準決勝
純粋な戦闘力では格上の相手を、俺の卓越した戦術と、観客を熱狂の渦に巻き込むエンターテイメント力で次々と打ち破っていく。その戦い方は、まさに異端。だが、王都の民は、その異端児たちが紡ぐ「番狂わせ」の物語に、熱狂していた。
そして俺とリリアナは、ついに国王杯武闘大会の準決勝へと駒を進めていた。
「おい、見たかよ、昨日の試合!」
「ああ、あのCランクコンビ、また格上を食いやがった!」
「もはや、ただのダークホースじゃねえ。あいつらは、本物の怪物だ!」
王都の酒場は、連日俺たちの話題で持ちきりだった。
アストリアの田舎英雄は、今や、この王都で最も注目を集める存在となっていたのだ。
そして、運命の準決勝当日。
闘技場に設置された、魔法仕掛けの巨大な対戦盤に、次の対戦カードが光の文字で浮かび上がった瞬間、会場は割れんばかりの大歓声に包まれた。
【準決勝 第一試合】
ユウキ&リリアナ vs 『鋼鉄の咆哮』
「うおおおおお! まじか!」
「因縁の対決、再び!」
かつてのライバル、ボルガ率いる『鋼鉄の咆哮』。
彼らもまた、激戦を勝ち抜き、この準決勝の舞台までたどり着いていたのだ。
試合開始直前。
俺とリリアナが闘技場へと続く薄暗い通路を歩いていると、向かいから、見慣れた巨漢たちが姿を現した。
ボルガと、そして、彼が代表として選んだパートナーである、盾役のドワーフだ。
一瞬、空気が張り詰める。
だが、そこに、もはや以前のような敵意はなかった。
「よう」
ボルガが、ぶっきらぼうに、しかし、どこか誇らしげに声をかけてくる。
「まさか、こんな舞台で、てめえらと再戦することになるとはな」
「ああ。光栄だよ」
俺がそう言うと、ボルガはごつい右手を、俺の前に差し出した。
「一つ、約束しろ」
「なんだ?」
「――全力で来い。手加減なんざしたら、俺がどうなるか分からねえぞ」
その目には、一点の曇りもない、好敵手への敬意が宿っていた。
俺は、そのごつい手を、力強く握り返した。
「当たり前だ。最高の試合にしようぜ、ボルガ」
固い握手。
それは、言葉にならない、戦士たちの誓いだった。
*
「準決勝第一試合、開始!」
ゴングの音と共に、俺とボルガは、同時に吠えた。
「「――行くぞ!」」
激突。
先陣を切ったのは、リリアナとボルガだった。
リリアナのしなやかな剣閃が、稲妻のようにボルガへと襲いかかる。だが、ボルガはそれを巨大な戦斧で、的確に、そして力強く弾き返した。
「ぬんっ!」
「くっ……!」
火花が散り、金属音が闘技場に響き渡る。
以前とは、比べ物にならない。ボルガの動きは、ただの力押しではない。俺との戦いで、戦術の重要性を学んだのだろう。その一撃一撃が、洗練され、無駄がなくなっている。
だが、それは俺たちも同じだ。
「リリアナ、後ろだ!」
俺の指示と同時に、リリアナは後方へ跳躍。
その瞬間、彼女がいた場所に、『鋼鉄の咆哮』の仲間であるドワーフ戦士のハンマーが叩きつけられた。
「ちっ、読まれたか!」
俺は、神々の視点と、観客の視線の動きを読み解き、戦場の未来を予測する。闘技場の最前列に座る、肥えた貴族が身を乗り出した。その視線の先には、『鋼鉄の咆哮』のドワーフ戦士がいる。来るぞ、あいつの必殺技が――観客は、そういう「お約束」を待っている!
そして、リリアナはその予測を、完璧な剣技で体現する。
互角。
いや、戦力では、まだあちらが上だ。
だが、俺たちには、この闘技場の全てを味方につける武器がある。
「――どうした、ボルガ! 押されてるぞ!」
俺は、ボルガがリリアナの一撃を弾き返した瞬間、観客席に向かって大げさに叫んだ。
その煽りに、観客席がどっと沸く。
「そうだ! いけー、ユウキ!」
「リリアナちゃん、負けるなー!」
会場の熱狂が、俺たちの『評価ポイント』を押し上げていく。
一進一退の攻防。
それは、もはや単なる戦闘ではない。どちらがより観客の心を掴むかという、エンターテイメントの戦いでもあった。
神々もまた、この最高の試合に、熱狂していた。
《名もなき神A》うおおおお! どっちも強え!
《軍略の神》ほう…ボルガめ、見違えたな。だが、ユウキの戦場支配は、そのさらに上を行くか。
《名もなき神K》どっちも応援したい! 最高の試合だ!
俺とボルガ。
二人の冒険者の成長が、神々をも巻き込んで、この準決勝を伝説の舞台へと変えようとしていた。
*
一進一退の攻防。
闘技場の熱狂は、もはやどちらか一方を応援するものではなくなっていた。
誰もが、この死力を尽くした戦いを繰り広げる二組の冒険者に、惜しみない拍手と声援を送っている。
だが、戦況は静かに、しかし確実に変化していた。
戦いは、もはやリリアナとボルガ、個のぶつかり合いではない。
俺とボルガ、二人の司令塔による、盤上を支配するための、高度な戦術戦へと移行していたのだ。
「――ドワーフは左! 奴の足元を崩せ!」
ボルガが吠える。
彼の指示は、的確だった。かつてのような、力任せのゴリ押しではない。俺との戦いを経て、彼は学んだのだ。仲間を活かし、戦場を支配する、本物の指揮官としての戦い方を。
ドワーフの戦斧がリリアナの足元の石畳を砕き、彼女の体勢を強制的に崩す。その逃げ道を塞ぐように、ボルガの巨大な戦斧が、完璧なタイミングで放たれた。
「くっ……!」
リリアナが、辛うじてその斧を剣で受け流す。
だが、その一連の動きは、ボルガが描いた盤上の罠だった。
リリアナは、回避行動によって、ボルガのパートナーであるドワーフ戦士の、完璧な攻撃範囲へと誘い込まれていたのだ。
観客席も、神々も、誰もが固唾を飲んで見守っている。誰もが、『鋼鉄の咆哮』の勝利を確信しかけていた。
だが、俺だけは、そのさらに先を見ていた。
俺の視界には、ボルガたちだけではない。神々のコメント、そして、この闘技場にいる数万人の観客の視線の動き、その全てが映っている。
ボルガが、右手を挙げた。その指が、二本、立てられる。仲間への、次なる作戦の合図だ。
観客席の最前列にいる貴族が、ごくりと喉を鳴らした。ボルガの次の手に、期待している証拠だ。
(――来るぞ)
全てが、見える。
ボルガの戦術の、その先の未来が。
「――リリアナ!」
俺は、絶叫した。
それは、誰がどう聞いても、無謀で、自殺行為にしか聞こえない指示だった。
「ボルガの斧に向かって、真っ直ぐ突っ込め!」
「えっ!?」
「いいから行け!」
リリアナは、一瞬の戸惑いの後、俺を信じて地を蹴った。
ボルガが、好機とばかりに、必殺の一撃を叩き込もうと、その巨大な戦斧を振りかぶる。
だが、その瞬間。
ボルガのパートナーであるドワーフ戦士が、信じられないものを見るような目で、硬直していた。
リリアナが突っ込んだのは、ボルガではない。
ボルガの斧が振り下ろされる、その軌道の、ほんの僅かな死角。そして、ドワーフの必殺のハンマーが振り下ろされる、針の穴を通すような、ただ一点。
ボルガの斧は、リリアナではなく、味方であるドワーフを庇うための、苦渋の盾となった。
「なっ……!?」
ボルガが、驚愕に目を見開く。
俺は、神々の視点と、観客の期待感が生み出す「物語の流れ」を読み切り、その戦術の、さらに上を行ってみせたのだ。
俺の神懸かり的な指揮が、この戦場の支配者を、完全に書き換えた瞬間だった。
*
戦場の支配者は、完全に書き換わった。
俺の神懸かり的な指揮は、『鋼鉄の咆哮』の完璧な連携を、内側から崩壊させたのだ。
「――今だ、リリアナ!」
俺の雄叫びが、勝敗を決するゴングとなった。
観客と神々、この闘技場にいる全ての魂を味方につけた俺たちの、起死回生の一撃。
リリアナは、敵の陣形が乱れた、ほんの一瞬の隙を突き、ボルガの懐へと一直線に切り込んだ。
「しまっ……!」
ボルガが、防御の体勢を取ろうとするが、もう遅い。
リリアナの剣の切っ先が、彼の鎧の、ほんのわずかな隙間――喉元で、ぴたりと止められていた。
シン――、と。
あれだけ熱狂していた闘技場が、水を打ったように静まり返る。
勝敗は、決した。
やがて、審判が、震える声でその結果を高らかに宣言した。
「――しょ、勝者、ユウキ&リリアナ! 決勝進出!」
一瞬の沈黙の後、闘技場は、この日一番の大歓声と、惜しみない拍手に包まれた。
誰もが、この最高の試合を演じた、両者の健闘を称えていた。
*
試合後。
満身創痍の俺たちが選手控室へと戻ると、そこには、壁に寄りかかり、俺たちを待っているボルガの姿があった。
「……よう」
俺たちが声をかけるより先に、彼が口を開いた。
その顔には、敗北の悔しさではなく、全てを出し切った、晴れやかな表情が浮かんでいる。
「完敗だ。てめえは、最高の司令塔だよ」
ボルガは、そう言って潔く敗北を認めると、俺の肩を力強く掴んだ。
「――だから、頼む」
その目は、真剣だった。
「俺たちの分まで、必ず、ゼノンを倒せ」
託された想い。
それは、もはや俺たち二人だけの戦いではない。
俺は、ライバルの熱い想いを胸に、決勝戦への決意を新たにする。
「ああ。最高の物語にしてやるさ」
俺は、ボルガの拳に、自らの拳を強く打ちつけた。
決勝の舞台は、もうすぐそこだ。




