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武闘大会、開幕

武闘大会の当日。王都は、燃えていた。人々の熱狂が、街全体を一つの巨大な生命体に変え、興奮の渦に飲み込んでいた。


俺とリリアナは、巨大な闘技場コロッセオの選手控室で、その瞬間を待っていた。外から聞こえてくるのは、もはや歓声ではない。地鳴りだ。大地を揺ърがし、石壁を震わせる、数万人の熱狂が、俺たちの肌をビリビリと震わせる。高らかに鳴り響くファンファーレが、その熱狂にさらに油を注いでいた。


「……すごい、熱気ですね」


リリアナが、緊張に強張った面持ちで呟く。俺も、生唾を飲み込んだ。アストリアのギルドとは、規模も、熱量も、何もかもが違いすぎた。ここは、本物の戦場だ。


やがて、開会式の時が来た。国王陛下による高らかな開会宣言の後、大会委員長が、今大会における特殊ルールを説明し始める。


「――今大会は二部構成! 予選から準々決勝までは、各パーティーの総合力が試される【団体戦】! そして、それを勝ち抜いた猛者たちによる準決勝以降は、最強の二人を選抜して戦う【代表選抜戦】となる!」「そして、いずれの試合も、ただ相手を戦闘不能にするだけでは決まらない!」


委員長の声が、魔法で増幅されて闘技場全体に響き渡る。


「諸君の戦いぶりを、観客、そして審査員が評価し、与えられる『評価ポイント』! このポイントもまた、勝敗を左右する重要な要素となる! 強いだけの戦いは、真の英雄とは言えん! 民の心を掴み、熱狂させてこそ、国王杯の覇者にふさわしいのだ!」


(――来た!)


俺の全身に、雷が走った。これだ。これこそが、俺がゼノンに勝つための、唯一にして絶対のルールだ。


開会式が終わり、いよいよ初戦の組み合わせが発表される。闘技場に設置された、魔法仕掛けの巨大な対戦盤たいせんばんに、次々と対戦カードが光の文字で浮かび上がっていく中、俺たちの名前が、ついに表示された。


【第一回戦 第八試合】ユウキ&リリアナ vs 『竜の顎』


その瞬間、会場がどよめいた。無理もない。Bランクパーティー『竜の顎』は、竜騎士の血を引くリーダーを中心に構成された、優勝候補の一角と目される強豪だ。


「おいおい、マジかよ……」「アストリアの英雄だか知らねえが、相手が悪すぎだろ」「一分もつかな?」


選手控室にいる他の冒険者たちも、憐れむような目でこちらを見ている。会場の誰もが、俺たちの瞬殺を確信していた。


リリアナが、ごくりと喉を鳴らす。その顔は、絶望に青ざめている。だが、俺は、この絶望的な状況を前にして、ただ一人、笑っていた。最高の逆転劇の舞台は、整った。



「第一回戦、第八試合! 入場!」


アナウンスと共に、俺たちは闘技場へと足を踏み入れた。その瞬間、数万人の視線が、まるで槍のように俺たちに突き刺さる。


「さあ、始まりました! 片や、優勝候補の一角、『竜の顎』! 片や、辺境アストリアから現れた謎のCランクコンビ! 果たして、勝負になるのか!」


実況の煽りに、観客席から嘲笑が漏れる。最悪の空気。だが、俺にとっては最高の舞台だ。


俺は、誰にも気づかれぬよう、そっと《神々のインターフェイス》を起動させた。


【下克上】国王杯開幕!格上PTをエンタメで喰ってやる!


試合開始のゴングが鳴り響く。予想通り、『竜の顎』の猛攻に、俺たちは防戦一方となった。リーダーの巨漢が振るう大剣は、風を切るだけで凄まじい圧を放ち、リリアナはそれを捌くだけで精一杯だった。


「どうした英雄様! 手も足も出てねえじゃねえか!」「早く終われ! 金の無駄だ!」


観客席からは、容赦ないヤジが飛んでくる。だが、俺は冷静だった。むしろ、この状況を待っていた。


「――リリアナ! 右に三歩!」


俺の絶叫が、闘技場に響き渡る。リリアナは、俺の言葉を信じて、咄嗟に右へと跳んだ。その直後、彼女が先ほどまで立っていた場所に、大剣が叩きつけられ、石畳が粉々に砕け散る。


「なっ……!?」


紙一重の回避。リリアナが驚きに目を見開く。だが、俺の指示は止まらない。


「そのまま前へ! 懐に潜り込め!」「ですが、無茶です!」「いいから行け!」


リリアナは、覚悟を決めて、巨漢のリーダーの懐へと、弾丸のように飛び込んだ。もちろん、攻撃など当たるはずもない。だが、それでいい。


俺は、相手の攻撃を紙一重でかわし、観客の度肝を抜いたその瞬間を狙って、観客席に向かって、大げさにウインクを送ってやった。


「な、なんだアイツ……?」


観客席が、ざわつく。ヤジを飛ばしていた連中も、俺のその意図不明な行動に、少しずつ興味を示し始めていた。


「ははっ、どうした! そんな攻撃、当たるかよ!」


俺は、ただ相手を倒すのではなく、「いかにして観客を楽しませるか」に徹した。リリアナが相手の攻撃をかわすたびに、俺は観客席に向かってガッツポーズをしてみせる。神々のスパチャで得た、戦闘には役立たない花火(10G)を打ち上げて、相手の度肝を抜く。


最初は馬鹿にしていた観客たちも、俺の徹底したショーマンシップと、格上相手に一歩も引かない二人の姿に、次第に心を動されていく。


「おい、なんだか面白くなってきたぞ……」「そうだ! やっちまえ、兄ちゃん!」


会場の空気が、少しずつ、だが確実に、俺たちへと傾き始めていた。そして、闘技場の対戦盤に表示された『評価ポイント』が、爆発的に加算され、ついに『竜の顎』のポイントを逆転したのだ。


「――聞こえるか、リリアナ!」


俺は、闘技場に響き渡る声で、叫んだ。


「こいつらは、もうただの観客じゃない! 俺たちの勝利を願う、『共犯者』だ!」「俺たちに、歓声を! その声が、俺たちの力になる!」


その言葉が、引き金だった。「うおおおおおおお!」という、地鳴りのような大歓声が、闘技場を揺るがした。



地鳴りのような大歓声が、闘技場を揺るがした。それは、もはや単なる声援ではない。俺たちの勝利を願う、数万人の共犯者たちの、魂の叫びだった。


その声援を全身に浴びて、リリアナの体に、確かな変化が起きていた。極限の集中力。研ぎ澄まされていく五感。格上の相手を前に、疲弊していたはずの彼女の瞳に、再び闘志の炎が燃え盛る。


「……ユウキさん」


彼女が、俺の名を呼ぶ。その声には、もう一切の迷いはない。


「ええ、聞こえます。みんなの声が……! 今なら、やれます!」


『竜の顎』のリーダーは、会場の異様な雰囲気に完全に飲まれていた。なぜ自分たちが追い詰められているのか、理解できていないのだろう。


「ふざけやがって……! 小細工ばかりしやがって!」


焦りから、大振りの一撃を繰り出してくる。その動きは、あまりにも直線的で、隙だらけだった。


(――もらった!)


「――今だ、リリアナ! そこを抜けろ!」


俺の絶叫と、神々からの祝福が、完璧に重なり合った。


《名もなき神》「見せてやれ、リリアナ! お前が本当の英雄だ! 5000G!」


神々のスパチャが、リリアナの剣に淡い光を宿らせる。彼女は、地を蹴った。大歓声を追い風に変えて、相手の薙ぎ払うような大剣を、まるで踊るようにかいくぐる。


そして、がら空きになったリーダーの胴体に、カウンターの一撃を、完璧に叩き込んだ。


「ぐっ……!?」


致命傷ではない。だが、Bランク冒険者の巨体を、確かにぐらつかせる、渾身の一撃。リーダーが、たたらを踏んで、片膝をついた。


カン、カン、カーン!


その瞬間、試合終了を告げる鐘の音が、闘技場に鳴り響いた。


静まり返る、闘技場。誰もが、対戦盤に表示される最終結果を、固唾を飲んで見守っている。


戦闘評価では、わずかに『竜の顎』が上回っている。だが、『評価ポイント』は、俺たちが圧倒していた。


やがて、審判が、震える声でその結果を告げた。


「――しょ、勝者、ユウキ&リリアナ!」


一瞬の沈黙の後、闘技場は、この日一番の大歓声に包まれた。誰もが予想しなかった、奇跡のような番狂わせ。


俺は、天を突き上げるように、力強くガッツポーズを作った。俺たちの名は、もはやただのアストリアの英雄ではない。この武闘大会最大のダークホースとして、王都中の、いや、天上の神々の記憶に、確かに刻み込まれたのだ。

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