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魔法屋日和  作者: 香山なつみ
本編
6/25

第一話「とんでもない転入生、五月に現る!?」その5

 その日の夜―――


「…………まぶたが重い……」

「そうだなぁ、二日連続で完徹すりゃ眠いよなあ、やっぱ」

「悠兄ちゃんは眠くないの?」


 由乃は素朴な疑問を口にする。

 悠も由乃と同じく寝ていないのだが、そんなことはみじんも思わせない。

 さすがは大人、といったところだろうか。悠はマイママチャリの後ろに由乃を乗せ、住宅地を走っていた。

 向こうの方で俊樹が手を振っている。由乃も青いママチャリから手を振った。


 あそこが俊樹の家か……。


 暗いのでよく判らないが、広くも狭くもない、ごく普通な家だった。

 ママチャリは、門の前で立って待っていた俊樹に突進していく。すんでのところで急ブレーキ。


「う――ん。さすが俺様。ドライビングテクニック最高」

「あやうく俊樹ひき殺すトコだったね」


 何かが違う二人の態度に、俊樹は思った。


(二人とも、半分以上寝てるな)


 少しひきつつ、俊樹は二人を自分の家へと招きいれた。

 ガチャッとドアを開ける。


「どうぞ」

「おじゃましまーす」


 由乃は中に入るが、悠は動かなかった。

 じっ、と夜空を見上げている。


「ゾンビが俺を呼んでいる」

「「はあ?」」


 二人の声がハモる。


「山の中のさびれた洋館。閉鎖された警察署。逃げ場のない街の中。……そして生きる屍ども! 止めるな、由乃。ゾンビが俺を呼んでいるんだ―――!!」

「悠兄ちゃん! 悠兄ちゃ―――ん!!」


 カムバ――――ック。


 悠は青いママチャリに飛び乗って、いずこかへと去って行った。

 由乃は、悲劇のヒロインよろしく、気分はまるでスポットライトを浴びた女優であった。

 俊樹は「なんだかなー」というすでにあきれ顔だった。というより、あきれるより他に俊樹にできることはなかった。


「けど、ゾンビって?」

「あ、悠兄ちゃん今ゾンビが出てくるゲームにハマってるの」


 今まで女優をしていた由乃は、しごくあっさりと俊樹に答えた。




 トントントン―――

 階段をのぼって、二人は二階へと上がる。


「そーいや、ちゃんと有希さんに魔法薬飲ませた?」

「あぁ。けど、ホントに大丈夫なんだろうな?」

「わたしを誰だと思ってるの? 大丈夫、悠兄ちゃんと作ったやつだから心配しないで」


 それが余計不安なんだ……と言えない以上、俊樹にできたことはただうなずくだけだった。


「ここだ」


 律気にノックをして部屋へ入る俊樹。


「有希さんは……ちゃんと寝てるね」


 枕元にはポプリが置いてある。

 可愛らしいな、と由乃は思った。

 由乃は室内を見回す。机の上に家族写真が飾ってあった。


「そういえば、あんたの親って何してんの?」

「あれ、言ってなかったか? 親父は探検家で、高校上がる前に『雪女が俺を呼んでいる』とか言って、それから帰ってこないぜ。母さんも」

「…………ロマンチストなのね」


 由乃は冷めた目でつぶやいた。


「ダメ親の生きた標本だ」


 しみじみと俊樹は頷く。


「じゃあ、生活費は?」

「ところどころで探検の記録本出してるらしい。一応マニアにはバカ受けらしいが……」


 そう言って俊樹は本棚から一冊の本を取り出した。題名にこうある。


『妻とカピバラ』


「カピバラって……あの?」

「ああ。体長一メートルもある世界最大のネズミ。母さんが小さいころからファンらしくてな」

「へ、へえ……」


 あきらかにひく由乃。


「今はアラスカにいるらしい。イヌイットと仲良くなった、とかも言ってたなー。まぁ、あの二人ならツンドラ地帯に行っても平気だろ。なんてったって、雪も氷もなんのその。万年新婚夫婦だし」


 あの二人を見ていたら、真面目に生きるのがバカらしくなってくる、と俊樹はしみじみとつぶやいた。


「ま、まあとにかく。今から有希さんの夢の中に入るから、アンタはわたし達が起きないように静かにしててね」


 そう言って、由乃はポケットからコルクで栓が塞がれたビンを取り出した。小ビンの中にはまろい光を放つ乳白色の液体。ラベルには『甘き夢薬』とある。その半分はすでに有希に飲ませている。そして由乃は残り半分になった薬を一気に飲みほす。強烈な睡魔に襲われながらも、呪文を唱える。

 やがて、由乃の意識は、有希の夢の中へと移っていった。



***



 有希は頭を抱えていた。


「ゴメンナサイ……ゴメン……ゴメンナサイ……」


 独り言のようにつぶやく。

 何かに怯えている。由乃の目にはそんな風に見えた。

 有希の目の前で、俊樹はズボンのポケットに手をつっこみ、有希を見下ろしている。

 子供の頃の姿。二人とも小学校低学年くらいに戻っていた。しかし、有希の心は今のままだ。


「キライだ。……お前なんかキライだ」


 子供俊樹の小さなつぶやき。

 その言葉の一つ一つが、有希の心を傷つけていく。


「ゴメンナサイ。……ゴメンナサイ。お願い許して…………」


 有希は、その場にへたりこんでいた。移動する気力すらないのだ。


「許す? よく言えるね、有希ちゃん」


 嘲笑を浮かべる俊樹。


「有希ちゃんが僕にしたこと、僕は忘れたことないのに?」


 有希は耳に手をやり、首をイヤイヤと横に振る。

 あの頃、自分は彼を裏切っていた。今までずっと一緒にいた彼を突き放したのだ。

 ごめんなさい。そんなつもりはなかったの。

 有希の想いは声にならず、心に降り積もっていくだけだった。


「お前の眼、なんか気持ち悪いんだよ!」


 心ない同級生に罵声を浴びせられる兄を、有希はじっと黙って見ているだけしかできなかった。

 そんなことない、とずっと思っていたのに。

 あんなにキレイなのに……。

 けれど、それを口にする勇気はなかった。

 彼を助けたら、自分もまたいじめられる。――それが、恐かったのだ。


 小学校卒業と同時に引っ越し、中学入学時にコンタクトをし始めるまで、有希は俊樹をずっと無視し続けていた。

 今考えてみれば、俊樹のうわべだけしか見ていない奴と仲良くしてどうだというのだろう。

 自分の大切な人を守らないで、自分の身を守っても無意味なのに……。

 気づくのに遅すぎたのかもしれない。こんなにも彼は傷ついていたのだ。


 ふと見ると、目の前に短剣が落ちていた。

 装飾のついたハデな短剣を、有希は手に取る。


「こうしたら、許してくれるの? 俊樹」


 刃のひんやりとした感触を首元に感じる。

 ためらいもなく、有希は短剣を首につきたてた――が、それはかなわなかった。寸前に由乃が短剣をたたき落としたのだ。


「…………え?」


 有希は、ほうけたように手元を見る。そこにはもう、短剣はなかった。


「しっかりして、有希さん! この俊樹はニセモノよ!!」

「高城……さん?」

「こんなこと、ホンモノの俊樹は望んじゃいないわ」

「え? ………だって……」

「だって何?」

「だって、あたしは俊樹を傷つけた。……一番大切な、たった一人の兄弟を……っ」


 有希は嗚咽する。目からはとめどなく涙がこぼれてきていた。


「でも、今は後悔してるんでしょう?」


 こくん、と有希はうなずく。


「だったら、あなたを傷つけてしまったら、俊樹もきっと後悔するわよ。あなたが大切に想っているのと同じくらい、俊樹もあなたのことを大切に想ってるんじゃないの? それとも、俊樹は大切な人を傷つけることができるひどいヤツなの? そんなに俊樹のこと、信じられない?」


 有希は、ハッとしたように由乃を見上げる。

 由乃は、しゃがみこんで、有希に目線を合わせる。小さな子に話しかけるように、由乃は口を開いた。


「大丈夫。俊樹は、信じる価値のある男だよ」


 と、言いつつも(たぶんね)と心の中でつけ加えることを忘れない由乃であった。

 ニセ俊樹は、そんな二人の様子を腕組みして見ている。


「あんたは俊樹じゃない」


 強い意志の宿った瞳で、ニセ俊樹をにらみ返す有希。その姿はいつのまにか高校生の彼女になっていた。


「僕は俊樹だ」

「違う! 今なら判る。アンタは俊樹じゃないわ!!」

「フン。違わないね。確かに僕はホンモノの俊樹じゃないよ。けどね、僕はあんたが作りだした俊樹なんだよ、有希。あんたの心の弱さが、僕を産み出したんだよ!!」

「いいえ、違うわ」


 ニセ俊樹と有希の間に割って入る由乃。

 ニセ俊樹をビシッと指差す。


「あんたは呪具よ!!」

「呪具?」


 有希は、意味が判らないので眉を少し動かしただけだったが、ニセ俊樹はあきらかに狼狽していた。


「そう、有希さんの精神を破壊するような悪夢を見せていた呪いの道具……それがあんたよ! そしてそのエサとなるのが、その俊樹の姿ってわけね」


 由乃の右手には、いつのまにかあの短剣があった。

 少しためらいがあったが、由乃は左手首に短剣を押しつけた。痛みが走り、短剣には自分の血が鈍く光っている。


「道具なら道具らしく」


 由乃はニセ俊樹の元へ走る。

 たいした距離はなかったはずだが、有希にとってそれはとても長い距離に思えた。


「おとなしくしてることね!!」


 由乃はどこか慣れた様子で短剣を振りかぶる。

 ニセ俊樹に逃げる素振りなど微塵もない。どこか諦めたような笑みで小さくつぶやく。


「……ここまで、か……」


 その言葉が由乃の耳に入ったかは定かではない。短剣は、何の抵抗もなくニセ俊樹に突き刺さった。


 この感触……、まるで………。


 いぶかしがる由乃の目の前で、ニセ俊樹の体が突如灰に変わった。さらさらと崩れ落ちるかと思いきや、それは勢いよく由乃の方へ襲いかかってくる。


「!」


 由乃は反射的に目をつぶった。

 そして、次の瞬間……――――



***



「おいっ! 大丈夫か?」


 由乃が目を開くと、俊樹の心配そうな顔がそこにあった。


「…………俊樹……」


 由乃はゆっくりと目を開ける。


「俊樹」


 いつのまにか有希も起きていた。


「あたしね、俊樹のことが大切だよ。…………俊樹は?」

「はあ? いきなり何言ってんだよ」

「ちゃんと答えて」


 有希のその迫力に押されつつ、俊樹はさも当然、とばかりに答える。


「そんなの、大切に決まってんだろ」


 有希はうれしそうに俊樹を見つめ、俊樹は不思議としか言いようがない表情で、有希を見つめ返している。

 ほほえましい光景とは、まさしくこのことだった。


「あ、高城さん!?」


 どうしてここに? と言いかけて有希は別の言葉を言った。


「血っ、血が出てる――!! 早く手当てしないと!」

「あ、大丈夫。コレくらいなら……」


 左手首の上に右手をかざし、由乃は低く何かをつぶやく。

 すると、みるみるうちに傷が治っていった。

 有希は目が点になっている。


「実はね、わたしの仕事は魔法屋なの」


 微笑みはまるで、天使のように愛らしかった。


「あ、それからシーツよごしちゃったね」


 由乃はちらりとベッドの上を見る。

 シーツにはべったりと由乃の血がついていた。点々と残る血の跡は、よく見ると元は枕元に置いていたポプリの残骸についたものだと判る。


「ね、あのポプリどこで買ったの?」

「えっ? アレ? あれは、駅前でものすごくかわいい小学生が行商してたんだけど……それがどうしたの?」


 有希の質問に答えることができない由乃。


 ――あの血は、ニセ俊樹につけた血……。


 じゃあ、あのポプリが『呪具』だったのね。


「あれ? ポプリの袋にまだ何か入ってる」


 袋の中をのぞく由乃。


「これは………灰?」


 なんでこんなものが?


 その疑問に答えられる者は、この場にはいなかった。



第一話 Fin.

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