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天災  作者:
第1章 ~干魃シーズン~
6/10

5話 化物

時間は少し(さかのぼ)る。


異教徒のアジトの特定に至った黒光は、侵入を図るも、警備の厳重さに攻めあぐねていた。


監視の目を撒ききって、再び、侵入経路が無いか(うかが)う途中。


神殿内部から、別の仲間が顔を出す。

勤務交代かと思われたが、様子が(あわ)ただしい。


遠目からでも如実に伝わる、その焦り具合から、何かしら想定外が起きたのだろう。


急かされながら、外の警備をしていた半数以上の者が神殿内部へと消えていく。


ーーー手薄になった好機を男が見逃す筈が無い。


その一部始終を目撃した男は、すかさず正面入口に躍り出て、門番の背後を取る。


最適化された流れるような手つきで、次々に敵の意識を刈り取っていく。

ものの数秒で片付けた男は、何食わぬ顔で正面から侵入を果たす。


目に映り込んだのは、清く朗らかな泉。

だが、泉の端に、早朝には存在しなかったはずの、隠し階段が浮き彫りとなっていた。


絡繰(からくり)については分からぬが、先を急ぐことを優先する。

地下階段を降り、無機質なコンクリートの通路に繋がる。


趣向を完全に排除した簡素な造り。

管理するのに、さぞかし便利だろう。


冷酷なまでの静寂の中を男は、警戒を怠る事なく、先を進む。

拳銃片手に、丁寧なクリアリングを施していく。


だが、程なくして、違和感を覚える。


・・・妙だな。


かなり内部にまで、入り込んだというのに、未だ敵と出くわすことが無い。

寧ろ、人の気配がないと言うべきか。

易々と侵入を許す敵の警備の甘さに、逆に不安が増す。


それでも、奥へと進み、次の角を曲がった時だった。


人が積まれているのが目に飛び込んできた。


恐ろしいことに、一切の誇張は無く、言葉通り、現実に起きている。


正確には、幾数の男達が、何故か伸びた状態で山積し、

付近には、無数の火の粉が散り、まだ熱を帯びていた。


既に男は、誰の仕業であるか察していた。


・・・随分(ずいぶん)と暴れたな。


通路の奥の方まで、断続的に倒れ込む敵たちを眺めながら、率直な感想を抱く。


この具合であれば、彼女の宣言通り、一人で片づけてしまうかも知れない。

だが、現状を把握できない以上、あの少女が危険な目に遭っていないとも言えなかった。


一先(ひとま)ず、あの少女と合流を目的に、先へと急ぐ。


幸いと言うのか、何なのか。

彼女の行き先については、餌食となった敵どもを辿(たど)ればいい。

敵に、ある種の同情を抱きながら、通路を駆ける。


だが、程なくして目印が途切れる。

あれ程、順調に()ぎ払っていたと言うのに、パタリと敵の姿が消える。


男は、思わず足を止める。


・・・辿る方向を間違えたか。


にしては、通路の途中で途切れるのは、あまりに不自然過ぎる。


男は、一呼吸おいて周囲を観察し始めた。


ここも相変わらず代わり映えの無い通路。

同じ条件下で、炎使いが突然負けるとは、到底思えない、、、。

恐らく、彼女が何らかの想定外に見舞われたと推測するのが筋だろう。


直観に近い嫌な予感が、男を支配した。


そして、その直後。


「ーーーーーーーー。」


地下通路を伝って、物凄い轟音が響き渡る。

地震と錯覚する程の揺れ。

それは、まるでこの世のものとは、思えない()()の叫び。

鼓膜が破れんばかりの騒音が、地下を支配した。


この轟音には、流石の男も顔が苦む。

だが、彼は、痛みを堪えながら、音の出所を分析していた。


・・・その先か。


瞬時に音源を特定し、考えるよりも、体が動く。

みるみる内に加速を続け、宙を駆ける速度で通路を抜けていく。


(ほほ)が強張り、呼吸が(わず)かに乱れる。

彼の顔には、珍しくも、焦燥の色が浮かぶ。


ーーー其れもその筈。


その轟音は、彼には聴き慣れのある "地獄を呼ぶ声" 。

どう足掻(あが)こうと、()() は、無事ではないと認識していた。


ようやくのことで、長い、長い通路を抜けきり、広い空間へと踊り出る。


そこで目に飛び込んできたのは、口に出すのも(はばか)られる(おぞ)ましい何か。

得体不明な触手に、開閉を繰り返す器官を携えるソレは、理解の範疇(はんちゅう)を優に超えていた。


それが、あろうことか、無防備に逃げ惑う者達を容赦なく惨殺していく。


その証拠に床は、(きし)みに(ゆが)んだ(むくろ)と鮮血が散逸し、悪趣味な芸術が出来上がっていた。


異教徒達は、あの化物を制御不能と悟ったのか、地に伏せる仲間の二の舞にはなるまいと、本能の駆られるままに、逃げ惑う。


至る所で飛び交う悲鳴と断末魔に聴覚が埋もれ、逃げ惑う者達で視界が塗り潰される。


ーーーまさしく混沌。


怯え、恐れ、畏怖、、、あらゆる絶望が祭壇を取り巻き、現実とは信じ難い、世紀末な情景であった。


・・・遅かったか。


男は、この悲惨な情景を、(かす)れきった(くら)い瞳に映す。


だが彼は、(むご)たらしい光景に尻込みすることも、襲う腐臭に吐き気を催すことも無かった。


ただ、化物を狩らんと、人波を()き分けて進む。


入り乱れる人混みを越えた先に、奮闘を見せる炎使いの姿が。

背後の少女を(かば)いながら、得体の知れぬ触手を撃退していた。


二人の存在を目視した男は、千優が撃ち漏らした触手を撃ち払いながら、二人の前へと躍り出る。


「後は任せろ。」


そう端的に告げて、化物と対峙する。

だが、思わね返答が返ってきた。


「待って、私も加勢するわ。」


一人で持ち堪えていたのだろう。

息を荒らしながら、正義感の塊である千優は言う。


「・・・待て。先に戻れという意味で伝えた筈だが。」


「別にいいじゃない。私が残ろうが、残るまいが、それは私の勝手じゃない。」


「・・・。」


透き通った目で、訴えかける千優に、男は思わず言葉が詰まる。

だが、この場を切り抜けるには、独りの方が都合が良い以上、別の論法で遠ざける。


「その手負いを連れて行け。足手まといになると、困る。」


「、、、何? その言い方。」


男のあまりな言い様に、千優は苦言を呈す。


「早く去れと、そう言っているのだ。」


だが、男とて譲れない。

冷淡な口調でありながら、有無を言わせない迫力があった。


男の圧に、千優は物怖じするも、食い下がる。


「、、、ねえ待って。他の子を見殺しにする気? 」


「・・・何の話だ? 」


突拍子も無い批判に男は疑問符を浮かべる。

すると、呆れんた、と言わんばかりの口調で彼女は告げる。


「他にも囚われの子が居るのよ。ここで私が逃げたら見殺しになるじゃない。」


「・・・。」


理解をするのに、数秒を()()()()()()()


・・・それを先に言え。


「、、、そうか。他がいるのか。」


確かに、今思えば、化物の声を聴いて、ここまで最短で来たのだ。

その道中に、監禁できるような箇所があったとしても、不思議なことではない。


「、、、場所は把握しているだろうな? 」


千優が頷き返したことを見て、再び男が口を開く。


「ならばこそ、やはり先に行け。救助はお前に任せる。」


「 ・・・ "コイツ" は、俺が引き受ける。」


一拍置かれて言い放たれた言葉に、()()は耳を疑った。


この男は、あの化物を一人で迎え撃つと言ったのか? 正気の沙汰ではない、、、と。


だが、此方(こちら)を見向きもせず、化物を注視し続ける、その立ち振舞。

並々ならぬ覚悟の程を感じ取れる。


それに、何かと面倒なこの男が、無謀な策に出る訳は無いと分っていた。

でも、、、それでも、千優は純粋に心配を寄せる。


「大丈夫でしょうね。」


「ああ。問題ない。」


千優は、男を本気で気遣ったにも拘わらず、淡泊な返しに、拍子抜ける。


呆れを通り越し、ある種の感心を覚え始めた頃、今度は男が(しび)れを切らしたように告げる。


「早くしろ。天井が、もう、もたん。」


男が指し示したその先には、天井には亀裂が入り、水が滴り落ちていた。


瓦解の兆しであるソレを見て、千優も猶予(ゆうよ)が無いと覚悟を決める。


そして、雨音の腕を掴み、半場強引に通路の方へと消えていく。


・・・それでいい。


二人の背が地下通路へと消えゆく様を見届け、再び化物に目を向ける。


彼が放つ眼光か、それとも纏うオーラか。

男が立ちはだかった時から、化物は、明確に動きを鈍らせていた。

そして、無作為な殺戮を辞めてまで、彼を注視する。


言うなれば、飯の最中に、コバエが割り込んできたような、感覚だろうか。


兎も角、化物からして、男は、"物事を中断させる程の存在" だったのである。


互いに睨み合い、並々ならぬ緊張が走る。

熾烈(しれつ)な殺意のやり取りは、吐息すらも(はばか)られる。


祭壇は、最早、二人だけの空間と化していた。


ーーー彼は熟知していた。


この化物の名で、如何な存在であるのかを。

そして、如何な行動原理で、如何な宿命を担うかを。


故に、彼は理解していた。


現状、目視できる図体が、単なる一部であり、

本来の脅威が ()()()()() でないことを。


、、、だから、刺激では無い、極めて穏便な手筈へと移る。


男は、潔癖と偽って、普段から常備している黒手袋を脱ぎ始めた。

(あら)わになったのは、その手袋より尚黒く、焼け焦げた()()

(きり)のような、(もや)のような、何とも形容し難い、禍々(まがまが)しい不気味な空気を(まと)っていた。


如何にも物騒なものを、彼は、己の左腕に当て、躊躇(ちゅうちょ)なく削ぎ落とす。


何の抵抗も無く、スパリと。


遅れて、ボトリと落下した音が響く。


その切れ味は最早、手刀の域を超えていた。


だが、彼の体の仕組みは一体どうなっていることやら。

血飛沫が上がらず、彼は苦痛に表情を歪ませている訳でもない。

更に切断された腕にも、何とも仰々(ぎょうぎょう)しい不気味な空気が纏わりついている。


まるで、何重にも怨念をかけられたような外観。

とても、人のものとは、思えない。


彼は、落ちた自分の腕を平然と拾い上げ、化物の口へと目掛けて放り投げる。


投げられたソレは、放物線を描き、闇の中へと消えていく。


突然の異物混入に、化物は慌てふためいていたが、お気に召したのか、吐き戻すような事はしなかった。

そして、先ほどの怒りは何処へ行ったのやら、元居た、祭壇の定位置へと戻っていく。

完全に帰り切ったのを見届けた男は、一息つく。


・・・ふう。


寿命の縮まる緊張感からの解法に、つい息が緩む。


左肩の切断面から(すす)に似た(もや)が漂い、元の左腕へと形どっていく。


彼は、その過程を他人事の様に眺めていた。


だが、一息つけるのも束の間。


まるで、完治を許さんと言わんばかりに、激しい亀裂音が祭壇内を響かせる。


堪らず、音の発生源に目を向ければ、天井に裂け目が刻み込まれ、水が本格的に漏れ出ていた。


この真上は、丁度、神聖なる泉。

化物が暴れた影響で、地下天井が水量に耐えられなくなったのだろう。


そう思考する間も、水の漏れ具合は、滝から雪崩へと水量が増し、加えて天井を片っ端から瓦解(がかい)させていく。


このままでは、下敷きか、溺死の二択であると悟った男は、すかさず、地下室を後にした。

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