コラボ配信の戦果
俺たちと『鋼鉄の咆哮』。
二つのパーティーは、ギルドを出てから一言も口を利かないまま、決戦の舞台となる古代遺跡に到着した。
「……ここが」
リリアナが、息を呑む。
目の前にそびえ立つのは、苔むした石造りの巨大な建造物だった。入り口は、まるで冥界へと続く門のように、不気味なほどの静寂と、死んだように冷たい空気を吐き出している。
内部から漂ってくるのは、千年の埃が積もったカビ臭い空気と、古代の罠が放つ、肌をピリピリと刺すような殺気だ。
「行くぞ」
ボルガは、俺たちを一瞥だにすることなく、仲間たちに合図を送る。
その横顔には、「俺たちに指図するな」という、明確な拒絶が浮かんでいた。
「おい、待てよ。まずは先行して偵察を――」
「黙ってろ。俺たちのやり方でやる。てめえらひよっこは、黙って後ろからついてくればいいんだよ」
俺の忠告を鼻で笑い、ボルガ率いる『鋼鉄の咆哮』は、松明の光を頼りに、ずかずかと遺跡の内部へと侵入していく。
(……最悪だ)
案の定、悲劇はすぐに起きた。
先頭を歩いていた盾役のドワーフが、何気なく石畳を踏み抜いた、その瞬間。
シュンッ! という鋭い音と共に、左右の壁から無数の矢が放たれた。
「ぐわっ!?」
「トラップだ!」
『鋼鉄の咆哮』は、咄嗟に盾や剣で矢を防ぐが、全員が完全に不意を突かれた形だ。数本が鎧を掠め、浅い傷を負っている。
初歩的な、あまりにも教科書通りの罠だった。
「ちっ……! 油断したぜ……!」
悪態をつくボルガ。
だが、彼らの不運はそれだけでは終わらない。
今度は、弓使いのエルフが、天井から吊り下がる蔦に気づかず触れてしまい、頭上から巨大な岩が落下してくる。
「危ねえ!」
轟音と共に、一行が先ほどまでいた場所が粉々に砕け散った。
かろうじて回避はしたものの、彼らの顔には、明らかに焦りの色が浮かび始めていた。
(ダメだこりゃ……)
俺は、頭を抱えた。
彼らは、個々の戦闘能力は高いのだろう。だが、ダンジョン攻略に必要な、慎重さや洞察力があまりにも欠如している。
このままでは、ボスにたどり着く前に全滅しかねない。
リリアナが、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「ユウキさん、このままでは……」
ああ、分かってる。
この最悪で、絶望的な状況。
だからこそ――最高のエンターテイメントの始まりだ。
俺は、誰にも気づかれぬよう、そっと《神々のインターフェイス》を起動させた。
そして、この地獄のような状況に、最高のタイトルをつけてやる。
【不仲コラボ】CランクトップPT vs 古代遺跡!~司令塔は俺だ~
(――さあ、神々よ)
(お前たちが本当に見たかったのは、こっちだろ?)
俺は、不敵な笑みを浮かべ、絶好の機会が訪れるのを、静かに待った。
*
案の定、ボルガ率いる『鋼鉄の咆哮』は、ダンジョン攻略の素人同然だった。
個々の戦闘能力は高いのだろうが、罠への警戒心が致命的に欠けている。
矢が飛び、岩が落ち、今度は床が抜けた。
彼らは、まるで教科書に載っている罠のフルコースを、その身をもって味わっているかのようだった。
「くそっ! なんだこの遺跡は! 罠だらけじゃねえか!」
ボルガが悪態をつくが、もう遅い。
彼のパーティーは、落とし穴の底で、身動きが取れなくなっていた。幸い、怪我は軽傷のようだが、完全に戦意を喪失している。
(――今だ)
俺は、この絶好の機会を逃さなかった。
リリアナに目配せをし、悠然と落とし穴の前に進み出る。
「おい、ボルガ。いつまでそこで油を売ってるつもりだ?」
俺の挑発的な言葉に、穴の底からボルガが悔しげな顔で睨み上げてくる。
「うるせえ! てめえに言われずとも、今すぐ――」
「――その前に、右の壁から三歩離れろ。そこから毒ガスが噴き出すぞ」
俺は、ボルガの言葉を遮り、淡々と告げた。
俺の視界の端では、《神々のインターフェイス》に、親切な神々からのコメントが流れている。
『右の壁、色が違うぞ! ガス噴出トラップだ!』
「なっ……!?」
ボルガは半信半疑ながらも、咄嗟に仲間たちと壁から距離を取る。
その直後、シューッ!という音と共に、彼らがいた場所から紫色の毒ガスが勢いよく噴き出した。
「うそ……だろ……」
『鋼鉄の咆哮』のメンバーが、呆然と呟く。
俺は、そんな彼らに追い打ちをかけるように、指示を続けた。
「天井の亀裂にも気をつけろ。そこからスライムが落ちてくる。弓使い、火矢で牽制しろ」
「僧侶は、左から二番目の石像に近づくな。呪われるぞ」
「盾役、お前の足元にあるスイッチを踏めば、この穴は塞がる」
俺の神懸かり的な指示に、最初は戸惑っていたボルガたちも、その的確さを目の当たりにし、徐々に表情を変えていく。
驚愕、困惑、そして、最終的には、認めざるを得ないという悔しさへ。
落とし穴から脱出したボルガは、プライドがズタズタになった顔で、俺の前に立った。
「……てめえ、一体、何者だ」
「ただのFランク上がりの、ひよっこだよ」
俺がそう言って笑うと、ボルガはぐっと奥歯を噛み締めた。
そして、Cランクトップの冒険者としての、全てのプライドを捨てて、深く、深く頭を下げた。
「……悪かった。俺が、間違っていた」
「この先、指揮権はてめえに委ねる。……頼む」
その言葉を合図にしたかのように、神々からの称賛のコメントとスパチャが、俺の視界を埋め尽くした。
こうして俺は、この危険な同盟の、実質的なリーダーとなったのだ。
*
指揮権を掌握した俺の元、二つのパーティーは、もはや一つの生命体のように連動していた。
俺の神懸かり的な指示は、遺跡に仕掛けられた全ての罠を無力化し、俺たちは一度も立ち止まることなく、遺跡の最深部へと到達した。
そこは、広大なドーム状の空間だった。
天井には巨大な穴が空き、そこから差し込む月光が、まるで舞台のスポットライトのように、空間の中央を神々しく照らし出している。
そして、そいつはいた。
――アーク・アラクネ。
月光を浴びて鈍く輝く、黒曜石のような体。無数の複眼が、赤い光を湛えて蠢いている。その体長は、大型の馬車ほどもあっただろうか。
天井からぶら下がるそいつは、俺たち侵入者に気づくと、カサカサ、と無数の脚を蠢かせ、ゆっくりと地上へと降りてきた。その一挙手一投足が、絶対的な捕食者の風格を漂わせている。
「……ひっ」
『鋼鉄の咆哮』の僧侶が、小さく悲鳴を上げる。
無理もない。Cランク高難度クエストのボス。その威圧感は、ホブゴブリンの比ではなかった。
だが、俺たちの間に、もはや絶望や恐怖はなかった。
あるのは、司令塔への絶対的な信頼と、自らの役割を全うするという、冒険者としての覚悟だけだ。
「――全軍、戦闘準備!」
俺の号令が、静まり返った遺跡に響き渡る。
「ボルガ、お前たちは鉄壁の前衛だ! 何があっても、奴の注意を俺たちに向かせるな!」
「……言われずとも!」
ボルガが巨大な盾を構え、仲間たちと共にアーク・アラクネへと突進していく。
「リリアナは、俺の隣で待機! 最強の切り札は、最高のタイミングで使う!」
「はい!」
戦いの火蓋が、切って落とされた。
アーク・アラクネは、鋼鉄のように硬い前脚を振り上げ、ボルガたちへと叩きつける。
凄まじい衝撃に盾が軋むが、ボルガたちは歯を食いしばり、その猛攻を耐え抜いた。
その隙を、俺は見逃さない。
「弓使い! 奴の複眼を狙え! 視界を奪う!」
「僧侶! ボルガに防御魔法を! 集中させろ!」
俺の指示が、的確に戦場を支配していく。
そして、神々もまた、この最高のコラボ配信に、惜しみない支援を送ってくれていた。
《名もなき神A》いけえええ! ボルガ、耐えろ!
《名もなき神K》リリアナちゃん、まだか! ワクワクが止まらん!
アーク・アラクネが甲高い威嚇音と共に、その口から粘性の高い液体を吐き出した。それは空気に触れた瞬間、粘りつく『酸のワイヤー』となってボルガたちに襲いかかる。ジュワッ!と金属が焼け爛れる音と共に、ボルガの盾から腐食性の煙が上がる!
ボルガたちがそれを盾で防いだ、まさにその瞬間。
「――今だ! リリアナ!」
俺の絶叫と、神々からの最大級のスパチャが、完全にシンクロした。
「《名もなき神一同》、感謝する! 『聖なる祈り(10000G)』!」
眩い光が、リリアナの剣に宿る。
彼女は、ボルガたちが死力を尽くして作り出した、ほんの一瞬の隙を突き、神速の勢いでアーク・アラクネの懐へと切り込んだ。
その一撃は、もはや人間の技ではなかった。
聖なる光を纏ったリリアナの剣が、アーク・アラクネの硬い甲殻を、まるで紙のように貫いたのだ。
断末魔の絶叫が、古代遺跡に木霊した。
*
満身創痍。
俺たち二つのパーティーは、命からがら古代遺跡から生還した。
アーク・アラクネの巨大な亡骸をギルドに運び込んだ時、受付嬢は腰を抜かし、その場にいた冒険者たちは、まるで伝説の生き物でも見るかのような目で俺たちを見ていた。
ギルドマスターからは、これ以上ないほどの賛辞と、金貨30枚という破格の報酬が授与された。
その日の夜。
俺たちと『鋼鉄の咆哮』は、ギルドに併設された酒場の一角を貸し切り、祝勝会を開いていた。
最初は、二つのパーティーの間に、まだどこかぎこちない、埋めようのない溝が存在していた。
だが、エールが何杯か空になる頃には、その壁は少しずつ溶け始めていた。
「いやー、マジで死ぬかと思ったぜ! あの蜘蛛の酸攻撃!」
「リリアナちゃんの最後の一撃、神懸かってたな!」
『鋼鉄の咆哮』のメンバーたちが、口々に今日の死闘を振り返る。
その輪の中心に、ボルガはいなかった。彼は一人、テーブルの隅で、黙ってジョッキを傾けている。
やがて、ボルガは静かに立ち上がると、俺とリリアナの前にやってきた。
そして、なみなみとエールが注がれたジョッキを、俺たちの前に差し出した。
「……飲め」
ぶっきらぼうな、だが、真摯な声だった。
俺とリリアナがジョッキを受け取ると、ボルガは自分の仲間たち、そして俺たちに向かって、深く、深く頭を下げた。
「悪かった。俺は、お前たちのことを完全に見くびっていた」
そして、顔を上げた彼の顔には、一点の曇りもない、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。
「ユウキ。お前は、俺が今まで出会った中で、最高の司令塔だ」
「そして、リリアナ。お前さんは、とんでもねえ剣の腕を持つ、最高のエースだ」
ボルガは、そう言って高らかにジョッキを掲げた。
「――最高の戦友に、乾杯!」
その言葉を合図に、酒場にいる全員が、割れんばかりの歓声と共にジョッキを突き合わせた。
いがみ合っていた二つのパーティーの間にあった壁は、もうどこにもない。
そこには、死線を共に乗り越えた者たちの間にしか生まれない、確かな信頼と、友情の絆が生まれていた。
俺はボルガと視線を交わし、不敵に笑い合う。
最高の「戦友」を得て、俺たちの物語は、さらに面白くなっていく。
打倒ゼノンという遥かなる目標を見据え、俺たちは夜が更けるまで、勝利の美酒に酔いしれた。




