表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法屋日和  作者: 香山なつみ
本編
10/25

第二話「六月、それは梅雨の季節」その4

「おはよう」

「おーッス」


 そんな声を聞きつつ、由乃は密かに教室でため息をついた。

 理由のひとつは、この前繁華街に行ったその日から丸々一週間雨が降っている、という気分的なもの。もちろん、ずっと降っているワケではなく、気がつくと降っている、と言ったぐらいだが、由乃にとっては同じだった。

 もうひとつの理由は、そんな雨にもかかわらず毎日繁華街に足しげく通っているのに、一向にカイが捕まらないことだった。


 おのれ梅雨めッ!!


 もはや怒りの矛先は別のものへと変わっていた。


「で、今日も行くのかよ……」


 ため息混じりに俊樹が言った。


「行く。行くって言ったら行くわ。わたしにも意地があるもん」

「午後からの降水確率百%でも?」


 うぐぅ。


「………い、行く」


 こうなっては後にはひけない。


 俊樹はわざとらしく大きなため息をついた。


「あのさぁ、オレ思ったんだけど、カイに会いに行こうとすると何がある?」

「?」

「もしかするとカイに会えないのってそれが理由なんじゃないか?」

「何が言いたいのよ」


 いぶかしがる由乃に俊樹はずばり言った。


「雨」

「は?」

「だから!」


 じれったくなっておもわず声を荒げてしまう俊樹。


「オレ達が行くと必ず行き違いになってるだろ。それってつまり、晴れている午前中にだけ居て、雨が降る午後にはもう帰ってるってことなんじゃないのか?」


 由乃はハッと目を見開いた。


「それって……」

「そういうことだろ?」

「…………」


 わなわなと手を震わせ、由乃はハリセンを振りかざす。


「おまっ、そりゃ八つ当たりだろ!?」

「八つ当たりくらいしたっていーじゃない!!」


 スパ――ンッ!!


 ハリセンが見事にクリティカルヒット。


「おー、今日も派手にやってるねぇ。俊樹、お前もしかしてMのケがあるんじゃねーだろーな」


 イヤンと両手を口元にやり、不気味な乙女ポーズを作る竹田。


「このままだと、1-Cの名物になるんじゃない?」


 と、まるっきり他人事のように有希。ハリセンをもろにくらって突っ伏している俊樹に近づき、


「で、今回は何したの?」


 とおもしろそうに聞いてくる。その後ろからは、由乃と竹田の呑気な会話が聞こえてきた。


「なぁ由乃ちゃん。このハリセン、いっつもどーやって出してんの?」

「あは。企業秘密だよ♪」

「…………」


 もはや俊樹に顔を上げる気力は残っていなかった。

 心から思う。


 ――……世の中って、こんなもんだよな……。



***



 天気予報の言う通り、はかったかのように学校から出る頃には雨が降っていた。

 そこで由乃は諦め、俊樹とともに魔法工房へと帰った。

 そこに悠の姿はない。

 一週間前から地下の実験室へと姿を隠しているのだ。

 実験室に入る前、例のマンドラゴラを持って悠が、


「ああ、この色といい艶といい……実験意欲をかられるなぁ……。鉢から出ようとする姿もプリティだけど……フフフフフこの俺から逃げられるかな? マンドラゴラよ」


 などとマッド・サイエンティストも真っ青なセリフを吐いていたのを、俊樹は密かに聞いてしまっていた。表情は恐ろしくて見ていない。

 そのことを思い出してしまい、俊樹は顔が青冷める。


「なに俊樹、その顔は。そんなにわたしのつくったアップルパイがお気に召さない?」


 んん? と立てたひじにのせた首をかしげる由乃。口元は笑顔だったが、目はあきらかに怒っていた。


「あ、いっいやそうじゃなくて……」


 あわてて弁解する俊樹。でなければ再びハリセンが飛ぶことは目に見えていたからだ。

 他に人がいない魔法工房内で、丸いテーブルに白いテーブルクロスをかけ、二人はおやつタイムを満喫していた。


「そーいやさ」


 俊樹はとっさに話題を変える。身の危険をひしひしと感じたからである。


「なんで有希に魔法のこと話したんだ?」


 パクリと一口アップルパイを食べる。甘すぎることなく、なおかつサクサク感をくずすことなく仕上がっている。プロ顔負けの相変わらずな腕前である。


「そりゃまぁ、あんたもこっち方面での理解者がいるかなーと思ったから……」


 由乃もパイを一切れ口に入れた。


「それともいらなかった?」

「あ、いやそれは……」


 確かに、有希に隠し事をするのは辛かったし、自分の今の状況を判ってくれる人がいるのは心強かった。といっても、有希が真の理解者というワケではなかったが。


(結局……勘違いされっぱなしなんだよなぁ………)


 俊樹にとって今一番切ないことであった。


「それにしてもさー……」


 ちらりと由乃の視線が店内へと移る。

 店の扉には『OPEN』の札がかかっている。にもかかわらず、客の数はゼロ。

 原因はひとつ。悠が店内にいないためだ。

 魔法工房は開店して一ヶ月半くらいであるため、知名度も低く、客といえば悠のおっかけぐらいなのである。

 悲しい事実であった。


「世の中って厳しいよな」


 というわけで、悠が実験意欲をかられている現在、由乃と俊樹は特にすることもなくティータイムを満喫していた。

 だがそれも一週間も続けば次第と不安になってくる。


「なぁ、実際この店で本当に食っていってるのか?」


 疑問混じりに聞く俊樹。

 どう考えても客入りの悪いこの店から悠や由乃の生活費、果ては俊樹のバイト代が出ているとは思えなかったからだ。


「あ、そのへんは大丈夫」


 あっけらかんと由乃は答える。


「わたしは魔法屋として、悠兄ちゃんはその補佐として組合からお給料出てるからね。ついでに言うと外国の両親からも仕送りあるし。お給料だけで間に合ってるんだけどねー、しかも仕送りってそれだけで余裕で暮らしていける額だし」

「……それって店してる意味あんのか?」


 俊樹は少々呆れ顔でつっこむ。


「あー、それはね。魔法屋は元々魔法士のために魔法具を売るお店の名前だったのよ。それがいつしかお店じゃなくて、そのお店を持つ人のことを指すようになってね。今では一般客へのカモフラージュのために別の物も置いて、ごく普通の店を装うようになったの」


 ポツリとつけ加える。


「……ま、仕事はそれだけじゃないけど」


 最後のセリフは聞こえなかったのか、俊樹が由乃の言葉を要約した。


「ということはつまり、別に客が来なくても困ることにはならない、と?」

「それを言っちゃあ身も蓋もないでしょ」


 それに、と由乃はつけ加える。


「最近お給料減ってきたのよねー。不景気の波が組合にまでいってるのか、次ボーナス出るか出ないかの瀬戸際だし?」


 それって魔法士もサラリーマンと対して変わらないのでは?


 あやうくのどまで出かかった言葉を俊樹は飲みこんだ。


「というわけで、こっちとしては魔法工房の売り上げも上げたいところなのよね。このままだとあんたのバイト代もままならなくなるのよ!」


 ビシ、とアップルパイを口に運んだ後のフォークで、俊樹の鼻の辺りを指す。


(それは困る)


 切実にそう思った俊樹は、店内を見回す。

 統一感のない商品の数々。可愛らしい小物類(由乃の趣味)も多々あるのだが、それに混じって不思議系な品物類(悠の趣味。多分)もちらほら見える。

 それらが放つ一種異様な雰囲気が店内を漂っていた。

 客が来ない原因はここにもありそうだ……と、密かに俊樹は思った。

 それと同時に、こんなことを考えている自分のことも……。

 それは昔の自分からは考えつかないことだった。


 ―――こんなに他人と関わりあうなんて。


(どうしてだろう?)


 俊樹は考えながら、アップルパイの最後の一切れを口に運んだ――まさにその時だった。


 ちゅど―――ん。


 文字にするとこんな音が店内に激しく響いた。それはまさしく地下からとどろき、同時にもくもくと灰白い煙がたちこめる。

 ガタッと二人はイスから立ち、地下室へと走る。


「悠兄ちゃんッ!?」


 バーン、とすでに半分ほど吹っ飛んでいるドアを開け、由乃は悠の無事を確かめる。

 悠は飄々と片手を上げた。


「お、由乃。どうしたんだ?」


 あれだけの爆発音がして、どうしたはないだろう。


「すごいことになってるじゃん……中」

「ああ、言われてみると」


 ポンと手を打つ悠。


(……おいおい)


 とは俊樹の心の中のつっこみである。


「まぁそんなことよりだな。役に立ちそうな物創っといたぜ、由乃」

「え? なになに?」


 それは例のマンドラゴラから創った物らしい。小ビンの中には水色の液体が入っていた。


「悠さん、コレなんだよ?」


 俊樹が聞くと悠は意味ありげにニッと笑い、


「ま、そのうち判るよ」


 そして次の瞬間勢いよく手を組んだ。


「ああ、これで愛しのゾンビ達と再会できるぜ!!」

「……好きですよねぇ、ソレェぇえええひでででで」


 ぎう~、と悠は俊樹のほっぺたをひねりあげた。


「俊樹、お前まーだ抜けてないのか敬語!」

「――――~~!!」


 声にならない絶叫をあげる俊樹。その頬を勢いよく放し、悠は俊樹を解放する。

 そんなやりとりなど全く無視して、由乃が首をかしげながら聞いた。


「それにしても悠兄ちゃん。このところどころ散らばっている卵は何?」

「ん? ああ、ソレ創り終わって腹減ったからさー、ゆで卵でも食おうかとレンジでチンしたんだよ」


 悠の言葉に由乃と俊樹は固まる。

 生卵をレンジでチンすると爆発する、というのは有名な話である。


「それって、それって……」


 つまり爆発は、魔法薬を創っていたせいではなく、その後の生卵のせいだと……。

 そしてお約束通り、実験室には由乃の叫び声が響き渡り、近所迷惑となったのだった。


「ゆ……悠兄ちゃんのばかぁああ―――!!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ