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天災  作者:
第1章 ~干魃シーズン~
4/9

3話 激突

日は沈み、静けさが増した頃

スラムには独特の緊張が走る。


肌をざわつかせ、息を飲むような静寂。

嫌でも、これからの悲劇を連想させる、、、。


独特な嫌悪感を抱きながら、黒光は前を走る彼女の背を追う。


少しばかり駆け続けた後、千優が建物の影裏で足を止める。


「ここよ。ここ。砂嵐の出現が一番高い場所。」


そう端的に説明を加え、睨みを利かす。


その目線の先は、ガラクタが無方に積まれ、人目につきにくい。

悪行をなすには、格好の場所。

ここで、奴等を待ち伏せるのは、名案だと言えた。


しかし黒光は、別なる疑問を抱く。

それは、もっと大本な話。


砂嵐の魔の手から幼子を守れたとして、、、


ーーーソレは、解決と呼べるのか。


千優の策が、問題を先送りにしているように思えてならなかった。



今日、仮に悲劇を防げたからと言って、明日も防げる保証はない。


本当に誘拐の完全消滅を目指すのであれば、奴等をお縄に付けるか、或いは根絶やしにする他ない。


、、、そう。砂嵐を撃退するのみでは、根本的な解決に至れない。


もっとこう、表面ではなく、踏み込むような策を。


奴等の懐に忍び込んで、内側から焼き払う、、、それ程でないと意味が無い。


それに、己に『厄』を消す使命がある以上、この地に長居することは難しい。


時間的観点からしても、やはりこの策では、宜しくない、、、。


男は、色々と思考を巡らせた後、色々確認事項を千優に問う。


「そういえば、『異教徒』の根城については、特定済みか?」


「いえ、まだよ。それに、もし特定してたら、こんな場所で見張ったりしてない。とっくに乗り込んでるわよ。」


「そうか。まだか、、、。なら、策のほどは? 」


「特定の? そんなの無いわ。奴が現れたら、火で炙って、黒く焼き上げるまでよ。」


「・・・。」


思いの外、バイオレンスな返答に言葉に詰まる。


「何? なんなの、その間。言いたい事なら、言いなさいよ。」


今にも噛みついてきそうな勢いであるが、それを払いのけ、聞かなかったことにする。


「GPSの探査は? 敵でも囮にでも忍ばせれば、ある程度正確な位置は、図れるはずだが? 」


「じーぴーえす??? 」


・・・コイツ、魔術のモンだった。


たまらず溜息が漏れ出る。

だが、その溜息が彼女の怒りの炉へと焚べられる。


「何? 私が無知だとでも言いたいわけ? 」


「まあ、待て。落ち着け。他意は無い。」


弁明したが、彼女の顔色から不満が消えることはない。彼女の鋭い視線をはね除けながら続ける。


「GPSとは、要は、発信機のことだ。誰かに持たせれば、信号の受信で、ソイツの居場所がリアルタイムで分かる。」


「ああ〜、何だ。"コンパス" のことじゃない。」


「・・・。まあ、多分、、、そうだ。」


いつの日だったか、コンパスに魔力を通せば、位置情報的な何かを得られると聞いたことが、、、あったかもしれない。


少女の言う "コンパス" が科学におけるGPSと同義的存在であることを願う他ない。


魔術と世界の乖離を知らされた所で、少女が話し出す。


「 "コンパス" は名案かもね。でも、無理よ。無理。砂嵐は、速すぎる。指針を定めるのがまず、出来ないわ。」


彼女の言うには、ある標的を指し示すには、その標的の魔素を針に覚えさせないといけないらしい。

だが、砂嵐は、逃げ足が速すぎるあまり魔素の特定にすら至っていないという。


恐らく、探知犬に犯人を探させようと思うが、その犯人の物的証拠がなく嗅がせる事ができないと言ったところか。


何はともあれ、上手くはいかないらしい。


「とっくにお手上げよ。お手上げ。思いつく限りは試した。でも全部、悉く撒かれて終わったわ。

それにね。奴等を捕まえようとしたら、警備が甘くなって、奴等の思う壺。なら、いっそ警備に注視した方がいいのよ。」


そう、自嘲気味に少女は言う。

だが、男は少女の様子を気にすることなく、我を通す。


「いや、ソレでは駄目だ。此方から仕掛けない限り、悪夢は終らない。それに、此方は少数、守れる数に限度がある。長引けば長引くほど、不利に傾く。早いこと潰さないと、目も当てられなくなる。」


「そっ、そんなこと、分かってるわよ。でもね。そんな正論を言えるのは、戦ったことが無いからよ。そう言うのは、砂嵐と対峙してからにしてくれる? 」


何度も何度も挫折した少女が、ポッと出の浮浪人の言葉にカッとしてしてしまうのは、頷ける話である。


されど、男は彼女の怒りに察することなく、淡々と告げる。


「いや、そういうのは、気にしなくていい。端から敵対するつもりは無い。先程も言ったが、囮の線でいこう。」


「囮?」


「ああ。ソイツに発信機を持たせて、奴等にワザと囚われて貰う。そしたら、ソレを追えばいい。」


まるで事務連絡を告げるかのように、抑揚の無い男の声に、千優は、酷い悪寒を覚えながら問う。


「それ、、、。誰が、果たすの? 」


沸々と湧き上がる怒りを堪えながら問う少女。しかし、男はその気配に気づけない。


「ああ。ソレに関しては、正直誰でもいい。いや、今回に関しては、余計な知識が無い方が怪しまれにくい。そうだな。そこら辺にいる誰かで、構わないんじゃないか。」


ブチッ。効果音を付けるとしたら、きっとこんな音だろう。


「それ、アンタ本気? 本気だとしたら、相当狂ってるわよ。誰かの犠牲の上での策なんて、そんなのあり得ない。」


千優の怒号が闇夜に響く。

だが、男はまるで、彼女の怒りが理解できかねる、とでも言いたげに返す。


「いや、犠牲などではない。単なる利用、駒でしかない。アジトの特定が済み次第、直ぐに解放する。なれば、問題ないはずだ。」


「はあ? 問題大有りじゃない。その子が危ない目に遭うのには変わりないんでしょ? 駄目に決まってるじゃない。」


「なれば、どうする? 他に策はあるのか? 何か奴等を掴めるカギが無い以上、後手に回り続けることになるぞ。」


「だからって、誰かを傷つけていい理由になるわけ無いじゃない。」


彼女の叫びが静寂の砂海を駆け抜ける。


正義感に満ち溢れた、揺らぐことの無い表情。

闇に染ることの無い、透き通った目。


・・・"誰も傷つかない世が叶う" とでも本当に思い込んでいそうだ。


ーーー反吐が出る。


「一つの犠牲を渋ってどうする。その甘えた思想が、明日、明後日、そして、更なる先の犠牲に繋がる。恐れるあまり、被害を拡大させては意味が無い。」


「、、、っつ。」


男の言葉に、千優は言い返そうとするも言葉にならない。

そして、男は諭すように告げる。


「断てた筈の悲劇を止めずに終わる程、愚かなことは無い。歯止めを掛けるならば、今しか無い。」


「、、、くっ。」


千優とて、男の言い分が理解し難い訳では無い。改善が見られない現状、何かアクションを起こさねばならぬという意味では、筋が通る。

だが、前提からして危険極まりない役を誰かに負わせるなんて、彼女の信条が許さなかった。


「、、、確かに、アンタの言い分も一理あるわ。

、、、でもね、アンタの、誰かが泣けば済むみたいな言い方、本当に頭にくる。根底から破綻してんの。こんな策、まず絶対に有り得ない。」


「、、、けど、この策しかないことも分かってる。、、、だから、罪の無い子が犠牲になるぐらいなら、私が引き受けるわ。」


覚悟の決めた表情で、千優は男に告げた。


「そうか。それが、最善だ。」


それに対し、男は特に変わり映えの無い平坦な口調で、返答する。

そして手筈通り、GPSを搭載した粒サイズの機器を少女に放り投げる。


千優は、放り投げられたソレを片手で器用に掴み取る、、、かと思えば、突然として振りかぶり、地面目掛けて投げ放つ。


機器をビタンと叩き付けた上で、男に見せしめるように何度も踏んづける。

そして、溜まりに溜まった鬱憤を吐き散らす。


「アンタの力なんて借りなくて結構よ。一人で乗り込んで、一人で解決して見せるわ。」


その堂々たるや。

どうしてか、勇敢な聖女、、、よりも、どこか悪女を彷彿とさせる、立ち振る舞いであった。


          ×                ×


男を見かねた少女は、男を居ないものとして扱い、怒りの形相で監視を再開していた。


男もこれ以上の口論は無意義と悟ったか、少女とは離れて、スラムの街を一望する。

互いに価値観が相反し、相容れないと理解した上での妥協策であろう。


日はドップリと暮れ、もはや丑三つ時に差し掛かろうと言う頃、草木を揺らす程度でしかない風が頬を撫でる。


微細な風。

しかし、男は吹き抜けるソレではなく、ある点を中心に同心円状に広がるような、人工的な奇妙さを感じていた、、、その時だった。


男の目に、まっしぐらに走り出す少女の姿が映る。


ーーー早い。


千優は、異常を検知するや否や、いや寧ろ、予見していたのでは、と思わせる速度でスタートを切っていた。


男も遅れまいと、少女の背を追う。


二人の前方には、何やら塵旋風。

回転の速度を増しながら、縦横と肥大し、周囲の砂を取り込んでいく。


一足先に千優が不可解な辻風に辿り着いたと同時、使役者の登場を歓喜するように旋風が華麗に霧散する。


その使役者とは、言わずもがな、この村を脅かす砂使い、、、こと、砂嵐である。


その悪魔的存在が口を開こうとして、、、阻まれる。


何故ならば、砂嵐の再来を完全に見切っていた千優が、右手に宿した火炎弾を標的、目掛けて放っていたからである。


自分の危機を感じ取った砂嵐は、瞬時に防砂を造形し、すんでのところで塞き止める。


拮抗した炎弾が爆裂し、廃れた街を朱に染める。


不意の攻撃を見事止めた砂嵐は、フッと余裕の笑みを零し、少女をからかってやろうと言葉を紡ごうとして、、、絶句する。


砂嵐の目には、太陽と見紛う火球。

隕石が迫りきたと勘違いするのも頷ける。


その、目を疑いたくなる火球の下には、さも持ち上げるかのように、天高く腕を伸ばす少女の姿が。


大技が繰り出されるは、火を見るより明らか。


ーーー砂嵐の表情から笑みが消えた。


砂嵐は、自分の身に塵旋風を纏わせ防御を図る。

そして、扇状に無数に造形された砂岩のミサイルが少女に刃を向ける。


ーーー奇しくも、同時。互いの枷が外れる。


火球から飛び散る夥しい火種は、まるで火砕流。

荒漠の地を、火の海にしながら襲う。


それを無数の砂弾が引き裂きながら迎え撃つ。


ーーー異界と異界の鍔迫り合い。


異種の力が激突するごとに、砂漠がどよめく。


もはや、凡人には、理解しがたい光景。

美とも、地獄絵図ともとれる戦いが、そこにはあった。


          ×                ×


規格外の戦闘が繰り広げられる砂漠に、その激闘を余すことなく見届ける男が一人。

だが、男はいつになく嘆息していた。


・・・いったい、アイツは何をやっているんだ。


男とは、そう、黒光。


律儀に、「手は借りない。」という少女の言いつけを守っているのか、加勢することなく、近くの屋根に潜んでいる。

だが、少女の動きを追うごとに、雲行きの怪しさを感じずにはいられない。


男は、激怒させたとは言え、少女に囮の役を引き受けてもらえたと思っていた。

そして、その手筈通り、少女自ら囚われの身となり、その後を追う計画だったのだが、、、どうやら誤算だったと渋面を浮かべる。


誤算とは、敵の能力でも、強さでも、速さでもない。


ーーー少女の頭。


この一点に限る。


当初、砂嵐を相手取っているのは、囮役を見破られないための茶番かと思っていたが、いつぞになっても、砂嵐に付け入る隙を与えやしない。それどころか自ら攻め込む始末。


もはや、役割を忘れ、怒り任せに勝負に挑んでいるようにしか思えない。


・・・コイツ、やる気あんのか?

・・・いや、殺気があり過ぎんのか、、、。


想定外のあまり、自分でも意味不明な自問自答を浮かべる始末。


かと言って、アレを我に返そうと、下手にでも近づけば、敵味方関係なく殺されそうである。


・・・如何にして、我に返ってもらおうか。


これ程に男が困り果てているとは露知らず、千優は更にヒートを上げていく。


撃ち合いでは、埒が明かないと悟った千優は、吹き乱れるつむじ風の中を躊躇なく駆けていく。


その俊敏な動きは、もはや炎舞。

器用な足運びで間合いを詰め切り、炎を纏わせた拳を振り絞る。


意表を突く速攻。

勝負ありと思えたその最中。


ーーー千優の足元がぐらつく。


勢い余る状態でバランスを崩した少女は、ツンのめる形で無様に転げる。


敵に背を向けたら最後。

意味ありげな塵旋風が彼女を覆いつくし、成す術無く敵の手に落ちる。


風が止んだ頃には、二人の影形は無く、あれ程の激闘が嘘だったかのように、廃墟は、いつもの静けさを取り戻していた。

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