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魔法屋日和  作者: 香山なつみ
本編
16/25

第三話「荒れ狂う七月の夜」その5

「……後でちゃんと話すから、アンタは後ろに下がってて」


 事態の説明を求める俊樹を黙らせ、由乃はものすごい剣幕でデイジー=ローズをにらみつけた。

 全身がひきつるように痛む。


(……どこかの骨、折れてるわね)


 冷静にそう判断した由乃は、赤い錠剤を一つ取り出し、口に含んだ。全身の痛みがやわらいでいき、由乃はゆっくりと立ち上がる。


「あら、やっと本気を出してくださるのかしら?」


 デイジー=ローズの皮肉に、由乃は静かに答える。


「ホントは、ドーピングなんてしたくなかったんだけどね。でもま、こう痛くっちゃあ、なんにもできないし、ね!!」


「ね」のところで、由乃は俊樹をデイジー=ローズめがけて突き飛ばした。

 本当に手段を選んでいなかった。


「でええええぇっ!?」

「なっ!?」


 何の予告もなく突き飛ばされた俊樹は、すっとんきょうな悲鳴を上げ、不意をつかれたデイジー=ローズにすきができる。


「今っ!!」


 由乃は、左手首につけた銀のバングルに向け、右人差し指と中指で五芳星を描く。光の軌跡を残し、それはバングルに吸い込まれていった。

 青白く輝きだしたバングルを掲げ、由乃は願う。


 ―――――強く。


『汝が眠りを解放せよ――――封印解除!!』


 ズガアアァン!!


 強大な音とともに、周囲に砂煙が巻き起こった。

 由乃の左手首から銀のバングルがすべり落ちる。


(――身体が熱い……)


 砂煙の中で、由乃はなぜか幼い頃の自分を思い出していた。

 今以上に幼く、魔力のコントロールができなかった自分―――。

 その頃からすでに、左手首にバングルをつけていた。

 それでいて、うまく魔力を制御できないことが、くやしくて――情けなくて……。


(最近になって、ようやくうまく扱えるようになったんだよね……)


 修行のたまものである。

 けれど、封印を解くとなると話は別だ。

 由乃には自らの膨大な魔力を支える器がまだない。

 実力も、経験もこれからなのだ。


(でも―――)


 今解かなければ、いつ解けるというのだろう。


 今、この時、由乃は強い〈力〉を欲している。

 そしてその〈力〉は、自分自身の内に秘められていた。

〈封印〉という、開けてはならないパンドラの箱の内に。


「――――光よ!」


 左手を掲げ、由乃は〈力〉を集める。

 いつもより強く、密度の濃い〈力〉。

 少しでも油断すると、自分自身が押しつぶされそうになる。

 今制御できるであろうぎりぎりの〈力〉をため、由乃は〈光〉をデイジー=ローズがいるであろう方向へ放つ。


 ―――――一閃。


 一筋の光が宙を割り、次の瞬間、爆発した。

 だが、あまりに威力が強く、爆風にあおられ、由乃も後ろに吹き飛ばされてしまう。


 ズササアアァ―――ッ。


 地面をまるでスケートリンクの上をすべるかのように、勢いよく飛ばされた。


「…………全身打撲に火傷……は、大丈夫か」


 うーん。さっき飲んだ鎮痛剤がきれた時が恐いわ。


 倒れたまま、一人独白する由乃の元に、砂煙を割って俊樹がやってきた。いや、実際にはよく判らないが、そんな気がするのだ。今現在視界はすこぶる悪く、ほんの一メートル先もよく見えない。


「おい」

「俊樹」


 由乃は、半身を起こして、俊樹がいるであろう方を見る。

 見えなくても判る、自分に降りかかってくるウラミの視線が、かなり痛かった。


「イヤ、だってさ。アンタは魔法効かない体質だから、平気だって判ってたし。そのー……」


 くどくどと言い訳を並べていた由乃は、最後にぽつりと付け足した。


「でも、ケガがなくてホントによかった……」

「……そんなコト、どうでもいい」

「えっ」


 俊樹のつぶやきに驚いて由乃は視線を上げる。

 ちょうどそこへ風が吹き、俊樹と由乃の周りの砂煙が晴れた。

 地に倒れたままの由乃の姿を見、俊樹の表情が豹変する。


「お前、その髪……眼も……」


 純粋な驚きの声。瞳が大きく見開かれた俊樹を見上げ、由乃は自嘲の笑みを浮かべた。


「……やっぱり、驚いた? これが、わたしの本当の姿よ」


 風になびくプラチナブロンドの髪。

 月の光に複雑な煌めきを返すアメシストの瞳。

 先程までの黒髪黒眼とはまったく違う、まさに神秘的といった姿の由乃がそこにいた。


 本来の姿――そう、由乃もまた、悠のように色素が薄くなっていたのだ。そして悠とは反対に、色素を濃くし、それをごまかしていた。

 しかしそれも、〈封印〉を解けば元の姿に戻る。


 そう、判っていたことだ。


〈封印〉を解いたことに後悔はしていない。


「どうして……」


 震える声で、つぶやく俊樹。


「どうして何も言わなかったんだ」


 思いもよらなかった言葉に、由乃は顔を上げた。

 俊樹と視線が合う。


「一言くらい、言ってくれてもよかっただろう! 魔法使いと対決といい、お前のその姿といい……――オレは、そんなに頼りないのか?」


 言ってて、自分で不思議に思っていた。

 なぜ、こんなことを言っているのだろうか? 魔法のことでは自分は役に立たない。判っている。判っている、けど……。


 なんでこんなに情けない気持ちになるのか? この疎外感は一体なんなんだ!?


「お前、オレに何も言わなさすぎだよ。オレは、魔法とか全然判らないけど、話を聞くことくらいはできる。―――それくらいさせてくれよ……」

「俊樹……――」


 そんな風に想ってたの?

 由乃が俊樹にこのことを言わなかった理由は、一つだけだった。


 巻き込みたくなかったからだ。


〈魔〉の力を扱う者同士の戦い。巻き込めば、ケガだけではすまない事態になることの可能性は高いのだ。でも……


「そうだよね……。アンタは、わたしの下僕だもんね。これからはちゃんと言うよ」


 由乃は、ふらつきつつも立ち上がった。


「でも、今は逃げて……」

「えっ?」


 俊樹は振り返る。


 明るかった。


 夜だというのに、そこだけぼんやりと明るい。そんなかんじがしたのだ。

 砂煙が徐々におさまっていく。デイジー=ローズは無事だったのだ。

 デイジー=ローズは、目の前で自分をかばうように手を広げ、宙に浮いている灰を忌々しそうに見つめていた。


「余計な真似でしてよ! カイ!!」

「ハイ。余計なマネでした、デイジーサマ。――でも、ボクは貴女様の使い魔です」


 灰の周りに、白い風が巻き起こる。


「だから、主を傷つけようとする者を、見逃すことはできない」


 声が変わった。今まで、少年のボーイソプラノだったのが、青年のハスキーボイスに変化したのだ。それでいてその声は灰のような明るさがない。

 感情のない声。

 白い風は次第にやんでいき、灰の姿が再び現れた―――否、灰だった者の姿がそこに現れた。


「この姿で貴様たちと会うのは初めてだったな」


 銀褐色の髪と瞳。額にはめこまれた碧の宝石は、彼が人ではなく、〈魔〉の者だと顕著に表している。


「私の名はカイ=アッシュ」


 現れたのは、二十歳ほどの美青年。白を基調とした異国風の服を着ていた。

 先ほどまでの灰は、どことなく闇を連想させる者だった。そして、今現れたカイ=アッシュは逆に光を連想させる。


「…………。それが真の姿ってワケね。もしかして、別人格なの?」

「それは正しくない。私は灰で、灰もまた私だ。たとえ姿形が変わろうと、本質までは変わらない」


(そーいうもんなの?)


 と思いつつ、由乃はもう一つ心の中でつぶやいた。


(なんか、金持ちのオバサンとホストみたい)


 はからずも、俊樹もまた同じことを思った。が、二人とも声に出さなかったので、場の空気はシリアスなまま流れていく。


 カイ=アッシュは無表情のままだ。


「我が主を傷つけた罪。身をもって知るがいい」


 言うや否や、カイ=アッシュは俊樹と由乃めがけて魔法弾を放った。だが、それは俊樹に当たる前に、パアンッ、と硬質な音を立て、霧散するのだった。

 カイ=アッシュは一瞬驚き、その表情がかすかに動いた。


「――魔法絶縁者か」


 魔法攻撃は効かない。と、即座に判断し、別の行動に移す。

 由乃と俊樹が気づいた時には、カイ=アッシュは俊樹の目の前にいた。


「ぐはあっ!!」


 俊樹は、こみあげてくる何かを抑えるのに必死で、何が起こったのか一瞬判らなかった。

 カイ=アッシュが俊樹のみぞおちに、見事にヒザを決めたのだ。

 がくっ、と俊樹はヒザを落とし倒れる。


「俊樹!?」


 悲鳴にも似た声を上げる由乃。

 すぐさまカイ=アッシュに、魔法攻撃をしかけようと呪文を唱えるが、激痛が突然襲いかかってきた。


 鎮痛剤がきれた!?


 由乃が魔法で創った薬である。

 効くのが早ければ、効き目が切れるのも早かった。

 薬を服用した状態で、回復魔法をかけるのは危険なのでしなかったが、こんなことなら危険でもしとけばよかった。と、由乃は後悔した。

 そして、この一瞬のスキを見せてしまった自分にも後悔した。


 ガキッ!


 後ろ首に衝撃が走る。

 由乃は身動きが取れない。気絶する一歩手前だったのだ。

 カイ=アッシュは、倒れこんだ由乃の髪を無造作につかみ、顔を上げさせる。


「フッ。魔法屋と言ったところで、しょせんはただの小娘か」


 感情の見えない声で、ささやくようにカイ=アッシュは吐き捨てた。


「は……なしてっ」


 なけなしの力で抵抗する由乃。

 とたん、右半身に衝撃が走った。

 カイ=アッシュがこの至近距離で魔法弾を放ったのだ。

 点々と地面に赤い華が咲く。

 声にならない叫び声を上げ、由乃の体から段々と力が抜けていく。ぼやけていく視界の中、カイ=アッシュの顔が目の前にある――それだけが判る。

 由乃の痛覚はすでに麻痺しかけていた。


 ――これが最後のチャンスである。


 最後の力を振りしぼり、自分の血で汚れたてのひらを、カイ=アッシュの顔に押しつける。

 そして由乃は呪文を一気に唱えた。


「―――くっ!!」


 カイ=アッシュは飛びのく。

 右手で顔を抑えていた。指の間から、煙がシュウシュウとたちこめる。

 カイ=アッシュの左手が突き出され、魔法波が放たれた。

 由乃もすかさず、魔法波を出し、カイ=アッシュのそれと正面からぶつかり合う。

 二つの魔法波は、相互干渉をひきおこし、由乃とカイ=アッシュは正反対に吹っ飛ばされた。




「カイ!!」


 デイジー=ローズは、カイ=アッシュの元へと駆け寄る。その表情は常の自信にあふれたものではなかった。

 カイ=アッシュの周りに白い風が巻き起こり、その姿が灰へと変わる。

 幼い少年の姿。その身体は傷だらけであった。


「デイジーサマ……お役に……くぅっ、た……たてなくて、スミマ……セン……―――」


 灰は、苦しそうにつぶやき、そのまま気を失った。


「カイ!? しっかりなさい!」


 灰からの返事はなかった。


「くっ……今日のところは引き上げてあげるわ!」


 デイジー=ローズは、灰を抱え上げ言う。

 その瞳には、明らかな憎悪と決意の光が宿っていた。


「でも、あたくしはあなた方を絶対に許さない」


 そして、デイジー=ローズと灰の姿は、闇にまぎれていった。

 その後のことを由乃は覚えていない。



***



 気がつくと、由乃は誰かの背中におぶわれていた。

 赤いツンツンの髪が目に入る。


「悠……兄…ちゃん」

「気がついたか? 由乃」

「どうして……ここに」

「そりゃあれだけハデに魔法戦してたら気づくって。あ、俊樹なら家に帰ったよ」

「そう………」


 由乃は、再び眠りについた。

 今、由乃の真っ赤に染まった左手首には銀のバングルが光っている。

 悠には新たに〈封印〉をほどこすことはできない。が、なんとなくここにはコレがないと――そう思い、つけたのだ。


「まさか……封印を解くなんてな……」


 横目で眠っている由乃を見ながら、悠は一人つぶやいた。


 それに――――


「――デイジー=ローズ。まさかお前が、この街にきてたとはな……」



第三話 Fin.


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