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魔法屋日和  作者: 香山なつみ
本編
9/25

第二話「六月、それは梅雨の季節」その3

 午後七時頃、俊樹が閉店準備をしていると、ようやく由乃が帰ってきた。


「ただいまー……」


 なんだか声が暗い。心なしかやつれても見える由乃の手には、小さな植木鉢が抱えられていた。

 そこには小さな植物が植えられている。


「は――……、死ぬかと思ったわ」


 レジ台の上に植木鉢を置き、由乃は深いため息をつく。

 カタカタ、と植木鉢が動いたように見えたのは俊樹の気のせいだろうか?


「これが例の引き取りに行ってた物か?」

「あ、あまり触れない方がいいわよ。逃げるから」

「―――は?」


 逃げるってナニ?


「しかもヘタすりゃ死んじゃうし? わたしもうちょっとでやばかったからなぁ。俊樹に取りに行かせなくて正解だったわ」


 ねぇ? と植物に話しかける由乃。

 俊樹はまるで危ないモノを見るような目でその様子を見ていた。

 ――と、今度ははっきりと植木鉢が動くのが見てとれた。


「………今、動かなかったか? ソレ」

「動くわよ。当然。生きてるもの」


 さらりと問題発言を吐く由乃。


「………ひとつ、聞いていいか?」


 嫌な予感を覚えてじりじりと後ずさりながら聞く俊樹。


「どうぞ」

「ソレ、ナニ?」

「マンドラゴラよ」


 ひょい、と植木鉢ごと持ち上げる由乃。

 ごと、と俊樹がほうきを取り落とす音がする。


「知らない? 根っこがヒトの形しててね、引っこ抜くと絹を裂くような叫び声をあげるの。その声を聞いた人は死んじゃうっていうやつね。割とメジャーだと思う、けど……何? なんで逃げんの俊樹」

「逃げらいでか!」


 遠まきに叫ぶ俊樹。きゃんきゃんとまるで子犬のようである。


「だってそれの声聞いたら死ぬんだろ!?」

「やーねーもう、ホントに死ぬワケないでしょ。ただちょっと臨死体験ができるくらい……」


 できてたまるか――!! と言おうとした俊樹の動きが止まった。


「あ」


 なんと由乃の手からマンドラゴラが植えられた鉢がすべり落ちたのだ。

 とっさに耳を塞ぐ俊樹。だが、絹を裂くような叫び声はいつまでたっても聞こえてこなかった。おそるおそる俊樹は目を開ける。


「――なんちゃって」


 そこには植木鉢をもう片方の手で受け止めている由乃がいた。


「ふふ、びっくりした? びっくりした?」

「…………」


 こ、コイツは……っ。


 心の中でひどい脱力感を覚える俊樹。そんな俊樹の気持ちを知ってか知らずか、由乃が口を開く。


「んーでも、悠兄ちゃんマンドラゴラなんて手に入れて何したいんだろーね?」

「……いや、それをオレに聞かれても……」


 ってゆーかそれ悠さんが頼んでたのか……。


 俊樹はふと一抹の不安を覚えた。

 悠もまた、自分に怪しげな薬を飲ませる気ではないのか? と考えてしまった俊樹は、むしょうに泣きたくなった。


 カランコロン――


 店のドアが開く音が景気よく店内に響く。


「たっだいまー」


 悠が帰ってきたのだ。


「あ、おかえりなさい、悠兄ちゃん」

「おう。いやー、勝った勝った」


 上機嫌で悠は両手いっぱいの紙袋をレジ台の上に置く。


「聞いてくれよ。今日はかなりツイてたぜー。もうフィーバー出まくり。人生最高の日だな」

「毎回そうだといいんだけどねぇ」


 満面の笑みで言う由乃。

 いつもどちらかと言えば負けている悠に、この言葉は少々きつかった。

 笑顔の奥にある瞳からは、家計を切り盛りしている苦労を少しは思い知れ、といった怨念じみた感情が垣間見えた。

 状況の悪化を悟り、悠はとっさに話題を変える。


「そ、そうそう由乃。例の小学生のウワサ、店にいる奴から聞いてきたぜ」

「あ、ホントに聞いてきてくれたんだ! どんなの?」

「まぁそうあせるな。ホラ、アメでもなめて」


 と、紙袋に手を突っ込んでアメを取り出す悠。

 どう見ても、それはパチンコ屋の袋であった。


「あ、お前も欲しいか? アメ」

「結構です」


 俊樹は丁重に断った。


「それより悠さん、パチンコに行ってたんだ」

「? 行くって言ったろ?」


 え? と俊樹が思うと同時に、紙袋の文字がちらりと見える。


 パチンコ、魔界。


 ………………。



***



 次の日曜日――

 駅周辺の繁華街。バリアフリー化と称して拡張工事した駅に張り合うかのように、その規模もかなり大きなものであった。

 そんな中に、由乃と俊樹の二人はいた。


「しっかし大きいわねー、ココ」

「そうか? こんなもんだろ」


 由乃は半ば感心し、半ばうんざりとした口調で言った。それに対して俊樹は平然としている。中学入学以前にいた街にもこれくらいの駅があった彼にとっては、これが普通なのだ。

 アーケードの下にきた二人は、傘を閉じた。

 六月という季節柄、雨とは切っても切れない運命なのである。しかも今年の雨はやけに長い。


「もー、イヤだなぁ雨」


 ぼやく由乃。


「この国に生まれた時からの宿命だろ。梅雨は」


 雨で濡れためがねのレンズをふきながら答える俊樹。


「っていうか、本当にいるのか? 例の小学生」

「悠兄ちゃんの情報が正しかったらね」


 フイと由乃は先に歩き出す。その表情からは何もうかがえない。

 悠からの情報――それは、とても可愛らしい小学生がこの駅周辺で行商をしているらしい、というものだった。そして有希に『呪いのポプリ』を売りつけたのも「可愛らしい小学生だった」と本人は言っていた。

 行商している小学生など、そう何人もいるわけがない。というワケで、同一人物だと由乃は断定したのだった。




「……ってゆーか、本当に広いんだけど」


 グチをこぼす由乃。先程からかれこれ一時間はたっていた。

 雨の音がやたらと耳に入り、なんだかとてもわびしい。


「とは言ってもここまで時間がかかってるのは……」


 言って俊樹は思い出す。ここまで時間がかかっているのは、由乃が「あー、あの服可愛い」だの「紅いもモナカ、紅いもモナカ♪」だのといったいわゆる女の子にはつきもののウインドウショッピングを延々としていたからである。


(有希と出かけた時もこうだったっけ……)


 その時もうんざりしていたのだが、由乃に比べれば大分マシだったようだ。

 そして何より……


「お前、本来の目的忘れてねーか?」

「ひゃによ。おほえてりゅわよ」


 いや、紅いもモナカ食いながら言われても……。


「説得力ないって。………それに買い食いしてると太るぞ」


 バコッ


 ぼそりと呟いた俊樹にハリセンの一撃が襲いかかったのは言うまでもない。


「大体ねー、俊樹。アンタ不満タラタラみたいだけど」


 そう言って由乃は俊樹の胸倉をつかみ、ぐいっとひきよせる。


「これは有希ちゃんのカタキ討ちでもあるのよ!」


 俊樹はハッとする。

 そう、先日彼の妹があんな目にあったのは、他ならぬその小学生のせいなのだ。だが、だがしかし――


「死んでないって」


 バコッ


 本日二度目のハリセンの音が、あたり一面にこだまする。

 後頭部をさすり、俊樹は少々複雑な顔をした。


「まぁ、有希がその小学生のことを詳しく覚えていれば、こんな苦労もなかった、というわけだな」


 有希は『呪いのポプリ』を買った時のことを、よく思い出せないらしい。普段から記憶力の良い方なので、このことは本人も不思議がっていた。


「あのねー俊樹、あのことで彼女、どれだけ心労が重なったと思ってるのよ。無理言ったらダメでしょ」


 は――、と額に手をやりため息をつく由乃。


「有希ちゃんはアンタと違って魔法には耐性ないから、今回のことでかなり精神的に疲れてるだろうし、それも仕方ないことなのよ。それに――」


 由乃の顔が魔法屋のものへと変わる。


「それに正体がバレないように、相手側が魔法を使ったことも考えられるし……―――」


 ピタッ、と由乃の足が止まる。

 少し横道にズレているこの場所には、露店が立ち並んでいる。だが由乃が立ち止まった場所は、露店と露店の間、もうひとつ露店がおけそうな広さのあるところだった。

 由乃は神経を集中させる。

 かすかに感じとれるそれは、間違いなく〈魔〉を使う者の残り香であった。


「ここにいたのは確実ね」


 カンカンと雨傘の先で、舗装されたその場所を叩く。オレンジ色の花柄の傘からは、ボタボタと水滴が落ちていった。

 しばし考えた後、由乃はおもむろに隣の露店にいる人に話しかける。


「ねーねーそこのおねえさん」


 口調だけならナンパである。

 隣で行商をしていた、少々ギャル風なおねえさんは、いぶかしみながら顔を上げる。

 行商というバイトがら、ナンパというのは日常茶飯事である。だがその声は、誰がどう聞いても女のものにしか聞こえなかった。

 目があったのはとても可愛い中学生(本当は高校生)。緑の黒髪に黒曜石を思わせる瞳。雪のような肌に、紅をひいたかのような唇。ヘタなアイドルよりよっぽど目をひく。そんな少女だった。


 ――お客さん?


 だがギャル風のおねえさんがそう思うより早く、由乃が口を開く。


「そこに小学生の行商がいたでしょ? その子どうしたの?」


 ……どうやら客ではなかったようである。


「あぁ、あの子? 確か『カイ』って名前だったっけ?」


 その言葉に由乃は内心、微笑む。

 半分カマをかけたのだが、どうやら当たりだったらしい。


「ねぇ、どんな子だったの? そのカイって子」


 しゃがみこみ、シートの上の商品を見ながら由乃は聞いた。はやる気持ちを抑えるためである。


「あー、老若男女人気あったよ。愛想良かったし、何よりすんごく可愛いし?」

「女の子なの?」

「ううん、男の子。って、知り合いじゃないの?」

「あ」


 しまった……。


 カマをかけるために言った言葉だが、あれではどう聞いても「知り合い」である。

 どうしようか――由乃は考える。あんまり黙っていると不審に思われるだろう。かといって良い言い訳も思いつかない。


 由乃が頭を悩ませていると、意外なことに俊樹から助け舟が出された。


「いや、オレ達その小学生の子が変わった物を売ってるって聞いて来たんですよ」

「変わった物?」


 ギャル風のおねえさんはオウム返しに言う。


「どんなモノが売ってたの?」

「そーねー、……そんな変わった物売ってたっけ? たしかアロマテラピー系専門だったと思うけど」


 由乃は立ち上がる。


「そっか。じゃあおねーさん、また来るね」


 そう言ってその場から離れる。


「あ、おい」


 あわてて俊樹も後を追う。


 ――……気分が悪い。


 由乃は軽いめまいを感じていた。

 今はとにかく、カイの残り香のあるこの場所に長居したくなかった。



***



 帰り道。すでに雨はやんでいた。


「収穫はあったわね。例の小学生が本当にいたこと。それに名前も判ったし……商品もどんな物か判ったから、次から注意しやすくなるわ」


 少し考え、俊樹が聞いた。


「やっぱ、そのカイってヤツが魔法使いなのか?」

「どーだろ?」


 うーんと由乃は考えこむ。


「小学生であんな呪いをかけられるんだったら、間違いなく天才ね」

「じゃあ違うのか?」

「まぁでも、魔法を使って年をごまかしてるってことも考えられるし……」


 さらにうーんと悩む由乃。

 まだまだ他の考え方でもあるのだろうか?


(っていうか、全然判ってないのと一緒、ってことか……)


 俊樹はそう結論付けた。

 そしてしばらく考えこんでいた由乃は、それ以上この場で考えるのはやめにしたらしい。


「とりあえず、帰ろっか」


 だが俊樹は、ハッと最大の疑問点に気づいた。


「小学生の姿で商売って、労働基準法はどうしてるんだ?」

「…………さ、さぁ……?」




 雨がやみ、由乃や俊樹が去った後、新たに一人の訪問者がやってきた。

 ギャル風のおねえさんはその姿に気づき、にこりと笑いかける。


「あ、カイ君。今日はどしたの? 行商にこなかったじゃん」


 声をかけられ、カイもまた微笑み返す。


祥子(しょうこ)さん。うん……雨の日は苦手で」

「ふーん。……あ、そうそう」


 ポンッとギャル風のおねえさん――祥子は手を打ち思い出す。


「あなた目当てにお客さん来てたよ。ついさっき」

「……えっ?」


 自分目当てに客が来た。……ということは――――


(エモノがひっかかったかな?)


 カイは静かに微笑んだ。



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