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天災  作者:
第1章 ~干魃シーズン~
8/10

7話 壊滅

千優と黒光が各々、神殿内で事を成し遂げている際、()()は外で神殿を見張り続けていた。


姉である雨音が、囚われたという悲報を耳にし、自分も救助に向かいたい心を抑えて、待ち続けたのである。


そうして、夜が明け始めると共に、"クロ" と名乗る男と合流を果たす。


その男が言うには、姉は千優が引き取ったらしく、途中で二手に分かれたから、行方は分からないものの、彼女が付き添えば、無事なのは間違いないだろう、、、とのこと。


快斗からすれば、この目で確かめない限り、安心とは言い切れない。

だが、その男の言葉には、ひどく納得がいった。


快斗は実は、千優という存在に一目置いていたのだ。

彼女が傍に居るという情報は、何よりも彼の心のつっかえを、ほぐすものであった。


だが、不安というものはこう、どうして消えると同時に、湧いて出てくるのだろうか。

全く異なる懸念(けねん)が彼の心を(くすぶ)る。


快斗と黒光は、神殿付近の空き家を陣取って二階から、異教徒の動きを監視していたのだが、、、目下には、(あふ)れんばかりの人だかり。


給水を求めに来た人々が後を絶たず、遂には、神殿を囲むようにして(ひしめ)きあっていた。


快斗は、黒光から、"泉" が崩壊した事を聞いており、異教徒の事情を察してはいたものの、「何かしらもっと良策があっただろ。」と、心の中で文句を言わずにはいられない。


その間にも彼方此方(あちこち)で大衆が(ざわ)つき始め、まだ明確な暴動には至っていないが、多少なりとも、不満を上げる声がする。


(せき)が切れるのも時間の問題だと、快斗は、ヒヤヒヤしながら見守っていた。


そうする中で遅いにも程があるが、警護兵に動きが見られた。


・・・何かを叫んでいる。


言葉までは聴き取れぬが、事情説明といったところだろう。


()にも(かく)にも、この状況を緩和してほしいと、敵ながらも願っていた、、、所だった。


ーーー緊張が走る。


肌に伝わる、明確な空気の強張(こわば)り。

野次程度だった雰囲気が殺気を帯びていく。


考えうる最悪なパターン。


至る所で怒号が飛び、全体が憤怒に染まり、今にも一発触発しかねない空気へと変貌を遂げる。


加え、怪しげな動きのある二人組が目に映る。


奴等は、神殿の窓から身を乗り出し、()()()()()ような、含みのある仕草をしていた。


二人の動きを怪訝(けげん)に思い、快斗は黒光に、意見を乞う。


「"クロ" さん。あの、黒装束の二人。怪しくないですか? 」


まさか、その呼び名を口にされるとは、思っていなかったのか、男は反応に遅れるも、端的に呟いて、同意を示す。


快斗は、携えたスコープを(のぞ)く。

正確には分からぬが、恐らく誘拐にもってこいの "カモ" を探しているのだろう。


・・・この非常時に拘らず、異教徒は我が利の事しか考えられぬのか。


「この騒ぎに乗じて、一仕事してやろうって算段か。」


怒りを極力抑えた低い声で、快斗は奴等の狙いを見抜く。


「だろうな。」


遅れて、相変わらずの淡々とした男の言葉が返る。


その表情は何と言っていのやら。

怒りでも、嘆きでも無く、ただただ涼し気な顔であるのだが、放たれる眼光は射殺しかねない鋭さ。

まるで、瞳に映る全てを疑わんとばかりに眺めていた。


快斗は、かねがねから感じていたのだが、この男は、どうも判じかねる。


言葉不足による、意思疎通が図れていないのが主な原因なのだろうが、醸し出される奇妙な雰囲気が、この男の不気味さを加速される。


・・・敵で無いのは確かだが、、、恐らく味方でも無い。


何処まで信頼を寄せて良いものかと考えあぐねていた、、、その最中であった。


遠くでけたたましい、衝突音。


音の方角を見れば、敬語兵と住民が揉み合いとなって衝突し始め、それが引金となりて、波紋し、至る所で鈍い音が響く。


加え、まるで図らったように、黒装束の二人が、神殿から完全に身を乗り出して、地に降りる。

そして、大衆に阻まれながらも、『贄』を探さんと、人並みを搔き分け始めた。


これは、何の因果か、神の悪戯(いたずら)か。

二人が進むその先は、奇しくも()()()


「姉貴。」


快斗は、肉親の危機に声を張り上げる。


だが、騒然の中では掻き消され、雨音の耳まで届かない。


当の本人は、人混みに埋もれ、魔の手が迫ることすら、気づけていない。


それに、乱闘の中にも拘らず、何処か、(すが)るような、祈るような、そんな場違いな事までしている。


「ライフルで、狙撃するか、、、いや、無理だ。、、、かといって、降りるのも、、、。」


快斗が苦悶の声を上げる。


満員電車のように人が押し合う中で、的確に標的だけを撃ち抜くのは、至難の業。

犠牲者を出し兼ねない、以上、現実的ではない。


だが、地上に降りて迎え撃つにしても、人波に阻まれ、そもそも辿り着けるかの話。


、、、悪が確実に脅かしに来ているというのに、傍観することしか出来ない屈辱。


実の姉の危機を知りながら、行動に移せない状況に、思わず歯を(きし)ませる。


今から、()()()()()()、もう手遅れ。


たとえ、辿り着いたとて、もうそこには、姉の姿も影すらもないだろう。


残る策は、推奨しがたい狙撃。

だが、視界の良い位置に、今、居る状況を、活かさない手はない。


ーーーそう。

快斗が、姉を『贄』から救うのであれば、この弾丸に()ける他なかった。


快斗は、覚悟と共に引金を手に掛ける。


照準に映し出されたのは、先陣を切る男の額。


このまま撃ち抜くことも可能だが、あわよくば、"ひとつ" で "二人" 処理してしまいたい。


とても人間にできる芸当ではないが、確実に救うのであれば、成し遂げる他あるまい。


ーーー狙うは、二人が重なる瞬間。


照準引き絞り、絶好のタイミングで、引金に力を加えかけた、、、その瞬間であった。


覗き込んでいたスコープが、突如、灰色で(おお)われる。


それは、(きり)状のようで、兎に角、視界が悪く、狙撃どころでは無い。

それから遅れて、ズザーという不快音が耳を騒がせる。


何事かと、快斗は慌てて、スコープから目を離せば、そこには、彼には()()()()()()()景色。


その驚きは、彼だけではない。


暴れ狂う住民も、それに対抗する警護兵も、標的を狙う悪人も、まるで時が止まったとばかりに、手を止めてまで、目を見張る。

争いごとが、もはや、(さじ)でしか無いと言わんばかりに、彼等は、天を仰ぐ。


彼等の目には、無数の水滴。

それも、空一面に。

そして、無尽蔵に。

ソレは、降り注ぐ。


長らく待ちわびたソレ。

生存には欠かせないソレ。


「・・・"雨" か。」


快斗の(そば)にいた男が、呟いた。


すれば、ほぼ同時、熱狂と歓喜が神殿を包む。


外部の人間である黒光からすれば、単なる "雨" だと思うかもしれない。

だが、過酷下で生きる彼等からすれば、どうか。


常に水が不足がちなこの地に、有り余る程の水が注ぐ。

それは、奇跡などでは言い尽くせない、まさに "天恵" 。


救われたと安堵(あんど)(こぼ)す者。

喜びのあまり、踊り騒ぐ者。

この機を逃すまいと貯める者。


各々が個性あふれる方法で、嬉しさを体現する。


快斗とて例外ではない。信じられんとばかりに、窓から手を差し伸ばして、水滴の感触を確かめる。


ーーー夢のような現実。


この現象を(いぶか)しむ、たった一人の男の存在を除いては、夢心地のように、何億、何兆の確率の "今" を楽しんでいた。


だが、その刹那(せつな)


ーーー夢の時間は裂かれた。


ゴゴゴと豪快に揺する地鳴り。

反響が激しくなるに連れて、神殿付近が隆起していく。


そして、地面が限界に達し、まるで焼餅の空包が破裂するように、神殿が砕け飛ぶ。


そして、その跡地から、見上げても尚、あまりある、巨大な "何か" が、姿を現した。


「ーーーーーーー。」


"何か" から、発っせられた、鼓膜を破りかねない爆音が、砂漠一帯を(とどろ)かす。


そして、あろうことか、周辺の砂を取り込んで戦闘態勢を取り始めていた。


その吸引力は凄まじく、砂に足を取られた者は、みるみる内に取り込まれてく。


それはまるで、一区画単位に拡張された、蟻地獄。


周囲の者から、途轍(とてつ)もない闇へと(ほうむ)られていく。


ーーー歓喜から一転、絶望に染まる。


"反撃" を選択肢として、入れることすら叶わない、規模も力も、全てが桁の違う存在を前に、誰もが震え上がる。

そして、理解が追い付かぬまま、本能に従って、(ひし)めき合う中を、我武者羅(がむしゃら)に押し退けて逃げる。


辺りは一瞬にして混沌。

悲鳴と嘆きが途方も無く響く。


誰もが、脅威から逃れる事で精一杯で、

他には、目もくれない。


たとえ、前方に転倒した者がいようと、手を差し伸べるどころか、踏み台にする始末、、、。


「姉貴。」


快斗が叫ぶ。

彼の目には、押し寄せる人の勢いに呑まれ、バランスを崩した姉の姿があった。


姉の倒れ込んだ上を何人もが通り、、、未だ、起き上がる姿は無い。

人波に埋もれきってしまったか。


確認が取れない状況に、快斗の心は焦燥で(うず)く。


気が気でない彼は、気づけば、飛び降りていた。


「気をつけろよ。」、と誰かが案じてくれた声がしたが、気に掛ける余裕はない。


人波に逆行し、行く人行く人に、どつかれようと、姉の身を案じ、(ひる)むことはない。


声を荒げ、返答を乞う。

姉の名を叫び、無事を問う。


そして、人だかりの足の隙間から、地に伏せる姉の姿が。


急いで駆け寄って呼び起こす。


「姉貴。、、、おい、、、姉貴。」


だが返答は無い。


気を失ったのか、辛そうな表情が、"そこ" にはあった。


呼ぶ際に触れた体は、やけに冷たく、至る箇所に点在する擦り傷が痛ましい。


雨音が自力で逃亡するのは無理だと悟った快斗は、一回り大きな姉を背負う。


・・・くっっ、、、重い。


意識の無い人は、重く感じると耳にしたことがあったが、これ程だったとは、、、、。

だが、後方から確実に差し迫る轟音を聞いて、弱音を吐いている場合では無い。


あの異次元な巨躯(きょく)に、踏み潰されたらたまらんと、

()()に目を付けられたら、一溜(ひとたま)りもないと、

焦燥を(あら)わに、肉体を駆動する。


快斗を含め、地反吐を吐く思いで地を駆ける彼等をよそに、上空で変化の兆しが。


空に重く()し掛かり、覆い被さる層積雲に、突如として、無数に風穴が空き、(ふさ)ぎきった陽光が漏れ出す。


曇天と晴れが共存する、その光景は、神秘さを感じずにはいられない。

あまりにの美しさに、一瞬見惚(みと)れる程に。


ーーーその穴を開けたのは、()であると、誰も露知らず。


ズドーン


耳を(つんざ)く衝撃音が響き渡り、即座に砂飛沫で視界が飛ぶ。


だが、それだけではない、耳を()()()()ことに衝撃音が鳴り止まない。


絶え間なく至る箇所で撃音が飛び、砂飛沫が舞に舞う。


砂飛沫をモロに食らった快斗は、目、鼻、口と人体の至る穴に入り込んで、停滞を余儀(よぎ)なくされた。

目に涙を(にじ)ませながら、取り除いていく。


そして、視界が戻り、映し出されたのは、彼の一回り、二回り大きな "柱" 。


地面の()り込み具合から、数歩でも前に居たらと思うとゾッとする。


理解の及ばぬ状況に、諦め半分で天を仰ぐ。


空には、無数の "柱" が。

それも、雲よりも更に上空から貫いて降りてくる。


快斗は、その状況を目にし、思わず見とれた光景は、造られた幻想でしかないと知る。


・・・"水滴" の次は一体何なんだってんだ。

・・・この世界は何でもかんでも落ちてくんのかよ。


自嘲じみた自暴自棄に近い笑みを浮かべる。


"柱" が止む気配は無い。


化物から距離を取るだけ取っておきたいが、道中で "柱" に押し潰され兼ねない。


止まっても地獄。

動いても地獄。


だが、マシな結末はどちらか。

それは、きっと抗い果てた上での終焉(しゅうえん)だろう。


それは、最早、生命の義務に近い感情。

或いは姉を救うと言う確固とした責務が、既に限界な筈の、彼の肉体を駆動させる。


ーーー彼は再び走る。


誰でもいいからと、

救いが欲しいと、願いながら。

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