『第3回 下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞』シリーズ
今宵も時計が10時を指す〜ベランダでキミとランデブー〜
4月から大学生になる僕は、アパートに越してきた。
人生初めての一人暮らしだ。
僕の部屋は205号室で、一方にお隣さんがいる。
昼間チャイムを鳴らしたが、返答はなかった。
『隣に引っ越してきました、時澤朔です。よろしくお願いします』
メッセージカードとタオルをポストに入れた。
ひと段落した時には、時計の針は10時を回っていた。
僕はベランダに出た。夜空に月が出ている。
ふと、ベランダの仕切り板越しに人の気配を感じた。
いつの間にかお隣さんが帰宅していたようだ。
「あ、あの……」
僕は思わず、仕切り板越しに声をかけてしまった。
「はい」
小さな女性の返事が聞こえた。
「あっ、あの、今日から隣に引っ越してきた、時澤朔です!」
「キミは、大学生?」
「はい! あ、4月から!」
「同じだ。わたしは204の青羽こころ。よろしく」
ここはラッキーな引越し先だった。
僕の鼓動は高鳴った。
今夜も時計の針が10時を指した。
僕はベランダへ飛び出す。
彼女の足音がした。
「やぁ、こころちゃん」
「何?」
「大学で、どんなことしたい?」
「そうだなぁ、恋がしたい」
「ちょ、こころちゃん!」
「ねぇ、キミ。今夜も月が綺麗だよ」
彼女に惹かれるのに時間はかからなかった。
僕は今日も、時計を見つめている。
別に約束をしているわけじゃない。
でも彼女は、毎晩同じ時間にベランダに現れる。
たわいもない会話を僕としてくれる。
彼女はいつも、僕のことを「キミ」と呼ぶ。
それがどこか心地よくて、何故だかそれは、僕だけを呼んでくれている気がしていた。
大学が始まり、忙しない毎日が始まった。
僕は大学での出来事を彼女に話した。
でも、彼女は僕の話を聞くばかりで、自分のことは口にしなかった。
そして、僕はまだ、彼女の姿を見たことがない。
そして、その瞬間は突然やって来た。
隣の玄関の扉がガチャッと音を立てた。
彼女が、彼女が出てくる!
僕は息を呑んだ。
扉が開くと、想像とは全く違うおじさんが姿を現した。
おじさんは僕に会釈をし、立ち去った。
首には僕がポストに入れたタオルが巻かれていた。
僕はその場に立ち尽くした。
おじさんが現れた理由を考えた。
まさか、彼氏!?
だとしたら年上すぎる!
なら、彼女のお父さん!?
扉には203とある。
あれ?
彼女は確か204と……。
204号室は存在しなかった。
今日も時計の針が10時を指す。
僕は声だけのキミに今日も話しかけた。
「月が綺麗だね」