表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

僕のおばあちゃん〜僕と認知症のおばあちゃんとの家族物語〜

作者: 獅孔

この話フィクションです。

実際の人物とは関係ありません。

 僕の名前は神楽坂翔貴(かぐらざかしょうき)

 おばあちゃんと両親、そして僕の4人家族で暮らしている。




 僕は中学生だ。

 家から徒歩6分ほどの中学校に通っている。




 両親は、基本朝から夜まで家にいない。

 いつも、仕事が優先と言って、家にいない事が多い。


 だから、僕はおばあちゃんと一緒にいることが多いのだ。




 最近、おばあちゃんと一緒にいて分かったことがある。

 最近、おばあちゃんの認知症が酷くなっているのだ。


 因みに、おばあちゃんは元教師だ。

 だから、記憶力が命な職業に就いていたおばあちゃんは、自分の記憶に頼ることが多いのだ。




 もう8時だ。

 学校に行かなければ。


「......行ってきます」

「あら、もう行くの?早いわねぇ......」


 ......またかよ。

 これが、おばあちゃんの認知症の弊害だ。


()()、じゃないだろ!?もう8時なんだよ!!今でなきゃ、学校に遅刻するんだよ!!」

「あぁ、そうなのぉ?」


 ──本当にこういうのが面倒臭いんだよ!!

 寝起きだし、気温が高いのも相まって、益々おばあちゃんへのイライラが募る。


 僕は、家の扉を乱暴に閉めた。




 家を出て、待ち合わせをしていた、友達の岳享生(がくきょうせい)に会う。


「オッス!」

「うぇーい!」


 僕らは、いつもの挨拶を交わす。

 そして、楽しく話しながら、登校する。

 今日も、楽しい学校生活だ。

 しかも、今日は金曜日で、3時間授業だ。


 僕は、早く帰れるということで、ウキウキしていた。




 帰りは、享生や他の友達たちと一緒に帰った。

 楽しく帰っていたその時だった。


「あら、しょうちゃん!」


 僕に話し掛けてきたのは、おばあちゃんだった。


 おばあちゃんは、家からそのままの格好出てきたのか、黄色のエプロン姿で、三角巾を被っていた。

 しかも、何故か厚着をしていて、額に汗をかいている。


 僕は咄嗟に顔を逸らした。

 こんな人が僕のおばあちゃんだってバレたら、こいつらにどんな事を言われるか分からないからだ。


「なぁ、翔貴?あのばあちゃん誰?」

「は、はぁ?し、知ってる訳ねぇだろ?」


 僕がぶっきらぼうにそう言うと、おばあちゃんは顔を真っ赤にした。


「何言ってんのよ?私は貴方のおばあちゃんよ!!」

「多分、暑さで頭が狂ってんだよ。汗だくだくだろ?あんなばぁちゃん気にしないで、とっとと行こーぜ!」

「「お、おぅ」」

「ち、ちょっと!!」


 僕たちは、逃げるようにして、この場を去った。




 家に帰って来た。

 皆とは、あれから一言も話さずに別れた。


 正直、気まずかった。


 あれもこれも全部、あそこにいたおばあちゃんのせいだ。

 友達と楽しく話してた僕に突然声を掛けるなんて、本当にどうかしてるよ。


 おばあちゃんに素っ気ない感じで別れちゃったな……

 お昼ご飯、どうしようか?

 おばあちゃんが卵焼きを作ってラッピングしてくれている。

 しかし、今は気まずいおばあちゃんが理由も無く作った卵焼きを、いまいち食べる気になれない。


 今日のご飯どうしようかな……?




 結局、僕はコンビニに行って、自分の大好物の冷やし中華を買って、部屋でゆっくり食べた。

 何故か、僕が大好きな筈の冷やし中華はあまり美味しく無かった。




 暫くして、おばあちゃんが帰って来た。


「ただいまぁ……」


 その声は、僕の予想通り元気が無かった。

 あんな事をしたんだ、当然の事だろう。


「しょうちゃん、ご飯食べた──あらぁ!?何で私が作った卵焼き食べてないの?」


 おばあちゃんが何か言っているが、気にしないでおこう。

 別に、ここでどうしようと、どうせ3分もすればすぐに忘れるんだし。

 おばあちゃんは、認知症なのだから。




 僕は、夜ご飯の時間になっても、部屋から出なかった。

 珍しく、おばあちゃんも僕の事を呼びに来なかった。

 これも、予想の範囲内だ。

 喧嘩中、こうやって無視される事はよくあるのだ。




 夜ご飯を食べないで、学校から出された宿題を終わらせ、風呂に入って歯磨きをし、床に就く。

 しかし、さっきまで眠かった筈なのに、全く眠れない。

 やっぱり、気にしないようにしていたが、僕は無意識の内に、今日のおばあちゃんとの事を意識しているのだろう。

 益々おばあちゃんに腹が立つ。

 早く僕の頭から離れろよ!!




 眠れなくて、好きな漫画を読んで過ごす。

 つい先週の日曜日買った、新刊だ。


「ただいま〜」


 母さんが帰って来た。


 はぁ……

 どうせおばあちゃんは、今日の事を母に言うのだろう。

 そうしたら、僕のゲームが禁止されてしまう。


 ……本当に面倒臭い。

 何で、おばあちゃんはおじいちゃんと一緒に死ななかったの?

 早く死ねばいいのに!!


 負の感情が僕を埋めつくした。


 本当は、こんな事なんて、考えたくは無かったのに……




 父さんも帰って来て、3人で話している声がした。

 そしていつも通り、優しい両親とおばあちゃんの対立が始まる。

 こうなると、まるで冷戦状態のように家族が対立する。

 そうなると、家で過ごし辛いんだよな……

 折角の土日は、あまり楽しめそうには無いな……




 毎週土曜日、おばあちゃんは茶道のお茶会に行く。

 おばあちゃんは今日も、お茶会に行くのだ。

 認知症になっても、これだけは絶対に忘れなかった。


「……行ってきます」


 おばあちゃんが不機嫌そうに、そして悲しそうにゆっくり扉を閉める。




 おばあちゃんが扉を閉めるなり、母が喋り出す。


「おばあちゃん、行ったわね?……翔貴、来なさい」


 あぁ……お説教タイムだ。

 絶対、そうに決まっている。

 こうなった以上、仕方無い。

 ……僕のゲームが…………




 僕と両親が椅子に座り、向き合う。

 2対1で話す、まるで警察ドラマでよく見る尋問のようである。


「あのな、翔貴。おばあちゃんは昔から教師として、しっかりやって来たんだ。僕や兄さんだって、しっかりとした人間に育て上げた」


 因みに、父さんの言う兄さん──道夫(みちお)おじさん──は、既にがんで亡くなっている。

 優しい、ひょうきんな伯父さんだった。


「兄さんが優しいのは、翔貴だって知ってるだろ?あれって、昔からの性格じゃないんだ」

「──えっ、そうなの!?」


 そんな事、全然想像もつかない。

 あの道夫伯父さんが、優しく無かった頃があったなんて……!


「あれもな、母さん──おばあちゃんが道夫伯父さんを叱って、立派な人間に育て上げたからなんだ」


 おばあちゃんが……


「今の姿からは想像出来ないかもしれないが、おばあちゃんは、本当に凄い人なんだ。今は認知症で、そうは見えないのかもしれないが……」

「……うん」


 それは僕だって知っている。

 おばあちゃんは、昔は優しくて、しっかりしていた。

 おばあちゃんは、僕の憧れの人だったのだから。


「だからさ、それを理解して、おばあちゃんを少しでも認めてやって良いんじゃないか?」

「そうだけど……そうしたいんだけど、おばあちゃんのする事には、もううんざりなんだよ!!」


 自分では信じられないくらい大きな声が出た。

 普段、おばあちゃんがいる場所では絶対に出さない声量だ。


 声を発して、分かった事がある。

 僕って、おばあちゃんに対して凄い我慢してたんだな。

 それを、声と同時に発散したんだ。

 僕って、こんなにおばあちゃんに対して我慢してたんだな……


「あのね、翔貴。私だって、おばあちゃんのする事が面倒臭い時だってあるわ」


母さんが続ける。


「でもね、おばあちゃんに悪気が無いのは分かるでしょう?この世の中は、人同士が支え合わないと生きてはいけないのよ」


 ……人同士が、支え合う……


「だから、翔貴。面倒臭いのはお母さんだって分かってる。でもね、最後にこれを見て欲しい」


 父さんは、僕に五線譜ノートを差し出した。

 音楽教師だったおばあちゃんが、楽譜を書くのにでも使っていた物だろうか?


「これって……?」

「おばあちゃんの、"認知症記録ノート"よ」


 認知症記録、ノート?


「ほら、これを最初と最後だけでも良いから、読んでみなさい」


 母さんまで、このノートを読む事を唆す。


 僕は嫌々ノートを受け取り、ページを捲った。

 おばあちゃんの認知症ノートは、ページの左側だけに文字が書いてあった。




═・═・═・═・═・═・═・═・═・═・═・═・


【20XX年 10月2日】


 私の記憶に矛盾がある気がする。

 孫のしょうちゃんの名前が浮かび辛かったのが、何よりの証拠だろう。

 周りの人の名前や、最愛の孫の名前まで忘れてしまうのだろうか?

 私は、それが本当に怖くて仕方ない。

 忘れるのって、こんなに怖い事なんだ……


═・═・═・═・═・═・═・═・═・═・═・═・




 おばあちゃんが、こんな事を書いていたのか……

 僕は、何処からか沸いた不思議な力で、ページを捲った。

 前のページは10月だったのに、かなり間が空いている。

 これも、認知症の影響なのかな?







═・═・═・═・═・═・═・═・═・═・═・═・




【20XX年 2月18日】


 今度は、買う物を忘れないように、買う物をメモした。でも、店に着いた途端、そのメモを持っている事自体忘れてしまった。これも、認知症の進行状況だろうか。




═・═・═・═・═・═・═・═・═・═・═・═・







 4ヶ月で、かなり認知症が進行しているようだ。

 じゃあ、そっから6ヶ月後の8月は……?


 僕は何ページか読んで、8月のページを見つけた。

 おばあちゃんの字は、ページを捲るごとに汚くなっていく。







═・═・═・═・═・═・═・═・═・═・═・═・




【20XX年 8月14日】


 今日は、しょうちゃんに避けられるような事をしてしまった。

 学校帰りのしょうちゃんが友達と楽しそうに話していて、つい声を掛けてしまったのが裏目に出たのだろう。

 こんなヨボヨボのおばあちゃんなんて、しょうちゃんのお呼びで無いのだわ……


 追伸

 今日家に帰って来たら、しょうちゃんにって作っておいた卵焼きが食べられていなかった。

 やはり、私はしょうちゃんに避けられているのだろうか……

 しょうちゃん、苦労掛けてごめんね……

 おばあちゃん、頑張って認知症治すから……




═・═・═・═・═・═・═・═・═・═・═・═・




 このページが、最後だった。

 このページの後半「しょうちゃん、苦労掛けてごめんね……」という文が、涙で滲んでいたのが見て分かった。


 僕は、頬を伝う涙に気が付いた。

 無意識の内に、泣いてしまっていたのだ。


「翔貴、これがおばあちゃんの本音ノートなの。ついキツくなってしまうのは分かるけど、もう中学生なんだから、我慢出来るよね──」

「うるさい!!」


 ……何で怒鳴っちゃったんだろう?




 泣いているのを見られたく無かったから?




 ──いや、違う。

 苦労していたおばあちゃんに、報いてやろうとしなかった自分が、心底格好悪かったからだろう。


 僕は逃げるようにして、部屋に入った。

 部屋に入って、施錠をする。

 そしてベッドに寝っ転がり、目をつぶった。




 目を覚ますと、もう日が傾いていた。

 泣き疲れたのか、かなり眠っていたようだ。

 もう気持ちは落ち着いている。

 眠って頭を落ち着かせたら、気づいた事が幾つかある。




 認知症になったおばあちゃんは、記憶障害が出ている。

 しかし、おばあちゃんは自分の体に染み付いた生活習慣は、体が覚えているのだ。


 だから、朝8時に僕──生徒──に声を掛ける。

 職員は朝8時に、生徒を校門で迎えるからだ。




 そして、卵焼き。

 おばあちゃんは、認知症になる前はいつも朝ご飯に卵焼きを作ってくれた。

 だから、昨日は朝に作って余った卵焼きを、ラッピングしていたのだろう。




 おばあちゃん、ごめん。

 こんな勘違いをしていたなんて……

 僕はまだ、おばあちゃんの全てを理解出来ていなかったなんて……


 僕は、そんな憂鬱な気持ちで部屋を出た。




 今、おばあちゃんは庭の草取りをしているらしい。

 そして父さんは、あの後にいつも通り仕事に行ったらしい。

 また、母さんは仕事が休みなので、部屋でゆっくりテレビを見ている。


 僕は決意した。

 そして、母さんにおばあちゃんの居場所を聞いてから、気付かれないようそっと静かに外に出た。




 庭に行くと、おばあちゃんは母さんの話通り草取りをしていた。

 しかし、おばあちゃんは1時間(母さんに聞いた)草取りをしても、庭の半分も雑草が残っている。

 おばあちゃんがこのまま草取りを続けたら、あっという間に日が暮れてしまう。


 ……そうだな、やるか。


「おばあちゃん、草取り大変でしょ?」

「あっ、しょうちゃん……良いわよ、私がやるから」

「いや。草取りくらい、俺が手伝うよ」

「──しょうちゃん!」


 おばあちゃんは、涙を流して喜んだ。


「認知症なんかに負けて、本当にごめんねぇ……」

「いや。僕の方こそ、キツイ口調になってごめん」


僕は、草取りをしながらおばあちゃんと仲直りをした。

そこでおばあちゃんは、今までに見た事のない満面の笑みを見せていた。

そんなおばあちゃんは、世界で1番美しかった。

僕は、この光景を忘れないようにしようと思ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ