9話 炎
持ち前の底なき魔力で、砂嵐を捻じ伏せた千優は、暴れ狂う『神』へと向かう。
その『神』はと言えば、無数の柱を造形し、遥か高みへと飛ばしては、次々と地面へと釘刺し、連撃を繰り広げていた。
その、あまりに意図の取れない攻撃が、あまりに奇妙で、出鱈目で、恐怖を抱かずには、いられない。
だが、此処で躊躇った所で、救える命は無い。
無理やり不安を払拭し、空撃に相違ない地獄の中を駆けていく。
すると、先へと急ぐ千優に、思わぬ邂逅が。
ーーーそれは、雨に打たれ、地に突っ伏っせる少女だった。
「あっ、、、雨音。」
思わず、その名を叫ぶ。
急いで駆け寄って、倒れ込んだ雨音を小刻みに揺する。
、、、だが、返事は無い。
幸いな事に、脈打つ感覚は残っていたので、単に、意識が飛んだだけだろう。
しかし触れた体は、やけに冷たい。
長らく、雨に晒されたことによる体温低下だろう。
加え、まだ此処は、『神』の索敵範囲。
砂柱の追撃が彼女等の脳天をかち割らんとも限らない。
一先ず、雨音だけでも、無事な場所へと移動させたいと、その背に負ぶろうとした時だった。
「ーーー快斗。あんた、大丈夫?」
半身以上が瓦礫に埋もれた姿を見つけ、慌ててその名を呼ぶ。
恐らく、『神』の降らした柱が、いい具合で砕け散り、彼の身動きを奪ったのだろう。
急いで駆け寄って、彼を救助すべく、瓦礫を除けていく。
すると、快斗は遠のく意識の中で、その撤去作業の音を聞き、助けの存在に気がつく。
「、、、千優、、さん、、、? 何故、、、ここ、、に?」
「何故じゃないわ。助けに来たのよ。」
千優は、ことなげもなく応える。
だが、彼の目は、恐ろしく虚ろに染まり、憔悴のあまり、表情に生気がない。
酷く光に欠けたその目に、千優はつい、歯を食いしばる。
「、、、待ってなさい。すぐ、助けるから 。」
彼を鼓舞し、瓦礫の撤去を再開する。
すると、疲弊して掠れ切った声が辛うじて千優の耳に届く。
「なっ、何、、、して、、、るん、、、ですか。ここは、、、危険ですよ、、、。早く、、、逃げて、、、。」
「危ない事は、知ってるわ。でも、見捨てたりなんか、絶対しない。」
言葉をかけて励ましながら、快斗の腕を掴み、力を込めて引っ張る。
しかし、余程強い力が働いているのか、ビクともしない。
助け出すには、彼にのし掛かる、横転した柱を退かさねば、ならいだろう。
人の力で、どうにかなるとは思わないが、助け出すと言うのなら、そうせざるを得まい。
千優は、そう判断し、柱に手を掛け、少しでも持ち上がらないかと試みる。
「うっ、、、重いっ、、、。」
想定済みではあるが、そも重量は、彼女の想定を遥か超える。
その無謀にも近い、救助を行う千優に、快斗が乞い願う。
「無理、、、しないで、、、下さい。僕なんて、、、いいんで、、、。先に、、、姉を。」
「何言ってんのよ。弱音なんて吐くもんじゃないわ。」
「でも、、、引き上げられた、、、所で、足が、、、もう、、、。
だから、せめて、姉だけでも、、、。」
その目は微睡みに飲まれ、今にも消え失せてしまいそうな儚さを纏う。
その絶望に押し潰される様を、見るに堪えず、千優はつい、声を荒げて告げる。
「駄目よ。こんな所で諦めちゃ駄目。あんたも雨音も、生きて帰るよ。」
そして、快斗に被さる柱に、なけ な しの|魔力を流す。
「いい? 快斗。私が持ち上げる間、這って出るのよ。準備はいいわね。、、、
いくよ。」
自らの掛け声で、浮遊の効果を柱に付与して、持ち上げる。
ーーー本来、彼女の出力であれば、魔力だけで事足りるのだが、先程の砂嵐との戦いで、大幅に魔力を消費してしまった為に、"持ち上がる" までには至らない。
正確には、その物体の重量は軽減しているが、"地上から離す" には、腕力が必要だという意味である。
だが、軽減されている筈だが、体力も戦闘で削られたのか、千優は、非常に険しい表情で、何とか数cm 持ち上げて堪えている。
「、、、ふっっ。、、、ねえ、どう? 快斗、動けそう?」
「、、、動く隙間は、、、できたん、、、ですが、、、。、、、 ごめん、、、なさい。
体が、、、動かない。」
今にも、快斗の状況を一目見たいのだが、ここで柱を下ろせば、再び持ち上げられるとは、思えない。
人手が足りていたら、こんなものすぐに助けだせるのに、、、と、
歯痒い思いに、千優の表情が歪む。
・・・くっつ、、、。
非常に厳しい状況であるが、一縷の望みにかけ、1/10程の高さに崩れた柱へと、浮遊の効果を飛ばす。
すると、その柱は、重量が軽い為か、地面を引きずりながら、移動していく。
その動きは、もはや念力に近い。
それは傍から見れば、快斗に被さる柱を抱えたまま、別の柱を移動させる、異次元な芸当であった。
そして、最終的に、浮遊で移動させた柱を、土台となる位置に調整し、被さる柱が落ちてこないよう固定した。
そして、やっとのことで、快斗へと手を伸ばす。
「ほら。この手に掴まんなさい。一気に引き上げるわよ。」
そう一声かけて、引っ張り、快斗を瓦礫の中から救い出す。
「あ、、、ありがとう、、、ございます。でも、、、足が、これじゃ、、、どうも、上手く走れない。」
快斗は、助け出された事で、幾らか生気が戻るも、傷がつき、少し歪んだ片足を指さして、苦く昏い表情で語る。
だが、その全てを払拭するように、力強い返答が返る。
「肩を貸すわ。だから逃げるよ。勿論、雨音もね。」
そう、告げた千優は、姉を背に負い、弟に肩を貸して、歩み始める。
だが、歩む空は、戦地さながらの鬼畜。
直撃を免れないものは、爆風で軌道を変えて、命を繋いでいく。
・・・あと、どれ程。
空を覆い兼ねない、砂柱の数々を睨みながら、戦場と安置の境を見極める。
このまま、安置まで突っ切っりたいが、快斗の容態が心配だった。
「ねえ、快斗。まだ、大丈夫? 」
「・・・そう言う、千優さんこそ、、、大丈夫です? 」
「・・・えっ、、、? 」
すると、次の瞬間、千優に立ち眩みが襲う。
視界が一瞬、暗転し、気づけば世界が横たわっていた。
・・・嘘、、、
両隣に姉弟が、地に伏せており、自分が転んだのだと、今更ながらに理解する。
彼女には、転倒した事が、どうも信じ難いようだが、別段、不思議な話では無い。
砂嵐へと最後に放った大炎弾。
救助の為の無茶な魔力付与。
降りしきる柱に向けた数々の爆風。
これまでの疲労の蓄積に加え、千優の小柄な体格で、二人を救助しようと、無茶な行動に移したからである。
体力の限界に達した故に、地に這いつくばるのも、頷ける話であった。
ーーーだが、彼女は、それでも立ち上がる。
「っっつ、、、。ゴメン。ヘマ、、、しちゃったわ。」
少し恥の混ざる、苦笑を浮かべながら、快斗に向かって手を差し伸べる。
、、、だが、躊躇われた末に、その手は取られることは無かった。
「先に、、、逃げてください。僕達は、もう駄目です、、、。」
「何、言ってん__
「あなたも、、、限界でしょう。手負いの二人を運ぶのは、流石に無理がある。
、、、 共倒れで終わるぐらいなら 、、、あなたには、生き延びてほしい。」
「待って。待ちなさい。どうしてそうなるのよ。まだ__
「転倒したにも反動ですら、姉貴は一向に、目を覚ましません。なら、、、そういう、ことなんでしょう。、、、お願いです。せめて、最期のひと時ぐらいは、一緒に、、、。」
「くっっ、、、。」
思わず、 言葉が詰まる。
彼の言い分は、痛いほどに頷ける。
だが、それが、命を投げ捨てて良い、理由になる筈が無い。
「駄目。そんなこと、私が許さない。」
「あなた達は、救われるの。
私が "救う" って、決めたの。
だから、救えるの。
、、、だから、救える筈なの。」
ーーーお願いだから、自分の命を諦めるだなんて言わないで。
その声は、普段の強気な語調とは異なり、悲しみと侘しみの漂う、縋るような物言いであった。
その弱気とも取れる、哀愁に快斗は戸惑いを覚えずには、いられない。
何故、助ける側である、あなたが、苦しそうな顔をしているのかと。
ーーーーーフハハハ。フッハハハッ。
だが、突如として、空気の読めない高らかな笑い声が響き渡る。
「見つけた、、、。見つけたぞ、、、。私の楽しみが。」
そこには、何と砂嵐の姿が。
地獄から這い上がってきたかのように、炎に爛れ、見窄らしい格好で、遠くの方からやってくる。
これには、千優も驚きを隠せない。
仕留めきって無いとはいえ、高火力で炙られた人間は、通常として動くことすら、ままなら無いはず。
だが、目の前の "狂人" は、その黒焦げた足で、間合いを詰めてくる。
あまりのイカレ具合に、手合わせするのも、躊躇う程であるが、彼女の背に守るべき存在がいる限り、応じる他ない。
「っ、、、アンタ、本当に、しぶといわね。」
二人を庇う形で前に躍り出る。
だが、その男の足取りは、あまりに拙く、弱々しい。
目も当てられないその様子に、つい、情けの言葉が出てしまう。
「アンタ、フラフラじゃない。辞めときなさいって。そんなんで、私に勝とうだなんて、百年早いわ。」
「そこで、立ち止まりなさい。そしたら、見逃してあげる。」
「・・・。フッ、、、。フハハ。ハハハッ。ハァッハハッッッ 。」
彼女の真剣な提案は、高笑いによって掻き消された。
「、、、そうか。君はやはり、果てしなく、、、いや、どこまでも透き通るように美しい。これは、やはり、汚しがいがあるってもんだ。」
訳も分からぬ文言を並べ、笑い狂う。
ただ叫び喚くだけで、別段、何か攻撃を仕掛けてくるような仕草は無い。だが、この男の嘲笑を聞いていると、此方まで頭が狂いそうで耐え難い。
結局、危険であるには変わらないので、千優は、掌に火種を灯し、生成した火球を男へと向ける。
「動かないで。そこで、直ちに、止まんなさい。」
ピシャリと少女が警告を発す。
だが、男は、狙われているのを分かっていないのか、お道化るばかり。
「あれ? 怒らせてしまったかい? 何か、凄く警戒されているね。
、、、でも、それだけの火力で充分なのかい? 随分、弱々しいじゃないか。」
その男の言葉通り、少女が装填した火球は、かつての勢いは無く、今にも消えそうな儚ささえ、感じる。
それもその筈。
呼吸は荒れ、肩が上気する彼女に満足な、魔力を紡ぐのは、難しい。
だが、体内から掻き集めた事で、このボロボロの男を屠る程度の火球を一弾、生成したのである。
千優は、砂嵐の煽りの言葉にめげず、強気な姿勢で出る。
「従いなさい。、、、言っとくけど、私、手加減なんて、出来ないタチよ。」
火球の照準を、男の脳天に狙いを定め、更に警戒を強める。
「、、、それ以上来ないで。、、、でないと、アンタを殺してしまうわ。」
「丁寧に忠告してくれるとは、なんと、お優しいことだ。慈悲をくれるとは、、、これ、また__
「うっさい。そんな見え見えの御膳はいらないの。」
ピシャリと言い放って、また続ける。
「ねえ聞いて。どうしても聞いておきたいことがあるの。」
そう打ち明けて、彼女が抱いた疑念を話始める。
「アンタと "アレ" 、同じ気配を感じるの。正確には、 "魔素" って言うんだけど、同じ流れを感じるの。、、、それって意図的?」
"オド" とは、術者が魔力を操る元となるエネルギーのこと。
端的に言えば、体内魔力。
その対なるものが、"マナ" であるが、その話はよそう。
それで、その源が、砂嵐と『神』との両者間で同じなのが、どうも彼女には気がかりらしい。
実のところ、魔術の世界で、人と何かが、同じオドを所有するケースは、不思議なことでは無い。
その最たる例が、使い魔である。
互いのオドを馴染み合わせ、主従関係を結ぶ、その契。
オドを共有し合うことで、片方が魔素不足に陥った際に、もう片方が肩代わりする光景は、目に久しいことでは無い。
ーーーだが、もし、不本意な繋がりだとしたら、意図しないパスであるならば、
強者が弱者のオドを貪り尽くすなんてことも、、、
「何の話だい? 、、、まあ、大抵、話題を反らして、時間を稼ごうという魂胆__
「ねえ。真面目な話なの。、、、聞いて。
アンタと "アレ" は、リンクしてる。でも、 "アレ" は、アンタの指示どおり、動いているのでは無いのでしょう? なら、主従関係が逆転してしまっていることだってあり得るわ。」
・・・最悪の場合、無意識化にまで浸透しているかもしれない。
・・・もし、そうだとしたら、もうとっくに、手遅れだけど。
「、、、これは、私の仮説。アンタは、きっと、"アレ" に操られているの。人の道を外したのも、そのせいよ。、、、いいように遊ばれて、今もなお縛られてるわ。」
「、、、もちろん、アンタの仕出かした罪は許さない。
でも、もし、裏があるとするのなら、私が解放してあげるわ。
、、、それぐらいなら、してあげようじゃない。」
彼女の怒涛のセリフの後、困惑に似た沈黙が降りる。
しかし、その静寂は、ものの数秒として保たなかった。
「フッ、、、。フハハハハハ、、、、、。ハァッハハッッッ、、、、、、、、、」
ひとしきり甲高い笑いを上げた男は、それでも笑い苦しそうに、言葉を紡ぐ。
「 なあ、おい。嘘だろう? 君は、どんなお花畑に住んでいたんだい? どうしたら、そんな考えに行き着く?
それとも、あれか? 憎き悪すらも、救おうと言う質か? 」
そして、両腕を豪快に天へと広げ、盛大に背を反らして空を見上げる。
「まさか、この御時世でも尚、これ程までの "正義の味方" がいようとは。やはり、彼女は傑作だ。逸材だ。、、、この目に、狂いは無かった。」
恍惚とした表情で、この、あまりある喜びを、世界中に届けんばかりに、叫ぶ。
「ねえ。何が面白いわけ? アンタ、一刻を争うのよ。分かってんの? 」
「フッハハハッ。、、、フゥ。いやいや、、、ゴメンゴメン。 だが問おう、一体、どうやって、僕を『神』から救ってくれるのかね? 」
「そんなの決まってんでしょ。『神』ってやつをぶっ飛ばしてやるわ。」
「、、、ブッ、、、。ハハッ。それは、まさか、まさかだ。正面から、討ち取ろうだなんて、、、そんな思惑、浮かぶのは、きっと、君ぐらいだろう。」
「ねえ。巫山戯ないで。、、、結局、アンタは、"アレ" の奴隷なの? 」
「、、、フッ。それに、ついてわだね。、、、正直、その答えがどうあれ、僕には、どうでもいいんだ。」
心底、関係無いと伝えた後、男の顔は邪悪な笑みで染まる。
「・・・だが、お望み通り、僕を救って貰おうか。」
そう言い放つと、砂嵐は、己の両手をバッと地に下ろす。
千優は、その行為を、交渉決裂だとみなし、装填した火球を放つ。
火球が着弾する迄、ものの2秒。
避けようと思えば、回避できた筈だが、男は
防御する事も、受け身を取ること無く、炎の洗礼を正面から受けた。
ーーー砂埃が派手に舞う。
千優には、直撃させた実感はあったが、どうしてか、仕留め切れたと、満足には思えない。
、、、その警戒が正しい場合は、幸と言うべきか、
視界が開けると、地にへばりつきながら、泥臭く、まだ細工を続ける男の姿が。
追撃しないと、何をしでかすか分かったもんじゃない。
魔力の遠距離射撃よりも、物理的に手足を縛ったほうが確実だと、間合いを詰め始めた。
ーーーその直後。
砂嵐の魔法陣とやらが完成したのか、砂嵐に呼応するように、砂漠は整然と一貫のある動きを始める。
その動きとは、単調で、西から東にかけて動くベルトコンベアのようなもの。
だが、展開された場所が、千優自身の直下でない事に、千優は戸惑わずにはいられない。
座標ミスか。
それとも、段階的な攻撃か。
男の意図の読めない攻撃に、千優は何とか読み解こうと、頭を働かせるが、そのどれでも無かった。
歩く歩道に似たソレは、砂嵐の背後から神殿にかけて伸びている。
これまた、威力は凄まじく、瓦礫を運び、崩落した家屋を根こそぎ運ぶ。
ーーーそして、それは、『神』とて例外では無い。
・・・なっ、、、
男の狙いが、端から、私を仕留めることでは無いと、、、
魂胆は、私と『神』を引き合わせることだと、、、
そう、気づいた時には、もう遅かった。
「ーーーーーーーーーーーー。」
雷鳴のような轟きが、一面を支配する。
『神』との距離は、目と鼻の先。
『神』が一振りしようものなら、彼女たちは一瞬で消し飛ばされるであろう。
村を一瞬で崩壊へと呑み込んだ、異次元の存在との対面に、緊張が走る。
だが、それと対照的に砂嵐は、歓喜する。
「、、、ああ、、、『神』よ。よくぞ、おいでなさった。」
男は、有り余る喜びを表現するのに、体がズタボロであることをも厭わない。
なりふり構わず、大袈裟に舞う。
だが、震えるような喜びのあまり、彼の位置が『神』の足元であることに、男は気づけない。
「、、、さあ、『神』よ。この僕に、これ以上ない愉悦を__
ーーーグシャリ
効果音を付けるとしたら、こんなだろうか。
あまりの重量のせいで、断末魔すら聞こえなかった。
その巫山戯た存在が、潰し た 感 触 に 気 づ か ず に、負傷した二人と、立ちはだかる一人の存在へと目を向けた。
ゾワリ。
嘗てない恐怖 。
或いは、殺意。
並外れた敵意と、聳え立つような巨体さが相まって、その脅威さが加速する。
この異様な光景に快斗は、走馬灯に似た記憶が蘇る。
あれは、いつだったか。
ある書物に、矮小な生物が、自分の一回りや、二回り大きい敵と遭遇すると、泡を吹いて死に至ることもあると、記されていた。
そんな無様な最期があるかと、当時は嘲笑の的であったが、、、いざとなれば、体が誤作動を起こしたように、痙攣が収まらない。
・・・文書とは多少異なるが、まさか、それを実感する羽目になるとは。
「・・・終わった、、、。」
それは、絞れて零れた、だけの言葉だった。
ーーーまだよ。
それは、力強くも、何処か心地の良い否定。
「まだ、終わってなんかいない。アンタ達は、まだ始まったばかりよ。こんな所で途絶えさせたりはしない。、、、それにね。酷い目に遭った事には否定しないけれど、アンタ達はまだ幸せな方なのよ。」
そんな含みのある言葉を告げ、どこか思いを馳せるように彼女は、続ける。
「、、、世界にはね。助けを乞うても届かない人たちで溢れているの。何万、何億といる中で、救いの手に巡り合えるなんて、滅多にない話。、、、多くは、遺言も残せず、果てていくの。」
だから、、、
ーーー生きなさい。それは、救われた者が背負う義務よ。
勇気を芽生えさせる、英雄顔負けの言葉に、怯えを感じさせない、スラッとした見事な立ち振舞。
その背から得られる安堵は、言葉で言い尽くせるものでは無い。
そんな彼女は、此方を見下す巨体へと向けて歩む。
と、同時に、懐から取り出されたのは、指揮棒程度の杖。
貰い受けたのか、傷も多く、色落ちも激しい。
ーーー元来。
魔法の杖とは、魔術師としての誇りであり、人生を共にする一蓮托生の道具。
加え、その杖の技巧具合が、主の力量を示す、ある種のステータスになる物。
故に、魔術師の多くは、そのての職人に任せ、繊細な彫刻が施され、重厚な色合いに染まる自分だけの杖をつくる。
勿論、その出来栄えは、歴史的価値が付随する骨董品と言われようと差し支えの無いもの。
魔術師として名乗る道を選んだ者なら、誰もが憧れる物である。
、、、しかし、彼女はそう言うのに疎い。
寧ろ、道具に拘ったところで、自分の力量が変わるわけがないと、押し売ってくる商人を、一蹴した逸話がある程である。
だが、、、それにしても、彼女が持ち合わせる "ソレ" は、初学者が扱う "ソレ" 。
普通、一人前と見做された頃には、誰もが、胸元まで丈のある杖に、新調するのが一般とされる。
それに限らず、そんな物を使用しているとなると、別の術師に、"棒" ではないかと、鼻で笑われてもおかしくない。
だが、彼女は、馬鹿にされたとしても、その "棒" を新たにする事は無いだろう。
ーーーそれもその筈。
なんせ、彼女からして、杖とは、補助の道具では無い。
術の速度、魔力の練度、、、汎ゆるパラメーターを底上げする為に、杖の常時使用を必須とする一般の魔術師とは、訳が違う。
、、、目的が違う。
彼女からして杖とは、リミットを外すトリガー。
彼女自身の奥底に眠る、貯蔵庫の解放。
即ち、無意識下で御される限界の突破である。
なれば、 "棒" 程度で事足りる。
故に、彼女は、奥義を放つのに、道具を選ばないのである。
杖を手にした千優は、切先を『神』へと向けて、何やら口遊む。
すれば、切先から火が灯り、制御を誤ったかと思われるレベルで、焚きつけていく。
数秒にして、火柱が天へと昇り、日煙が雨雲を押しのける。
だが、それでも彼女の魔素を喰らう炎は、留まることを知らない。
無尽蔵に火の手を広げ、この機を逃さんとばかりに、爆ぜに爆ぜて燃え狂う。
そして、ある刻から無秩序だった燃え広がりが、明らか、胴体や頭部と見なせる形へ象られてく。
燃え滾る両翼から、鋭利な爪に至るまで。
、、、それは、恐らく、竜とも鳳凰とも取れる、幻想種。
その規模は、あの『神』には一歩及ばずとも、敵対するには、十分な巨体。
その巨体が、自慢の翼で躍進し、空高く舞う。
そして、、、
「、、、、、常世全ての悪をしくもの。亅
主の言葉を合図に、その珍獣は急降下した。
ーーーチュドーン
鈍い低重音に、視界を覆うきのこ雲。
爆風が吹き荒れ、熱波と衝撃波が砂漠を揺する。
激しい向かい風に、腕を突き出して、顔を顰めながらも、耐える快斗。
だが千優は、大技の反動か、或いは術の拘束か、爆風を避けられず、数メートル後方に飛ばされる。
まともに受け身を取れず、擦るようにして地に伏せる。
間一髪、頭部への損傷は免れたが、激しい痛みが彼女を襲う。
更に、疲労で掠れた視界の奥には、火の化身を下敷きにして咆哮を上げる『神』の姿が。
そして、魔力の供給が途絶えた化身は、虚しくも秩序の無い炎へと消えていく。
「、、、ああ。亅
思わず、悲観の声が漏れ出る。
この光景は、彼女の渾身が打ち破れたに等しい
強気な彼女とて、心にくるものがあったのだろう。
だが、悲壮に暮れた所で、悲劇が止まるとは限らない。
『神』は、果てた化身の炎を踏みにじりながら、丸腰の二人へと寄っていく。
今にも駆け付けたい思いだが、多大なる反動が、甚大なる疲労が彼女に重くのしかかる。
立ち上がることも出来ず、辛うじてその先へと腕を伸ばすも、その手に火が灯ることは無い。
、、、伸ばした腕も重力に伏して、微睡む視界の中で、更に意識が遠のいていく。
「、、、ああ。」
押し潰される悲壮のように、瞼も無意識に閉じていく。
だが、塞ぎ切る直前、黒い一筋の光が、世界を分断するように雷鳴した気がした。