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魔法屋日和  作者: 香山なつみ
本編
12/25

第三話「荒れ狂う七月の夜」その1

※出会った時期を五年前→八年前へ変更しました

 そこは広大な森に囲まれた土地の中。良く言えば多国籍風味と聞こえはいいが、あきらかにまとまりのない建物群がそこにはあった。

 その中の一つ、白い古代ギリシアやローマを彷彿とさせる神殿の中に、彼女はいた。顔つきは東洋人だが、その髪は流れる栗色である。フォーマルなブラウスとスカートを着こなす、落ち着きのある女性だった。

 そこへ一人の少年が歩いてきた。

 彼女はその人物を待っていたらしく、小走りに少年の方へと近づく。


「どうでした?」


 女性の存在に気づき、少年は歩みを止めた。

 そして、さもうっとうしいと言わんばかりに着ていたマントを脱ぎ捨てる。中に着ていたのはカジュアルなTシャツとジーパンだった。


「どうやら俺は他の職業の方が合っているらしい。魔法物取り扱い免許もまだ持ってねーしな」


 どうでもよさそうな口調である。


「では、諦めてその職業に就くんですの?」


 ピクリと少年が反応する。


「なんか勘違いしてんじゃねーの?」


 返ってきた少年の目は冷たい色をしていた。

 彼もまた東洋人だったが、その髪は短い亜麻色。まだ背も低く、発達途上、といった印象を受ける。将来はかなりの美形になるであろう、整った容姿を持つ少年だった。


「この際だから言っとくけど――」


 少年は女性の方を向きもせず、吐き捨てるように言い放った。


「俺は元々、『魔法屋』が大嫌いなんだよ」



***



 オレンジ色の炎が揺らめいている。

 部屋の中央、そして四方に飾られたろうそくの明かりに、一人の女性の姿が浮かび上がった。

 妖しい色をした、いかにもといった感じのソファの上で身を起こす。どうやら今まで眠っていたらしい。

 片手で髪をかきあげる。それはウェーブがかった栗色であった。表情はけわしい。

 気を取り直すためか、棚に飾っている物のひとつを手に取る。ガイコツがあしらえられた水晶のペンダント。それをしげしげと見つめている。

 その他にも、数々の妖しげな品々が棚の上に飾られていた。それらをひとつひとつ手に取り、傷がないかを念入りに確かめる。

 それは自作の呪いグッズたち。

 かなりの時間をかけて創りあげた、彼女の自慢のコレクションであった。

 次第に顔がほころんでいく。そばに置いてあった磨き布を手に取り、ひとつひとつを丹念に磨きあげていった。

 はぁっ、と息をかけ、磨き、うっとりと見つめる。

 愛しい人を夢見る乙女のごとく、彼女はコレクションを見た。それは至福の時間。

 口が笑みの形を作り、そのまま言葉を作る。


「で、先程から何をしているのかしら?」


 振り向きもせずに、いつの間にか背後に現れた人物に対しての言葉。

 そこには、いつの間にか年の頃が十歳くらいの少年が立っていた。

 やたらと顔のつくりが丁寧で、それはまるで名工の創りあげた陶器の人形を思わせる姿であった。その美形っぷりはかなり浮世離れしているが、にこやかな微笑みだけが年相応だった。


「あれ? バレてました?」

「ふっ。いくらあたくしでも、あなたの匂いくらいならこの位置でも判るわ。で?」

「ご報告したいことが――」


 微笑をたやさず、その少年―カイ―は彼女に言う。


「この街に魔法屋が現れました」


 彼女の顔が再びけわしくなった。


「いつ?」

「つい一週間程前です」


 彼女は立ち上がり、カイの前に立つ。


「で、何もしなかったというわけ?」


 その口調に、珍しくカイから笑顔が消えた。


「いえ……。とりあえず、居場所だけは抑えました」

「そう。でもあなたにしては随分時間がかかったのね。たかが居場所を知るのに一週間もかかるだなんて」


 嫌味のような彼女の言葉に、カイは苦笑した。


「あまり探ると匂いで勘づかれる可能性もありましたし、なによりあの季節でしたので……」


 申し訳なさそうにするカイを見つつ、ふと彼女は先程の夢を思い出す。

 そしてその後の出来事―――


 季節でいえば春だった。桜の花びらが雨のように降りそそぎ、彼女の視界をさえぎる程だったのを今でもはっきりと覚えている。

 そこで彼女はカイと――いや、カイの原形と出逢ったのだ。


「あなたが生まれてから、もう何年になるのかしら?」


 唐突な質問にカイは驚いて顔を上げる。


「えっ? ……確か八年ですけど」


 そう、あれから八年―――

 彼女は棚から小さな香水のビンを取る。だが中身は入れ替えてあった。それをカイに放る。

 カイはあわててそれを受け取った。


「けど、そう。あたくしの大嫌いな魔法屋がねぇ?」


 八年前の彼の言葉は、そのまま彼女のものへと変わっていた。

 腰まである軽くウェーブがかった茶の髪をさっと払い、彼女はその碧の瞳をおもしろそうに細める。

 露出度の高い、革やエナメル素材の派手な衣装にくっきりとひいた眉、薄いブルーのアイシャドウに真紅の唇。

 はっきりいって化粧は濃かった。

 年齢は……あくまでふせておく。まぁ、そういう微妙なお年頃なのだ。


「で、その魔法屋はどんなヤツなのかしら?」

「あぁ、はい。魔法屋は中学生くらいの少女です」


 ピクリ、と彼女の顔色が変わる。


「中学生……家系ね」


 努力もせずに、生まれつきある種の能力を持つ者ということである。

 そして皮肉なことに、彼女が最も憎んでいるのも、家系で魔法屋をしている者たちであった。


「それと、共に暮らしているらしい赤毛の青年――これは間違いなく魔法士でしょう」

「まぁ、当然ね。そんな幼い魔法屋を独り立ちさせるほど組合は甘くないわ」

「そして、コレが謎なのですが……」


 首をかしげながら言うカイ。


「なぜかそこに一人の少年が出入りしています。しかし魔法士というわけではなく、普通の一般人だと思うのですが……」


 彼女も少し首をかしげるが、すぐにフッと笑みをもらす。


「まぁどうでもいいことだわ。それより、このデイジー=ローズの前に姿を現したこと、後悔することね、魔法屋!」


 オーホホホと高笑いをするその姿は、まさしく悪の女魔法使いを彷彿とさせた。

 そしてカイは、そんなデイジー=ローズに対し、深々とかしづいた。



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