銀河皇帝の葬列
「地球へ帰りたい」と銀河皇帝は言った。
高熱に浮かされながら、ポツリと。
地球は人類発祥の地とされる。
もちろん皇帝は地球の出身ではない。どころか臣民に一人として地球を見た者は居ない。
それでも、「地球」という響きはどこか懐かしい。
青く美しい星と形容されたのだという。
その海が全ての始まりだったのだという。
皇帝は身を横たえ宇宙を見ていた。
彼の統べる千億の恒星系とそれに数万、数億倍する恒星の光。
その一つが、彼と彼らがそこからやって来た太陽系の光なのだろう。
遥かに空を見上げるばかりだった人類を照らしたその光は、数百億年を経た今、皇帝の眼に映っているのだろうか。
宇宙の静寂に沈んでゆくように、皇帝は崩御した。
人々は彼の願いを叶えたいと考えた。
皇帝を地球へ。
物言わぬ主人を乗せた船は首都星を発った。
黒く塗り直された船は彼の治めた星々を渡りながら地球を目指す。
ある者はその才を惜しみ、ある者はその人柄を偲び、ある者はその功を讃えてその葬列を見送る。
皇帝と共に地球へ帰りたいと申し出る者も数多くいた。
多くは余命幾許もない者であった。
日に日に、皇帝に従う者が増える。
死者と死者を悼む者達の列は帝国領を抜ける頃には長大なものとなった。
皇帝の葬列が辿るのは人類がかつて来た道である。
信じられないほど稚拙で不安定な技術を頼みに命懸けて進んで来た道。
帰り道を下る葬列に落伍者は無い。
永い航海の途中、星を見ながら生を終える者があった。
「地球を見たかった」
そう言い残して。
そのような者が一人、また一人。
死者達の船団は無人の荒野を征く。
四方から降り注ぐ星々の光は変わらず葬列を照らす。
遠大な旅の果てに、葬列は辿り着く。
地球が存在した場所には何もなかった。
青い惑星はとうの昔に膨張する太陽に呑み込まれ、その太陽も燃え尽きて冷たく暗い残滓だけがそこにあった。
葬列は歩みを終える。
黒色矮星は、墓標のようであった。