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魔法屋日和  作者: 香山なつみ
本編
21/25

第四話「決戦は八月にやってくる」その5

 ――ぶつかる!


 そう思った瞬間、俊樹は衝撃波を正面からくらっていた。


「――――!!」


 こらえきれずに後ろへ倒れ、俊樹は低くうめいた。


「……っ、痛すぎだろ……っ」


 実際、カイ=アッシュの衝撃波には瞬間的な痛みはない。しかし、後からじわじわと鈍い痛みが患部から体全体へと伝わり、最終的には動けなくなってしまうのだ。


 幸いなことに、俊樹はまだその状況の一歩手前、というところだったが、こんなに痛いのならいっそ気絶してしまった方がラクだろう。しかし、そんなわけにはいかないので、俊樹はとりあえず上体を起こした。立ち上がる力はもはや残っていない。


「っあー、メガネ割れてるよ……。――痛ッ」


 俊樹は妙な痛みを感じて左眼をこする。すると、ぽと、となにかが俊樹のてのひらに落ちた。黒いカラーコンタクトには無数の傷がついている。


「……これはもう駄目だな」


 はあ、と俊樹はため息をついた。


(これ結構高かったのに)


 そんなのんきなことを考えた俊樹のその薄茶の目を見て、「ほう」とカイ=アッシュはうなった。


「なるほど。貴様に魔法が通じないのはそのせいか」

「…………?」


 自分とは正反対に、息切れ一つしていないカイ=アッシュを俊樹はいぶかしげに見つめた。


「実に興味深い。が……」


 俊樹のそんな視線をさらりと受け流し、カイ=アッシュは体の向きを変えた。


「今はそんなことよりも、主を守護することが優先だ」


 てのひらに光を集めだす。

 どこに……? と俊樹が視線を移した方向には、デイジー=ローズと由乃がいた。


 ふと――俊樹の頭の中に、先日由乃がやられた時の情景と今の状況が重なる。


 考えるよりも先に、俊樹は体が動いていた。




「――一つだけ教えて。なんであんたはこの街で呪具を売っていたの?」


 由乃の問いにデイジー=ローズはふっと笑う。


「あなたのような魔法屋をおびきよせるために決まっていてよ」

「な……っ」


 由乃は一瞬我が耳を疑った。


(今、なんて言ったのコイツ……)


「魔法屋をおびきよせるためって……」


 ふいに悠の言葉が頭をよぎる。


 ――デイジー=ローズは魔法屋を憎んでいる。


 たった、それだけのために?


「あんたが昔魔法屋に何されたか知らないけど、つまりあんたの個人的な恨みのために――魔法屋をおびきよせるためだけに、罪のない一般人に呪具を売ってたっていうの!?」


 そんなことのために、有希ちゃんはあんなに苦しんだっていうの?

 由乃の思考が怒りに赤く染まっていく。


「ええそうよ」


 デイジー=ローズが優雅に立ち上がる。


「魔法屋の役目は魔法使いを発見し、捕獲することですものね。それを逆手にとらせていただいたのよ」


 そう、魔法屋の役目は魔法使いがいると思われる土地へと赴き、カモフラージュとして店を開いて調査すること。これは〈魔〉の匂いを嗅ぎ分ける能力を持っている魔法屋にしかできないことだ。魔法使いは組合から脱退し、危険視されている者たちのことを指す。故に、魔法屋のような職ができたのだ。そして、魔法使いを発見したら捕獲し、『魔界』へ連行しなければならない。

 つまり、呪具をばらまいて魔法使いはここにいるとわざとアピールし、見事魔法屋を誘いこんだというワケである。


「……許せない」


 ポツリと由乃はつぶやく。

 怒りが由乃を支配していくのをデイジー=ローズは実に楽しそうに見つめていた。


「あら、そんなこと言ってていいのかしら?」


 余裕の笑みを浮かべた。

 その言葉の意味が判らず眉をしかめた由乃は、ふと――背筋にゾクリと悪寒を感じて振り返る。

 目の前に広がるのは強力な魔法球。


「――由乃ッ!」


 自分を呼ぶ俊樹の声がはるか遠くに聴こえるような気のする中、由乃は無意識に目をつぶった。


 パアンッ


 破裂音があたりに響く。

 しかし、来るはずの衝撃がいつまでたってもこないので、由乃はおそるおそるその目を開けた。

 そして、目の前にいる人物を見て、心底驚いた。


「―――と……しき……?」

「……っ良かった、無事だな」


 苦しげだが安堵の息を吐いて、由乃をかばうように立っていた俊樹は、がくんとひざをついた。そのまま仰向けに倒れる。


「な、なんで? なんでわたしなんかかばうのよ!?」


 錯乱して叫ぶ由乃。

 なぜか怒ってしまう自分が腹立たしくて、くやしくて、なぜだか泣きたくなった。


「……うるさいな。なんか体が勝手に動いてたんだよ」


 ぐちるように言って、俊樹は手を顔の上に乗せぽつりとつぶやいた。


「あ――っ、痛ェ……」


 無理もない。

 俊樹が元いた場所からここまでは、結構な距離がある。それを全力疾走で駆けてきたのだ。あの状態で。

 魔法に対してのダメージはないが、身体への負担は相当なものだろう。


 ――そんなことを考えたら、由乃は何も言えなくなってしまった。




「……余計なお世話でしてよ、カイ」


 無言で差し伸べられたカイ=アッシュの手をデイジー=ローズは冷たく払った。


「あたくし、同情されるのは嫌いです」


 冷ややかに見つめてくる主の視線から逃れることなく、カイ=アッシュは口を開く。

 彼にしては珍しく、感情を表に出した声音。

 ごくかすかに、表情に色がともる。


「……私は、主を……貴女を失うわけにはいかない」

「……あたくしは、あたくしを助けたことを言っているんじゃありませんわ。そうやって手を貸したことに対して言っていてよ。……でも」


 すれ違いざま、デイジー=ローズは小さくつぶやく。


「お礼は言うわ。……ありがとう」


 カイ=アッシュを後ろに従え、デイジー=ローズは由乃達の前に立った。

 一つ深呼吸をし、二人を見下ろす。


「ほーっほっほ! 勝負あったみたいね!!」


 五秒前と比べ、かなりテンション高めに高らかと笑った。そしてすぐまたテンションを下げ、呪文の詠唱に入る。

 由乃はそんなころころとテンションを変えるデイジー=ローズをキッとにらんだ。そのアメシスト色の瞳が、デイジー=ローズの背後の空間がわずかに揺らいだのをとらえる。


(…………?)


 それに気づかず、デイジー=ローズはその碧の瞳をサディスティックに細め、歌うようにささやいた。


「――さようなら。可愛らしい魔法屋のお嬢さん」


 真っ黒な魔法球をいざ放とうとしたちょうどその時、デイジー=ローズの頭上の空間がパックリと割れた。そこから、いきなり青いママチャリに乗った赤毛の青年が飛び出てくる。


「由乃、俊樹、無事か―――ッ!!」

「ゆ……悠兄ちゃんっ!?」


 そう、いきなり現れたのは、まぎれもなく悠であった。

 ブルートレイン号という名のママチャリに乗った悠は、そのままデイジー=ローズの頭を踏み台にして着地し、あ然としている由乃と俊樹の元へと愛車を近づける。今までのシリアスな雰囲気をなにもかもをぶち壊した悠は、人をひいた(正確には踏んだ)ことになど全く気づかず、ブルートレイン号から降りかろやかにあいさつした。


「ハイ、悠兄ちゃんでーすっ」


 場違いなノリで続ける。


「組合から役に立ちそうなアイテムいっぱい仕入れてきたぜーっ。水精霊の力が宿った石から、キツい化粧も一度で落とせるクレンジグクリームまで色々な――って、なにそんなハトが豆鉄砲くらったような顔してんの? お前ら」

「いや……なんか、悠さんいつにも増してテンション高いなー、と」


 あまりのテンションの高さに、俊樹はすでにひいていた。


「おう、バッリバリに高いぜ。なんたって『魔界』帰りだからな。行ってみたら判るだろーが、あそこ行ってテンションおかしくならないやつがいたら見てみたいぜ」


 はっはっは、とほがらかに笑った悠は、ふと素に戻って興味津々に聞いた。


「っていうか、例の厚化粧魔法使いと美形の使い魔クンてどこ?」


 確かにテンション狂いぎみ……というか完璧狂っている。

 由乃はそんな悠を見て、「無理もない……」ふっと遠い目をした。

 唯一、『魔界』に行ったことのない俊樹は一人、(魔界って一体……)と悩んだが、「あっち」と厚化粧魔法使いと美形の使い魔クンを指で示すあたり、確実にこのテンションに慣れてきていた。

 恐るべき順応力である。


「――主。無事ですか?」


 モロに踏み台にされたデイジー=ローズを気遣うカイ=アッシュ。こんな時でも表情を崩さない彼はある意味ツワモノであった。

 額にくっきりと血管を浮かばせ、


「あぁああたくしの頭を踏み台にするなんて一体何を考えてらっしゃるのそこのあな、た、は……―――」


 ヒステリックに叫んだが、語尾の方になるに連れてその勢いが落ちていった。そして悠と目が合った時点で、ぴたりとその動きが止まる。


「おお、ホントに化粧が濃いな」


 変なトコロに感心する悠。

 ――と、ふいにその悠の動きも止まった。


「ゆ―――悠……?」


 碧の瞳をまん丸に見開き、ぶるぶる震える指を向けながら言ったデイジー=ローズに、悠は意外な言葉を返した。


「あれ、まさかお前………佳子(よしこ)か?」



***



「「――………知り合い?」」


 由乃と俊樹の声がハモった。カイ=アッシュは無言で主を見つめている。

 由乃と俊樹はそれぞれ色の違う眼を見開き、悠とデイジー=ローズを交互に見ていた。


(っていうか、佳子って?)


 とは、俊樹が内心思ったことだ。


「うそ、どうして? どうしてこんな所に悠がいるんですの?」


 頭を抱え、取り乱すデイジー=ローズ。カイ=アッシュに「主。お気を確かに」言われてなおパニック状態に陥ったままだ。


「それはこっちのセリフだ。佳子、何でお前が……」


 虚をつかれたのか、おもわず真顔になる悠。微妙に回復したらしい俊樹に、


「っていうか悠さん、どういう知り合いだ? デイジー=ローズと」


 と訊かれ、なぜかきまずげに頬をぽりぽりとかいた。


「あ、ああ――……その……」


 言葉の歯切れがやたらと悪かった。


「俺の元婚約者だよ」


 衝撃の発言だった。


「どっ、えええええっ!? 悠兄ちゃん、婚約者なんていたのおっ!?」


 すっとんきょうな叫び声を上げる由乃。声こそ上げなかったが俊樹も同じ気持ちらしく、悠とデイジー=ローズとを激しく見比べていた。同じくカイ=アッシュもそれは初耳だったらしく、そのただでさえ表情の薄い顔から表情が抜け落ちていた。


「あ、まぁ、な。昔だよム・カ・シ。元だっつったろ」

「悠、これは一体どういうことですの? あなた、そこの魔法屋と知り合いかなにか?」


 元婚約者だからなのか、悠に対するデイジー=ローズの口調は由乃に対してと比べてあきらかに柔らかい。表情にも常の女王様な笑みが見られず、まるで年相応――といっても実年齢は判らないが――の女性に戻っている。


 このデイジー=ローズって魔法使い、まさか……。


 俊樹の心の中に一つの疑問が生まれた。


「え、由乃は俺のイトコだよ。って、佳子なんでお前魔法使いなんかに? 確かお前、魔法屋目指してたはずじゃあ」


 えっ、と悠に視線が集まった。


「ゆ、悠兄ちゃん。それ本当?」


 とても信じられなかったが、そうだとすれば説明がつく。

 最初の戦いの時に、デイジー=ローズが由乃の匂いを嗅ぎとったことに。


「ああ。少なくとも、俺との婚約中はそうだった。……だよな、佳子」


 今度はデイジー=ローズこと佳子に。

 皆の視線を一身に浴び、佳子は「ええ」と静かだがはっきりとした口調で言った。


「確かにあたくしは、昔、魔法屋を目指していましたわ。――そう、悠の口から『婚約を解消してくれ』と言われた日まで、ですけれど」


 そう言って、佳子は悠に『婚約解消宣言』をされた日のことを語りだした。



***



「…………。えーと、つまり、これは……」


 お前が言えよ――由乃に目で訴える俊樹。


「その……ねえ?」


 いえいえ俊樹が言って?――同じく目で言う由乃。


「あれだよな」


 いいから言ってくれ。


「あれよね」


 いやよ俊樹が言って。


「つまり今まで魔法屋を襲ってきたのは、この悠さんって人のためだったんですか? デイジーサマ」


 いつのまに灰の姿になったのか、由乃と俊樹の間を割って黒髪の使い魔が聞いた。


「その通りですわ」


 肯定の言葉を聞き、由乃は悠に向き直る。 


「つまり、この、今回の騒動って……、悠兄ちゃんがこの佳子サンをフるのに『魔法屋』っていうヘンな口実作らなきゃおきなかったのよねえ……?」


 歌うような声と優しい笑みで言われた言葉だったが、瞳は決して笑っていなかった。


「あ、あー……。まぁ、な。…………あの頃は俺も若かったからなあ」


 遠い目をしてしみじみとつぶやく悠、二十◯歳。

 噂に名高い実力派の魔法士の言葉は非常に言い訳クサかった。


「………まあいいわ。さて、佳子サン? 悪いけどあなたには、一緒に『魔界』までついてきてもらうわよ」

「…………」


 無言でデイジー=ローズをかばうように、灰は前へ出た。その漆黒の瞳には、強い意志の力が見られる。

 それだけはさせない、というような強い想い。

 それを「いいのよ」と言って、灰の警戒を解かせるデイジー=ローズ。


「いまさらあがいたって仕方ないですわ。それに……向こうには悠がいますわ」

「……それでしたら、ボクが」

「彼の実力をあなどってはダメよ。彼は……若干五歳にして魔法士の資格を取得した人よ。しかも、長老の方々の覚えもめでたいの」

「いや、俺別によぼよぼのじーさんばーさんに認められてるわけじゃないぜ」


 魔法士の資格の取得最短記録を塗りかえた悠は、さらりと恐ろしいことを言った。


「単に危険視されてるだけだって。ほら、昔の俺って暴れん坊だっただろ?」


 暴れん坊の悠なんか見たくない――由乃、俊樹の両名ともが思った。


「え、まあ、そういうことはおいといて」


 今の話はなかったことにする由乃。


「行く気になってくれたのならありがたいわ。えーと、それじゃ、悠兄ちゃん?」

「おう、いいぜ。『魔界』へ空間つなげるんだろ」

「あ、それでしたら、あたくしがやりますわ」


 言って、デイジー=ローズはその手に持った杖を横にないだ。空間に切れ目が入る。


「ここはあたくしが開いた空間。あたくしがやるのが一番手っ取り早くてよ」


 空間の切れ目から光がもれたかと思うと、やがてそこがパックリ割れた。


「おお、サンキュな、佳子」

「いえ、お安い御用ですわ」


 ぽっ、と頬を赤らめる。


「…………。じゃ、そゆことで」


 見なかったことにして悠はブルートレイン号にまたがり、空間の裂け目を通った。


「あ、お待ちになって」


 続いてデイジー=ローズも。


「…………。やっぱ、あのデイジー=ローズって魔法使い、悠さんのこと好きみたいだな」

「みたいね。…………なんて判りやすい」


 はぁ、とため息をつく由乃と俊樹。


「どうする? あんたも『魔界』に行く?」


 由乃は俊樹にたずねた。


「こうなったら、どこまでもついていくよ」


 迷うことなく、俊樹は答える。その顔にはやはり苦笑が浮かんでいたが、それになんだかほっとして、由乃もまた微笑んだ。



第四話 Fin.


エピローグ、本日夜にUPします。

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