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魔法屋日和  作者: 香山なつみ
本編
13/25

第三話「荒れ狂う七月の夜」その2

 ゴリゴリゴリ……


 由乃は蛍光オレンジのリンゴらしきものを一生懸命すりおろしていた。

 そのかたわらで、俊樹はテーブルの上に英語の勉強道具一式を広げ、勉強している。

 そう、そこはいわずとしれた魔法工房の二階、相河家のリビングであった。

 すりおろした蛍光オレンジのリンゴを、片手ナベで温めている液体に混ぜる。


「……ねー俊樹ぃ」


 首をかしげながら由乃は俊樹を呼んだ。

 その左手には魔法書があり、どうやらまた新しい魔法薬を創っているらしい。


「なんだ?」


 俊樹は形だけ応えるが、視線は辞書をとらえたままだ。

 由乃は俊樹の背後まで行き、ノートをのぞきこむ。


「あぁ、この訳で苦しんでるの? これはほら、ココに載ってる例文と同じだから……」


 辞書のある部分を示す。


「で、過去分詞、となるわけよ」

「あぁ、なるほど……お前文系強いよなー」


 ふむふむと納得し、感心する俊樹。


「俊樹だって理系スゴイじゃん。ま、それはともかく……」


 こっちこっちと手招きして、コンロの上の片手ナベの中身を見せる。次は手元の魔法書の左ページを。


「なーんか違うのよねー」

「…………。違いすぎだろ、コレは」


 なんだよこのボコッボコッとかふっとうしてるドドメ色の物体は。――そんな目で由乃を見る俊樹。


「あ、やっぱり? うーん、なんでいつもこうなるんだろう?」

「……さぁな。なんか足りない材料でもあるんじゃないのか?」


 俊樹は少々なげやり気味に答えた。


「えー……」


 まさか、と言いかけた由乃は魔法書の一筋を見てピシリと固まった。


「やっば。黒スグリの実入れ忘れてるッ!?」


 あわてて屋根裏の倉庫まで取りに行く。階段を上る音がしたかと思うと、すぐさま由乃は降りてきて、


「俊樹ッ! それかき混ぜといて!」


 とつけたし、再び上まで駆け上がる。

 その様子を見つつ、俊樹は内心(騒がしいヤツ)とため息をついたが、ちゃんと木べらでかき混ぜているあたり、けなげである。


 俊樹が火の番をし始めてまもなく、店番をしているはずの悠がキッチンへ入ってきた。


「あれ、由乃は?」

「魔法薬に入れ忘れた材料取りに行ってる」

「ふーん」


 悠は片手ナベの中身を一瞥し、さらりと口を開く。


「これはこれでおもしろそうなのにな」


(言うと思った……)


 予想した言葉に対し内心ため息をつく俊樹。


「ところで悠さん、店番は?」

「そう、それを代わってもらいに来たんだよ」


 ふー、と重いため息をつく。悠には珍しいことだった。


「いやー、『魔界』で呼び出しくらってさー、多分集会かなんかなんだろうけど……」


 あーぁ、と本当に嫌そうだった。


(パチンコ屋で集会?)


 首をかしげる俊樹。だけどまあ悠さんだし、そんなこともあるのだろうと思って深く考えないことにした。というか、深く追求しても悠の考えていることなどどうせ判らないだろう。


「いいよ別に。ただしアイツが戻ってきてからだけど」

「おお、サンキュな。というわけで行ってくるわ」

「いってらっしゃい」


 ママチャリの鍵を取り、悠は『ドナ○ナ』の鼻歌を歌いながら出かけていった。


(く、暗い……)


 目が据わっているあたり、相当嫌なのだろうな、と俊樹は思った。

 そして悠とほぼ入れ替わりで由乃が戻ってくる。


「あれ、悠兄ちゃん来てたの?」

「ああ。出かけるから店番代わってくれって」

「出かけるってどこに?」

「パチンコ屋」

「もー、悠兄ちゃんってば……」


 顔をしかめつつ鍋に黒スグリの実を入れる由乃。

 俊樹と交代し、鍋の中身をかき混ぜる。


「そういえば、聞いてなかったけど、お前一体なんの魔法薬創ってるんだ?」

「んー、なんだと思う?」


 由乃は俊樹の質問に質問で返した。

 鍋の中身をかき混ぜる手がふと止まり、コンロのスイッチを切った。両手をかざして何かぶつぶつと口の中で唱える。そこから淡い光が生まれ、軌跡を描いていく。呪文を唱え終えると光は消え、どろどろとしたヘドロ状だったものが液体に変化していた。かすかに甘い香りが漂っている。それはあたかも、透明なジュースのような……


「判らないから聞いてんだろ」


 透明な液体を不思議そうに俊樹は見つめていた。

 由乃はかたわらに置いてあったグラスをひきよせる。トロトロとできたばかりの『魔法』をグラスに注ぎ、熱を冷ますためにポチャポチャと氷を大量に入れ、仕上げにストローをさした。


 笑顔でそれを俊樹にさしだす。


「ハイ。飲んでみれば判るよ」

「って、どうせまた結果出ないんだろ?」


 すでに俊樹は開き直っていた。


「まぁそーだろうけど……物はためし、って言うでしょ?」

「結局は人体実験じゃないか……」


 ブツブツ文句を言いつつも、最終的にはいつも飲んでいる、押しの弱い俊樹であった。

 グビッと一気に飲み干す気分はまさに、青汁を彷彿とさせた。が、ここで「まずい。もう一杯!」などと言うと、本当に飲まされかねないので俊樹は無言でグラスを由乃に渡した。


(……なんつーか、栗の味?)


「うーん。やっぱり効果ナシかぁ……」


 実に残念そうである。

 すっと由乃の手が俊樹の首筋に触れた。

 目線が合う。

 由乃の漆黒の銀河を思わせる瞳が俊樹の双眸をとらえた。全てを見透かされているような、そんな感覚に俊樹は陥り、とらえられたまま身動きが取れない。

 じっとしていられなくて、俊樹は目線を泳がせた。心拍数が極端に上がっていくのが自分でも判る。

 その音があまりに高いため、目の前にいる由乃にも聞こえるのではないかという思いがふとよぎり、さらに心拍数は上がっていく。


(ど、どうしたんだろうオレは)


 そんな自分に大分とまどいを感じていると、やっと由乃が口を開いた。


「むぅ……脈が途絶えることはなさそうね」

「はぁ?」


 声が裏返った。


「あのね、今創った魔法薬、『死への誘い』ってヤツでね。かの有名な『ロミオとジュリエット』のジュリエットが飲んだ薬をモデルに創られたものなの。まぁ、平たく言えば仮死状態に陥る薬ね」

「………なぁ」


 俊樹は頭を抱えながら声を絞り出した。


「前々から聞こうと思ってたんだけど、何に使うんだ? こういう魔法って」

「……ん―――」


 しばし考え、由乃はしごくあっさりと答えた。


「何に使うんだろうね?」


 ………おい。



***



 翌朝、俊樹が教室の扉を開けると、そこには由乃が立っていた。


「とーしーきぃー~」


 本人だとちゃんと確認してから、由乃はいきなり俊樹に泣きついた。

 ちょっとやそっとのことじゃ動揺しなくなった俊樹も、これにはさすがに面食らった。


「えっ、あっ、ちょっ」


 いきなりなんだっ!?


「ど、どうしよ俊樹――ッ、悠兄ちゃんが―――っ」

「おおっ、高城さんが俊樹にせまってるぞっ」


 どよめく朝早く来たクラスメイト達。俊樹にとっては不運なことに、本日は期末テスト最終日にあたるため、早くから登校している生徒が多かった。


「しかも高城さん泣いてるしー。俊樹クン、何かしたのかな?」

「「いや、それはないだろう」」


 一人の女子生徒の発言に男子数人が揃える。


「あいつにそんなカイショーねえって」


 正論であった。


「それにしてもあいつら、場所もよく考えずによくやるよなぁ、毎度毎度」

「高城さんの転入初日からトバしてたしな」

「ああ、アレか。いきなりの『下僕宣言』。確かにアレはトンでたな。――あ、有希。おっす」


 一足遅く来た有希の姿を見つけ、男子生徒は廊下ごしにあいさつした。


「おはよ。なに、なんかあったの? 随分と騒がしいけど」

「いや、アレ。あっち」

「どれ?」


 廊下の窓から教室内をのぞく有希。


「? 俊樹と高城じゃない……って」


 高城、泣いてる……?


 アングル的に、有希にはそう見えた。

 次の瞬間、有希は駆け出していた。

 さて、クラス内だけには留まらず教室外からも注目を浴びまくっている渦中の二人はというと。


「ちょっ、とにかく落ち着け。なっ?」


 いつまでもパニクっている由乃を俊樹はとりあえずなだめた。


 ――嗚呼。視線がイタイ。


 内心、そんなことを思いながら。


「で、どうしたんだよ。悠さんがどうかしたの――」


 か? と最後まで言い切る前に、「――俊樹ぃッ!!」という声とともにかばんが吹っ飛んできた。

 何の予告もなしに飛んできたそれは、そのまま俊樹の顔面にぶち当たる。


 一体誰だっ? ――俊樹は思うがこんなことするのは由乃を除いてあと一人しかいない。


「なっ……なにふんだよ有希ッ!!」


 上手く発音ができていなかった。


「なにすんだ、はこっちのセリフよっ。俊樹アンタ、何高城泣かしてんのよ!」

「――はっ?」

「は? じゃないわよ! ったく、いくらさりげなく冷たいこと言っちゃったりするアンタでも、女の子泣かすようなことだけは言わないって信じてたのに! がっかりよ」

「いや、だから」

「だから、でもない!」

「ちょっ、ゆ、有希ちゃん」


 ちょんちょん、と有希の服を引っ張る由乃。

 その身長差はおよそ十五センチ。大人と子供くらいの差があった。


「ち、違うの。俊樹は何もしてない。……けど、悠兄ちゃんがぁああっ」


 今度は有希に泣きつく由乃。


「ほら、だから違うって言っただろ」


 と言った俊樹をキッと有希はにらんだ。


「今そんなことどうでもいいでしょ」


 よくはない。


「それより、どうしたのよ高城。『悠兄ちゃん』って、高城のイトコのお兄さんよね。その人がどうかしたの?」

「悠兄ちゃんが、昨日から帰ってきてないの―――っ!!」

「「……はあ?」」


 俊樹と有希の目が点になった。


「……いや、悠さんが昨日帰ってきてないって、お前、それ、なあ?」


 有希に目で同意を求める俊樹。


「うん。別に、いんじゃないの? その、悠さんって人、もう二十歳過ぎてんでしょ。無断外泊くらいするって。ねえ?」

「うん、オレもそう思う」


 普通のことだろ、という上原兄妹の意見に、由乃は「……甘い」ぼそりとつぶやく。

 俊樹をびしりと指差し、


「甘い、甘すぎるわ俊樹ッ! あの悠兄ちゃんなのよ!? つかみどころのない飄々とした性格で、その甘いマスクの裏側で何やってるか全然判らない悠兄ちゃんよ!? そんなヒトがなんの連絡もなしに丸一日帰って来ないなんて、おかしいわ! 絶対何かあったに決まってる!!」


 悠をけなしているとしか思えない発言を一息で言ってみせた。

 頭を抱え、由乃は続ける。


「ああ、悠兄ちゃんカツアゲとかしてないかしら? ……もしかして強盗とかああっ」


 由乃の頭の中では、すでに悠は柄シャツにスーツ、黒サングラスのまるでヤ○ザのようになっていた。似合っているのがまた怖い。


「…………。別に、ヤーさんって強盗はしないと思うけど。ねぇ、俊樹。……俊樹?」


 メガネごしにでもはっきりと判るほど、青い顔をしている兄をのぞきこむ妹・有希。

 悠と面識を持っていない彼女はのんきなものであった。


「……ありえるかも」

「え?」

「ありえるかもしんない。悠さんなら、やりかねないかも……」

「ちょっと?」もしもし?

「ねぇっ、俊樹ッ。昨日悠兄ちゃんホントにパチンコ屋に行ったの? ほかに何か聞いてないッ!?」

「…………。いや、ほんとにパチンコ屋に行くとしか。なんか、『集会』があるとかなんとか」

「しゅ、『集会』ッ!?」


 ガ――――ンッ!!


 おもむろにショックを受けてよろめく由乃。

 もはや彼女の頭の中では悠は集会の席に座るヤ○ザの幹部であった。随分と早い出世である。


「あああ、どうしよ――ッ!! どうしよ、俊樹ぃい――っ」

「ど、どうするったってなぁ……」


 なにやら異様に盛り上がっている二人を尻目に、有希は思った。


「……っていうか、悠さんてどんな人なのさ」


 謎の人である。


「ねぇ、そう思わない? 竹田」


 横にいた竹田に同意を求める有希。

 竹田から返ってきたのは、なにやら妙に説得力のあるセリフだった。


「まぁ、由乃ちゃんのイトコってくらいだからねー……」




「………ふ――ん」


 とカイは盗み聞きしていた。

 校舎の窓の下などには人一人がゆうに歩けるようなでっぱりがあり、普通そこは死角となっている。そこにカイは悠然と座って聞き耳を立てていたのだ。


(魔法屋が一人だけ……ならなんとかなるかな?)


「あ、でもそういえばもう一人いたっけ。でも一般人ぽいしなぁ……どうとでもなりそうなんだけど」


 一応保険はかけておくか。


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