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魔法屋日和  作者: 香山なつみ
番外編
24/25

バレンタインの悲劇

 恐れていたことがやってきた。

 目の前に置かれた「これでもか」という程バカでかい箱を前に、俊樹は固まらざるを得なかった。


「……え、と。こ、これは……?」


 必死の思いで紡ぎだした言葉に、由乃は満面の笑みで答える。


「だから、チョコレートだよ。今日はバレンタインでしょ」


(……か、菓子業界の陰謀に踊らされないでくれ)


 心の底から俊樹は思った。

 一歩、二歩と無意識に後ずさる。

 三歩目を踏みだした所で、由乃にぎゅ、と制服のすそをつかまれた。

 25cmという身長差のため、自然と上目使いに見つめられる。


「……嬉しくないの?」

「い、いやっ全然ッ。き、気持ちは嬉しい。うん」


 本心だった。

 曲がりなりにも彼女からの愛のこもったプレゼントである。

 嬉しくないハズがなかった。


 ……が、それとコレとは話が別である。


「ホント? 良かったぁ。それじゃ、ハイ。ハッピーバレンタイン、俊樹」


 語尾にハートマークをつけて箱を再度差し出す由乃。

 そう、今日は聖バレンタインデイ。

 そして当然、箱の中身は……。

 そこまで考え、俊樹は改めてこの場から逃げ出したくなった。




***




 話は一週間前にさかのぼる。


 辺りはもうすっかり暗くなり、一番星が輝きはじめる頃。

 いつものように店番を任されていた俊樹の前で、悠は突如宣言した。


「――俊樹。俺はしばらく旅に出る」


 背中にリュックを背負い、すでに出て行く気満々である。


「ゆ、悠さん?」

「何も聞いてくれるな、俊樹。黙って俺を行かせてくれ」


 役者よろしく、セリフに力がこもっている。悠は珍しくシリアスに決めていた。


「いや、まぁ……止めても無駄なのは判ってるから止めないけど……」


 由乃の従兄弟である彼と知り合ってから、早一年が経とうとしている。

 その間、悠の考えが読めたことなど数える程しかない。

 もっとも、彼女である由乃の考えも読めたことはほとんどないが。


「いつ頃帰ってくるんだ?」

「少なくとも一週間は帰るつもりはない」

「一週間」


 ふと、壁にかけてあるカレンダーに目を走らせる俊樹。

 一週間後の今日の日付は、2月14日。


「……あ、もしかして」


 ピンときた。


「悠さん、佳子さんが怖くて逃げるとか」

「違う」


 即答する悠。


「これは逃げるんじゃなくて避難だ、避難」


 ……どっちもあまり変わらないような、とは俊樹の心の声だ。


「身の安全を確保するくらいの権利は俺にだってある」


 きっぱりと、なにやらすごい物言いである。

 何が悠をここまでさせるのだろう。

 俊樹は首をかしげた。


「……なぁ、悠さん。オレ今までずっと不思議だったんだけど……」

「なんだ?」

「なんで佳子さんのことがそんなに苦手なんだ? そりゃ、かなりいきすぎの部分もあるだろうけど……。悠さんのことが好きで好きで仕方ないみたいなのに」

「そういうお前はどうなんだよ?」

「そ、そこは触れていただけないと有り難く……」

「ふーん……もうキスくらいしたんだろ?」


 思いっきり派手にホウキを取り落とした。


「な、な……っ」

「照れんなって。どーせ由乃からされたんだろ?」

「…………」


 黙って赤くなったあたり、どうやら図星らしかった。


「……情けねーヤツ」


 ぐさっっ。

 言葉の刃を胸に受ける俊樹。


(どーせ、どーせオレなんて……)


「落ち込むなよ。そうだな、なんで苦手か、って……実際に佳子に好かれてみれば判るさ」


 フッ、とどこか遠い目をする悠。


「そう、あれは十年くらい前のバレンタインデイ……。俺はまだ組合にいて、『具現士』としてバリバリ働いてた頃だよ」




『悠、毎日お仕事お疲れ様ですわ』


 仕事を終え、組合本部に戻ってきた悠を佳子は笑顔で出迎える。


『……佳子、何回も言ったと思うけど、別にわざわざ出迎える必要はないって』

『いいえ、そんなワケにはいきませんわ。それに今日は……』


 佳子はぱちんと指を鳴らした。

 空間の隙間から、等身大くらいある箱が出現する。箱は綺麗にラッピングされ、おまけに『愛する悠へ』とメッセージカードまで添えられていた。

 なにやらとてつもなく嫌な予感がした。


『……それは?』


 すでにひいてしまっている悠に、佳子は頬を染めてどうぞ、と箱を差し出す。


『バレンタインチョコレートですわ。ぜひ受けとってくださいな』




「と、等身大チョコレート……」


 サーッと顔から血の気がひいていく俊樹。

 甘い物が苦手な彼にとって、それは恐怖体験に等しかった。


「しかもそれ、佳子をかたどってあるんだよ……」


 あれは正直怖かったね、と悠はしみじみと語る。

 しかし、その年の三月に例の『婚約解消宣言』をしたというのだから、皮肉なものである。


「……悠さんも苦労してたんですね」

「そうなんだよ、ようやく判ってくれたか、俊樹!」

「えぇ!」


 がしっと拳を固める男二人。

 熱き友情の芽生えであった。


「そういうワケだ、俺は行く! じゃあな、俊樹。由乃にはお前から事情を話しておいてくれ」


 こうして、悠はそそくさと、まるで逃げるように旅立っていった。

 店内に一人残された俊樹は、途中までやっていた掃除を再開する。

 そこで、ふと……先日の由乃の言葉を思い出した。




『そういえば、もうすぐバレンタインなんだね』

『そうだな』

『……ふふ♪ 楽しみにしててね、俊樹』


 怪しい笑みとともに言われた言葉に、俊樹は一抹の不安を覚えたものだ。




(まさか、な……)


 そう。いくら由乃だって限度というものを知っている。と思いたい。

 いくらなんでも、佳子のような真似はしないと思うが、あの由乃である。

 果たして常識というものがどこまで通用するのか。

 そして『甘い物が苦手』だということをどこまで考慮してくれるのか。


(ふ、不安だ……)




 そして一週間後の2月14日、その不安は現実のものとなる―――。




***




 突然だが、俊樹の双子の妹である有希は同姓から非常にもてる。

 2月現在、170cmを越える長身にボーイッシュな外見。おまけに面倒見のよい姉御肌でバレー部のエース……とくれば否がおうでも後輩からの人気は高い。

 よって本日バレンタインデイ。

 有希は同学年の同姓や中学時代の後輩から両手で抱えきれないほどのチョコレートをもらっていた。


「……毎年のことだけど、あたしよくこれだけのチョコ食べれるモンよね」


 独り言をもらしながら、有希はいったん荷物を置きに教室へ向かう。

 日も暮れ始め、オレンジ色に染まる廊下に長い影が伸びる。

 2月の空気は肌に厳しく、吐く息は白い。


「――……あれ、高城?」


 教室に見慣れた姿を見つけた。

 有希の声に、由乃はびくっと肩を震わせる。

 光の加減で良く判らなかったが、ごしごしと顔を拭った気がした。


「……有希ちゃん……?」

「あ、やっぱり高城だ。こんな時間までどうしたの?」


 自分の席に大量に置かれた、ラッピングされた箱々。

 それを見て、由乃の涙腺がゆるむ。


「……有希ちゃん、それ、チョコ?」

「うん。今年はこれでも少ない方……ってわぁっ!」


 いきなり後ろから抱きつかれた。

 倒れこそしなかったものの、机に手をついた際にチョコをばらまいてしまう。


「た、高城?」


 背中にひっついた由乃をはがし、前を向かせる。

 その身長差のため、まだ由乃の表情は見えない。


「どうしたの?」

「……っ」


 ひし、と有希に抱きつく由乃。

 困惑する有希の胸で、由乃の細い肩が震えている。


「…………」


 何も言わず、有希はぽんぽんと由乃の頭を撫でた。




 日もすっかり暮れ、校内に残っているのは運動部くらいになった頃。

 由乃と有希の二人はまだ教室にいた。


「……で、少しは落ち着いた?」


 イスに座り、机をはさんだ向かいのイスに座っている由乃に優しく問いかける。


「う、うん……」


 先程より大分落ち着いたものの、由乃はまだぐすぐす言っていた。

 立ち直りの早い由乃にしては珍しいことであるが、


(俊樹……あんた今度は何やったのよ?)


 と思われているあたり、どうも毎度のことらしい。

 今までも俊樹が何かやらかす度に由乃が泣きついてくることが何度かあったので、有希はすっかり相談室のお姉さんと化していた。


「今日……バレンタインでしょ」

「うん、そうだね」

「それでね、俊樹にね、プレゼントあげたんだけどね……」

「うんうん」


 良いことじゃない。


「俊樹さぞ喜んでたでしょ?」


 何気なく笑顔で言った一言。

 それを聞いた途端由乃が再び泣き出した。


「ちょっ、高城?」

「う、うっ……俊樹ね、それ見た途端に逃げ出したの~!!」

「えっ……?」


 有希にとっては耳を疑う発言だった。

 あの俊樹が由乃からのプレゼントを見て逃げ出す……?

 逃げ腰なのはいつものことだが、逃げ出すというのは初耳だった。


「はぁ……」


 それは泣くわな、と理解したところでふとあることを疑問に思った。


「ねぇ、高城……一つ聞いていい?」

「……何?」

「一体何をプレゼントしたの?」

「何って……そりゃバレンタインだから」


 と前置きしておいて、由乃はきっぱりと告げる。


「愛のこもった直径52cmのチョコレートケーキ」


 …………。


 以前にも述べたが、俊樹は甘い物が大の苦手である。

 そして、由乃はもちろんそのことを知っていた。


(な、なんと言うか……可愛い顔してやることがえげつないわね)


 心の底から有希は同情した。


(青い顔した俊樹の姿が目に浮かぶわ……)


 すっかり暗くなった空を見ながらしみじみと思う。

 俊樹のことだからきっと、口では「ありがとう」と言ったのだろう。

 しかし、体は正直にも拒否反応を示し、結果、今の状況に至る、と……。


「あのさぁ、高城」

「何?」

「あのね、物には限度というものがあってね……」

「??」

「そりゃ俊樹逃げるって」


 有希のもっともな言葉に、由乃の表情がくもる。


「そりゃあ私だって、俊樹が甘い物苦手だって知ってるケドさぁ……」


 しかしすぐに顔を上げ、ビシッと人差し指を立ててこう言った。


「彼女が創ってきた物は、たとて苦手な物でも残さず食べる! これが正しい彼氏のあり方でしょ!!」

「…………。」


 もはや何も言えない有希。

 呆れな俊樹への同情、そしてそこまで言いきる由乃への感心。

 複雑な心境の中、有希が得た結論は一つ。


 高城にとって、俊樹ってやっぱ恋人兼下僕なのね……。



なんだか私らしからぬ展開だなと読み返していて思ったらその通りで、当時の後書きによるとその頃出した合同誌に収録されていた和泉さんの漫画をベースに書いたらしいです。

内容についてはあえて触れません。バカップルの現状を書きたかったんだと思います。


↓にちょっとしたオマケ(後日談)あります。



後日談。



 その日の夜、上原家のリビングは異様な雰囲気に包まれていた。

 ダイニングテーブルの上には例の『直径52cmのチョコレートケーキ』があった。

 甘い香りが家中に漂っている。

 そんな中、俊樹はおそるおそるチョコケーキに手をつけた。


「美味しい?」


 後ろから問いかける有希。

 見なくても、青い顔をしているであろうことは容易に想像できた。


「……甘い」


 と、俊樹。


「まぁ、そりゃね。チョコレートだし。高城の愛がこもってるし?」

「……嫌がらせにも思えるけどな」

「言わないの」


 苦笑して、有希は俊樹の背にもたれかかる。

 ちょうど後ろから俊樹を抱きすくめる形になった。

 前から見ると同じ顔が二つ並んでいた。


「まぁ、判ってるけどな」


 顔が横にあっても、かろうじて聞き取れるくらいの声量だった。

 珍しく素直な俊樹に、有希はなぜだか笑ってしまった。


「なんだよ?」

「ううん、別に? ま、がんばって食べてね。あたしが食べるワケにいかないから」

「え……?」

「何心底意外そうなカオしてんの。あんたに食べさせるって高城に約束しちゃったんだから」


 だから、ちゃんと一人で食べなさいよ。

 そう言い残して、有希はするりと俊樹から離れる。

 リビングから出た瞬間、どさっという音がした。


 ……どさっ?


「ちょっと俊樹――……!?」

「……有希……オレはもうダメだ……」

「何情けないこと言ってんの! しっかり気ィもって、ね?」

「…………ガクッ」




 その晩――。

 根性でチョコケーキを平らげた俊樹は、その後三日間寝こむことになったという……。



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