一話-火種-
幼い頃、熱に浮かされ苦しんだあの日--私は、貴方に恋をした。
キリッとした眉に常に不機嫌そうに見える眉間の皺、鼻筋が高く真っ直ぐ通っていて少し厚いセクシーな唇。滅多に笑わないその唇は好物の甘い甘いミルクティーを飲んでいる時にはゆるりと口角が上がるのをサンディークスは知っていた。
竜人らしいゴツゴツと太い腕にガッシリとした肩で鍛錬している時にチラリと見えたお腹は綺麗に割れていたし、見つめられれば誰をも魅力するその切れ目のスカイブルーの瞳、ギリギリまで切られた手触りのいい髪の毛は闇色に染まっている。
こんなにも美しい人なのに妻がいないのはきっと周りの見る目がないのだろう。--そう、例え五十歳程度でも気品があってこの国の最も強いお方である素敵な彼を選ばないなんて、周りのご令嬢方は見る目がない。
「そうは思いませんこと? グラッチェスおじさま」
「本人を目の前にそれを聞くのか?」
件の人物、グラッチェス・カエレスティーボスは表情ひとつ変えずに紅茶の入ったカップを口をつけた。
その姿に肩を落としつつも惚れ惚れしながらサンディークスはクッキーを口に含んだ。
なぜ一介の伯爵令嬢であるサンディークスがこの方とのんびりお茶会をしているかは幼い頃の時まで遡る。
サンディークスの属性は炎属性の中でも更に上位の灼熱と呼ばれ、その魔力は全てを焼き尽くす恐ろしい力を持っていた。しかも人より魔力量の多いサンディークスは熱が身体に籠りやすくよく幼い頃、熱を出していた。
昔はその熱が魔力溜り、つまり魔力が身体の許容範囲を超えている合図だと知らず、ただ熱が出やすい身体の弱い子だと思われていた。もし、そのまま気づかずに過ごしていたらいつか死んでいただろう。
けれど唯一の救いは父が王都付きの第二騎士団に所属していてグラッチェス・カエレスティーボス騎士団長に謁見する用事があったことだ。グラッチェスが謁見した父にまとわりついていた魔力溜りになっていた魔力を嗅ぎとったおかげでサンディークスはあの苦しい熱から解放されたのだから。
「この娘に魔法診断は行ったか?」
「よ、翌週受ける予定です!」
「では早急に神殿にて宣告を受けた方がいいだろう。私が口添えしておく」
グラッチェスはそのまま転送魔法でサンディークスの家を訪ね、ベッドに運び隔離した後、念の為人払いをしてベッドの周りを氷で覆って魔力を中和した。そしてどんな魔法をかけたのか、それ以来サンディークスは熱に浮かされたことはない。
それから熱が下がったサンディークスはグラッチェスの口添えで神殿で宣告を受け、魔法使いの素質があることが確認された。魔力の属性が炎よりも強い灼熱と分かり、加えてこの膨大な魔力を制御するため早くから教師がつくことになった。
けれど、教師が就いて半年後、灼熱がサンディークスの周りを包み込み庭は炎に包み込まれた。
指導してくれた教師はプライドが高く物覚えの悪い私を嫌っていてある日突然、「この攻撃を防いでみろ」とまだ防衛魔法も教わっていない制御も未熟なサンディークスに攻撃を仕掛けてきたのだ。咄嗟の判断で一番得意な魔法、つまり灼熱で周りを覆ったがあまりにも巨大な炎の渦でそれを解除出来る方法が分からなくなってしまった。
教師が水魔法をかけても蒸発してしまい炎は燃え広がる一方。その時、有り得ない魔力の波動を感じ取ったグラッチェスが転移して燃え盛るサンディークスの灼熱の中へ入って止めてくれだのだ。
「少しおいたが過ぎるのでは? お嬢さん」
どうすることもできず蹲って泣いているサンディークスの元に跪いて燃えるように熱いはずの頬に触れて、炎の渦を消し去ってくれた。
氷刃と灼熱、二つが混ざり合い淡い雨となって降り注ぐ中、こちらへ手を伸ばして柔らかく笑うその姿に思考が、降り注ぐ雨が身体に染み込むようにサンディークスは、彼色に染まってしまったのだ。
魔力で相殺された残骸である雨が止んだ後、見るも無残な庭も元通りにしたグラッチェスにサンディークスは王立魔法学校に入るまで指導していただくことになった。騎士団で忙しいはずなのに並の教師では何かあった時に対応出来ないからという優しい言葉で週に三回、家に来てくださる。
授業では魔法に失敗して暴走しそうな時、毎回サンディークスの手を掴んで自分の魔力を送って鎮めてくれる。グラッチェス様の魔力はサンディークスとは対極の氷刃。水の中でも最上位の属性である氷刃の魔力は刃物のような冷たさの氷に変わる、らしい。
らしいというのもサンディークスの属性は灼熱なのでそれすらも溶かしてただの水、サンディークスが暴走気味だとぬるま湯に変わってしまうので、心の臓まで凍りつくと言われている氷刃の魔力にまだ一度も触れたことはないのだ。
「休憩は終わりだ。先程の復習をしよう」
「はい、グラッチェスおじさま!」
カップを置いたグラッチェスはその瞳と同じような宝石、アクアマリンが埋め込まれた杖を空に向け、幼子の拳くらいの水の球を作り出した。
これは力魔法と水魔法を組み合わせたもので水という流動するモノを魔力という力で玉へと形作っているのだ。基本、扱う魔力の量が小さければ小さいほど繊細な魔力調整を必要とする。些細な魔力の誤差で魔法が発動しなかったりするからだ。
サンディークスは呼吸をするように高次元の魔法を扱うグラッチェスの姿に見惚れてしまった。一人の男としても魅力的だがそれよりも魔法使いとして素晴らしい腕前を持つグラッチェスに尊敬と憧れを持ってしまう。
--魔力調整をクリアして見直してもらわなくては。
サンディークスは一段と気合いを入れた。
「先程のようにこの水を蒸発、水蒸気にさせれば合格だ」
「はい!」
魔力調節が出来ないサンディークスのような魔法使いはまず、魔力相殺を覚える。相殺とは、属性円と呼ばれる魔力を八つに分類分けした円の対極にいる属性同士、同じ量の魔力でぶつけ合うことをいう。全く同じ魔力でぶつけなければどちらかが掻き消えて相殺が出来ないため、相殺する対象の魔力が小さければ小さいほど繊細な魔力調節が必要になってくる。
サンディークスは学園から支給されたトルマリンの埋め込まれた杖を水の球に向けて深呼吸をする。
魔法使いのたまごは皆、何者にでもなれるという意味を込めて多彩な色を持ち、どんな属性でも魔力補助石として適応できるトルマリンを与えられる。
杖の長さは二十センチから三十センチ前後で杖作りの店で作ってもらうことが多い。サンディークスの杖は二十八センチほどのもので、ハンノキから作られている。仮の杖として使われることが多いので飾り気のない真っ直ぐな杖だ。
生涯、長きにわたり使う魔法石杖は魔法学校生徒か卒業生のみが持つことが出来るのだ。特に王立魔法学校は杖に校章が彫られるので身分証明にも使える。
「フランマ!」
炎魔法の詠唱を唱え、魔力を杖に流し、杖先から炎を生み出す。炎は一直線に水の玉に向かいぶつかり、玉を覆うように膜を張り、潰した。水が蒸発する音がして水の玉があった所には一瞬、水蒸気が漂って空気となった。--成功だ。
「おじさま!」
「これならこれからも暴走せずに魔法が使えるだろう」
サンディークスはやっと魔力調節のお墨付きをグラッチェスから貰い喜びでいっぱいだったが、これでグラッチェスからの師事を受けられない、終わってしまったのだと気づき、気持ちが沈んでしまった。
滅多に社交界にも顔を出さないグラッチェスに会える唯一の機会がこの授業だった。喜びと悲しみがごちゃ混ぜになりそれを隠すように俯いた。
「どうした、嬉しくないのか?」
「いえ! 魔力調節を会得したのはとても嬉しいです。でも、これからおじさまから授業を受けられないのかと思うと......」
「何を言っている。まだ炎しか扱ってないではないか」
「え?」
暗く沈んでいた顔を上げると呆れたような表情でこちらを見ているグラッチェスがいた。
「お前は灼熱の魔力だから私の氷刃、つまり水や闇は扱えないだろうが光、風は習得して損はない。初めは炎だけでいいと思ったが......光る原石を磨かない訳にはいかないからな」
「では、まだ......!」
「このグラッチェス・カエレスティーボスの弟子なのだから最低四属性は扱えないとな」
「よ、四属性......。おじさまの名に恥じないよう頑張りますわ!」
グラッチェスは真面目そうな顔で頷いたあとカラッと笑いサンディークスの頭を撫でた。滅多に見ることのできないその笑顔に驚きながらも胸が高鳴った。
--おじさまはずるい。こんな風に笑顔を見せるのだから期待してしまう。
グラッチェスの瞳に恋焦がれるような熱はない。ただの弟子、それか娘か年齢的に孫だ。懐に入れた者に甘いこの男に口を尖らせながらもこの立場が心地いいと思ってしまう。それに課題をクリアした時にくらいしか見せてくれない笑顔がとても好きなのだ。サンディークスだけに向ける、あの笑みが。
そんな胸の内に気がつかない--気づかせる気もないが--グラッチェスは杖を振って光の球体と透明な球体の中に突風が吹き荒れている玉を作り出した。
「属円を覚えているな?」
「はい。炎、光、風、力、水、闇、土、雷の八つを円形にしたもの、ですよね」
「そうだ。基本、対極にある属性は扱いづらいとされていて使えたとしても初級魔法程度。そしてもっとも得意とする属性の両隣が次に得意とする属性だ」
「ですがおじさまは風魔法と仰ってましたよね。私は炎ですから--光と雷では?」
グラッチェスは先程の風が吹き荒れる透明な球体、風属性と同じような透明な球体を作り出し、中に雷を作り出した。
「それも一理ある。だが炎魔法を得意とする魔法使いは皆、雷魔法よりも風魔法も得意とするものが多い。なぜだかわかるか?」
「雷よりも風......あ、もしかして炎を強化するため、ですか?」
「そうだ。風に二つの属性を組み合わせると更に強力な魔法となる」
風属性の球体にグラッチェスは「フランマ」と唱え、炎をぶつけた。同じ量と思われる魔力同士がぶつかり合い溶け合って巨大な、元の球体よりも三倍くらい大きくなった。
「これが炎属性の魔法使いが風魔法を学ぶ理由だ。自身で魔法を組み合わせ、強化する。これこそ魔法の醍醐味だ。組み合わせたものを更に組み合わせ、変化させるのだ」
グラッチェスは先程の組み合わせた炎の玉を消し、土、水、光魔法を使って美しい花たちを空に創り出した。
「ふわぁ......すごい」
「土と水、光魔法を組み合わせて創った。サンディは私に似てるからきっと複数の属性を操れるだろう。きっとな」
「~~~っ、頑張ります!」
花を渡され、また頭を撫でられたサンディークスは顔を赤くさせながらもまた褒められたことを喜び、来月に控えた学校への入学に胸が高鳴った。
初投稿です!よろしくお願いします