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魔法屋日和  作者: 香山なつみ
本編
14/25

第三話「荒れ狂う七月の夜」その3

 カチッカチッカチッ……


 静寂に包まれた教室の中では、時計の秒針の音がやけに高く響き渡る。

 私語をする生徒は誰一人いない。何名かはいまだにシャープペンシルを動かし、また何名かは必死にプリントを見直している。

 確実に時は刻まれていき、そして……。


 カチッ―――キーンコーンカーンコーン……


『よっしゃあぁッッ!! 地獄は終わったぞ――――――ッ!!』

「……まだLHRがあることを忘れずに」


 クラス全員が騒ぐ中、担任の冷静なツッコミが入る。

 ほぼ一週間かかった期末テストも無事終わり、歓喜にうちひしがれる1ーCの面々であった。

 LHRも終わり、日直の仕事である集めたノートの提出状況をチェックしていた俊樹に、


「じゃ俊樹、わたし帰るからっ」


 と言い残して由乃は早々に帰っていった。


「あれ、先に高城帰ったの?」

「あぁ、悠さんが帰ってるかも、って」

「ははぁ、俊樹フラれたワケね」

「はぁ? 何言ってんだよ、竹田」


 チッチッチッ。人差し指を左右に振る竹田。


「甘いな。その調子じゃまだ手も出してねーんだろ。いいか、俊樹。女の子なんつーのは――」

「はーいそこまで。俊樹に変な入れ知恵しないでねー」


 ぐい、と竹田の頬をつねる有希。額にはうっすらと血管が浮かんでいた。


「ってーな有希。俺は俊樹のためを思ってだなぁ」

「思わなくていいから。俊樹まで悪の道に引きずり込まないでくれない?」

「あ、ひっでー。俺、こんなに良い子なのに」

「「誰が?」」


 ハモった上に即答だった。


「え、俺様」


 自分を指差す竹田に対し、俊樹ははぁ、とため息をつき、有希は「え、どこ?」とあさっての方を向いた。


「……お前らって、さりげに冷たいよな」

「誉め言葉と受けとっとくわ」


 にこ、と微笑む有希。


「いや、オレお前には言われたくないし」


 さらりと俊樹。

 何か反論しようとした竹田だが、


「じゃオレ、ノート出してくるから」

「あ、あたしクラブあるから。またねー」


 当の二人が席を立ったため、それはままならなかった。


「くっそー、覚えてろよ」


 ベタベタな捨てゼリフを残し、竹田もまた部活へと向かった。



***



 遅くなったな、と思い、急ぎ足で俊樹は学校を出た。時計はちょうど午後一時を差している。


「おい、俊樹」


 帰り道でいきなり声をかけられた。

 振り向くとそこには竹田がいた。その手にはコンビニの袋があり、買い出しの途中であることがよく判る。


「……話があるんだ」

「?」


 いつもと違い、妙に無表情な竹田をいぶかしむ俊樹。


「何の話だ?」

「ここじゃちょっと……」

「ここじゃできない話なのか?」


 やはりおかしい。


 俊樹は今まで人との付き合いを避けてきたが、竹田は別だった。中学からの悪友、と付き合いが長い分、俊樹は竹田のことを少しは理解しているつもりだった。

 竹田は少し考え、口を開く。

 無表情な顔がかえって事の深刻さをうかがわせていた。


「………有希のことなんだ」

「!」

「ここじゃアレだし……別のところで話そう」


 俊樹はおもわずうなずいていた。

 有希のこと、と聞いて放ってはおけない。いまだに俊樹は二ヶ月前のことをひきずっているのだ。

 悪夢にとりつかれていた妹。自分はそのことに気づいてやれることもできなかった。

 そんな想いがあったからこそ、俊樹は素直に竹田についていったのだ。


 ――そう、魔法工房とは逆の方向に歩いていく竹田に。




「ハァッハァッ」


 少々息を切らせながら、由乃は魔法工房の前にたどり着いた。

 中に誰かがいる気配はない。


(やっぱり、帰ってきてないんだ……)


 しょんぼりとする由乃だが、魔法工房の玄関先で誰かがしゃがみこんでいるのに気づき、すぐさま営業スマイルをとった。

 目の前にしゃがみこみ、顔をのぞきこむようにして話しかける。


「どうしたの?」

「……あっ」


 それは少年だった。

 黒い髪、黒い瞳、その色は由乃のものとよく似ていた。そして何と言っても、


(か、カワイイっ!)


 男の子にそんな風に思うのは悪いかも知れないのだが、本当に愛らしかった。

 そう、まるで人形のように。


「ゴメンナサイ。お店開いてなかったから……」


 実に申し訳なさそうに言う。その態度もまだ声変わりしていない声も、どれもがツボだった。


「あ、ちょっと待ってね。すぐ開けるから」


 由乃は本当の笑顔で対応し、すぐさま鍵を開け、少年を中に通した。


「自由に店内見ててね。ちょっと着替えてくるから」


 そう言って、由乃は上機嫌で自室のある三階へ上がっていった。




「どこまで行くんだ? 竹田」

「…………」

「おい、もうとっくに一時過ぎてるぞ。部活どうするんだよ?」

「……………」


 やっぱりおかしい。

 俊樹は再び疑問に思い始めた。

 部活人間の竹田が、部活のことに反応しないなんて……。


「おい、竹田!」


 肩をつかみ、強引にこちらを向かせようとしたのだが、竹田はその手を振り払った。

 様子が違う。考えるより先に言葉が出た。


「お前、竹田じゃないな」


 俊樹は自分の言ったセリフに自分で驚いていた。


(何でオレこんなこと……)


 だが言われた当人である竹田は、大して驚いていないようだった。

 いや、むしろ平然としている。


「……クスッ……よく判ったね」

「――――えッ?」


 天地がひっくり返った。足払いをくらったのだと俊樹が判ったのは、地面に倒れてからのことだった。仰向けに倒れ、強く背中をアスファルトに打つ。


「……ってー」


 などと言ってる間に、竹田が覆い被さるように俊樹の身体の自由を奪った。

 運動部と帰宅部の違いなのか、俊樹は全く身動きがとれない。


「見たところ一般人にしか見えないけど、君、魔法屋のお姫サマの下僕でしょ?」

「!?」

「ボクのことが判ったのは誉めてあげるよ。でも、ひとつ質問してもいいかな? なんで君みたいな一般人がお姫サマの下僕なんかしてるの?」


 竹田の口から出る声はとても高かった。

 そう、それは一ヶ月前にも聞いたことがある声。


「………何のことだ?」


 俊樹はあくまでシラを切る。

 だが竹田はにっこりと笑い、そっと耳にささやきかける。


「身をひくなら今のうちだよ。お姫サマのわがままに付き合ってると、そのうち大変なことになるよ」


 全身が総毛だった。額に血管が浮かぶ。


「余計なお世話だッ!!」


 勢い任せに頭突きをくらわすと、竹田の手がゆるんだ。

 今だとばかりにその拘束から抜け出す。

 そしてささやかれた方の耳を手でこする。その手には鳥肌が立っていた。自分より背は低いが体格のいい野郎にささやかれて、良い気分はしない。いや、むしろ金輪際ご遠慮願いたかった。

 竹田は手で鼻を覆っている。どうやら頭突きの被害を受けたのは主にそこらしい。

 俊樹は辺りに目を走らせ、何か武器になりそうなものを探す。

 ちょうどそこに、竹田が持っていたコンビニの袋が目に入った。


 竹田が襲いかかってくる。

 俊樹はあわててかわし、袋から出かかっていたペットボトルを手に取った。勢いよく振り、再度襲いかかってきた竹田に飲み口を向け、フタを開けた。

 勢いのついた炭酸飲料が竹田に襲いかかる。


「―――――くっ!」


 顔面にマトモにくらい、竹田は手で顔を覆った。そこから音を立てて蒸気が立ち上る。


「?」


 俊樹は目をみはった。ただ目くらましにでもなればいいと思った反撃が、かなり効いているようだ。

 がく、と竹田のひざが折れる。

 顔を上げ俊樹に向かってニッと不敵に微笑んだ。

 そして竹田はバタリと地面に倒れた。


「お、おい」


 俊樹は竹田を揺さぶる。蒸気はすっかりひいている。

 しばらくして、竹田は意識を取り戻した。


「………ん、んんっ」

「竹田……だよな?」


 竹田はそれに応えず、ぼーっと数回まばたきしていた。


「……俊樹? 何でここに……ってかココどこよ!?」

「竹田だな……」


 ホッとする俊樹。


「うわっ、コーラくせーっ!? うげっ、鼻血まで出てるし」


 おい、と竹田は俊樹に向き合った。


「一体どういうことだよ!」

「い、いやそれは…………そ、そんなことより竹田。お前もしかして買い出し中に可愛い小学生男子と会わなかったか?」

「はぁ? いきなり何、お前。頭おかしんじゃねーの?」


 はじめ相手にしなかった竹田だったが、よく思い出してみろと俊樹に念押しされて記憶を探る。


「いや、待てよ……そういや、会ったな。って、なんかそこからの記憶が飛んでるような……」


(やっぱり……)


 そう、竹田の顔面から出た蒸気は、祥子と同じ、灰がとけたものだったのだ。

 俊樹は納得し、『彼』が竹田の中からいなくなる直前に見せたあの笑みを思い出す。


 なにやら嫌な予感がしてきた。

 そう、彼は自分をどこに連れて行こうとしていたのか。

 考えてみれば、今俊樹は学校から魔法工房とはまったくの逆方向にいる。

 もし、彼が連れて行くのではなく、引き離すことだけを目的としていたら……。


 俊樹は一目散に駆け出していた。


「お、おい、俊樹ッ!?」

「悪い竹田ッ、部活ちゃんと行けよ!」


 説明することもできない今の状況ではこうするしか他にない。心の中でわびを入れながらも、俊樹が足を休めることはなかった。



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