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魔法屋日和  作者: 香山なつみ
本編
19/25

第四話「決戦は八月にやってくる」その3

 由乃の目線を追い、悠は振り返った。


「お、俊樹」

「ど、どうも。こんばんは、悠さん」


 小走りに駆けてきたらしく、俊樹にしてはめずらしく息が切れていた。

 そんな俊樹の肩に手を置き、悠はさらりと言う。


「ちょーどいい、俊樹。俺、これから『魔界』行くから、お前あと――」

「ちょっと、悠兄ちゃん!」

「どうした?」

「どうしたじゃないわよ。俊樹はもう――関係ないって言ったでしょ」


 ズキン、となぜか胸が痛んだ。


 俊樹の顔が見れない。

 自分で決めたはずなのに、由乃の心には後悔の念が宿っている。

 だが、それよりも―――


「これは、何も知らないあんたが口をはさんでいい問題じゃないの」


 ―――巻きこみたくない。


 その気持ちの方がはるかに大きかった。

 もう、これ以上苦しむ俊樹の姿を見たくない。

 顔をふせ、歯をくいしばって涙をこらえる由乃に、俊樹は予想外のことを告げた。


「だからこそ、教えてくれよ」


 驚いて由乃は顔を上げる。

 俊樹の瞳が視界に入り、由乃の目が大きく開かれた。

 あせって来たからだろうか、俊樹の左眼には今、黒のカラーコンタクトは入れられていない。

 薄茶の瞳は今、月の光に淡く輝いている。


「今、何も知らないなら、これから知ればいい。そうだろ?」


 俊樹の言葉に迷いはない。

 その姿は、人と関わりあうことを避けていた頃とは違う。

 由乃と出会い、関わっていくうちに俊樹の中で何かが変わっていった。


 人と関わり、拒絶されるのは今でも怖い。


 けれど、それ以上に関わりをもたない方が寂しいことなのだと、ようやく気づいた。

 そして今、自分に何ができるのか。

 俊樹は自分なりの結論をすでに出していたのだ。


「………どうして判ってくれないの?」


 つぶやく由乃。

 今にも泣き出しそうな表情で、半ば吐き捨てるように言葉を継ぐ。


「これ以上関わったら、もう後戻りできないのよ? 前はあれだけで済んだけど、次はどうなるか判らない。いくら俊樹が魔法絶縁者でも、ヘタすればケガだけじゃ済まなくなるわ。だから―――」


 だから、由乃は俊樹を突き放したのだ。

 全てを知ってしまえば、ただじゃ済まなくなるから。


 細かく震える由乃の肩に、悠は優しく手を置いた。

 涙を見られたくなかったのか、由乃はそんな悠の胸に顔を寄せる。

 嫌がる素振りなど微塵も見せず、由乃を抱き寄せる格好で悠は俊樹の方を向いた。


「ま、そーいうワケだ。由乃は、もうこれ以上自分のせいでお前が傷つく姿なんて見たくないんだよ」

「………せいだなんて思わない。オレは、オレの意志で行動してるんだ。お前のせいなんかじゃない」

「それが由乃の望みじゃないとしても?」

「それは………」

「魔法屋はお前が思っている以上に厳しい仕事なんだよ。ただでさえ魔法士は危険な厄介事に関わりやすい。その中でも、魔法屋はその役目上生命の危機にさらされることもある。……それでも、ひく気はないか?」

「悠兄ちゃん? 何を……」

「選ばせてやろうぜ、由乃。元々アイツを巻きこんだのは俺たちなんだ。抜けるかどうかくらいは、俊樹が決めてもいいだろう?」

「…………」


 由乃は押し黙った。

 悠の言っていることに間違いはない。

 だからこそ、反論できなかった。


「無言は同意ととるぜ。―――さぁ、俊樹。どうする?」


 ニッと笑んで、悠は俊樹に向き直った。


「これから先に起こることの保障はできない。のるかそるかは、お前次第だ」


 夏の夜風は肌に心地よく、三人の髪を優しく揺らす。

 三者三様の色、心のカタチ。

 それが今、交わろうとしていた。


 俊樹の心は決まっている。

 悠ではなく、由乃をまっすぐ見すえ、俊樹はゆっくり口を開いた。


「オレは……」


 この時なぜか、由乃の姿がひどく小さく見えた。

 身長差だけではなく、存在感。普段あれほど勝気な由乃を見ている分、今目の前にいるのは本当にあの由乃なのだろうか? と思えてくる。


 そして同時に、今までなかった感情が湧きあがってきた。

 それはある種、有希に対する感情に近いかもしれない。

 違うとすれば、その温度。


 それを何と呼べばいいのかはまだ判らないけど……―――


「ここまできたからには、のるよ。お前って、危なっかしくて放っておけないからな」


 俊樹の顔に自然と笑みがともる。


「「あ」」


 突如ハモった由乃と悠。


「ん? 何だよ」

「いや……なぁ、由乃」

「うん。俊樹が笑ったトコなんて、初めて見た……」


 心底驚いた口調の二人に、俊樹は首をかしげた。


「そうか?」

「うん。いっつもこんな顔してるじゃない」


 と、由乃は眉間にしわを寄せ、「こんな顔」を作ってみせる。


「おぉ、似てる似てる」


 ぷっ、と吹きだす悠。


「そ、そうか?」

「ほら、今の顔。そっくりだよ」


 ニッと笑み、悠は由乃の頭にぽん、と手を置いた。

 目元に宿る光が優しさに変わった。


「それじゃな、由乃。俺そろそろ行くわ」

「え、どこか行くんですか? 悠さん」

「あぁ。ちょっと『魔界』までな。――あ、言っとくけどパチンコ屋じゃないぜ。さすがの俺でもこんな時にのんきに遊んでるワケにいかねーからな」


 苦笑して、悠は静かにまぶたを閉じた。

 意識を集中させ、〈力〉を指先へと集める。


「悠さん……?」

「シッ。静かに。集中を乱したらダメよ」


 由乃の言葉に俊樹は大人しく従う。

 俊樹の目の前で、悠はまるで別人のように、真面目な表情をしていた。

 こうして見ると、やはりその整った容姿が目につく。魔法士というのは皆、このように綺麗な姿をしているのだろうか?

 とにかく普段とのギャップに、俊樹はただただ感心していた。


 悠は口の中で呪文を唱えながら、青白く光指先で空中に〈扉〉を描いていく。

 人一人が軽く通れる大きさ。

 光の軌跡を残すそれは、空間がつながった証。

〈扉〉の向こうは、もはやこことは異なる場所になる。

 早い話、ドラ○もんのど○でもドアである。


「やっぱ……すごいな」


 ぽつりと言葉をもらす由乃。


「何がどうすごいんだ?」


 素朴な疑問に、由乃は大きな憧れと少しの妬みが入り混じった言葉を返す。


「空間をつなげるってね、次元を変化させることだからすごく難しいことなの。その分〈力〉の消費も激しいし、一般の魔法士だと、何か道具を使わない限り、とてもじゃないけどできない。ましてこんな短時間で、なんて……」


 だからこそ悠は敬意をこめて次元士と呼ばれているのである。


「………へぇ」


 どこ○もドアがねぇ、という感想を抱いたその矢先。

 なんと悠はいきなりその〈扉〉を蹴り飛ばしたのだ。

 パコッ、と小気味良い音がしたかと思うと、〈扉〉は向こう側にあっけなく倒れた。〈扉〉の向こうには密林が広がっている。


「な、なな何やってんスか悠さん!?」

「え? 何、って―――」


 蹴り倒した〈扉〉と俊樹を交互に見やり、悠は平然と言い放った。


「見ての通り、〈扉〉を開けたんだよ」


 正確には無理矢理蹴り倒した、である。


「じゃなきゃ向こうにいけないからな」

「そ、そういうことを聞いてるんじゃなくて……」

「? じゃ、なんだよ」

「いや、だから……―――そうだ、お前ならオレの言いたい意味判るよな」


 と、由乃へ話を振る俊樹。

 返ってきた答えはというと。


「え? いつも、こういう風に開けてるの見るけど……?」


(予想はしてたけどやっぱりかちくしょう!)


 なぜだかむしょうに泣きたくなった。

 一人悶える俊樹をよそに、悠は用意しておいたママチャリにまたがった。


「んじゃ、行ってくる」

「気をつけてね。悠兄ちゃん」


 メッセンジャーバッグを背負うその姿は、なんとなく自転車便の配達員を彷彿とさせる。


「出発進行―――!! ブルートレイン号ッ!!」


 そんなかけ声とともに、悠は〈扉〉をくぐる。〈扉〉はまもなくフッと消え去った。

 一緒に暮らし始めて四ヶ月。

 由乃は、悠の青いママチャリが、元国鉄の某寝台特急と同じ名だということを、今始めて知ったのだった。



***



 次の日の朝。


(――ついにきた…………)


 それはデイジー=ローズからの再戦の申しこみ。

 由乃は自室からそれを見ていた。ガラス越しに映る、一面の濃い霧――いや、灰を。それはもう、町全体を包みこんでいた。


「わたしがイヤだと言ったら、『町の人達がどうなっても……――』とでも言いたいのかしら?」


 ベランダに続く窓ガラスに身を傾け、その視線は灰をにらみつけたまま、悪趣味、とつぶやいた。

 由乃は感慨にふけっている中、ふと下の方を見ると相河家に向かって、誰かが走ってくる。


 あ、俊樹。


 思うと同時に体が動く。小走りで玄関まで降りていった。




 ガチャッ――


 開けると同時に俊樹は玄関にすべりこむ。

 それと同時に、由乃は再び玄関のカギを閉め、魔法で封印した。

 俊樹の方に振り返り、いまだ息切れしている彼に、由乃は靴箱の上に置いてあるスプレー缶をつきつけた。俊樹が気づいた時には、すでにスプレーはまかれていた。まともにそれを吸いこんでしまった俊樹は、「ゲホゲホゴホッ」と苦しそうにせきこむ。

 ちなみに、由乃の口にはちゃっかりとハンカチがあてられていた。


「ゲホッ……な、何すんだよ!!」

「悠兄ちゃん作マル秘アイテム、魔力分離分散液アレンジバージョン」


 スプレー缶を指差す由乃。


「あんたの服についてた灰をおとしたのよ。灰はカイ=アッシュの魔力………まあ、あいつの体そのものでもあるけどね」

「ゲッ!?」


 その言葉を聞いた俊樹は、何か変なことを想像したのか、あわてて服をはたいた。すでに灰はスプレーで消えた後であるというのに、こういうところは変に几帳面である。

 そんな俊樹を尻目に、由乃は階段を上がろうとして、ピタッ、と止まる。


「そーいや俊樹。息切らして走ってきたってことは、あんた何かわたしに言うことあったんでしょ? 何?」


 その言葉に、俊樹ははっとした。


「そ、そーなんだ。有希が変なんだ! いや、有希だけじゃない! なんか、みんな変なんだ!! みんな動かないんだよ。……まるで、時が止まったかのように!」

「!?」

「みんな今にも動きそうな形で止まってるんだよ。有希は朝メシ作ってるままの姿で止まってたんだ…………だから、オレ、またなんかあったんだと思って外に出たら、案の定みんな止まってたよ。ジョギング中のおっさんとか、犬の散歩中の人とか……。あれ、一体どうなってんだよ!?」


 その言葉を聞いて、由乃は頭を抱えた。そして独り言をつぶやきながら考えこむ。


「ウソ……? 時間魔法まで使えるの、カイ=アッシュは? …………ううん。そんなハズない! いくらあいつでも時間魔法までは……」

「お、おい」

「時計は動いているから、空間全体で時間が止まったわけじゃない」

「オイ」

「つまり、この町の住人は、体内に灰を入れてしまったから、動きを止めた……ということか」

「……話はまとまったのか?」

「あ、うん。たぶんあいつの本体である、この外に充満してる灰を体内に入れてしまったからだと思うの。それを触媒にして、ヤツの魔法で操っているのと同じ状態なのよ。ま、人質のようなもんじゃない?」

「お前、そんなサラリと……」

「モチロン、みんなを助ける方法はあるわ」


 にぃっと口の端をつりあげる由乃であった。



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