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魔法屋日和  作者: 香山なつみ
本編
1/25

プロローグ「四月某日、金属バットで殴られて……」

 突然、少年の背筋に戦慄が走った。

 何かが少年の目の前、いや足元にいる。

 黄色く、ダチョウの卵のような大きさで、ウサギのようにとがった耳、カクカクッとしたしっぽ、小さな手足……――

 それは、少年の方へと振り向いた。

 愛らしい、くりくりっとした丸いつぶらな瞳。頬には丸い茶色の模様。小さな口から、とても可愛らしい鳴き声が少年に向かって紡ぎだされる。


「ぴか○ゅう」


 そう、それは言わずと知れた、某人気ゲーム商品のマスコットキャラクターの電気ねずみだった。夕暮れ時の通学路にはおそろしく不似合いである。


「…………」


 少年は絶句し、ボトリと通学カバンが落ちた。驚きのあまり口が金魚のようにぱくぱくと動いている。

 一瞬の間が訪れ、そして――



***



 少女は何かを探していた。


「もーぅ、一体どこに行ったのよー」


 虫取り網を片手に、物陰や草むらなど、狭いところを中心的に捜索している。

 一刻も早く見つけないと――。

 心は急ぐのだが、それに反して事態はまったく変わっていなかった。時だけが過ぎ、空はもう茜色に染まりだしている。


「……もし、あれを誰かに見られたりしてたら……」


 最悪の事態を想像して、少女の顔からスッと表情が消えた。


「…………よし」


 こうなったら……。


 少女の手には、いつのまにか虫取り網ではなく金属バットが握られていた。夕陽に金属バットとその手首にはめられた銀のバングルが妖しく光った。

 そして、運命の角を曲がる。

 そこには、捜し求めていたモノと、それを見て絶句している少年がいた。



「――……な」


 少年がようやく言葉を発そうとした時、少女は背後から金属バットを大きく振りかぶっていた。


「なんだコ……レッ!?」


 ゴッ、と鈍い音が響いたのは、まさにその瞬間だった。

 気を失う直前の少年の目に映ったモノは、金属バットを握りしめた黒髪の少女と、暮れてゆく真っ赤な夕日だった――。



***



「ただいまー」

「あ、おかえりなさーい。(ゆう)兄ちゃん」


 少女は、玄関の方へ返事をする。

 場所は、先程少年を殴り倒した現場ではなく、少女の家である。あれから、さして時間はたっていないが、あえて言うならば、空はもう夜色へと変わっていた。

 そして少女は何事もなかったように夕飯の用意をしていた。


「なー由乃(ゆの)ー」


 悠と呼ばれた青年が、不思議そうな顔つきで台所に入ってきた。


「なーにー?」


 由乃と呼ばれた少女は、サラダに使うきゅうりを切るのを止めずに、聞き返した。


「誰?」


 悠は、リビングの方を指差した。その先には、ソファーに横たわっている、あの少年がいた。


「あ、いっいや、その、あっあれは……」

「何慌ててるんだよ。彼氏か?」

「ちっが―――う!」


 勘違いしたイトコの意見を、由乃はおもいっきり否定し、これまでのいきさつを説明した。

 大きな瞳に小柄な背丈。胸まである髪は二つに三つ編みされ、色は漆黒。これほど黒いのも珍しい。その容姿はまさに『可愛い』という表現がぴったりで、左手首には精緻な銀のバングルをつけていた。

 とてもじゃないが、金属バットで人を殴り倒したりするようには見えない。


「――はー、なるほどな」


 事のいきさつを聞き、悠は半ば呆れ顔で由乃と少年を交互に見た。


「俺が出かけている間にそんなことがねぇ。しっかし、普通こんな物に魔法使うかー?」


 ひざに右腕をたて、左手でゲームソフトをひらひらさせる悠。

 二人は、いつのまにか台所からリビングに場所を変え、少年が横たわっているソファーの前で、床に座りこんでいた。

 由乃は気まずそうに事の経緯を説明する。


「い、いや――、その――……。この魔法は、記憶を取り出すための魔法だからさー……。試そうにも誰もいなかったし、かといって自分で試して失敗したらイヤだし――……。で、そん時閃いたのよ! この魔法は、人以外でも使うことができるんじゃないかって。それで、試しにそのゲームの記憶の一部を取り出してみたんだけど……――」

「んで、結果は成功。取り出すことは出来たが、電気ねずみは実体化して逃走。そこの道路で捕獲。その際この少年に電気ねずみを目撃されてしまい、殴り倒し、今に至ると」


 悠の言葉に由乃は頭を縦に動かした。


(やっぱ、金属バットはやばかったかな……)


 ぼそりと口の中でつぶやく。


(……しかし、コイツもよく死ななかったよなー)


 とは悠の心の声である。


 金属バットで後頭部をおもいっきり殴打したのだから、そう思うのも無理もない。


「で、電気ねずみは?」

「ちゃんと元に戻しといた」

「この少年の記憶は?」

「電気ねずみと同じ要領で、取り出して消滅させた」


 ついでにちゃんと看病もしておいた、と由乃は自らの失態を恥じた。

 そこで悠は、由乃の頭を軽く叩く。


「んな顔すんなって。もう終わったことなんだし、いちいち気にしてたらキリがないだろ?」

「…………うん」

「つーか、腹減ってきたなー……。由乃、お前メシは?」

「あ、まだ支度の途中だったんだ!」


 由乃は、思い出したかのように急いで立ち上がり、忙しそうにパタパタと台所へと駆け戻っていった。


 しっかし、こいつも災難だよな――そんなことを思いながら、悠は少年をまじまじと見つめる。


 ぱちっ。


 少年が目を覚ました。


「う、うわあ!?」

「おー、気が付いたか? 少年」


 飛び起きた少年は辺りを見回す。

 テレビやソファー、棚や観葉植物などが置いてある、少し広めの部屋だった。その奥には、ダイニングも見えている。

 どこかの家のリビングらしかった。


(なんでオレ、こんなトコにいるわけ?)


 そして、目の前にいる悠におそるおそる尋ねる。


「あ、あのー……こ、ここは?」

「俺ん家」

「じゃ、じゃあー……あ、あなたは?」

「俺は相河(あいかわ)悠。別にそんなにかしこまらんでもいいぜ。年齢なんて飾りだろ?」


 悠は、あっけらかんと答えた。


「んで、君の名前は?」

「あ、オレは……上原俊樹(としき)っていいます」


 少年は、怯えながらも意外にはっきりと言葉を発した。


 俊樹と名乗った少年は、学校から帰る途中だったのだろう。真新しい制服の胸についた学年章は、彼が入学したての一年生だと示している。

 真っ黒な髪と瞳、大きな眼鏡。背は高いが少年特有の細さが相まって、俊樹はみるからに文学少年という佇まいだ。


 対して、悠と名乗った青年は文学少年とは正反対な風貌をしていた。

 髪の色は、レンガ色……としか言いようがない。茶色をベースに、ところどころに赤色のメッシュを入れているようだ。瞳の色はキレイなダークブラウンで、顔つきや雰囲気は少し野性的な感じがする。左耳に三つ、右耳に二つピアスを開けており、首もとにはチョーカーと、やたらジャラジャラと装飾品を身につけていた。

 はっきり言って、文学少年にとって関わり辛い人種の一つだろう。


 俊樹は、少し戸惑ったが、ふとあることを思い出し、誰に言うともなしにポツリとつぶやく。


「あれ……電気ねずみは……」


 し―――――――――ん。


 その一言により、一瞬の静寂が訪れた。

 悠は、顔を少し引きつらせながら、静かに、しかしはっきりとした口調で由乃を呼んだ。


「おい、由乃」

「なーにー?」


 由乃は、洗っていた包丁を布巾で磨きながら台所から顔を出し、俊樹に気付く。


「あー、やぁっと目ー覚めたんだ」


 そして、悠にコソコソと尋ねた。


「んで、なにか目立った副作用とかなかった? いきなり首がとれたとか、よく見ると指が一本多かったとか……――」

「いや、そんなのは無かったケド……」

「ケド?」

「あいつ、しっかり電気ねずみのこと覚えてるぜ」


 ――――ポトッ、サクッ。


 由乃は、包丁をフローリングの床に落とし、そしてそれは何の抵抗もなしに垂直に突き刺さる。


「なななななんで――――!?」


 由乃は、頭を抱えながらパニクったように叫んだ。

 そんな由乃を見ながら、俊樹は「あっ」と思い出す。


「金属バットの……」


 中学生、という言葉に由乃の悲鳴が重なった。


「きゃ――! そのことまで覚えてる――――!!」


 どおして―――!?


「まー落ち着け、由乃。なっ」


 完全にパニック状態に陥った由乃に、悠は何度か深呼吸させようやく落ち着かせる。


「落ち着いたか?」

「うん……だけど……どうしよう」

「何が?」

「実は……あの魔法薬、もう残ってないの」

「あー……まー確かに、ナベで創った物だから量に限りがあるとして、その前に、本当にお前のその魔法は失敗したのか?」

「え?」


 悠のその言葉に、由乃は聞き返す。


「どーゆーこと?」

「???」


 先ほどから、完璧に蚊帳の外にいる俊樹は、何がナニやらさっぱりだった。

 そんな俊樹に、悠はズイッと顔を近づける。

 嫌な予感に、思わず身構えてしまう俊樹をぐいっとひきよせて、悠は俊樹の耳を舐めた。

 ペロッと。


 ズザサササササササ!!


 舐められたトコロをおさえつつ、俊樹は真っ青な顔で悠から離れた。烈火のごとき素早さである。


「ゆ、悠兄ちゃん?」


 由乃は、どういった反応をしていいものか判らず、ただあ然としていた。


「聞いたことないか? 由乃。世の中には、たくさんの種類の人間がいる。お前は『魔法屋』としての能力をもつ人間だろう。だとしたら、当然その反対の種類の人間もいるはずだ」

「あっ!!」


 由乃は、悠の言いたいことを理解し、ぽんとてのひらを叩いた。


「それって――」

「そう、彼はもしかしたら、魔法というモノに抗体をもつ種類の人間なんじゃないのか? だとしたら、お前の魔法が効かなかったのも説明がつく。そして、そういった人間は、耳が砂糖のように甘いそうだ」


 だから悠は彼の耳を舐めたという。


「ええ――!? それホントなの、悠兄ちゃん!」


 驚く由乃に、悠はケロッとした口調で返す。


「イヤ、後の方は冗談だ」

「…………」


 こ、この人は………っ。


 しかし、言われてみて初めて、由乃はこの少年から感じる違和感に気づいた。

 言われなければ、一生気づかなかったであろう小さな違和感。

 けれど気づいてしまえば、もう二度と忘れることができない不可思議な感覚。

 おそらくこれが、『魔法屋』としての〈勘〉の一つなのだろう。

 この場にそぐわぬ違和感が、由乃に答えを教えてくれた。


「そう……そうなのね」


 由乃は、ごく自然な動作で床に刺さったままの包丁を抜き取った。


「あ、あの――……魔法って……?」


 俊樹は悠におそるおそる尋ねる。


「そのまんまの意味だよ」


 サラッと答える。


「じゃ、じゃあ……あなた達は魔法使いなんですか?」


 そんなものはありはしない。そう思いつつも、俊樹はなぜか尋ねなければいけない気がした。いや、本当は判らないのだが、だからこそ否定してほしいという願いがこの発言には込められていた。


 俊樹が願うことは『平凡』。そして『普通』。

 高校生らしからぬ願いだが、俊樹にとっては普通でいることが全てだった。平凡に日々を暮らすことを、俊樹は願っていた。


 そんな俊樹の心情を露ほども知らない由乃は、手に持った包丁をキラリと光らせた。


「『魔法使い』ですって……?」


 由乃の声色が変わった。


「ったく、何が魔法使いよ!! あんな怪しげな連中と一緒にしてもらったら、こっちが大迷惑よ!! 間違えないで! わたしは『魔法屋』よ、ま・ほ・う・や!!」

「……ま、魔法屋ぁ?」


 俊樹の声が裏返る。


「そう。とりあえず、魔法使いや魔女の類とは少し違うから、そこんとこ判っといてくれないかな?」


 そして悠は由乃をなだめる。


「まーまー。そんなことで怒る前に、コイツどーするか考える方が先だろ?」

「それもそうね……。魔法が使えないと判ると……悠兄ちゃん?」

「ああ、まっ、それしか方法がないもんな」


 由乃の言葉に、悠は賛成した。二人ともうつむいていて、表情がよく判らない分、俊樹にはそれが恐怖に映った。

 二人はゆっくりと俊樹に振り向く。


「お、おい……。一体なんなんだよ……お前ら………」


 俊樹は反射的に、じりじりと後退する。実際にはどうか判らないが、俊樹には、二人が俊樹を追い詰めるのを薄笑いしているように見えた。


「あなたに恨みはないけれど、ごめんなさい。あなたは、わたしたちの正体を知ってしまった……」


(自分で言ったんじゃねーか!!)


 心の中で叫ぶ俊樹。


「古今東西、知ってはいけない秘密を知ってしまった者がどうなるか、君も想像くらいはつくだろう?」


 俊樹は、悠の妙な迫力と、由乃のうつむきながらも包丁を持っている姿――それはまさに恐ろしいとしか言い様がなかった――になす術もなく、嫌な考えだけが頭に入りこんでくる。


 それは、よくあるギャング映画のワンシーン。

 明日の朝になったら、冷たくなって路上にいるとか、コンクリ詰めにされて海に捨てられている………

 考えたくもない、だがこの迫力では考えざるをえないことだった。



***



 次の日の朝。


「……なんでこーなんの?」


 愛らしいヒヨコさんのアップリケが付いているかっぽう着を着た俊樹が、ハタキを持ちながらつぶやいた。

 見る者に脱力感を与える格好である。しかし、一番脱力感を感じているのは着ている俊樹本人だろう。


「俊樹――。そこの掃除が終わったら、今度はこっちの荷物運んで―――」


 一階の方から、由乃の声が聞こえた。

 その声で、俊樹の脳裏に昨日の苦い記憶が蘇ってくる。


「判ってるんでしょーね――。自分がとんでもないことを知ってしまったって! だからこれからは、誰かに余計なこと言わないかどうか、ずっと監視させてもらいますからね――っ!!」


 由乃は包丁を手に持ったままそう宣言し、悠は完全に腰がひけている俊樹に向かってさらりと言った。


「ま、そーゆーことなんでよろしくな。それに、この家の一階で雑貨屋を開くことになっててね。ちょうど人手が足りなかったんだよ」


 そして、悠は由乃に聞こえないように言葉を続ける。


「実際、由乃は君に興味をもったんだよ」

「?」

「ま、これからは雑貨屋『魔法工房』のバイトとしてがんばってくれ。ちなみに店長は由乃だから、バイトっていうより由乃の下僕かな?」


 えっ………!?


 俊樹には、彼の言ったことが最初理解することができなかった。理解できたとしても、それは……。


「俊樹ー、ちょっと早く―――!!」


 由乃の呼ぶ声によって、俊樹の意識は現実に引き戻される。

 現実――それは俊樹にとって受け入れたくないものであった。


 何が悲しくて、高校生のオレが中学生なんかの下僕……。


 泣きたくなるような事実であった。

 だが、俊樹がそんなことを思っている中、由乃は新しいおもちゃを手に入れた子供のように、るんるん気分でいた。


「わくわくするねぇ。おもしろくなりそうで」


 悠はそんな二人を見比べながら、心底楽しそうな笑みを浮かべていた。


こちらは以前【佳月とおる】名義で、友人である【和泉まりか】さんと合作で書いた小説です。

時期としては約二十年前。

いにしえにも程がありますがこの「考えるんじゃない感じるんだ」感が好きでこのまま捨てるには忍びないため公開するに至りました。


処女作になり拙い点も至らない点も多々ありますが、webで読みやすいように少し整形作業したのみであえてそのまま載せています。

ネタも古いしノリも古い、いかにも若さが溢れてますがその分頭からっぽで読めます。

少しでも楽しんでいただければ幸いです。

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