表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

密会と言う名の取引

「手紙をくれたのは、君か?」


ある夜会。

久しぶりにアリアーヌとシャール、そしてコリンヌで出席した。

3人で出るのは少し骨を折ったが、これから行うことに比べれば容易だ。

そしてアリアーヌは気分が悪くなったと言って会場を離れ、密かにジュードを呼び出していた。

勿論コリンヌが心配して付き添おうとしたし、シャールも一緒に行こうとした。

だがふたりで踊っていてくれ、コリンヌが心配だし、と固辞してひとりでなんとか出てきたのだ。

新鮮な空気が吸いたいと外に出て、誰にも見られていないのを確認し、歩き出す。

約束の裏庭の東屋へ、美貌の青年はちゃんと現われてくれた。

噂は嘘ではないらしい、とアリアーヌは安堵する。


「ええ、わたし」

そう微笑めば、彼はアリアーヌをじいっと見つめてくる。

「……それで、とても重大なお話とは?」

白手袋に包まれた長い指が、先日送った手紙を挟みそれをひらひらと揺らしてみせる。

ジュードへどうしても重大な話をしたいので、良ければ夜会で逢いたい。

待っている、と逢引の誘い以外何でもない文面で送ったものだ。

その仕草は非常に優美且つ用心深げだった。

「貴方はきっと驚かれると思うわ」

「そうかな?」


形の良い唇が、薄く歯を見せるように歪む。

柔らかな笑み、と本当は言うべきなのだろう、この動作は。

だがアリアーヌにはそうは見て取れなかった。

彼はそのままアリアーヌの座るベンチの隣にゆっくりと腰を下ろし、何か言いたげな顔になった。

だがアリアーヌが先に口を開いた。


「私が婚約破棄をするために、あなたは私に篭絡されたってことにしてほしいの」


遠くから円舞曲が風に乗って聞こえてくる。

ひょっとすれば今頃シャールとコリンヌは一曲くらい一緒に踊っているかもしれない。

コリンヌは執拗に誘われているだろうし、それを避けるには、姉の婚約者が付き合うのはいい口実だ。

「……お前、馬鹿、か?」

アリアーヌがつい物思いにふけっていると、幼い頃以来聞いたことがないような単語が聞こえてきた。

ジュードが今しがたまでの世慣れた遊び人から、単なる驚いた男の子のようになっていた。

「分別は割とつくほうよ」

「分別のある女が、自分に篭絡されてくれなんて言うか。しかも婚約破棄のためにって何だそれは」

狼狽えても美形はやっぱり美形ねえ、とどうでもいいことをつい考える。

アリアーヌはここに来て、なんだか妙に落ち着いていた。

いや、手紙を送った時から腹は据わっていたのだ。

「話せば長いのだけど、いい?」

「ああ、このまま帰れるか」

ジュードもは半ば自棄になったように応える。

どうやらこれが単なる逢引ではないことを理解してしまったようだった。


「……というわけで、私の婚約者と私の妹が密かに想い合ってるけど何にも行動しないどころか私に対して罪悪感を抱いているのが丸分かりで、二人とも遠慮の塊の存在になってしまっていて、とってもうざ、もとい見ていて辛いから、もうきっちり婚約破棄してふたりをくっつけてしまいたいのよ」

一気にまくし立てたのを聞いて、

「成程。殊勝な心掛けじゃないか。だが、なんで俺がお前に篭絡されたことになるんだ?」

「だって私があなたに夢中だから婚約はなかったことに!と言っても、悪い男に騙されてると思われるだけよ絶対。それに、」

「それに?」

「社交界の惡の華のあなたが平凡な私に夢中ってほうがあり得ない話で、いっそみんな信じちゃうかと思って」

アリアーヌは己の物語のヒロインになりたいという密かな思いまでは流石に口にはしなかったが、これまで考えていたことはすべて打ち明けていた。

これで断られたなら断られた時だ。

逢引で穢されたと言って、修道院に行くこともできるし。


「…ほんとに、お前、馬鹿だなあ…。この話、何一つ俺に都合がよくないじゃないか、いやお前にも得なんかない、それでよく、こんな話を持ち掛けようとするな。馬鹿を通り越して危ない奴だ……」

物凄く酷い言われようなのだが、ジュードの口調は意外にも明るかった。

それは楽し気とすら言っていいほどに。

子供の頃、男の子が何か面白いものを見つけた顔と同じだ、とアリアーヌはふっと思った。


「大体お前、婚約破棄に成功しても、もう二度と結婚なんか出来なくなるだろう。醜聞まみれでどう生きていくつもりだ」

「別に結婚したいわけじゃないもの。家はあの二人が継ぐことになるから、私は修道院にでも行くわ」

良さそうな修道院はすでに調べてある。

「それでいいのか?」

「ええ。そもそもこの婚約だって、姉妹どっちでも良かったのよ。私でもコリンヌでも何も変わらない。私が姉だってだけで、私になっただけ。シャールと私は恋してるわけでも何でもないんだし」

そりゃ嫌いではないし、こんなことがなければそのまま結婚できたくらいには好意はある。

でもそれは義務から生まれた友愛であって、あの二人の間に生まれた運命の恋愛とは全く違う。

二人が最初から婚約していれば、アリアーヌはこんなにも悩まされずに済んだのだ。

或いは二人がもっと強かであれば、あるいはアリアーヌがもっと盲目であれば。


……そんなことは考えるだけ無駄だ、あり得なかったことについてなど。


今はアリアーヌは苦しい立場に置かれているし、たとえ身の破滅と世間では思われようともこの婚約を破棄してしまって、あの二人に罪悪感なしに結ばれて欲しい。

一生そばで二人がかなわぬ想いを秘めているのを見続けるのは、まっぴらなのだ。

「私、あの二人の悲恋の無辜の邪魔者になんかなりたくないの、それなら自ら取り返しのつかない罪を犯して断罪されるほうがよっぽどまし」

そう言い切るアリアーヌの横顔を、ジュードは黙って見つめていた。

しばらく考え込むように首を傾げ、手を当てて二、三度瞬きをする。

そうしてゆっくりと、彼は言葉を紡ぎだした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ