第三話「荒れ狂う七月の夜」その1
※出会った時期を五年前→八年前へ変更しました
そこは広大な森に囲まれた土地の中。良く言えば多国籍風味と聞こえはいいが、あきらかにまとまりのない建物群がそこにはあった。
その中の一つ、白い古代ギリシアやローマを彷彿とさせる神殿の中に、彼女はいた。顔つきは東洋人だが、その髪は流れる栗色である。フォーマルなブラウスとスカートを着こなす、落ち着きのある女性だった。
そこへ一人の少年が歩いてきた。
彼女はその人物を待っていたらしく、小走りに少年の方へと近づく。
「どうでした?」
女性の存在に気づき、少年は歩みを止めた。
そして、さもうっとうしいと言わんばかりに着ていたマントを脱ぎ捨てる。中に着ていたのはカジュアルなTシャツとジーパンだった。
「どうやら俺は他の職業の方が合っているらしい。魔法物取り扱い免許もまだ持ってねーしな」
どうでもよさそうな口調である。
「では、諦めてその職業に就くんですの?」
ピクリと少年が反応する。
「なんか勘違いしてんじゃねーの?」
返ってきた少年の目は冷たい色をしていた。
彼もまた東洋人だったが、その髪は短い亜麻色。まだ背も低く、発達途上、といった印象を受ける。将来はかなりの美形になるであろう、整った容姿を持つ少年だった。
「この際だから言っとくけど――」
少年は女性の方を向きもせず、吐き捨てるように言い放った。
「俺は元々、『魔法屋』が大嫌いなんだよ」
***
オレンジ色の炎が揺らめいている。
部屋の中央、そして四方に飾られたろうそくの明かりに、一人の女性の姿が浮かび上がった。
妖しい色をした、いかにもといった感じのソファの上で身を起こす。どうやら今まで眠っていたらしい。
片手で髪をかきあげる。それはウェーブがかった栗色であった。表情はけわしい。
気を取り直すためか、棚に飾っている物のひとつを手に取る。ガイコツがあしらえられた水晶のペンダント。それをしげしげと見つめている。
その他にも、数々の妖しげな品々が棚の上に飾られていた。それらをひとつひとつ手に取り、傷がないかを念入りに確かめる。
それは自作の呪いグッズたち。
かなりの時間をかけて創りあげた、彼女の自慢のコレクションであった。
次第に顔がほころんでいく。そばに置いてあった磨き布を手に取り、ひとつひとつを丹念に磨きあげていった。
はぁっ、と息をかけ、磨き、うっとりと見つめる。
愛しい人を夢見る乙女のごとく、彼女はコレクションを見た。それは至福の時間。
口が笑みの形を作り、そのまま言葉を作る。
「で、先程から何をしているのかしら?」
振り向きもせずに、いつの間にか背後に現れた人物に対しての言葉。
そこには、いつの間にか年の頃が十歳くらいの少年が立っていた。
やたらと顔のつくりが丁寧で、それはまるで名工の創りあげた陶器の人形を思わせる姿であった。その美形っぷりはかなり浮世離れしているが、にこやかな微笑みだけが年相応だった。
「あれ? バレてました?」
「ふっ。いくらあたくしでも、あなたの匂いくらいならこの位置でも判るわ。で?」
「ご報告したいことが――」
微笑をたやさず、その少年―カイ―は彼女に言う。
「この街に魔法屋が現れました」
彼女の顔が再びけわしくなった。
「いつ?」
「つい一週間程前です」
彼女は立ち上がり、カイの前に立つ。
「で、何もしなかったというわけ?」
その口調に、珍しくカイから笑顔が消えた。
「いえ……。とりあえず、居場所だけは抑えました」
「そう。でもあなたにしては随分時間がかかったのね。たかが居場所を知るのに一週間もかかるだなんて」
嫌味のような彼女の言葉に、カイは苦笑した。
「あまり探ると匂いで勘づかれる可能性もありましたし、なによりあの季節でしたので……」
申し訳なさそうにするカイを見つつ、ふと彼女は先程の夢を思い出す。
そしてその後の出来事―――
季節でいえば春だった。桜の花びらが雨のように降りそそぎ、彼女の視界をさえぎる程だったのを今でもはっきりと覚えている。
そこで彼女はカイと――いや、カイの原形と出逢ったのだ。
「あなたが生まれてから、もう何年になるのかしら?」
唐突な質問にカイは驚いて顔を上げる。
「えっ? ……確か八年ですけど」
そう、あれから八年―――
彼女は棚から小さな香水のビンを取る。だが中身は入れ替えてあった。それをカイに放る。
カイはあわててそれを受け取った。
「けど、そう。あたくしの大嫌いな魔法屋がねぇ?」
八年前の彼の言葉は、そのまま彼女のものへと変わっていた。
腰まである軽くウェーブがかった茶の髪をさっと払い、彼女はその碧の瞳をおもしろそうに細める。
露出度の高い、革やエナメル素材の派手な衣装にくっきりとひいた眉、薄いブルーのアイシャドウに真紅の唇。
はっきりいって化粧は濃かった。
年齢は……あくまでふせておく。まぁ、そういう微妙なお年頃なのだ。
「で、その魔法屋はどんなヤツなのかしら?」
「あぁ、はい。魔法屋は中学生くらいの少女です」
ピクリ、と彼女の顔色が変わる。
「中学生……家系ね」
努力もせずに、生まれつきある種の能力を持つ者ということである。
そして皮肉なことに、彼女が最も憎んでいるのも、家系で魔法屋をしている者たちであった。
「それと、共に暮らしているらしい赤毛の青年――これは間違いなく魔法士でしょう」
「まぁ、当然ね。そんな幼い魔法屋を独り立ちさせるほど組合は甘くないわ」
「そして、コレが謎なのですが……」
首をかしげながら言うカイ。
「なぜかそこに一人の少年が出入りしています。しかし魔法士というわけではなく、普通の一般人だと思うのですが……」
彼女も少し首をかしげるが、すぐにフッと笑みをもらす。
「まぁどうでもいいことだわ。それより、このデイジー=ローズの前に姿を現したこと、後悔することね、魔法屋!」
オーホホホと高笑いをするその姿は、まさしく悪の女魔法使いを彷彿とさせた。
そしてカイは、そんなデイジー=ローズに対し、深々とかしづいた。