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魔法屋日和  作者: 香山なつみ
本編
20/25

第四話「決戦は八月にやってくる」その4

「どわっっっ!?」


 ズルッ!


「ここから落ちたら死ぬわよ、あんた」

「平然と言うな」


 俊樹が非難の声をあげるが、由乃はこれっぽっちも気にしていなかった。


「うー〜ん。絶景ねえ……。ねえ、俊樹?」

「今のオレに景色を楽しむ余裕はない」


 しみじみと言う由乃に対して、俊樹は汗がだらだら流れている。


「俊樹って高所恐怖症?」

「…………それ以前の問題だろ?」


 そう、今二人のいる所は、相河家の屋根の上だった。

 相河家は三階建て(+屋根裏)である。

 生まれてこのかた、俊樹は屋根に登ったこと、いや木登りすらしたことがなかった。はっきり言って手つきが危なっかしい。


 そんな彼とは対照的に、由乃は屋根の上に立ち、ポケットに入れていた、フェルトの袋をさかさに振る。

 青い砂のような何かが、風に舞い、灰と混ざることで宙に解けてゆく。それに重なるように、由乃の長い呪文が風に流れる。

 プラチナブロンドが朝陽に煌めき、薄いアメシストの瞳が複雑な光を返す。その姿は神秘的な雰囲気に包まれていた。

 思わずみとれてしまう程に。


「――終わったわよ」

「えっ?」

「みんな元に戻ったわよ。って、あんたちゃんと見なさいよ」

「あ、あぁ……悪い」

「って、別に謝らなくてもいいんだけど――」


 由乃の言葉がふいに途切れる。目線が俊樹の背後に移り、目つきが厳しくなる。

 俊樹が振り向いた先には、予想通りヤツがいた。

 銀褐色の髪と瞳をもつ使い魔。


「今日は、最初からアナタなのね」

「その表現は正しくない。前にも言った通り、私と『灰』は同じ存在だ」


 額にある碧の石は、彼が偽りの身体を与えられた証。


「あれほど大勢を操るには、『灰』のままでは力不足だからな。しかし、さすがと言うべきか……」


 カイ=アッシュは、フッと外の様子を見る。

 今まで止まっていた町の住民は、何事もなかったかのように再び動き出していた。


「あら、ほめてくれるの?」

「ああ、もちろんだとも。こうでなくては、主もつまらないだろう」

「主、ね……。――ねぇ、カイ=アッシュ。ひとつだけ教えてほしい。あなたどうして、あんな魔女の使い魔なんてやってるの?」


 ずっと考えていた疑問だった。

 デイジー=ローズとカイ=アッシュでは、どう見ても後者の方が〈力〉が強い。灰とカイ=アッシュ、二つの姿を持っているのは、おそらくデイジー=ローズの実力ではカイ=アッシュの姿を維持できないからだろう。

 カイ=アッシュのような、元は精霊だったモノに実体はない。ただあるように見せているだけで、言ってみれば、灰の姿は省エネ型みたいなものといえる。


 ――そう、本来の〈力〉が発揮できない姿だ。それをわざわざとってまで、なぜカイ=アッシュはデイジー=ローズの従者でいるのか。

 どうしても納得がいかなかった。


 まっすぐ見つめてくる由乃を、カイ=アッシュは冷たく見下ろしていた。

 なぜそんなことを答えなければならない?とでも言いたげな眼差し。

 しかし頭の中は裏腹に、八年前のあの光景が思い出されていた。


 あの時は……そう、逆に自分は見下ろされていた。

 灰の舞う中、一人の女が涙を流している。

 まだ精霊だった自分。本体である木がほとんど燃え尽き、このまま消えていくかと思われた時、彼女が現れた。

 そして―――


「……あたくしの使い魔になりなさい」


 ――と。

 誰からも気にかけられることがなかった自分。このまま、誰に知られるともなく、悲しまれることもなく、消えていくと思っていた。


 それなのに―――。


 彼女の涙が精霊の額へ落ちる。

 それは宝玉へと形を変え、今もこの額にある。

 誓いの印。

 以後、主に仕え、この身を捧げる証。


 どこが良かったのかと問われれば、その冷たい言葉の奥の優しい心だろう。

 痛いまでに一途な想い。

 それに精霊は惹かれた。

 この時からもう、自らの意志で彼女に仕えることを選んだのだろう。

 そしてその想いは今、契約以上の行為を生むまでになっている。


「――そんなこと貴様には関係ないだろう」

「…………」


 予想通りの答えに肩をすくめる由乃。

 俊樹の存在を完全に無視し、カイ=アッシュは由乃に手を差し伸べた。


「主が待っている。再び刃を交える時がきたのだ」



***



 ――俺、『魔法屋』ってキライなんだよね。


 そう、彼は言った。


 ――だってそうだろ? なんで親が魔法屋なだけでその子供まで魔法屋にならなきゃいけないんだ? 親は親、子は子だ。俺は、自分のやりたい道に進む。だから。


『だから』。どうしてこの接続詞が出てくるのか。彼女にとって、それは生涯で一番の謎であった。


 ――だから、婚約は解消させてもらうよ。


 そして、その言葉が、それからの彼女の運命を大きく変えたのだった。



***



「――ようこそ。あたくしの異空間へ」


 と、デイジー=ローズは実に優雅な礼をとった。


 セリフ通り、今現在カイ=アッシュに案内された由乃と俊樹、そして呼んだ張本人であるデイジー=ローズ達がいる所は、異空間だった。

 様々な色や形の不思議な物体が徘徊し、もやもやとした霧みたいなものにさえぎられて、どこまで空間が続いてるのか判らない。


「ふん。なーにが『あたくしの異空間』よ! そう言ったらわたしがビビるとでも思ったの? こんなの次元と次元の狭間にある亜空間にしか過ぎないじゃない。ま、オバサン魔法使いにはこれがせいぜいでしょうけど」


 デイジー=ローズの眉がピクリと歪む。図星だったのだ。


「確かに、ここは次元と次元の狭間に過ぎないわ。それを見抜いたことは誉めてあげてよ」


 前回以上に派手になった衣装に身を包み、デイジー=ローズは杖の先端を由乃へと向ける。

 由乃も構え、戦闘体勢に入る。


 油断はできない―――


 たとえ次元と次元の狭間であっても、ここまで道を繋ぐことは容易ではない。それほどデイジー=ローズは手強い敵なのだ。

 二人の間に緊張が走る。


 それを解いたのはデイジー=ローズの方だった。

 デイジー=ローズの怪しげなドクロの形をした杖から赤黒い炎が出、由乃に向かう。が、由乃はそれをさらりとかわし、お返しとばかりに青白い光の球(に俊樹には見えた)をデイジー=ローズへ向かって放つ。デイジー=ローズはそれを自らの魔力をぶつけることによって相殺し、また新たな火炎弾を繰り出す、というような攻防を見て俊樹いわく。


「はー……、すっげ――……」

『すごい』の一言で片付ける俊樹もある意味すごかったが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 ぼーっと傍観を決めこんでいる俊樹に、カイ=アッシュがその低い声で背後から言った。


「ほうけている場合ではない」


 そのてのひらに光を集める。


「貴様の相手は私だ」

「…………まじで?」

「冗談を言ってどうする」


 俊樹がこちらを向いたのを確認した上で、魔法弾を放つ。光の軌跡を描くそれは、俊樹の目の前でパアンッとはじけて消えた。


「……やはり、貴様には魔法が通じないようだな」

「らしいな」


 こういう時にしか役に立たないけど。

 あくまで内心のつっこみは忘れない俊樹であった。が、何度も言うようだが今はそんな悠長に構えていられる時ではないのだ。


「ならば、これはどうだ?」


 と、今度はてのひらに風を集めだす。それが衝撃波だとすぐに悟り、俊樹はとっさにその場を離れた。刹那、今まで俊樹のいた場所の霧が一瞬で晴れた。


(…………おいおい、マジかよ)


 背筋に寒いモノが走るのを感じた俊樹は、それからカイ=アッシュの放つ衝撃波を勘のみでよけていく。

 しかし、俊樹の息が切れていくのに比例して、カイ=アッシュの衝撃波を放つ間隔も、だんだん短くなっていった。



***



「――きゃっ」


 と、意外にも可愛らしい悲鳴を上げて、デイジー=ローズは後ろにずざーっとすべった。

 どうやら正面から由乃の魔法をまともにくらったらしく、両腕につけているこてらしきものからは、うっすらと煙が上がっていた。


(な、なんなのこのコ……。封印を解いただけで、こんなにも力が上がるものなの?)


 はるか三十メートルほど向こうに立つ、プラチナブロンド、アメシスト色の瞳をもつ少女を見つめ、彼女は(――いいえ)と心の不安をとりはらう。


(そんなことはないわ。封印はあくまでその人が潜在的な力を制御できるようになるまでの一時的なもの。封印を解けるようになる頃には、表面に出ている力もそれなりに大きくなっているはずよ。その状態で封印を解いても、さほど魔力に大差は出ない……。となると――)


「――あなた。まだ自分の力をコントロールできないのじゃなくって?」


 そう結論出して、デイジー=ローズは自らの長い茶の髪をばさっと後ろに払った。


「余分に力が拡散されていてよ」

「……確かに。そうかもしれない」


 素直に認める由乃。


「でも、そんなこと言ってていいの? ――押されてるくせに」


 とは言ったが、由乃にとってそれはハッタリの言葉だった。


 確かに、今の状況では由乃に分があるだろう。


 しかし、デイジー=ローズの言葉通り、由乃はまだ自分の力を制御しきれていないのだ。魔法を放つ度、解放された自分の魔力を制御しきれずに、今にも爆発しそうになる。

 しかも、視界のすみに、カイ=アッシュの攻撃から必死で逃げ回る俊樹の姿が映って、上手く集中できないのだ。


(長期戦になるとヤバイ……)


 そう思って、由乃は新しい呪文の詠唱に入った。




 今考えてみれば、その時自分はなぜ彼を止めなかったのか。

 なぜ、あんな中途半端な理由ではなく、きちんと納得のいく答えをもらうまで、食い下がれなかったのか。

 いや、彼の口から一言、「きらいだ」と言われさえすれば、彼女はそれを過去にしてしまえたのに。

 現在、こうして魔法屋を憎まなくても良かったのかもしれないのに。


(どうして……?)


 なぜか自らの過去を振り返っていた彼女は、衝突まであと一メートル、というところでハッと我に返った。――が、気づくのが遅かった。青白い光の球は、なんの抵抗もなくデイジー=ローズに命中し、彼女はそのまま後ろに跳ね飛ばされる。

 しりもちをついたデイジー=ローズの前に立ち、由乃は言った。


「……勝負あったわね」



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