葉では生ぬるいほどの、異常な興奮状態にあった。

地鳴りのような歓声、期待、そして祈り。数万の魂が発するエネルギーが渦を巻き、闘技場全体を一つの巨大な生命体のように脈打たせている。


その、舞台の中央で。

俺とリリアナは、静かに、その男と対峙していた。


――『雷帝』ゼノン。


白銀の鎧は、闘技場の陽光を浴びて神々しく輝き、その手に握られた聖剣は、まるで生きているかのように青い雷光を迸らせている。

ただそこに立っているだけで、空気を歪ませるほどの、絶対的な王者のオーラ。


そして、その隣には、今大会のルールに従い、彼がパートナーとして伴う、一人の女魔術師が静かに佇んでいた。

王宮筆頭と噂される、絶世の美女。だが、ゼノンは彼女を一瞥だにしない。まるで、そこに存在しないかのように。彼女は、対等な仲間ではない。ゼノンにとって、ただの**「駒」**でしかなかった。


ゴングが鳴る。

歴史的な一戦の、火蓋が切って落とされた。


「――消えろ、雑魚ども」


ゼノンが、心底つまらなそうに、そう呟いた。

次の瞬間、彼の姿が、掻き消えた。


「リリアナ、上だ!」


俺の絶叫と、リリアナが剣を掲げるのは、ほぼ同時だった。

キィィィン! という甲高い金属音と共に、凄まじい衝撃がリリアナを襲う。

いつの間にか俺たちの頭上に回り込んでいたゼノンの聖剣が、リリアナの剣と激突し、火花を散らしていた。


「くっ……!」


リリアナは、必死にその一撃を受け止めるが、両足は石畳にめり込み、その顔は苦痛に歪んでいる。

実力差は、歴然。いや、次元が違いすぎた。


ゼノンは、そんなリリアナを、まるで虫けらでも見るかのような目で見下ろし、聖剣にさらに力を込める。

ミシリ、とリリアナの剣が悲鳴を上げた。


これが、Aランク。

現役最強の、帝王の実力。

俺たちは、試合開始、わずか数秒で、絶対的な絶望の淵へと叩き落とされた。



「はあっ、はあっ……!」


リリアナの息が、激しく上がっていく。

ゼノンの攻撃は、その一撃一撃が、もはや剣技というよりは災害に近い。雷を纏った聖剣が振るわれるたびに、闘技場の石畳が爆ぜ、衝撃波が俺たちの体を襲う。


防戦一方。いや、防戦にすらなっていない。

ただ、嵐の中で吹き飛ばされないよう、必死に耐えているだけだ。


俺の視界の端で、《神々のインターフェイス》に流れるコメントもまた、絶望に染まっていた。


《名もなき神A》だめだこりゃ……!

《名もなき神F》無理ゲーだろ、レベルが違いすぎる。

《軍略の神》これがAランク……。戦術云々の前に、純粋なステータスが違いすぎるか。


神々ですら、俺たちの敗北を確信している。

そして何より、俺の心を折らなかったのは、ゼノンの戦い方だった。


彼は、闘技場を埋め尽くす数万人の観客にも、天上で見守る神々にも、一切の興味を示さない。

その視線は、ただ、俺たちという「障害物」を、いかに効率よく排除するかにしか向いていない。

時折、隣に立つパートナーの女魔術師に、まるで道具に命令するかのように、一言二言、指示を出すだけ。そこには、仲間への信頼など、欠片も存在しなかった。


(――なんて、退屈な戦い方なんだ)


たしかに、強い。強すぎる。だが、その戦いは、あまりにも退屈で、独りよがりだ。

誰の心も、熱狂させない。ただ、恐怖と圧倒的な力で、支配しているだけ。


その、傲慢さ。

観客オーディエンスを、完全に無視した、帝王の戦い方。


(――見つけた)


絶望の淵で、俺の脳裏に、一つの光が差し込んだ。

そうだ。力で勝てないのなら、力で勝つ必要などない。

この勝負は、武闘大会のルールは、ただの殴り合いじゃない。


俺は、配信者だ。

そして、目の前にいるこの男は、最強の冒険者ではあるが、配信者としては、三流以下だ。


(――勝てる)


俺は、ボロボロになりながらも必死に剣を構えるリリアナの背中に、そっと声をかけた。

ここからが、俺たちの本当の戦いだ。



絶望的な状況。

リリアナは満身創痍、俺に至っては、ゼノンの剣圧だけで吹き飛ばされ、まともに立つことすらできない。

闘技場は、ため息と、憐れみの視線に満ちている。誰もが、この一方的な蹂躙劇の終わりを待っているだけだった。


だが、俺の心は、折れていなかった。

ここからが、本番だ。


「――リリアナ!」


俺は、ボロボロの体を引きずり、リリアナの前に立った。

彼女を、自らの体で庇うように。


「なっ……! ユウキさん、何を!?」

「いいから、少しだけ、時間を稼いでくれ」


俺は、彼女にだけ聞こえるように、そっと囁いた。

そして、この試合で初めて、ゼノンではなく、闘技場を埋め尽くす数万人の観客と、天上の神々に向かって、その声を張り上げた。


「――これが、現役最強の戦いか?」


その一言に、闘技場が、そして《神々のインターフェイス》のコメント欄が、一瞬だけ静まり返る。


「たしかに、あんたは強い。強すぎる。だがな、ゼノン! あんたの戦いは、あまりにも退屈だ!」


俺は、ゼノンを指差して、叫んだ。


「あんたは、隣にいる仲間を見ているか? 俺たちの声援に応えてくれているか? 違う! あんたが見ているのは、自分だけだ!」


俺は、観客席を、天上の世界を、指でなぞるように示す。


「俺たちの戦いを見てみろ! 俺は弱いが、隣には、俺を信じてくれる最高の相棒がいる! 俺たちの背中には、アストリアで俺たちを送り出してくれた仲間がいる! そして、この闘技場には、俺たちの勝利を願ってくれる、お前たちがいる!」


俺の言葉に、観客たちが、ざわめき始める。


「俺は、勝つ! だが、力でじゃない! この、会場の全てを味方につけて、お前の独りよがりな『力』を、俺たちの『物語』で、超えてみせる!」


それは、戦闘の放棄。

配信者ユウキが仕掛けた、起死回生の一大「企画」の発動だった。


俺は、リリアナの盾となり、ゼノンの攻撃をその身に受け始めた。もちろん、急所は避けている。だが、その一撃一撃を、わざと派手に吹き飛ばされ、苦痛に顔を歪めてみせる。

その姿は、絶対的な悪から、必死にヒロインを守ろうとする、悲劇の主人公そのものだった。


「リリアナ! 諦めるな! お前の剣は、まだ折れちゃいねえだろ!」


俺は、血を吐きながらも、リリアナを鼓舞し続ける。

その言葉は、リリアナだけでなく、観客たちの心にも、確かに火を灯していた。


最初は呆気に取られていた観客たちも、やがて、俺が紡ぎ出す「物語」に、熱狂し始めた。

そうだ。彼らが見たかったのは、ただ強いだけの王者の戦いじゃない。

弱者が、仲間を信じ、己の全てを賭けて、強大な敵に立ち向かう、そういう英雄譚なのだ。


「いけええええええ!」

「負けるなあああああ!」


地鳴りのような歓声が、闘技場を揺るがす。

対戦盤の『評価ポイント』が、恐ろしい勢いで爆発的に跳ね上がっていく。


神々のコメントもまた、絶望から熱狂へと、完全に反転していた。


《名もなき神A》きたああああ! これだよこれ!

《名もなき神F》泣ける! なんて主人公なんだ!

《軍略の神》馬鹿め、ゼノン! 戦場の支配者は、もはや貴様ではないわ!


会場の空気が、完全に、俺たちのものになった。

俺は、勝利を確信し、不敵に笑った。



その笑みが、ゼノンの最後の理性を焼き切った。


「――黙れ、黙れ、黙れぇ!」


地鳴りのような歓声に、ゼノンが初めて、怒りの咆哮を上げた。

観客が、神々が、自分ではなく、目の前の三流芸人を称賛している。その事実が、帝王のプライドを、ズタタに引き裂いたのだ。


彼は、もはや俺が紡ぐ「物語」の、最高の悪役でしかなかった。


「終わりにしてやる! お前らも、この下賤な観客どもも、まとめて消し炭にしてくれるわ!」


ゼノンは、パートナーである女魔術師の制止すら振り払い、その聖剣に、ありったけの雷の魔力を注ぎ込み始める。

会場の全てを吹き飛ばさんばかりの、破滅的な一撃。あまりにも強大で、あまりにも直線的な、最後の攻撃。


(――来た!)


俺が待っていた、たった一度の、起死回生の瞬間。


「――今だ、リリアナ!」


俺の雄叫びが、この物語のクライマックスを告げる。

その声に応えるように、天上の神々から、これまでにないほどの、黄金の光が降り注いだ。


《全神々一同》「「「最高の物語を、ありがとう!」」」


最大級のスパチャが、最後の奇跡を起こす。

光の奔流と化したリリアナの剣が、ゼノンの破滅的な一撃と、すれ違った。


彼女が狙ったのは、ゼノンではない。

彼の隣で、主人に見捨てられ、呆然と立ち尽くしていた、パートナーの女魔術師。

リリアナの剣は、彼女の喉元で、ぴたりと止められていた。


ゼノンの一撃は、確かに闘技場の壁を半壊させた。

だが、その時、試合終了を告げる鐘の音が、高らかに鳴り響いていた。


勝敗は、決した。

戦闘不能にはできなかった。だが、『評価ポイント』は、俺たちが天文学的な数字で上回っている。


やがて、審判が、震える声でその結果を高らかに宣言した。


「――勝者、ユウキ&リリアナ! 新たなる王者の誕生だ!」


一瞬の沈黙の後、闘技場は、歴史がひっくり返るほどの、爆発的な大歓声に包まれた。

俺は、満身創痍の体を引きずり、リリアナと肩を組む。


(――見たか、ゼノン)


これが、俺の戦い方だ。

俺は、天を突き上げるように、力強くガッツポーズを作った。


テッペンからの景色は、最高だった。

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