7話 壊滅
千優と黒光が各々、神殿内で事を成し遂げている際、快斗は外で神殿を見張り続けていた。
姉である雨音が、囚われたという悲報を耳にし、自分も救助に向かいたい心を抑えて、待ち続けたのである。
そうして、夜が明け始めると共に、"クロ" と名乗る男と合流を果たす。
その男が言うには、姉は千優が引き取ったらしく、途中で二手に分かれたから、行方は分からないものの、彼女が付き添えば、無事なのは間違いないだろう、、、とのこと。
快斗からすれば、この目で確かめない限り、安心とは言い切れない。
だが、その男の言葉には、ひどく納得がいった。
快斗は実は、千優という存在に一目置いていたのだ。
彼女が傍に居るという情報は、何よりも彼の心のつっかえを、ほぐすものであった。
だが、不安というものはこう、どうして消えると同時に、湧いて出てくるのだろうか。
全く異なる懸念が彼の心を燻る。
快斗と黒光は、神殿付近の空き家を陣取って二階から、異教徒の動きを監視していたのだが、、、目下には、溢れんばかりの人だかり。
給水を求めに来た人々が後を絶たず、遂には、神殿を囲むようにして犇きあっていた。
快斗は、黒光から、"泉" が崩壊した事を聞いており、異教徒の事情を察してはいたものの、「何かしらもっと良策があっただろ。」と、心の中で文句を言わずにはいられない。
その間にも彼方此方で大衆が騒つき始め、まだ明確な暴動には至っていないが、多少なりとも、不満を上げる声がする。
堰が切れるのも時間の問題だと、快斗は、ヒヤヒヤしながら見守っていた。
そうする中で遅いにも程があるが、警護兵に動きが見られた。
・・・何かを叫んでいる。
言葉までは聴き取れぬが、事情説明といったところだろう。
兎にも角にも、この状況を緩和してほしいと、敵ながらも願っていた、、、所だった。
ーーー緊張が走る。
肌に伝わる、明確な空気の強張り。
野次程度だった雰囲気が殺気を帯びていく。
考えうる最悪なパターン。
至る所で怒号が飛び、全体が憤怒に染まり、今にも一発触発しかねない空気へと変貌を遂げる。
加え、怪しげな動きのある二人組が目に映る。
奴等は、神殿の窓から身を乗り出し、標的を探すような、含みのある仕草をしていた。
二人の動きを怪訝に思い、快斗は黒光に、意見を乞う。
「"クロ" さん。あの、黒装束の二人。怪しくないですか? 」
まさか、その呼び名を口にされるとは、思っていなかったのか、男は反応に遅れるも、端的に呟いて、同意を示す。
快斗は、携えたスコープを覗く。
正確には分からぬが、恐らく誘拐にもってこいの "カモ" を探しているのだろう。
・・・この非常時に拘らず、異教徒は我が利の事しか考えられぬのか。
「この騒ぎに乗じて、一仕事してやろうって算段か。」
怒りを極力抑えた低い声で、快斗は奴等の狙いを見抜く。
「だろうな。」
遅れて、相変わらずの淡々とした男の言葉が返る。
その表情は何と言っていのやら。
怒りでも、嘆きでも無く、ただただ涼し気な顔であるのだが、放たれる眼光は射殺しかねない鋭さ。
まるで、瞳に映る全てを疑わんとばかりに眺めていた。
快斗は、かねがねから感じていたのだが、この男は、どうも判じかねる。
言葉不足による、意思疎通が図れていないのが主な原因なのだろうが、醸し出される奇妙な雰囲気が、この男の不気味さを加速される。
・・・敵で無いのは確かだが、、、恐らく味方でも無い。
何処まで信頼を寄せて良いものかと考えあぐねていた、、、その最中であった。
遠くでけたたましい、衝突音。
音の方角を見れば、敬語兵と住民が揉み合いとなって衝突し始め、それが引金となりて、波紋し、至る所で鈍い音が響く。
加え、まるで図らったように、黒装束の二人が、神殿から完全に身を乗り出して、地に降りる。
そして、大衆に阻まれながらも、『贄』を探さんと、人並みを搔き分け始めた。
これは、何の因果か、神の悪戯か。
二人が進むその先は、奇しくも彼の姉。
「姉貴。」
快斗は、肉親の危機に声を張り上げる。
だが、騒然の中では掻き消され、雨音の耳まで届かない。
当の本人は、人混みに埋もれ、魔の手が迫ることすら、気づけていない。
それに、乱闘の中にも拘らず、何処か、縋るような、祈るような、そんな場違いな事までしている。
「ライフルで、狙撃するか、、、いや、無理だ。、、、かといって、降りるのも、、、。」
快斗が苦悶の声を上げる。
満員電車のように人が押し合う中で、的確に標的だけを撃ち抜くのは、至難の業。
犠牲者を出し兼ねない、以上、現実的ではない。
だが、地上に降りて迎え撃つにしても、人波に阻まれ、そもそも辿り着けるかの話。
、、、悪が確実に脅かしに来ているというのに、傍観することしか出来ない屈辱。
実の姉の危機を知りながら、行動に移せない状況に、思わず歯を軋ませる。
今から、向かったとて、もう手遅れ。
たとえ、辿り着いたとて、もうそこには、姉の姿も影すらもないだろう。
残る策は、推奨しがたい狙撃。
だが、視界の良い位置に、今、居る状況を、活かさない手はない。
ーーーそう。
快斗が、姉を『贄』から救うのであれば、この弾丸に賭ける他なかった。
快斗は、覚悟と共に引金を手に掛ける。
照準に映し出されたのは、先陣を切る男の額。
このまま撃ち抜くことも可能だが、あわよくば、"ひとつ" で "二人" 処理してしまいたい。
とても人間にできる芸当ではないが、確実に救うのであれば、成し遂げる他あるまい。
ーーー狙うは、二人が重なる瞬間。
照準引き絞り、絶好のタイミングで、引金に力を加えかけた、、、その瞬間であった。
覗き込んでいたスコープが、突如、灰色で覆われる。
それは、霧状のようで、兎に角、視界が悪く、狙撃どころでは無い。
それから遅れて、ズザーという不快音が耳を騒がせる。
何事かと、快斗は慌てて、スコープから目を離せば、そこには、彼には見たことも無い景色。
その驚きは、彼だけではない。
暴れ狂う住民も、それに対抗する警護兵も、標的を狙う悪人も、まるで時が止まったとばかりに、手を止めてまで、目を見張る。
争いごとが、もはや、匙でしか無いと言わんばかりに、彼等は、天を仰ぐ。
彼等の目には、無数の水滴。
それも、空一面に。
そして、無尽蔵に。
ソレは、降り注ぐ。
長らく待ちわびたソレ。
生存には欠かせないソレ。
「・・・"雨" か。」
快斗の傍にいた男が、呟いた。
すれば、ほぼ同時、熱狂と歓喜が神殿を包む。
外部の人間である黒光からすれば、単なる "雨" だと思うかもしれない。
だが、過酷下で生きる彼等からすれば、どうか。
常に水が不足がちなこの地に、有り余る程の水が注ぐ。
それは、奇跡などでは言い尽くせない、まさに "天恵" 。
救われたと安堵を溢す者。
喜びのあまり、踊り騒ぐ者。
この機を逃すまいと貯める者。
各々が個性あふれる方法で、嬉しさを体現する。
快斗とて例外ではない。信じられんとばかりに、窓から手を差し伸ばして、水滴の感触を確かめる。
ーーー夢のような現実。
この現象を訝しむ、たった一人の男の存在を除いては、夢心地のように、何億、何兆の確率の "今" を楽しんでいた。
だが、その刹那。
ーーー夢の時間は裂かれた。
ゴゴゴと豪快に揺する地鳴り。
反響が激しくなるに連れて、神殿付近が隆起していく。
そして、地面が限界に達し、まるで焼餅の空包が破裂するように、神殿が砕け飛ぶ。
そして、その跡地から、見上げても尚、あまりある、巨大な "何か" が、姿を現した。
「ーーーーーーー。」
"何か" から、発っせられた、鼓膜を破りかねない爆音が、砂漠一帯を轟かす。
そして、あろうことか、周辺の砂を取り込んで戦闘態勢を取り始めていた。
その吸引力は凄まじく、砂に足を取られた者は、みるみる内に取り込まれてく。
それはまるで、一区画単位に拡張された、蟻地獄。
周囲の者から、途轍もない闇へと葬られていく。
ーーー歓喜から一転、絶望に染まる。
"反撃" を選択肢として、入れることすら叶わない、規模も力も、全てが桁の違う存在を前に、誰もが震え上がる。
そして、理解が追い付かぬまま、本能に従って、犇めき合う中を、我武者羅に押し退けて逃げる。
辺りは一瞬にして混沌。
悲鳴と嘆きが途方も無く響く。
誰もが、脅威から逃れる事で精一杯で、
他には、目もくれない。
たとえ、前方に転倒した者がいようと、手を差し伸べるどころか、踏み台にする始末、、、。
「姉貴。」
快斗が叫ぶ。
彼の目には、押し寄せる人の勢いに呑まれ、バランスを崩した姉の姿があった。
姉の倒れ込んだ上を何人もが通り、、、未だ、起き上がる姿は無い。
人波に埋もれきってしまったか。
確認が取れない状況に、快斗の心は焦燥で疼く。
気が気でない彼は、気づけば、飛び降りていた。
「気をつけろよ。」、と誰かが案じてくれた声がしたが、気に掛ける余裕はない。
人波に逆行し、行く人行く人に、どつかれようと、姉の身を案じ、怯むことはない。
声を荒げ、返答を乞う。
姉の名を叫び、無事を問う。
そして、人だかりの足の隙間から、地に伏せる姉の姿が。
急いで駆け寄って呼び起こす。
「姉貴。、、、おい、、、姉貴。」
だが返答は無い。
気を失ったのか、辛そうな表情が、"そこ" にはあった。
呼ぶ際に触れた体は、やけに冷たく、至る箇所に点在する擦り傷が痛ましい。
雨音が自力で逃亡するのは無理だと悟った快斗は、一回り大きな姉を背負う。
・・・くっっ、、、重い。
意識の無い人は、重く感じると耳にしたことがあったが、これ程だったとは、、、、。
だが、後方から確実に差し迫る轟音を聞いて、弱音を吐いている場合では無い。
あの異次元な巨躯に、踏み潰されたらたまらんと、
化物に目を付けられたら、一溜りもないと、
焦燥を露わに、肉体を駆動する。
快斗を含め、地反吐を吐く思いで地を駆ける彼等をよそに、上空で変化の兆しが。
空に重く伸し掛かり、覆い被さる層積雲に、突如として、無数に風穴が空き、塞ぎきった陽光が漏れ出す。
曇天と晴れが共存する、その光景は、神秘さを感じずにはいられない。
あまりにの美しさに、一瞬見惚れる程に。
ーーーその穴を開けたのは、化物であると、誰も露知らず。
ズドーン
耳を劈く衝撃音が響き渡り、即座に砂飛沫で視界が飛ぶ。
だが、それだけではない、耳を疑いたいことに衝撃音が鳴り止まない。
絶え間なく至る箇所で撃音が飛び、砂飛沫が舞に舞う。
砂飛沫をモロに食らった快斗は、目、鼻、口と人体の至る穴に入り込んで、停滞を余儀なくされた。
目に涙を滲ませながら、取り除いていく。
そして、視界が戻り、映し出されたのは、彼の一回り、二回り大きな "柱" 。
地面の減り込み具合から、数歩でも前に居たらと思うとゾッとする。
理解の及ばぬ状況に、諦め半分で天を仰ぐ。
空には、無数の "柱" が。
それも、雲よりも更に上空から貫いて降りてくる。
快斗は、その状況を目にし、思わず見とれた光景は、造られた幻想でしかないと知る。
・・・"水滴" の次は一体何なんだってんだ。
・・・この世界は何でもかんでも落ちてくんのかよ。
自嘲じみた自暴自棄に近い笑みを浮かべる。
"柱" が止む気配は無い。
化物から距離を取るだけ取っておきたいが、道中で "柱" に押し潰され兼ねない。
止まっても地獄。
動いても地獄。
だが、マシな結末はどちらか。
それは、きっと抗い果てた上での終焉だろう。
それは、最早、生命の義務に近い感情。
或いは姉を救うと言う確固とした責務が、既に限界な筈の、彼の肉体を駆動させる。
ーーー彼は再び走る。
誰でもいいからと、
救いが欲しいと、願いながら。




