第一話「とんでもない転入生、五月に現る!?」その2
「♪ ビーフシチュー ビーフシチュー
かぐぅわぁしきその香りぃ~
ビーフシチュー ビーフシチュー
あなたはわたしを魅了するぅ~
ビーフシチュー ビーフシチュー
とろけるあなたはビーフシチュー ♪」
少々テンポのズレた自作の歌を歌いつつ、由乃はゆっくりとビーフシチューをかき混ぜる。
味見をし、その出来栄えに満足していると、一階の魔法工房の方からとてつもなく大きな笑い声が聞こえてきた。
「? 何してんだろ、悠兄ちゃんと俊樹」
「あははははははは―――――!!」
「悠さん……ちょっと笑いすぎ……」
俊樹はガクリと肩を落とす。
今朝の出来事を悠に話したその反応がこれである。
「だって……そりゃお前……―――」
いまだ震える腹を抱えながら「それは俊樹が悪いだろ」と言葉をつなげた。
「……どうしてですか? オレがあの後下僕じゃないって納得してもらうのに、どれだけ苦労したか……しかも、結局付き合ってるっていう誤解は解けなかったし」
前者は別に誤解ではないのでは。
悠はあくまで心の中でつっこんだ。
「いや、そうは言ってもその原因を作ったのは俊樹だろ」
「オレ?」
「ああ。由乃と知ってて、判っててシカトした。ま、気持ちは判らんでもないがシカトはいただけねーなぁ」
「……それは、その。……まさかいるとは思わなかったんで。てっきりオレ、あいつは中学生だとばっかり」
「あ――……それは、うん。確かに由乃はぱっと見中学生だからなぁ。背も低いし。俺なんか初めて会った時は小学生かと思ったくらいだしな」
「まぁ確かに」
ヘタしたらそう見えるだろう。
なにやらなごやかな雰囲気でさりげなく失礼なことを言う男二人にぼそりと由乃が背後からつぶやいた。
「悪かったわね、童顔で。っていうか、ヒトの悪口は本人がいないところで言ってくれないかしら」
「や、別にオレ達悪口なんか……。ねぇ、悠さん」
あせる俊樹。
「そうそう。ただ、ちょっと事実を口にしてただけだって」
「ふうん。ジジツ、ねぇ」
すっ、と由乃の眼が細くなった。
「ちょっ、悠さん、それはっ」
言っちゃイケナイことなのでは。
俊樹の言いたいことが判ったのか、悠はそれ以上事をややこしくすることを避け、強引に話題を変えた。店内に視線を移す。
「ま、この話はいったん置いといて。これで、店の準備は大体できたかな」
さほど広くはないが、天井が高いために開放感あふれる店内。
壁にはシンプルな飾り付けがなされ、フローリングや窓ガラスはぴかぴかに磨き上げられている。室内に余裕をもって置かれた棚には、ところせましと商品が並び、ここに雑貨屋『魔法工房』の姿が明らかになった。
一見そこは、なんてことのないアンティークショップだった。だが、置かれている物はかわいらしい小物からなにやら怪しげなアイテムまであり、統一感がまるでない。
そんな商品と俊樹の手によって綺麗に整頓された店内を見渡し、
「うん。これなら、明日にでも開店できそうだね」
由乃は満足げにうなずいた。
「それじゃ、今日はもうここまでにするか。由乃、メシの用意は」
「あ、もうできてるよ。それで呼びに来たの」
「そうか。俊樹、今日も一緒に食って帰るんだろ?」
「あ、はい。そのつもりです」
由乃の家(正確には雑貨屋)に行くと有希に言ったら、「じゃ、夕飯いらないわね」とにこやかに言われた俊樹であったという……。
***
――許さないよ。
頭の中にその言葉が響き、彼女はハッと目を覚ました。はっきりしない意識のまま、彼女はつぶやく。
「ごめんなさい……」
謝罪の言葉。誰に対してなのか彼女自身判らない。
寝てる間に泣いていたのだろうか? 目は涙で濡れていた。
汗が体にまといつき、パジャマまでもがぐっしょりとしている。
彼女はベッドの上でうずくまり、頭を抱えた。
夢の内容は覚えていない。
起きた瞬間は覚えていたのだが、それは時間がたつにつれあいまいになってくる。
だが……あの例えようのない、息苦しいまでの自責の念――それだけは、しっかりと頭にやきついている。
荒い呼吸を整え、彼女はベッドから降り、カーテンを開ける。
空はすでに白くなってきていた。
同時刻、由乃は三階の書斎にいた。
空が白くなっているのに気づき、由乃はあくびをかみしめる。
「ふわぁ。もうこんな時間か」
パタン、と電話帳ぐらい分厚い本を閉じる。
もっと知識が欲しかった。
連中は必ずどこかにいる。
由乃の顔が自然と険しくなる。
『魔法屋』としての役目をまっとうするための、知識が欲しかった。
「はふ……」
有希はあくびをかみしめた。
始業十分前の校門では、生徒のざわめきが後をたたない。
校門の前で自転車を降り、手で押しながら校門をくぐる。
俊樹の姿はない。いつも一緒に登校しているわけでないのだ。
ふと有希はある人物に目がとまった。早歩きで近づき、声をかける。
「おはよ、高城さん」
いきなり背後から声をかけられ、由乃はビックリした。
「あ、おはよ。……えーと、有希さん……だったよね? 俊樹の妹さんの」
「そうそう」
有希は何気なく由乃を見た。
小柄な体に漆黒の髪、大きくぱっちりとした瞳。
昨日も思ったが、この隣りにいる少女は本当に愛らしかった。
(ヘタなアイドルよりよっぽど可愛いわ)
「あふっ……」
由乃はおもむろにあくびをした。あくびをする姿さえも可愛らしい。
「どうしたの?」
「あーうん。ちょっと調べ物してて、寝不足……かな?」
「へー……あ、もしかして勉強? 大変だよね、四月分の授業聞いてないワケだし」
「………そういえばその問題もあったっけ」
小声でつぶやく由乃。うんざりするような口調で続ける。
「ノート誰かに写させてもらわないと……」
「あ、じゃああたしの貸したげるよ」
「え、本当?」
「うん。あたし授業中とか真面目にノートとってる方だし」
と、話をしている途中、二人は同時に口に手をあてる。
「「はふっ」」
そして二人同時にあくびをした。
二人は顔を見合わせ、思わず笑った。
***
数日後。
「どう?」
由乃は俊樹の顔をのぞきこむ。
「うまいんだけどさ――……」
言う俊樹の手には由乃お手製のカップケーキが一つ。
「ん? なぁに?」
「いや、こんなにいっぱい作ったんだったらクラスのヤツらにも食わせてやれば?」
そばには空になった弁当箱が二つある。時間でいえば今は昼休み。二人は屋上で仲良く昼食をとっていた。立入禁止のこの場所、実は鍵が壊れているのは生徒間では有名な話であった。
そして仲睦まじそうに、彼女の作ったデザートを食べている彼。
絵的にもリッパな彼氏彼女の間柄である。そう、パッと見は。
「なんでそんなこと言うかなー。俊樹のこと考えながら作ったのに」
唇をとがらせる由乃。
「……あ、そ」
「ってゆーか、俊樹以外の人には食べさせられないんだけどね」
「へ?」
愛くるしい、見る者全てを魅了する笑顔を浮かべて由乃は言った。
「だってそれ、昨日創った魔法、用量間違って入れちゃったし」
ブ―――ッ!!
俊樹は口の中のものを吹きだした。
「なっ、お前、そ、そりゃ……一体」
「やっぱ食べ物は粗末にしちゃいけないでしょ? それにこの後の俊樹がどうなるのかも知りたいし」
キラキラとあさっての方を見つつ、独白する由乃。
(要するに、また実験体にされたってワケか……)
俊樹は諦め半分のため息をついた。
「で、俊樹。あんたなんともないの?」
「おあいにくさまだな」
「そうねぇ、髪のびる気配もないし」
一体何を食べさせたんだ!? と俊樹が言う前に、由乃はさらっと自白した。
「男のロマン、超強力瞬間育毛剤。しかも分量間違えたから普段の十倍の濃度のやつね。高かったのよーアレ、材料費」
そんな勝手な……と思いつつ、怒りよりも脱力の方がはるかに大きかった。
(というか、回を増すごとに変な魔法になっていっているのはオレの気のせいか?)
「お前さー、こんなことしてて楽しいか?」
「うん」
半ばなげやりになりつつ言ったセリフをあっさりと肯定され、俊樹は泣きたくなった。
「………魔法屋だからね、わたしは」
静かなそのつぶやきに俊樹は口を開いた。
「……魔法屋、ってなんだよ?」
由乃は少し驚いたように俊樹を見る。
そんな質問がくるとは思っていなかったのだ。
少し考え、答える。
「……世の中にはね、魔法を使える人間が二種類いるのよ。それが『魔法士』と『魔法使い』。魔法士は組合に属している方で、普段は普通の人として暮らしてるわ。あ、組合っていうのは、世の中の魔法が悪用や濫用されないように管理しているトコロね」
「へー」
そんなトコロがあったのか。
「で、魔法使いは、組合の考えに反した危険思想の個人主義者達のことよ。ちなみに『魔法屋』というのは、魔法士をさらに細かく分けた中の一つね」
「はー、なるほど」
それで最初、魔法使いと間違えたことにあんなに怒ったのか。
俊樹は納得した――が、
「で、結局魔法屋は何なんだよ?」
「あ、それはまた今度ね」
すっくと立ち上がる由乃。
「もうすぐ予鈴なるし、戻ろっか」
その拍子に何かが落ちた。
「っと」
「何だ、ソレ?」
由乃のポケットから落ちたのは、エアメールのようだった。
「これ? 両親からの手紙。わたしの両親、今外国だから」
「………え?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
ポケットに手紙を戻しつつ、
「お父さんの転勤でね。最初はわたしもついていく予定だったんだけど、急に魔法屋をしなくちゃいけなくなっちゃってさー。日本の高校通うことになったのはいいけど、こっちでは受験してなかったのよ」
はー、だから転入扱いになっちゃったし、と深いため息をつく由乃。
今の発言にひっかかりを覚えた俊樹は、ふと由乃に問い返す。
「なんで魔法屋をしなくちゃならなくなったんだ?」
由乃はうーんと考え、ポツリとつぶやいた。
「そう辞令が下ったから、とでも言っとこうかな」
なんだよソレ、と言いかけた俊樹はハッと何かに気づいた。由乃をぐい、と手元に引き寄せる。そしてそのまま入り口から見えない所へ移動した。
「ちょっと、俊樹?」
どうしたの――? と言おうとした由乃を、人差し指を口元に持ってくることで制し、
「静かに。――誰か、来た」
小さくつぶやく。
「誰か、……って、ダレ?」
「オレに聞くなよ」
そんなことを言いつつも、俊樹と由乃はその場を動かなかった。
見つかるのはヤバイ。
ここは立ち入り禁止の屋上である。
生徒の誰かならいいが、教師だとどういうことになるか判ったもんじゃない。
物陰に隠れて、扉に注目している二人の目の前で、ガチャッと扉は開かれた。
そして二人の目線の先にいたのは――――
「………有希?」
眉をひそめてつぶやく俊樹。
「なんであいつがこんなトコに……?」
「ちょっと俊樹、前出すぎ。バレちゃうよ」
「あ、ああ」
「っていうかさ、何してんだろうね。有希さん。俊樹判る?」
「……いやだから、判んないから悩んでんだろ」
「それもそっか」
視線を有希に戻す二人。
しばしの沈黙が二人の間におちる。
有希はというと、フェンスにもたれ、じっと空を見上げていた。はぁ、とため息をつく。
どうやら俊樹と由乃にはまったく気づいていないようだ。
―――と、いきなり何の脈絡もなく由乃が言った。
「――……あの人―――」
おそらく、そう思ったのも魔法屋としての〈勘〉だろう。
この日あった事を悠に話すと、彼はそう言いきった。
「言ったろ? 由乃は魔法屋としての自分に自信を持ってるって」
「……いや、それ初耳ですけど」
「え、そうだったか? ――まぁ、とにかく由乃が魔法屋としてそう言ったのなら、まず間違いないと思っていい。魔法屋としてのアイツの〈勘〉は、十中八九当たるから」
「はぁ……」
俊樹は納得しつつも(でも……)と言いたくなる気持ちはおさまらなかった。
「――あの人、『魔法屋』を必要としてる」
――でも、なんで有希なんだ?