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第1話 意外な破壊力

「わあっ……!」


ティオ・ウェンスローは、勇者がこちらに向かって手を振る様を嬉しそうに見つめている。その小さな手をおずおずと振ると、勇者が優しく微笑んだ。明るく、太陽のような眼差しだった。


本日は国を挙げての勇者一行の凱旋パレードの日。


きらびやかな鎧、歓声に包まれた笑顔、誇らしげに掲げられた剣。そしてまぶしい太陽のようなあの人。


「ねえ、母さん! いつか、僕も勇者になるよ!」


母は小さくうなずいて、ティオの髪を撫でた。ティオは嬉しそうにはしゃぎ、母の手に顔を埋めた。




「——夢か」


ぼんやりとした意識の中で、幼少期の記憶とカーテンから差し込む光の眩しさにティオは眉をひそめた。


あれから、どれくらいの月日が経ったのか、それすらも定かではない。わかっていることといえば、現実は思っていたよりもずっと残酷であり、『勇者になる』なんて夢は叶わないという事実だけだ。


「なんて悪夢だろ……」


叶いもしない希望を見るだなんて。


ティオの夢はあの日から勇者になることだった。そのために、必死に訓練をして、努力をし続けた。今がダメでも、明日は、明後日こそは、来年にはきっと——けれど、その努力が叶うことはなかった。


剣士になろうにも剣は腰の高さまでしか持ち上がらず、弓兵になろうにも弓の弦は一寸と引けなかった。盾衛を志せば盾の重みに膝が折れ、魔法使いを目指しても想像力は砂漠の井戸のように涸れ果てている。魔力に至っては、町の子供にも笑われるほど貧弱だ。


「……支援職なら、なんとかなるかもしれない」と最後の望みを賭けたバフも、人が攻撃力三倍を引き出すところ、ティオのバフは、なんと0.1倍。むしろ邪魔にでしかなかった。


あれほど焦がれ、夢のために重ねた努力は何一つ実ることないままに、あっけなく塵となった。




「——おい、ティオ! いつまでボケっとしとるんだ! さっさと働け!」


養鶏場小屋に親方の怒鳴り声が響く。


「は、はいっ……」


ティオはビクッとして身体を起こすと、親方に頭を下げ、鶏の水を替える。親方は高齢であるが、ティオよりもずっと筋肉隆々で、体力でも敵わない。その拳が飛んでくるかと怯えながら、こき使われ働く毎日。


自分はいつまでたっても小柄で、猫背。黒髪に、黒い瞳。死んだ魚のような目だとよく言われる。目立ったものは難易一つない。


「……俺の人生って、このまんま終わるのかな」


自嘲が喉の奥でくすぶっている。自分の人生であるというのに、すべて諦めて投げ出してしまいたくなるような、そんな感覚。けれど、何をどうしたって、自分の人生はどうにもならない。自分は何一つ持ち合わせていなかったのだ、生まれた時から。


「なあ、神さま。俺の人生、このまま進んでいくのか?」


神に尋ねてみても、返事が返ってくることはない。


「コケッ」


神の代わりに鶏が答えてくれたのだろうか、と思わず自分を嘲笑ったその瞬間だった。


鶏小屋の奥でバタバタと鶏たちの羽根を動かす音。その羽音とともに、彼らの耳を擘くような鳴き声。いつも餌をあげている時には聞かないような、どこか悲鳴にもよく似た声だ。


「……どうした?」


羽毛の舞う隙間から、深い黄緑色が見えた。そのそばで、ギョロリと何かが動く。ワンテンポ遅れて、それが濁った瞳だということに気付いた。ずるりと得体の知れない動き。思考が追いつかない。ずるり、ずるりとそれが近づいてくる。やがて、それの全貌が明らかになる。ティオよりもずっと大きく、そして感情のない濁った瞳。


「ゴブリン……だ……」


驚きのあまり、ティオは腰が抜け、その場に座り込んでしまう。


早く立ち上がって、鶏を守らなくてはと思うのに、身体が震えで動かないのだ。


「なんでこんなとこにいるんだよ……」


ティオは震えながらも咄嗟にそばに落ちていた箒を握りしめ、よろよろと立ち上がる。戦わなければ。相手はゴブリン。モンスターの中ではとびきり強いわけではない。それこそ、勇者であれば一撃で倒すことのできる敵であるはずだ。


それならば自分にも——ティオは箒をゴブリンに向かってかまえる。


そして、頭の中で想像をする。思い切り振り上げて、ゴブリンの頭に直撃をする。


——でももし、箒が弾き飛ばされたら?


ゴブリンの行動の方が早いに決まっている。脳裏をかすめるどうしようもない諦め。足は震え、そのまま物陰へと後退する。このままではダメだとわかっているのに、身体が動かない。


「——下がって! 私がやるわ!」


扉を勢いよく開ける音ともに一人の少女が飛び込んできた。肩までのびた栗色の髪がさらりと揺れた。武装に身を包んだその少女は藍色の凜とした眼差しでゴブリンを見つめる。どうやら、剣士のようだ。


助かったとティオが胸をなでおろしたのもつかの間、彼の視線には彼女の鎧が目に入る。鎧は傷一つなく光っており、真新しい。見るからに新米の剣士——シルフィアだった。


「いくわよ!」


「……無理だ」


シルフィアは勇ましく剣を抜くが、ティオは身体を強張らせ、ぼそりとこぼす。彼女もまたゴブリンに勝てる力量はない。自分よりは幾らか才があるようだが、その剣を持つ手は震えており、おそらく剣をモンスターに向けたのはこれが初めてなのだろう。それでも、彼女の瞳は眩しい。その剣と同じように。


——それでも、どうしてだろう。なぜか胸の奥で何かがはじけた。




「……ダメ元だ」


ティオは深く息を吸い込むと手を伸ばし、シルフィアに攻撃力上昇のバフを放つ。きっとそれほど彼女の力にはならないだろう、それでも自分のできることをしなければ鶏と自分たちの命はない。


ふわり——瞬間、空気が揺れた。


「やあっ……!!」


ゴオオオン!——シルフィアが振るった剣は、轟音とともに鶏小屋を真っ二つに裂き、さらに奥の森の地面を数十メートルにわたって切り裂いた。土煙が上がり、鶏たちは悲鳴をあげて飛び散る。


「……え?」


二人の口から同時に漏れた呆け声。静かに広がる目の前の惨状。ゴブリンは跡形もなくなっている。これが、現実とは思えなかった。


「い、今の……あなたがやったの?」


「え、あ……ま、まさか……俺はただ……っ」


シルフィアは興奮したように剣を構え直し、「ねえさっきのもう一回!」とティオに声をかけた。彼もまた体勢を整えて、指に力を込める——が、何度剣を振っても、さっきの破壊力は再現されない。刃は空を切り、地面に傷一つ付かない。二人は自分の手をぼんやりと見つめた。先ほどの能力は一体。


その時だった。小屋の向こうから複数の咆哮が響いた。


ずるり、ずるり。どすり、どすり。足音がだんだんと近づいてくる。


切り裂かれた森の奥から、先ほどのゴブリンが何体も姿を現す。彼らは今しがた二人が仕留めた仲間の惨劇を見て、鼻息を荒くしている。さらにその背後には二階建てほどの巨体――トロルまでもが迫ってきていた。


シルフィアが剣を振るう。が、やはりそれは空気をかするだけ。


「……どうしよう」


焦るシルフィアを見て、ティオは再び手を伸ばす。今、やれることをしなくてはこのまま二人とも死ぬだけだ。


指に力を込めて、彼女を見つめる。二度目のバフ。


ゴオオオン!———再び轟音が響いた。


シルフィアの剣が閃き、巨大なトロルの胴体が一刀両断された。血飛沫が雨のように降り、周囲の魔物たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。


そして、沈黙が訪れた。


シルフィアは剣を見つめ、それからティオを凝視した。


「……あなた、何者……?」


その声は恐怖と混乱が入り混じっていた。遠くで声が聞こえる。今しがた起きたこの騒動について、誰かが鍵つけたようだった。次の瞬間、彼女は踵を返し、駆け去っていく。


そうだ、逃げなければ。ティオもまた、胸を激しく打つ心臓を抑えながら、事件の渦中に巻き込まれることを恐れ、鶏小屋を後にした。

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