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魔法屋日和  作者: 香山なつみ
本編
18/25

第四話「決戦は八月にやってくる」その2

 夏休みに突入し、すでに八月になっていた。

 魔法使いとの対決の晩から二週間がたった計算になる。

 そして、由乃とはあれっきり会っていない。


「なー、有希。俊樹のヤツどうしちまったんだ?」


 珍しく二人の休みが重なったこの日、竹田は上原家へ遊びに来ていた。

 リビングでくつろぐ竹田に、有希は「ハイ」とよく冷えた麦茶を出す。


「さぁ? あたしもよく判んないのよね。俊樹、何も言ってくんないし……」

「由乃ちゃんに聞こうにも、終業式なんでか学校来てなかったしなぁ」

「そうなのよねぇ」


 うーんと頭をひねる二人。

 と、そこへ二階から俊樹が降りてきた。

 パジャマ姿のところを見ると、どうやら今起きたところらしい。


「……お、竹田か。おはよ」

「おはよ、じゃないわよ俊樹。今何時だと思ってんの?」

「うっせーな有希……。休みなんだしオレの勝手だろ」


 あくび半分で言いつつ、リビングのテーブルの上を見、冷蔵庫を開ける。


「……あれ? メシは?」

「昼過ぎまで寝てるようなヤツに食べさすご飯なんてないわよ」


 さらりと有希。


「悪ぃな、俊樹。俺食った」


 全然悪びれずに竹田。


「えぇ? ……あぁ、もうだりぃな……」


 踵を返し、部屋へ戻ろうとする俊樹。


「ちょっと俊樹。今日はどうすんの?」

「………寝る。夕飯できたら起こしてくれ」

「もう! 寝てるだけの人にはご飯ないって言ってるでしょ」


 さすがにムッときて言った有希の言葉にも、俊樹は力ない言葉を返す。


「あぁ……じゃ、いいよ。いらない。オレ寝てるから」

「ちょっと俊樹!」

「うっせーな!!」


 どなってから、俊樹はハッとしたように我に返った。

 場の静寂が心に痛い。

 実にバツが悪そうに、力ないつぶやきを残した。


「―――もう、ほっといてくれよ……」

「…………」


 これにはさすがの有希も何も言えなかった。

 俊樹の部屋の扉が閉じる音が聞こえてようやく、竹田が口を開いた。


「ずっと、あんなカンジか?」

「………うん」

「やっぱ……学校のはカラ元気だったか」


 最近の俊樹はどこか変だった。といっても、それに気づいたのはごく一部の者だけだろう。

 何かが違う、でも何が違うのかと問われてもはっきりとした答えがない、そんな小さな違和感。

 それに気づいたため、竹田はせっかくの休みをつぶして上原家に来たのだった。


「これはやっぱ……由乃ちゃんがらみか」

「そう見るのが妥当よね」


 意見が一致したところで、実にタイミングよく竹田の腹の虫が鳴った。


「あ、悪ぃ」

「いいよ」


 くすくすと笑う有希。


「お腹減ったんなら、プリンでも食べる?」

「え、マジいいの? お前が作ったやつ?」

「もち」


 Vサインをしてみせる有希。呆れてるんだか感心してるんだか判らない口調で続ける。


「竹田、プリン好きだよねー。顔に似合わず」


 くすくすと笑う有希に、


「ほっとけ」


 と、竹田は少しふてくされたように言った。




 その日の晩―――


「俊樹、入るよ」


 夕飯をお盆に乗せ、有希は俊樹の部屋の扉を開けた。


「俊樹、寝てるの?」


 部屋の中は真っ暗なため、俊樹が今どんな状態か判らない。

 遮光カーテンもこういう時は不便だ。


「――有希か」

「!」


 いきなり声をかけられ、あやうくお盆を落としそうになった。体勢を立て直し、電気をつけ、机の上にお盆を置いた。


「もう、起きてるならちゃんと返事してよ」

「……まぶし。それは?」


 寝転んだまま目で聞く俊樹。

 有希はそんな俊樹の横に座り、答える。


「夕飯。食べるでしょ?」

「……サンキュ。でも、いいよ。食欲ないし」


 言って寝返りをうつ。

 そんな俊樹を横目に見ながら、有希は誰に言うともなしにつぶやく。


「…………高城」

「あいつから連絡あったのか!?」


 ガバ、と起き上がる俊樹。


「――と、何かあったみたいね」


 えたり、とばかりに有希。


「…………てめ」


 ハメられた俊樹は有希をニラむが、有希にそれを気にする素振りはみじんもない。

 笑みを消し、真面目な表情で「ねぇ」と口を開いた。


 ――有希のこんな表情を見たのはどれくらい振りだろう。


「高城と……何があったの?」

「…………」


 無言だったが、俊樹は有希から目を外さなかった。


 ――否、外せなかった。


 例の左眼がうずく。

 前に有希とこんな話をしたのは――そう、あれは確か中学に上がる頃。

 あの時も、こんな泣きそうでいて、それでいて意志の強い瞳をしていた。

 そして、ひたすら謝っていた。

 小学校での仕打ち。あれは到底許せることではない。けれど――憎むことはできなかった。

 あれが、本心からの行動ではないと判っていたから。

 そうするしかないことも、痛い程理解できたから。


「黙ってないで、何か言ってよ」


 シーツをつかむ有希の手に力が入る。


「……約束、でしょ? 何でも言うって。隠し事しない、って……」

「…………」

「あ、隠し事してたあたしが言うべきことじゃないけどさ。でも、なんかね。やっぱ……俊樹がこんなままなの耐えられないよ」


 そうして見てる方が切なくなる笑みを浮かべる。いっそ泣いてくれた方がまだマシだな、と俊樹はしみじみ思った。


「……なんてカオしてんだよ」


 ふに、と有希の両頬をひっぱる俊樹。

 それでようやく二人の顔に笑みが戻った。


「アイツが魔法屋してる、ってのは有希も知ってるだろ?」

「あ、うん。助けてもらったしね……まぁ、具体的に何してるのかはよく判んないんだけど」

「そう。それでこの前、あいつ大ケガしたんだよ」

「それって……二週間くらい前? 俊樹が夜中帰って来た時?」

「あぁ」


 うなずいた俊樹の言葉に、ようやく有希は納得した。

 だから高城、終業式に来なかったのね。


「で、それでオレ、なんでこんな目にあってまで魔法屋をしてるんだ、って問い詰めたら……」


 そこで一旦言葉を切って、俊樹は視線を落とした。

 今思い出しても胸が痛い。


 どうして、アイツの一言がこんなにひっかかるんだろう?


「部外者は邪魔だ、って……これからはちゃんと言うって言った矢先にだぜ? 今までも、『また今度』を連発してて。だから……もう、いいんだ」

「俊樹……」

「もう、ふっきれたから……っいでででで!」


 力なく笑う俊樹の頬を有希はつねりあげた。


「なーに失恋した小娘みたいなこと言ってんの!」


 もっともであった。


「いい? 俊樹。もういい、なんてセリフはやれること全部やった人だけが言うことができるの。俊樹あんた、どーせ何の事情も聞かずに『勝手にしろ』なんて言って出てったんでしょ」

「う」


 図星だった。


「それだったら、もう一回ちゃんと話しといで。判ってるつもりでも、他人の本心なんて案外判んないもんよ」


 ね? とまるで子供に諭すように微笑んでみせる。

 低くも高くもない、耳に心地良い声。

 有希の言葉は不思議にすんなり心の中に入っていく。


「きっと、高城なりの事情があったのよ。そうじゃなきゃ、あのコがそんなこと言うなんて考えられないもの。……それは俊樹の方が良く判ってるんじゃない?」



***



 夜―――

 静寂の時が訪れる。

 闇が昼の騒がしさを飲みこみ、異様な静けさがそこにはあった。


「気をつけてね、悠兄ちゃん。あそこ……特に『魔界』のまわりの森。一日中薄暗くて……カシの木とクヌギの木がしゃべってたよね……」

「俺はウシガエルに逆ナンされて……由乃、お前はハエトリグサにチカンされかけてたよなぁ……」


 二人して遠い目をしている。どことなく背中に哀愁を漂わせていた。

 今は廃止された「魔法の動植物実験」の被害者であるあわれな動植物が逃げだして、その森に住みついたのが理由であった。いまや被害にあっていない魔法士は一人もいないという。

 ガレージから愛用のママチャリを外に出している悠の後ろ姿を見ながら、由乃はふと俊樹のことを思い出す。


 あれ以来連絡のない彼。

 由乃の思惑通り、もう二度とここに来ることはないだろう。

 そしてもう二度と巻きこまなくて済む……―――。


(そう、自分で決めたことなのに……)


 自らが招いた結果なのに、由乃は満足できないでいた。

 そんな由乃に悠が心配そうに声をかける。


「今から『魔界』に、デイジー=ローズのことを報告に行くけど、本当に一緒に行かないのか? 由乃」

「心配しないで、悠兄ちゃん。近い内にかならず、デイジー=ローズと再戦する時が来るわ。でも、その時わたしがいなかったらあのインケン魔女何するかわかったもんじゃないからね。だから、わたしはここに残るわ。そのために、ムリして傷も直したんだもの」


 ニコッと微笑む由乃。その髪に手を触れながら悠はつぶやく。


「大丈夫。お前は三百年に一度の天才だ。魔法使いなんかに負けやしねーよ」

「魔力を使いこなせたら、の話でしょ」


 悠は、口元に由乃の白金髪をよせ、顔をのぞきこむ。

 由乃は、そんな悠から目線をそらし、自嘲めいた笑みを浮かべた。


 産まれた時、由乃は組合の者に、三百年に一度の逸材だと言われた。

 なぜなら、彼女は生まれた時から、髪や瞳の色が今と同じだったからだ。生まれた時には、すでに組合を造った最初の魔法士―始祖―に近しい姿をもっていたのである。

 実力があればあるほど、始祖の姿に近くなる。その実力は、計り知れないものがあった。だが、大きすぎる力故に由乃は自らの力を使いこなすことができなかった。


 魔力はよく河川にたとえられる。

 魔力の波は人それぞれ、個人差というものがあり、それはゆったりとした運河のようなものから、ささやかな小川まで様々な河でたとえられる。

 由乃の魔力の波は、あらぶる山脈の激流のようなものだ。

 その流れをかえることは容易ではなく、ヘタに手を出せばかえって自身が傷を受ける時もある。そしてそれは時に他の者にとっての脅威ともなる。

 コントロールがきかないとは、そういうことなのだ。

 それを防止するための手っ取り早い方法。

 それは水源を塞いでしまうことだ。いくら激流といえど、水源にそれほどの威力はない。石で塞げてしまう。だが完璧に塞がることはない。激流の代わりに、そこからはなけなしの湧き水が次から次にわいてくる――


 それが、今までの由乃の状況だったのだ。

 次に石をどける、つまり〈封印〉を解くのは、身体的にも精神的にも大人になり、すべてを受け止めることができる時――

 そのはずだったのだ。

 激流をおだやかにするには、その川の道を広げてやればいい。道が広がれば、その分だけ威力が落ちる。道を広げる=心を広くすればいいのだ。

 そう、魔力の波とはすなわち人の心に左右されるものなのだ。つまり、由乃はそれだけ心の狭い人間なのである。

 心を広くする……。おそらくそれは大人になるということなのだろう。

 でも、わたしはまだ大人にはなっていない。まだまだ子供のままだ。そのことを認めるのはつらかった。


 そんな由乃を悠は優しげな瞳で見下ろす。

 まだ共に暮らして四ヶ月になるいとこを。

 それまで会ったことのなかったいとこを。

 魔法屋というものにムダに反発していた昔の自分。

 初めて会った時、天地がひっくり返ることとと同じくらい驚いたのを今でも覚えている。

 今まで自分が嫌悪し、畏怖してきた名は、今では目の前にいる、小さな愛らしい少女の名だったのだ。

 素直で自分に正直な少女。

 自分とは違って心が真っ白で穢れを知らない少女。

 彼女は判っているのだろうか? 大人になるという本当の意味を。


 まだまだ子供。

 そう思っていた。


 だが昨夜、悠は由乃のケガに魔法をかけたが、ダメージが大きすぎて完全に回復させるのは無理だった。

 その後意識を取り戻した由乃の手によって、傷は完璧に癒えた。

 少しずつだが、魔力の水流をコントロールできるようになってきたのだ。

 そして悠は知ったのだ。目の前にいる少女もいつしか女性となっていくことを。


 だが、彼女はどこまで白くいられるのだろうか?


 そんな想いを打ち消すかのように、由乃の頭に悠はぽんと手を置いた。


「大丈夫。自分の力を信じろ。信じなければ何も始まらない」

「――……うん」


 うなずく由乃。

 魔力の波は心とともに。

 荒れるのも凪になるのも己の心しだい。


「信じるよ……わたし、自分の力を信じる。これ以上、悠兄ちゃんを心配させちゃダメだもんね」


 精一杯の強がりだった。だが言葉にしたことで気持ちを切り替えることができる。


「そーゆーこと。頑張れよ」


 力強く微笑んでみせる悠。

 それは常に浮かべている不敵な笑みでなく、純粋な彼自身の笑みだった。

 つられて由乃の顔にも笑みがともる。


 ――が、通りの向こうからやってきた人影に気づき、その表情は驚愕に変わった。


「……なんでアンタがここにいるの……?」



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